会社から突然、損害賠償を請求されたら、どのように対応するのが適切でしょうか。
退職時のトラブルや情報漏洩、業務上のミスなどを理由に会社から訴えられるケースでは、高額な賠償金を求められることもあり、「本当に支払う必要があるのか」と不安に思うでしょう。
会社から請求を受けたからといって、必ずしも法的責任が認められるとは限りません。むしろ、労働者の働きによって利益を得ている企業は、損失についても負担すべきと考えられており、会社からの損害賠償請求が認められるのは例外的です。悪質な場合、退職させないための引き止めの手段として、過大な賠償請求が脅しに使われるケースも見られます。
今回は、会社から損害賠償請求される主なケースと、実際に訴えられた場合の対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 会社から損害賠償請求を受けても、支払い義務が必ず生じるわけではない
- ミスがあっても、故意や重過失がない限り、賠償額は限定されることが多い
- 退職させないよう脅したり、過大な請求をしたりするのは違法である
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会社から損害賠償請求される主なケース

はじめに、会社から損害賠償請求されるケースにどのようなものがあるかを解説します。
会社が労働者に損害賠償請求を行うケースには、いくつかの種類があります。ただし、会社に損害が発生したからといって、必ずしも労働者が責任を負うとは限りません。
業務上のミスで会社に損害を与えた場合
従業員による業務上のミスが原因で、会社に損害が発生するケースがあります。
ミスが発覚した場合に、会社としては、労働者に対して注意指導や懲戒処分を行って規律を正すほか、その被害を最小限に抑えるために、賠償を求めることがあります。労働者のミスの責任を追及するケースには、例えば次の事例があります。
- 商品や部品の誤発注
- 操作ミスなどによる業務データの消失
- 顧客対応の不備による契約解除
- 配送ミスや納期遅延
- メール誤送信による情報漏洩
ただし、単純なミスである場合や、会社側にも指導や監督の責任がある場合には、損害が生じても、労働者が全額の責任を負うとは限りません。裁判例でも、労働者は指揮命令に従って働き、その利益を会社が得ていることを重視し、故意や重大な過失がない限り、高額な損害賠償請求は認められにくい傾向があります。
横領や不正があった場合
横領や不正があった場合には、損害賠償請求が認められる可能性が高いです。
売上金の持ち逃げやレジ金の着服、架空経費の計上といった不正は、単なる労働トラブルではなく、業務上横領罪や詐欺罪といった刑事事件に発展するおそれもあります。この場合、前章の「ミス」の場合と異なり、全額の賠償が認められやすく、あわせて、警察への被害届の提出や刑事告訴が行われるケースもあります。
「横領を理由とする懲戒解雇」の解説

情報漏洩があった場合
労働者は秘密保持義務を負うため、情報漏洩があると損害賠償請求されるおそれがあります。
特に、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当する重大な情報を漏洩した場合には、高額の賠償請求につながるリスクがあります。近年は、SNS投稿が炎上して企業イメージを低下させたことを理由に、損害賠償を請求されるケースがあり、軽い気持ちでの投稿は法的リスクを伴います。
無断欠勤や突然の退職で損害が生じた場合
無断欠勤や突然の退職があると、会社に損害が発生することがあります。
特に、引き継ぎが未了であったり、重要なタイミングで音信不通となったり、顧客対応ができずに契約が解除になったりといったケースでは、請求が認められやすいです。ただし、退職の自由があるため、「退職したこと」のみでは賠償責任は認められず、人手不足や混乱だけでは理由になりません。それ以上に、会社に損害を生じさせた理由を具体的に立証する必要があります。
また、退職時は感情的な対立が起こりやすいものの、在職中に問題視されなかった些細なミスを、退職後にはじめて指摘する場合、労働者の責任は認められません。
「退職後の呼び出しの違法性」の解説

