会社内でのセクハラ・パワハラを防ぐために国の政策が充実してきたことで、違法なハラスメントに対抗する意識が社会に浸透しはじめました。
しかし、「パワハラは違法」という社会認識を盾に、上司の命令に従わない労働者も、残念ながら増えています。ちょっと注意しただけで「パワハラだ!」と部下に言われて困った、という管理職の方も少なくないはずです。
いわれのないパワハラ被害を部下から訴えられ、管理職労働者が解雇や降格などの不当処分を受けてしまうケースが跡を絶ちません。
パワハラで訴えられるのを恐れるあまり、部下に十分な指導ができなければ、会社の収益や管理職の方の人事評価にも悪影響を及ぼしかねません。
今回は、部下からパワハラで訴えられてしまった場合の、管理職の方の対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
1. パワハラとは?
パワハラ(パワー・ハラスメント)とは、職場内での優位な立場を利用して、適正な範囲を超えて、精神的・肉体的な苦痛を相手に与える行為、または、相手の職場環境を悪化させる行為のことです。
上司と部下という地位の違いを利用するケースが多いですが、これだけに限りません。
上司から部下に対する上下関係を利用したパワハラだけでなく、先輩と後輩、経験や専門知識の差など、職場内での人間関係や力関係を利用した嫌がらせやいじめはパワハラになる可能性があります。
1.1. パワハラは6つのタイプがある
パワハラには、大きく分けて、次の6つのタイプがあります。
このタイプに明らかにあてはまる場合だけがパワハラなわけではないですが、「パワハラかどうか。」をスピーディに判断するためにも、まずは典型的なパワハラ事例を理解するようにしてください。
- 身体的な攻撃
殴る、蹴る、物で叩くなど、暴行を伴うタイプ。 - 精神的な攻撃
同僚の前で怒鳴りつける、一斉送信メールで、名指しで罵倒する、必要以上に長時間に渡ってしつこく叱る、といった、精神的ストレスを与えるタイプ。 - 人間関係からの切り離し
1人だけ席を離す、飲み会に1人だけ誘わない、無視をするなど、職場の人間関係から切り離して、対象者を孤立させるタイプ。 - 過大な要求
ノウハウが分からない新人に仕事を押し付ける、残業しないと達成できない量のノルマを課し、達成できなければ人事評価を下げる、といった嫌がらせを伴うタイプ。 - 過小な要求
上記とは逆に、ドライバーなのに電話番だけをさせる、デザイナーなのにお茶汲みしかさせないなど、能力に見合った業務を与えず、対象者を苦しめるタイプ。 - 個の侵害
交際相手をしつこく聞く、妻や家族の悪口を言う、人格攻撃をするなど、仕事とは無関係の個人的な攻撃や嫌がらせを伴うタイプ。
今回のテーマでもある、「部下からパワハラだと言われた上司」の例では、このいずれの例にも該当することが多いです。
1.2. パワハラの具体例
上記の6つのタイプの説明だけを見ても、具体的にどのようなケースがパワハラになるのか分かりにくいと思います。
そこで、実際にパワハラとして問題になったケースを、裁判例を参考にいくつかご紹介します。
- トヨタ自動車パワハラ事件
管理職の社員が、外部から出向してきた社員に対し、他の社員がいる前で「使い物にならない人はいらない」と発言する、長時間残業を強いる、などした上でうつ病を発症させた。 - 三井住友海上火災保険事件
管理職の社員が「意欲がないなら会社をやめるべき」「これ以上会社に迷惑をかけるな」などと書かれたメールを、嫌がらせの対象者本人だけでなく職場の同僚にも送信し、対象者の名誉を傷つけた。 - ネスレ配置転換事件
配置転換の要求を拒んだ社員に対して、仕事を与えない、管理職の前の席に移して監視する、「今週は何の仕事をするのか」などと嫌味をいう、他の職員から隔離するなどの嫌がらせを行い、精神的ストレスを与えた。
2. 「パワハラだ!」と言われることのリスク
では、パワハラの基礎知識を理解していただいたところで、今回のテーマでもある、「パワハラだ!」と部下から訴えられてしまった上司の対処法について、弁護士が順に解説していきます。
まずは、「パワハラ」と、部下から言われることに、上司である労働者にとってどのようなリスクがあるかを理解してください。そして、ただ漫然と「パワハラ」と言われることを怖がるのではなく、適切な対処法をとりましょう。
2.1. パワハラは違法
過剰なパワハラは、被害を受ける労働者の名誉やプライドを踏みにじり、精神的・肉体的に追い詰めていきます。
パワハラがエスカレートした結果、被害を受けた労働者が退職を余儀なくされたり、うつ病を発症したり自殺をしてしまう、というケースも稀ではありません。
労働者にとって重大な実害を伴うパワハラは、民法上の「不法行為」に該当する違法行為です。
とりわけ、精神的なダメージを与えるタイプのパワハラは被害者側の受け取り方が重要になってくるため、「このくらいなら大丈夫だろう。」と思っていても違法なパワハラと評価される場合があります。
