業務に起因して病気やケガを負ったら、それは労災です。
申請し、労災認定が下りれば保険が受給でき、治療中の補償がなされます。
しかし、労災保険からの給付には、慰謝料は含まれていません。
慰謝料とは、精神的苦痛に対する損害賠償のこと。
労災保険はあくまで療養や休業に必要な補償で、損失のすべてカバーしていないのです。
このとき、会社に責任あって病気やケガになったのなら、会社にも損害賠償を請求できます。
会社に請求できる賠償額には、精神的苦痛に対する慰謝料が含まれます。
労災の慰謝料の相場を知れば、損せず、十分な補償を得られます。
今回は、労災の犠牲となったとき、会社に損害賠償請求する方法と、労災の慰謝料の相場について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 労災の被害にあったとき、保険給付と別に、会社に慰謝料を請求できる
- 労災の慰謝料の根拠は、使用者責任または安全配慮義務違反の責任
- 労災の慰謝料の相場は、病気・ケガの入通院、後遺障害、死亡の3種類で異なる
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労災で請求できる慰謝料とは
労災とは、会社の業務が原因となった病気やケガのこと。
労働基準監督署に申請し、労災認定を受ければ、労災保険から給付を受けられます。
労災と、会社への損害賠償請求は、区別して考えなければなりません。
労災をもらえると、それで満足してしまう方もいます。
しかし、労災は、あくまで国の基準で払われる保険給付にすぎません。
これに対し、会社への請求は、民法上の根拠に基づく損害賠償責任です。
重大な違いは、労災保険からの給付には、慰謝料が含まれていないということ。
労災認定を受けるともらえるのは、次のとおり、療養や休業に必要な給付だけです。
- 療養補償給付(療養給付)
療養にかかる治療費 - 休業補償給付(休業給付)
療養のための休業によって失った収入の補填 - 障害補償給付(障害給付)
症状固定後に後遺症が残ったときもらえる給付 - 遺族補償給付(遺族給付)
労災により死亡したとき遺族がもらえる給付 - 葬祭料
死亡した人の葬祭にかかる費用 - 傷病補償年金
傷病が1年6ヶ月経過後も治らないときの給付 - 介護補償給付(介護給付)
介護を要する重度の後遺症があるときの給付
労災の慰謝料は、精神的苦痛という損失に対する賠償金です。
労災にあっても、慰謝料は、会社に損害賠償請求することで、はじめてもらえます。
労災保険だけで満足せず、必ず、慰謝料請求を忘れないでください。
労災認定が受けられる要件、手続きは、次の解説をご覧ください。
労災の慰謝料を請求できる理由
労災の慰謝料を請求するにも、法律上の理由が必要です。
慰謝料請求の根拠は、会社の使用者責任、安全配慮義務違反の責任のいずれかです。
なお、社長や上司のハラスメントのように「社員が直接の加害者となり、会社もまたその責任をともに負う」というケースだけでなく、「会社が、直接の加害者である」というパターンもあります。
このとき、慰謝料をはじめ損賠償の請求は、会社の不法行為(民法709条)を理由に直接請求できます。
例えば、労働者をやめさせようと違法な退職勧奨をしたケースだと、会社そのものが不法行為の主体。
このとき、会社に直接、治療費や慰謝料を請求し、責任を追及できます。
使用者責任を理由とした慰謝料請求
使用者責任とは、社員が「事業の執行」について不法行為によって損害を及ぼしたとき、雇用者が負う責任。
このとき、労働者の不法行為について、会社は連帯して責任を負います。
会社の社員が、他の労働者に被害を負わせたとき、例えば、パワハラ、セクハラなどのハラスメントがきっかけで病気やケガをさせてしまったとき、会社は、直接それらの違法行為に加担していなくても、使用者責任を負います。
被害者は、直接の加害者にも慰謝料を請求できますが、資力面では会社に請求するほうが有利。
損害賠償請求の訴訟を起こすなら、加害者と会社を、同時に被告とすることができます。
なお、労災の慰謝料請求は、まずは示談交渉からスタートします。
労災の示談について、次の解説をご覧ください。
安全配慮義務違反の責任を理由とした慰謝料請求
安全配慮義務違反の責任とは、会社が、社員を健康で安全に働かせる義務を怠ったことの責任。
安全な職場環境を提供するのは、会社の重要な責任であり、雇用契約により当然に生じる義務です。
労働者が、労災による病気、ケガが予想できるとき、会社は対策を講じる義務があります。
義務を果たさず、労災が起こってしまったら、会社は損害賠償責任を負います。
安全配慮義務違反が疑われるのは、例えば、次のケースです。
- 違法な長時間労働をさせ、過労死させてしまった
- 労働安全衛生法の安全対策を守らず、労働者がケガしてしまった
- 大規模地震への備えが十分でなかった
- 日常的なパワハラを放置し、うつ病を悪化させてしまった
安全配慮義務違反については次に詳しく解説します。
労災認定と慰謝料は別だが、認定を受けたほうが慰謝料をもらいやすい
以上のとおり、労災保険からの給付には慰謝料が含まれませんから、労災認定と慰謝料は別物。
労災認定が行政の基準で判断される一方、慰謝料は、使用者責任ないし安全配慮義務違反が認められるかという民法のルールにしたがい裁判所に判断してもらいます。
労災認定が下りなくても、会社に責任があれば慰謝料は請求できます。