競業避止義務違反をした場合
退職時には、転職や独立などをめぐって、競業避止義務違反が問題になり得ます。
就業規則や誓約書などに退職後の競業避止義務が定められている場合、競合他社へ転職したことを理由に損害賠償請求をされるケースがあります。ただし、労働者には憲法22条の定める「職業選択の自由」があるため、退職後の競業避止義務が無制限に認められるわけではありません。
裁判例でも、制限の必要性と、制限の期間や場所、職種、代償措置の有無などを総合的に考慮して有効性が判断されています。そのため、過度に広範な制限は無効とされる可能性があります。
「競業避止義務の誓約書」の解説

会社の損害賠償請求はどこまで認められる?

次に、会社からの損害賠償請求が、どこまで認められるのかを解説します。
会社が労働者に損害賠償請求をする根拠は、不法行為(民法709条)であるため、その要件を満たすことが前提となります。その上で、労働者の保護のため、たとえ損害が生じていても、賠償が認められる範囲は限定的に考えられています。
不法行為の要件を満たす必要がある
まず、会社が労働者に損害賠償請求をするには、不法行為の要件を満たす必要があります。
具体的には、故意または過失によって、権利または法律上保護された利益を侵害しており、損害が生じていて、行為と損害に因果関係があることが必要となります。

したがって、次のケースは、そもそも不法行為の要件を満たさず、損害賠償請求は認められません。
- 他の従業員も起こすような単純なミスである場合
- 通常尽くすべき注意をしても避けられなかった場合
- 具体的な損害が生じない場合や、実損害よりも過大な請求の場合
- 労働者のミスによる損害とは言えない場合
退職前後は感情的な対立が生じやすく、損害額について具体的な立証のないまま「迷惑」「裏切り」といったイメージで賠償請求されるケースがあります。また、必ずしも労働者の行為によるものではなくても、売上減少の責任を取らせようとするケースも見られます。しかし、いずれの場合も、裁判では損害賠償請求は認められない可能性が高いです。
損害が生じていても賠償請求は制限される
損害が生じ、不法行為の要件を満たしてもなお、賠償請求が制限されることがあります。
会社には、ミスや損害が生じないよう、労働者を指導し、監督する責任があります。また、労働者は会社の指揮命令に従って働き、その利益は企業に帰属します。利益が企業に帰属する以上、生じた損害を全て労働者が負担するのは不公平です。このように、利益と損失を公平に分担すべきという「報償責任」の考え方から、損害賠償請求も一定の制限を受けます。
最高裁(茨城石炭商事事件:最高裁昭和51年7月8日判決)は、損害賠償を請求できる範囲を「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」に限定しています。裁判実務では、労働者に故意または重過失があるなど、責任が大きい場合にのみ損害賠償請求が認められており、その場合でも、多くのケースでは20%〜30%程度に制限されています。
労使間の公平の考えから、損害賠償請求が認められる限度については、次の事情を総合考慮して決められています。
- 故意又は過失の程度
- 職務内容や地位
- 労働条件や勤務態度
- 事業の性格や規模
- 会社側の予防措置や損害軽減の有無
したがって、落ち度があるのは事実でも、会社の請求額全てを支払う必要はなく、減額の交渉をすべきケースが少なくありません。なお、故意による器物損壊や交通事故、業務上横領といった責任の重大なケースでは、全額賠償が認められる場合があります。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説

