MENU
浅野 英之
弁護士
弁護士(第一東京弁護士会所属、登録番号44844)。
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

企業側の労働問題を扱う石嵜・山中総合法律事務所、労働者側の法律問題を扱う事務所の労働部門リーダーを経て、弁護士法人浅野総合法律事務所を設立。

不当解雇、未払残業代、セクハラ、パワハラ、労災など、注目を集める労働問題について、「泣き寝入りを許さない」姿勢で、親身に法律相談をお聞きします。

→労働問題弁護士ガイドとは
★ 労働問題を弁護士に相談する流れは?

前職の顧客と取引すると違法?顧客をもって転職・独立するときの注意

今回は、退職後に前職の顧客と取引するときの注意点を、労働問題に強い弁護士が解説します。

会社をやめた後で、前職の顧客と取引する流れになることがあります。
うまくやらないと前職の会社から「顧客の引き抜きだ」といわれ、賠償請求される危険も。

相談者

転職時に客を持っていったら、前の会社から訴えられた

相談者

起業は不安。客をもって独立するのは違法なのだろうか

はじめは会社を通じた出会いでも、所詮は人と人の関係。
担当者として付き合ううちに、いずれは個人的な関係に発展するのはしかたありません。
あえてお願いせずとも、前職の顧客から「転職先でも取引してほしい」と依頼される方もいます。
まさにあなたの人間性が評価されたケースといえるでしょう。

しかし、前職の会社としては、広告費や手間をかけて築いた人間関係を、転職によって奪われたり、客をもって独立されたりすると、損した気持ちになるのは当然。
こんなとき、前職の会社から、損害賠償請求されると労働問題に発展します。

この解説のポイント
  • 前職の元顧客と取引することは、退職後であれば違法ではないのが原則
  • 競業避止義務の特約を結んでいたり、不正競争防止法違反となったりする営業行為は、許されない
  • 競業避止義務の特約を結んでも、不当な制約は違法であり、元顧客と取引してよい例もある

\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/

目次(クリックで移動)

解説の執筆者

弁護士 浅野英之

弁護士(第一東京弁護士会所属、登録番号44844)。
東京大学法学部卒、東京大学法科大学院修了。

企業側の労働問題を扱う石嵜・山中総合法律事務所、労働者側の法律問題を扱う事務所の労働部門リーダーを経て、弁護士法人浅野総合法律事務所を設立。

不当解雇、未払残業代、セクハラ、パワハラ、労災など、注目を集める労働問題について、「泣き寝入りを許さない」姿勢で、親身に法律相談をお聞きします。

\相談ご予約受付中です/

労働問題に関する相談は、弁護士が詳しくお聞きします。
ご相談の予約は、お気軽にお問い合わせください。

元顧客と取引しない「競業避止義務」を負っているか

営業職など、顧客との人間関係が密になると、転職、独立後もお声がかかることがあります。
美容師や士業、IFAなど、個人のスキルが重視される職種ほど、その傾向は顕著です。
そんなタイミングは特に嬉しいでしょうが、甘えて取引してよいか、よく検討しなければなりません。

退職後に「前職の元顧客と取引してよいか」を知るには「競業避止義務」の理解が欠かせません。
競業避止義務とは、その名のとおり「競業」、つまりライバル企業で業務したり同業で独立起業したりしてはならない義務です。

会社に勤務しているとき、労働者は、競業避止義務を負っています。
一方、退職後は、憲法の「職業選択の自由」ないし「営業の自由」が保障され、競業は自由なのが原則です。

そのため、次のような決まりによって、特別に競業避止義務を負っていないかを確認します。
競業避止義務を負っているならば、元顧客との取引にはリスクがあるといってよいでしょう。

入社時に「競業避止義務」を負ったか

競業避止義務の特約を、「誓約書」などの形で締結しているとすれば、入社時の締結書類のなかにそんな書類が含まれているかもしれません。
入社時は、労使関係のスタートであり、会社が労働者に負わせたい義務を定めていることが多いからです。

そこで、「元顧客と取引してよいか」迷ったとき、まず、入社時や在職中に「競業避止義務」の特約を内容とした「誓約書」などを結んでいないか確認してください。

就業規則で「競業避止義務」を負ったか

10人以上の社員を使用する事業場では、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る義務があります。
全社に、統一的に適用されるルールは、個別の労働者と結ぶ書類ではなく、就業規則に書かれることがあります。

そこで、「前職の元顧客と取引してよいか」を検討するにあたり、就業規則で、退職後の競業避止義務を負わされていないかを確認する必要があります。

就業規則と雇用契約書の内容が異なるとき、その優先順位は、次の解説をご覧ください。

退職時に「競業避止義務」を負ったか

退職時に、秘密保持義務や競業避止義務を内容とする書面にサインを求める会社は少なくありません。
これらの書面は、「誓約書」、「合意書」などと呼ばれます。
会社としても、退職後に競業避止義務を負わせ、同業への転職、独立起業などを防ぎたいからです。

競業避止義務を負っていない場合は、原則として、自由競争であって、退職元の元顧客だったからといって取引してはならないわけではありません。
書面にサインする義務まではありませんから、書面の作成は拒否してよいでしょう。