「どの程度であればパワハラなのか。」という感覚は、部下と上司とで、その立場の違いによって大きく異なる可能性が高いので、慎重な配慮が必要となります。
2.2. 損害賠償請求のおそれ
違法なパワハラを繰り返せば、被害を受けた労働者から慰謝料などの損害賠償を請求されるおそれもあります。被害者は、弁護士に依頼するなどして、録音などの「動かぬ」証拠を周到に用意してくるので、訴えられたら、まず言い逃れはできません。
うつ病など、被害が深刻なケースでは、思いがけず高額な賠償金の支払いを命じられることもあるので注意が必要です。
特に、「パワハラだ!」と部下から訴えられた場合、その地位が高ければ高いほど、役職者ほど、より重い責任を負うこととなります。
2.3. 懲戒処分のおそれ
違法なパワハラの事実が露呈すれば、会社のイメージダウンにつながり、会社に大きな損失をもたらすことになります。
そうなれば、上司であるという強い立場を利用してパワハラを行った労働者は、解雇や降格などの厳しい懲戒処分を受けるおそれもあります。
「些細なことだ。」と思い込み、安易にパワハラに走れば、その後の人生を棒に振ってしまうかも知れません。
3. 厳しい言動=パワハラではない
部下から、「パワハラだ!」と強く主張されると、良かれと思って部下のために行った注意指導が、違法なことであるかのように錯覚してしまう上司の方も少なくないことでしょう。
しかし、厳しい言動がすべてパワハラにあたるわけではありません。むしろ、業務上必要な注意指導であれば積極的に行うべきであって、部下から「パワハラだ!」と言われても臆してはいけません。
3.1. 正当な指導はパワハラにならない
部下や同僚に厳しく当たることが何でもかんでもパワハラになるわけではありません。
冒頭に解説しましたように、「適正な範囲」を超えた嫌がらせやいじめがパワハラになるのであり、仕事ができない部下への注意など、「適正な範囲」で行われる正当な指導はパワハラにはなりません。
すなわち、「正当な指導」であれば、パワハラとはなりません。
3.2. パワハラの判断基準
上記の6つのタイプに該当するような行為は、明らかなパワハラであり、違法となることが明らかです。
しかし、上司の厳しい言動が部下に対する指導を内容とするようなケースでは、正当な指導といえるか、違法なパワハラに当たるのかを慎重に判断する必要があります。
厳しい言動がパワハラになるかどうかは、概ね以下の3つの観点から判断されます。
① 指導目的の正当性
上司の厳しい言動が、仕事のできない部下を育てる目的で行われたものか、それとも妬みや恨みなどの個人的感情から嫌がらせ目的で行われたものか、という観点。
クライアントへの対応が不適切な部下を叱るのは、部下を育てるために意味のある指導として正当化されますが、部下の態度が気に入らないというだけで理不尽に罵倒するような場合はパワハラになります。
② 指導内容の合理性
言動の内容が、業務の改善のために合理的なものかどうか、という観点。
部下の失敗点を指摘して具体的な改善方法を提示するような指導は正当と評価されます。
これに対して、指導の理由を告げることもなく「何をやっているんだ!」「ふざけるな!」などとただ怒鳴りつけるような言動は、業務の改善に役立たず、パワハラと評価される可能性があります。
③ 人格攻撃の有無
指導の言い回しが適切かどうか、という観点。
指導目的や指導内容がきちんとしたものでも、「こんな仕事もできないのか!」「クズ!」「やる気がないなら会社を辞めろ!」などと、人格攻撃を含む不適切な言い回しをすればパワハラになる可能性があります。
4. 「パワハラだ!」という訴えへの上司の対処法
冒頭でも言及しましたように、最近は、何でもかんでも「パワハラだ。」と主張してモンスター化する労働者も少なくありません。
管理職労働者の方にとっては、指導しないと人事評価が下がり、指導すればパワハラで訴えられる、という大きなジレンマを抱えることになり、さぞや頭を悩ませることでしょう。
部下を管理するという業務の性質上、最終的には指導をしなければなりませんが、その結果パワハラで訴えられたら、たまったものではありません。
そこで、以下では、いわれのないパワハラ被害を訴えてくる不届きな部下への対処法について、弁護士が解説していきます。
4.1. まず会社に報告する
会社業務について指導をしたことで部下と揉めたときは、まず会社に状況を報告するようにしましょう。
自分から会社に事情を説明することで、会社を味方につけることが、のちのちのトラブル解消のためには不可欠です。
特に、部下に対する厳しい注意指導は、会社の業務として、会社のために行っていることですから、「パワハラだ!」と言われたら、後ろめたいことがないのであれば、すぐに会社に報告すべきです。
4.2. 自己解決はNG!!