会社からの損害賠償請求が違法となる場合がある
さらに、労働者保護の観点から、会社からの請求が違法となる場合もあります。
会社の方が強い立場にあるため、労働者にとって大きな負担となる損害賠償請求が、違法として禁止されるケースがあります。以下の場合、会社からの請求は労働基準法などの法令に違反するため、労働者としても従う必要はありません。
退職を妨げることは許されない
労働者には退職の自由があるため、損害賠償請求を脅しにして退職を妨げるのは違法です。
たとえ労働者に責任があり、損害賠償請求が認められる状況でもなお、退職は妨げられません。無期雇用の場合、退職の意思表示から2週間が経過すれば、労働契約の解約の効果が生じます(民法627条1項)。会社から脅しをかけられても、損害賠償請求を争うのと並行して、退職手続きを速やかに進めるよう強く求めてください。
賠償予定は禁止される
労働基準法16条は、あらかじめ違約金や賠償額の予定を定めることを禁止しています。
これは、賠償額を予定することは、退職の自由を侵害する危険が高いためであり、実際に損害が生じた場合に請求できるとしても、事前に予定しておくことは違法となります。賠償予定の禁止に違反した場合、「6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」という刑事罰の対象となります(労働基準法119条)。
- 2025年6月1日より、懲役刑・禁錮刑は廃止され、拘禁刑に一本化されました。
賠償額の給料からの天引きは禁止される
労働基準法24条は、賃金の直接払いの原則を定めています。
この原則により、労務の対価である賃金について、労働者に直接支払わなければならず、同意なく天引きや控除をすることは許されません。したがって、損害賠償が認められる場合でも、給与は全額支払った上で請求する必要があり、会社が一方的に相殺することはできません。労働基準法24条に違反した場合、「30万円以下の罰金」という刑事罰の対象となります(労働基準法120条)。
「労働基準監督署への通報」の解説

会社から訴えられた場合の流れ

会社から損害賠償請求を受けた場合でも、最初から裁判になるわけではなく、交渉から始まることが多いです。冷静に対応できるよう、以下では一般的な流れを解説します。
内容証明で通知書が届く
会社から損害賠償請求をされる場合、内容証明で通知が届くことが多いです。
内容証明は、いつ、どのような内容の文書を送ったかを日本郵便が証明する制度であり、会社が法的措置を検討しているサインと考えるべきです。
内容証明を放置するのは危険であり、無視し続けると「話し合いによる解決が困難である」と判断され、訴訟に進むおそれがあります。この場合、裁判所でも「誠実な対応をしなかった」と評価され、不利な状況に陥ってしまいます。
会社と交渉を行う
次に、会社との間で話し合いによる解決を図ります。
裁判は時間と費用がかかるため、会社も任意の支払いを求めてきます。損害賠償を支払うべき法的根拠があるなら、支払いの方法(一括か分割か)や期限の交渉を行います。謝罪文を提出したり、退職金との相殺を申し出たりする方法も検討しましょう。
一方、単純なミスであって労働者が負担すべきでないケースなど、損害賠償義務がない場合は、安易に話し合いに応じるのは危険です。「迷惑をかけたから」「裁判が怖い」といった理由で、本来支払う必要のない金額まで負担しないよう注意しましょう。
一度合意が成立すると、後から「やはり納得できない」として撤回することは難しいため、慎重な判断が必要です。
訴訟に発展する可能性もある
交渉で解決しない場合、会社側が民事訴訟を提起することがあります。
裁判所から「訴状」や「呼出状」が届くことで、会社から訴えられたことを知らされ、期日の1週間前を目処に答弁書を提出して反論を伝える必要があります。また、準備書面や証拠を提出して主張・立証を整理し、裁判所の審理を受けます。
民事訴訟は、半年〜1年半以上かかるケースも珍しくありません。途中で裁判所から和解を勧められることも多く、決裂する場合は判決が下されます。
訴状を無視すると、会社側の主張を認める内容の判決が下るおそれがあるため、裁判所から書類が届いた場合は放置せず、速やかに弁護士へ相談してください。
会社から損害賠償請求されたときの対応方法