ただ、いずれも会社で起こった事故やトラブルの責任ですから、まったくの別物ではありません。
会社への慰謝料請求の判断では、「労災が認められるかどうか」が、大いに参考とされます。
そのため、労災認定が下りれば、その分だけ、慰謝料請求も認められやすくなります。
また、労災手続きで、後遺障害等級の認定を得られれば、会社に対する損害賠償請求の場面でも、後遺症に応じた慰謝料の増額が期待できます。
慰謝料に影響するという点でも、労災認定が得られるかはとても大切。
労災認定や後遺障害等級認定に異議があるとき、不服申し立てを検討してください。
労災の慰謝料の相場
次に、労災の慰謝料の相場について解説します。
労災の慰謝料は、その負った病気やケガの重さ、結果に応じて、もらえる額が変わります。
相場を知らなければ、会社と交渉を進めるにあたり適正額をもらえず損するおそれがあり、注意が必要です。
入通院慰謝料の相場
病気・ケガの慰謝料を、法律用語で「入通院慰謝料」といいます。
労災でもらえる入通院慰謝料は、入院・通院の期間や頻度に応じて決まります。
入通院慰謝料の計算方法は、次の表のとおりです。
(縦が通院期間、横が入院期間です。)
0月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
0月 | 0 | 53 | 101 | 145 | 184 | 217 | 244 |
1月 | 28 | 77 | 122 | 162 | 199 | 228 | 252 |
2月 | 52 | 98 | 139 | 177 | 210 | 236 | 260 |
3月 | 73 | 115 | 154 | 188 | 218 | 244 | 267 |
4月 | 90 | 130 | 165 | 196 | 226 | 251 | 273 |
5月 | 105 | 141 | 173 | 204 | 233 | 257 | 278 |
6月 | 116 | 149 | 181 | 211 | 239 | 262 | 282 |
7月 | 123 | 157 | 188 | 217 | 244 | 266 | 286 |
8月 | 132 | 164 | 194 | 222 | 248 | 270 | 290 |
9月 | 139 | 170 | 199 | 226 | 252 | 274 | 292 |
10月 | 145 | 175 | 203 | 230 | 256 | 276 | 294 |
11月 | 150 | 179 | 207 | 234 | 258 | 278 | 296 |
12月 | 154 | 183 | 211 | 236 | 260 | 280 | 298 |
ただし、軽度な打撲や挫傷では、慰謝料が3分の2程度とされることがあります。
例えば、むちうちなどのケースです。
軽傷の場合の、後遺障害慰謝料の相場は、次の表で計算してください。
(縦が通院期間、横が入院期間です。)
0月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
0月 | 0 | 25 | 66 | 92 | 116 | 135 | 152 |
1月 | 19 | 52 | 83 | 106 | 128 | 145 | 160 |
2月 | 36 | 69 | 97 | 118 | 138 | 153 | 166 |
3月 | 53 | 83 | 109 | 128 | 146 | 159 | 172 |
4月 | 67 | 95 | 119 | 136 | 152 | 165 | 176 |
5月 | 79 | 105 | 127 | 142 | 158 | 169 | 180 |
6月 | 89 | 113 | 133 | 148 | 162 | 173 | 182 |
7月 | 97 | 119 | 139 | 152 | 166 | 175 | 183 |
8月 | 103 | 125 | 143 | 156 | 168 | 176 | 184 |
9月 | 109 | 129 | 147 | 158 | 169 | 177 | 185 |
10月 | 113 | 133 | 149 | 159 | 170 | 178 | 186 |
11月 | 117 | 135 | 150 | 160 | 171 | 179 | 187 |
12月 | 119 | 136 | 151 | 161 | 172 | 180 | 188 |
また、通院が長期かつ不規則なときには、通院にかかった期間で計算するのではなく、実通院日数の3.5倍を目安に慰謝料を計算されてしまうこともあります。
入通院慰謝料を増額したいなら、医師の指示にしたがい定期的に治療に通うのがポイントです。
後遺障害慰謝料の相場
入通院慰謝料がもらえるのは、症状固定、つまり、「これ以上治療しても症状が変わらない」というタイミングまでであり、その後は、後遺障害等級の認定を受けられれば、後遺障害慰謝料をもらえます。
後遺障害慰謝料は、1級〜14級の等級に応じて、次のように定められます。
後遺障害等級 | 後遺障害慰謝料 |
---|---|
第1級 | 2800万円 |
第2級 | 2400万円 |
第3級 | 2000万円 |
第4級 | 1700万円 |
第5級 | 1440万円 |
第6級 | 1220万円 |
