4月下旬に入り、新卒で社会人になった方にとっては、新鮮な季節なのではないでしょうか。
社会人として、順風満帆なスタートを切った方もいれば、中には、「こんなはずじゃなかったのに。」「学生のころ思っていたのと違う。」と、悩みや不満を抱えている新卒社会人の方もいることでしょう。
むしろ、社会人の経験がはじめての場合、戸惑うことの方が多く、なかなかつらい時期なのかもしれません。
今回は、新入社員が、入社直後に会社をやめたくなってしまった場合に、会社が支払った研修費用などのお金を、労働者が返さなければいけないのかについて、弁護士が解説します。
というのも、知識のない新入社員に対して、「退職するなら損害を支払え!」などといって、退職を妨害するブラック企業についての相談が少なくないからです。
1. 研修費用を払う必要はありません!
学生から社会人になった新入社員の場合、仕事は、楽しいことよりも、つらいことの方が多いのではないでしょうか。
新卒で入った会社をすぐに辞めてしまうのではなく、少しは我慢して続けてみた方がいい場合もありますが、ブラック企業の場合には話は別です。
ブラック企業であることが判明したら、すぐに退職した方が、労働者(あなた)のためかもしれません。
会社から、「新入社員研修にかかった費用を返してほしい。」と言われても、原則として、支払う必要はありません。
まだ知識のない新社会人が、ブラック企業から強く迫られ、要求されたお金を支払ってしまわないよう、「なぜ支払わなくてもよいのか。」について、法律にもとづいて解説していきます。
1.1. 労働基準法16条のルール
まず、退職する新入社員が研修費用を返さなくてもよい理由の1つ目は、労働基準法16条のルールです。
労働基準法16条には、次のように「賠償額の予定の禁止」のルールが定められています。
労働基準法16条使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
つまり、会社がどれほど多額の研修費用をかけるとしても、事前に、「退職した場合には研修費用を労働者の負担とする。」と雇用契約書などに定めることはできないというわけです。
したがって、退職する新入社員に対して、かかった研修費用を請求することは、あらかじめ決めていた場合には、労働基準法違反の違法行為となります。
1.2. 民法627条のルール
ブラック企業から研修費用の返還を求められた新入社員が、これを拒否してよい法律上の武器は、民法にもあります。
民法627条に記載されたルールを見てみましょう。
民法627条では、次のとおり、期間をさだめない雇用契約、つまり、一般的な正社員として雇われた場合であっても、労働者は自由に退職できることをルールとして定めています。
民法627条
- 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
- 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。
- 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。
この「退職の自由」は、憲法でさだめられている「職業選択の自由」からも、労働者の当然の権利です。
したがって、新卒社員が退職するといっているのに、研修費用を返還するよう求めて退職をさまたげるようなブラック企業の行為は、民法や憲法の趣旨にも反している、非常に悪質な行為であるといえます。
新入社員や新卒社会人が、会社が負担していた研修費用を一括で返さないと退職できないと強要されてしまえば、まだ社会人になったばかりの労働者の支払い能力では、我慢して働き続ける以外に道はないといえるからです。
2. 会社に損害が発生しないよう注意!
ここまでお読み頂ければ、新卒で入社した会社を、入社直後に退職するとしても、ブラック企業の言いなりに研修費用を返還する必要はないことが、十分ご理解いただけたのではないでしょうか。
しかし、労働者(あなた)の退職によって、会社に損害が発生するとなると話は別です。
そのため、労働者(あなた)の退職によって、会社にできるだけ損害が発生しないよう、引継ぎなどは余裕をもって行っておいた方がよいでしょう。
とはいえ、新入社員の場合には、退職したからといって、突然大きな損害を会社が負うことは、通常あまりないことです。
ブラック企業の中には、この「退職によって会社に損害が発生したら、労働者といえども、新卒社員といえども、賠償をしなければならない。」ということを逆手にとった強要をする会社もあります。
つまり、研修費用や採用費用など、会社が支出した金額を、すべて「会社の損害だ!」と主張し、退職する新入社員に対して請求をするというやり方です。
しかし、今回の解説をお読み頂ければわかるとおり、入社した直後でやむをえず会社を辞めてしまうとしても、研修費用を支払う必要はないのが原則です。
新卒入社した社員が、入社直後にやめたからといって、業務に大きな支障の生じるような会社は、むしろ少ないのではないでしょうか。
3. まとめ
学生が終わり、はじめて社会人になった新卒の方は、右も左もわからないまま、ブラック企業の言いなりになってしまいがちです。
今回の解説では、残念ながら入社直後に退職を決意せざるをえなくなった場合であっても、新入社員研修などに会社が支払ったお金を、労働者が支払う必要はないのが原則であるということを説明しました。
ブラック企業に入社してしまい、入社直後に退職をせざるをえなくなった上に、損害賠償まで要求されたとあっては、「泣きっ面に蜂」です。
会社からの強行な金銭請求、研修費用の返還請求などによって、どうしても退職できない方は、労働問題に強い弁護士へ、お気軽にご相談ください。