最後に、実際に会社から損害賠償請求を受けたときの対応方法を解説します。
会社からの突然の請求を受けると、冷静さを保つのは難しいでしょう。役職や地位が高く、職責が重い場合、相当高額な請求を受けるおそれもあります。会社の主張が全て認められるとは限らないことを理解し、的確に反論する必要があります。
安易に支払いを約束しない
会社から請求を受けた際、支払いを約束してはなりません。
社長や人事との面談で業務上のミスを指摘され、後ろめたい気持ちから責任を認める発言をしてしまうケースもありますが、「とりあえず謝れば収まるだろう」という考えは危険です。責任を認める発言を録音に取られると、裁判で不利な証拠として利用されるおそれがあります。
強い圧力に屈せず、感情的な対応は控えましょう。自身に一定の責任があると考える場合にも、持ち帰って内容を確認した上で回答するのが適切です。
会社からの請求を無視しない
会社からの請求を無視することはおすすめできません。
会社からの請求を拒否する意思は、内容証明などで明確に伝えるべきです。たとえ請求が不当であると考える場合でも、反論を伝えて争う意思を示すべきです。請求を無視すれば、会社は交渉が決裂したと考えて訴訟に移行する可能性が高いです。そして、労働者側の反論は、交渉段階では一切考慮されません。裁判でも、「誠実な対応がなかった」と主張されるリスクがあります。
さらに、裁判所から訴状が届いているのに無視し続ければ、会社側の主張を認める内容の判決が下ってしまいます。
「労働者が裁判で勝つ方法」の解説

損害賠償請求と退職は区別する
損害賠償請求への対応と退職とは、区別しなければなりません。
労働者に一定の非があり、損害賠償が認められるおそれのあるケースでも、退職するかどうかは労働者の自由であり、会社が不当な働きかけや圧力を加えるべきではありません。「退職したら損害賠償請求する」といった脅しは違法であり、屈してはなりません。
不当な引き止めを受けるおそれがある場合は、退職の意思表示についても証拠に残るよう、内容証明で通知するのがおすすめです。
「会社の辞め方」の解説

退職時の誓約書にサインしない
退職時に損害賠償請求をされる場面では、会社が誓約書を書かせようとすることがあります。
これは、退職時に、労働者に一定の約束をさせ、退職後の行動を拘束しようとするものです。安易にサインすれば、本来なら不要な義務を負わされてしまうおそれがあります。特に、在職中のミスを指摘して損害賠償を請求しようとする会社の場合、労働者の責任を認めさせたり、支払いを約束させたりしようとします。また、退職後も無償での対応を強要されるケースも見られます。
いずれの場合も、誓約書に署名をする義務はなく、サインしなくても退職は可能です。したがって、納得のいかない内容であれば、拒否するのが適切な対処法です。

退職時に脅しを受ける場合には、面談の録音を取っておくことで証拠化し、争う準備をしましょう。自分から請求するつもりはなくても、会社から損害賠償請求をされた際に、自衛のために重要な証拠として役立てることができます。
「誓約書を守らなかった場合の影響」の解説

【まとめ】会社から損害賠償請求された場合

今回は、会社から損害賠償請求された場合の対応方法について解説しました。
会社から損害賠償請求を受けても、必ずしも請求通りに認められるとは限りません。裁判になれば、会社側が、労働者の故意・過失、損害の発生と因果関係などを立証する必要があり、請求が認められなかったり、賠償額が大幅に減額されたりするケースもあります。
退職時のトラブルや業務上のミスに関する請求では、労使の感情的な対立が激化するケースも少なくありません。請求書や内容証明が届いても、すぐに支払いに応じてはならず、かといって感情的に反発してもいけません。まずは請求内容の妥当性を冷静に確認することが重要です。
不安を感じた場合は、弁護士へ相談して、適切な反論や交渉を行う必要があります。特に、会社から損害賠償請求の脅しを受けたときは、一人で抱え込まず、速やかにご相談ください。
- 会社から損害賠償請求を受けても、支払い義務が必ず生じるわけではない
- ミスがあっても、故意や重過失がない限り、賠償額は限定されることが多い
- 退職させないよう脅したり、過大な請求をしたりするのは違法である
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