退職後の競業避止義務を定める誓約書の有効性は、次の解説をご覧ください。

競業避止義務を定める特約が有効か

競業避止義務を定める特約を結んでいたとしても、それが無効となる可能性もあります。
前職の元顧客との取引が禁じられるのは、競業避止義務を定める特約が、有効な場合に限られます。

退職後の競業行為を禁止する誓約書などは、すべて有効とは限りません。
誓約書はいずれも、会社が用意してきたもので、会社側に有利な内容となっています。
不当に会社が有利すぎると、逆に労働者への不利益が大きくなりすぎるため、特約そのものが無効だと判断される可能性もあります。

むしろ、憲法という重要な法律に定められた「職業選択の自由」を制限する特約は、限定的に解釈されます。
不当な制約になっているとき、裁判例でも無効と判断した例は少なくありません。

誓約書を守らなかった場合の影響は、次に解説しています。

元顧客との取引が「不正競争防止法」に違反するか

退職後、前職の元顧客と取引するにあたり、知っておきたい法律が「不正競争防止法」です。

不正競争防止法は、その名のとおり「不正」な「競争」を防止する法律。
退職後に元顧客と取引を開始する際も、取引方法が適切でないと、不正競争防止法違反となるおそれがあります。

不正競争防止法は、厳しい法律であり、万が一違反してしまうと、前職の会社から損害賠償請求されたり、差止請求を受けたりするおそれがある上、刑事罰の制裁が下ることもあります。

不正競争防止法の「営業秘密」とは

不正競争防止法は、会社の「営業秘密」を守ることで、不正な競争から会社を保護します。
不正競争防止法で保護される「営業秘密」に該当するには、次の3つの要件を満たす必要があります。

  1. 秘密管理性
  2. 非公知性
  3. 有用性

元顧客と取引してよいかを検討するにあたり、営業をかけるときに前職の営業秘密にあたる情報を不当に侵害するならば、不正競争防止法違反であり、許されません。

前職の顧客情報が「営業秘密」にあたるか

前職の元顧客と取引するためには、前職の顧客情報を入手し、アプローチして営業する方法があります。
しかし、元顧客の情報が、不正競争防止法で保護される「営業秘密」にあたるなら、そんな営業手段は不正競争になってしまうおそれがあります。

このとき、さきほど解説した「営業秘密」の3要件のうち、「秘密管理性」の有無が問題になります。
つまり、元顧客の情報が、前職の会社において、秘密として厳重に管理されていたかどうか、という点です。

元顧客と取引しようと営業することが違法になるケース

ここまでの解説のとおり、元顧客と取引してもよいかは、まずは競業避止義務を定める特約があるかどうか、次に、不正競争防止法の「営業秘密」にあたるかどうか、という順で検討します。
そして、これらにあたらないなら、前職の顧客とも取引してよいといえます。
労働者には「職業選択の自由」があり、自由競争が保障されているからです。

しかし、憲法で保障された「職業選択の自由」も、完全に自由なものではありません。
憲法上の権利・自由も、他人との関係で、ある程度制限されることがあるからです。

顧客を奪う行為が、自由競争の枠を超えた不当なやり方だと、違法になってしまいます。
自由競争ではないほど悪質な顧客の奪取については、労働者に不利益を負わせてでも規制すべきだからです。
このとき、競業避止義務は負っておらず、不正競争防止法違反ではないとしても、不法行為(民法709条)にあたり、損害賠償請求を受けるおそれがあります。

なにもしなくても前職の顧客から声がかかならあなたの人徳といえますが、無理して営業をかけなければならないケースのなかには、顧客を奪いたいあまり、不適切な手法を選んでしまう例もあります。
自由競争を逸脱するような手段による、前職の顧客との取引は、次の例です。

  • 前職について、事実と異なる誹謗中傷をすることで、元顧客との取引を奪取する営業行為
  • 前職の会社の社会的な信用を不当におとしめて、元顧客との取引を奪取する営業行為
  • 前職の会社との継続的な契約を解約するよう強くはたらきかける行為
  • 前職の重要な秘密を用いて、元顧客との取引を奪取する営業行為
  • 前職の取引価格を知り、不当に安い値段で提案し、元顧客との取引を奪取する営業行為

まとめ

弁護士法人浅野総合法律事務所
弁護士法人浅野総合法律事務所

今回は、退職した会社ではじめて知り合った顧客と、転職後や独立後に取引するにあたり、労働者が気をつけなければならないポイントを解説しました。

転職や独立は、珍しいことではありません。
前職で養った経験や能力を活かし、ライバル企業に転職したり同業種で起業する例も少なくないもの。
元顧客との信頼関係ができていれば、はたらきかけなくても仕事をもらえることもあります。
少しでも自分の実績にしようと、顧客の奪い合いをする気持ちは理解できるものの、違法にならないように注意しておかなければなりません。

このとき、競業避止義務、不正競争防止法といった法律の知識をよく理解し、違法な顧客奪取となってしまわないよう、誠実な対応を心がけましょう。

この解説のポイント
  • 前職の元顧客と取引することは、退職後であれば違法ではないのが原則
  • 競業避止義務の特約を結んでいたり、不正競争防止法違反となったりする営業行為は、許されない
  • 競業避止義務の特約を結んでも、不当な制約は違法であり、元顧客と取引してよい例もある

\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/

目次(クリックで移動)