会社に相談せずに、部下との間だけで解決しようとすると、会社に密告されて大事になる可能性があります。トラブルを会社に報告しなかったことがパワハラの隠ぺい工作だと評価され、人事や裁判で不利になるかも知れません。
何より、会社を敵に回すことになり得策とは言えません。中には、「パワハラだから、会社に言わず金銭で解決した方がよい。」と迫ってくる部下もいるかもしれませんが、得策ではありません。
指導に関することで部下と揉めたときは、自己解決しようとせずに会社や弁護士に相談しましょう。
4.3. 論理的に反論する
正しい指導を行っているのであれば、尻込みをする必要はありません。部下の言い分に事実と食い違う部分があれば、落ちついて正しい事実関係を、時系列に沿って説明し、論理的に反論することが大切です。
パワハラで訴えられたことに焦って、しどろもどろな回答をすれば、かえって会社や裁判所の信用を失いかねません。
4.4. 正当性をきちんと説明する
また、自分の行った指導が正当だという確信があるのであれば、「パワハラだ!」と訴えられても、自信を持って主張することが大切です。
部下が嘘を付いているならば、必ずほころびが出てくるはずです。
指導に至った経緯や部下の失敗点、それに対する指導の適切さなどを、具体的にきちんと説明することができれば、それだけこちら側の言い分の信用性は高まります。
4.5. 労働審判でたたかう
いわれのないパワハラ被害を通報されて、会社から不当な懲戒処分を受けたとしても、労働審判でパワハラが事実無根であることを証明できれば処分を取り消してもらうことができます。
身に覚えのないパワハラを理由に不当処分をされてしまったときは、労働問題(人事労務)を得意とする弁護士に相談することをオススメします。
5. パワハラにならないためには?
以上、いわれのないパワハラを訴える部下への対処法について、弁護士が解説しました。
モンスター化した部下の振る舞いはそれ自体問題ですが、無用なトラブルを起こさないためには、管理職側としても、パワハラと疑われることがないように、言動に注意する必要があります。
最後に、パワハラにならないために注意すべきポイントについて、弁護士が解説します。
5.1. 言い回しを工夫する
繰り返しになりますが、指導目的や指導内容が正しいものだったとしても、言い方が過度に厳しかったり小言や悪口を挟んだりすればパワハラと受け取られても仕方がありません。
また、よくよく反省してみると、指導内容が適切でなかった、ということもあり得ます。
部下に指導する際には、状況に照らして指導内容が適切かどうかを、いま一度確認し、言い回しを工夫して指導にのぞむように心がけましょう。
5.2. 人格攻撃をしない
嫌がらせや個人攻撃ではなく、正当な指導であることが誰にでも伝わるように、仕事と無関係な人格攻撃を含む言動は慎みましょう。
ついうっかり口にしてしまえば、揚げ足取りのようにパワハラで訴えられかねません。仕事と関係ある注意指導にとどめるようにすることで、「パワハラだ!」と部下から言われるのを避けることができます。
5.3. 相手の受取り方を想像する
パワハラの被害感情は、指導を受ける部下の側の受け取り方に大きく依存します。自分の感覚に頼らず、「部下がどう思うか。」を考えてみてください。
指導の意図や改善方法がきちんと部下に伝わるか、過剰な言動だと受け取られないか、ということを想像しながら指導に臨むべきです。
5.4. アフターフォローを欠かさない
指導後に、部下に指導内容がきちんと伝わったかを確認し、過剰な言動だという指摘を受けた場合には、きちんと謝罪するようにしましょう。
アフターフォローを欠かさずに行えば、無益な争いを未然に防ぐことができます。
6. まとめ
今回は、部下からパワハラで訴えられてしまった場合の、管理職労働者の方の対処法について、弁護士が解説しました。
「いわれのないパワハラ被害」という言い方をしましたが、パワハラ事件の多くは、加害者が無自覚にパワハラを行ってしまった結果として起こっています。
指導を行う管理職労働者の方自身が、意識的にパワハラにならないように努めなければ、気付かない間にパワハラ被害を生み出してしまうかも知れません。その点は大いに反省する必要があります。
しかし、細心の注意を払って正しい指導をした上でもなお、「パワハラだ。」と騒ぎ立てる部下に対しては、負い目を感じる必要は全くありません。ご自身の身を守るためにも、徹底的に戦うべきです。
モンスター化した部下にお困りの管理職の方や、パワハラに基づく不当処分にお悩みの管理職の方は、労働問題に強い弁護士に、お早目に法律相談ください。