第7級 | 1030万円 |
第8級 | 830万円 |
第9級 | 670万円 |
第10級 | 530万円 |
第11級 | 400万円 |
第12級 | 280万円 |
第13級 | 180万円 |
第14級 | 110万円 |
死亡の慰謝料の相場
労災によって死亡してしまったとき、死亡慰謝料を請求できます。
このとき、すでに被害者は死亡していますから、遺族が相続し、請求します。
労災の死亡慰謝料の相場は、一家の支柱の方であれば2800万円、それ以外は2000万円〜2500万円が目安です。
労災死亡事故における救済については、次の解説をご覧ください。
労働者に過失があると、労災の慰謝料は減額される
労災事案のなかには、労働者にも過失があることもあります。
労働者の過失のみで起こったなら労災にはなりませんが、一方で、会社の不適切な行為や管理不足と、労働者の過失とがあいまって起こる労災もあります。
労働者にも過失があるなら、会社に損害賠償請求できる慰謝料の額は減額されます。
これを、法律用語で「過失相殺」といいます(民法722条)。
労働者にも過失のある労災には、次の例があります。
- 通勤中の事故にあったが、労働者にも不注意があった
- 上司から指示された作業工程を守らず、作業機械にはさまれてしまった
- パワハラでうつ病になったが、プライベートも不摂生な生活だった
このとき、過失割合に基づいた額が、請求できる慰謝料額の目安となります。
例えば、労働者の過失が3割、会社の責任が7割なら、30%減額され、70%の慰謝料を請求できます。
一方で、労災保険では、過失は考慮されません。
労災認定が受けられれば、治療や休業の補償が受けられるものであり、この際に、労働者の過失がどれだけあるかは、関係しないためです。
労働基準監督署が労災と判断すれば、労働者に過失があれど、保険給付は満額もらえます。
労災の慰謝料を請求する時の注意点
最後に、労災の慰謝料を請求する時、損しないために知っておきたい注意点を解説します。
労災の慰謝料の時効
労災の慰謝料の時効は、その請求の根拠によって異なります。
まず、使用者責任を理由に請求するケースでは、不法行為の時効によります。
このとき、労災の慰謝料の時効は、損害及び加害者を知ったときから3年が原則。
ただし、生命や身体を侵害する不法行為だと、時効期間は5年に延長されます。
次に、安全配慮義務違反を理由に請求するケースでは、債権の時効によります。
このとき、労災の慰謝料の時効は、請求権があると知ったときから5年が原則。
なお、請求権が行使できるときから10年経つと、権利行使できなくなります。
時効のルールは、2020年4月1日施行の改正民法で大きく変更されたので注意してください。
労災の慰謝料請求するとき、その他の労働問題の時効も、参考にしてください。
労災の慰謝料に税金はかからない
労災の慰謝料には、税金はかかりません。
つまり、非課税です。
損害賠償は、被害者の救済であり、税金はかからないとされるからです。
また、労災保険からの給付にも税金はかかりません。
そのため、給付額が、手取りの金額となります。
逸失利益についても、心身に加えられた損害であれば税金はかからないこととなっています。
労災の慰謝料を、会社以外に請求できる場合もある
労災の被害にあうと、保険給付と別に、会社に慰謝料を請求できると解説しました。
ただし、慰謝料を請求できる相手は、会社だけではない点を理解しましょう。
支払能力のない会社、倒産した会社、悪質な労災隠しで、慰謝料の支払いに応じない会社などでは、会社以外にも請求する方法を試してください。
つまり、社長への請求、注文者への請求、土地工作物の管理者への請求です。
社長への請求
社長には、会社の労務管理のすべての責任があります。
労災について社長に管理責任があるなら、社長にも慰謝料請求できます。
請負契約の注文者への請求
請負契約を締結しているとき、注文に従って業務し、労災にあった例。
このとき下請の社員も、元請や発注者に慰謝料を請求し、責任追及できるケースがあります。
土地工作物の管理者への請求
「土地工作物」とは、地上や地下にある構築物全般のこと。
業務中に、工作物が倒壊するなどの事故で労災にあったとき、その工作物が置かれた土地の占有者または所有者に損害賠償を請求できます。
労災について弁護士に相談するとき、次の解説をご覧ください。
まとめ
今回は、業務中のトラブルで労災の犠牲となった方が知っておきたい、損害賠償の知識を解説しました。
労災はあくまで、療養費や、休業補償の一部にすぎません。
病気やケガで働けなくなってしまったとき、労災だけでは十分な補償とはいえません。
心に負った精神的なキズについて、慰謝料による補償はまったく含まれていません。
社長や上司のハラスメントや、労務管理の不足によって損害を受けたなら、会社に賠償請求すべきです。
会社に損害賠償請求するとき、労災の慰謝料の相場を理解し、損しないよう請求しましょう。
- 労災の被害にあったとき、保険給付と別に、会社に慰謝料を請求できる
- 労災の慰謝料の根拠は、使用者責任または安全配慮義務違反の責任
- 労災の慰謝料の相場は、病気・ケガの入通院、後遺障害、死亡の3種類で異なる
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【労災と休職】
【過労死】
【さまざまなケースの労災】
【労災の責任】