残業代請求を検討している場合には、最も重要なことは、証拠収集を行うことです。
残業代の証拠収集は非常に慎重に行う必要があります。例えば、「タイムカードの写しが必要。」と言われても、退職してしまった後でタイムカードの写しを労働者側が入手することは非常に困難です。
残業代請求を検討している場合には、会社に対して残業代を明示的に請求する前に、まずは残業代を請求するのに必要な証拠が十分手元にあるかに注意してください。
そして、手元に残業代を証明する証拠が乏しい場合には、今後入手できる可能性があるかを十分に検討した上で行わなければなりません。
労働審判、訴訟といった法的手続になれば、「証拠が命」です。
残業代の基礎となる「残業を行ったという事実」については、労働者側に立証責任があります。すなわち、労働者側で残業を行った労働時間を立証できなかった場合には、残業を行った事実は存在しないものとして扱われるということです。
労使関係においては会社側が多くの証拠をもっているので、労働者側の証拠入手は容易でないことが一般的です。労働審判、訴訟などの法的手続では一定の救済がなされるケースも少なくありませんが、まずは残業代請求前に入念な準備を心がけるべきです。
今回は、残業代請求に必要となる証拠について解説します。残業代請求のためにどのような証拠を収集すべきかは、労働問題に強い弁護士へ相談下さい。
1. 残業代請求で、なぜ証拠が重要?
まず、残業代請求をするのに、なぜ証拠が重要となるのでしょうか。ブラック企業に酷使されている労働者にとっては、「無駄に働かされた。」「救済されて当然。」という気持ちを強く持っているでしょう。その気持ちは痛いほど理解できます。
しかし、相手はブラック企業です。あなたが会社に対して残業代を請求した場合、どのような対応が待っているかは、説明せずとも簡単に理解できるでしょう。
単に「残業代を支払ってください。」と請求したとしても、多くの場合「残業は発生していません。したがって、支払う残業代はありません。」といった回答が予想されます。
残業代を支払わなくても良い方法、制度は様々あり、これらはいずれも労働法、裁判例によって認められた厳格な要件をクリアして初めて認められるものですが、ブラック企業にはそのようなことは関係ありません。就業規則、労働法、裁判例を駆使して何らかの理由をつけ、残業代の支払を拒否するという対応が通常でしょう。
中には、嘘をついてまで残業代請求を拒絶する会社すらあります。
ブラック企業の不誠実な対応に打ち勝つためには、第三者の判断、すなわち、裁判所における法的な判断をもらう必要があります。
しかし、裁判所は、労使関係の外にいる第三者ですから、あなたが「残業をしました。」と言うだけでは信じてもらえません。これは「ブラック企業の味方」ということではなく、無関係の第三者であり、残業の事実を経験していないわけですから、当然のことなのです。
したがって、部外者である裁判所に対しても、残業の事実が存在したことを説明するために、証拠が必要となるのです。
そして、法的な残業代請求に役立つ証拠は、何も労働審判、訴訟のみで効果を発揮するわけではありません。会社と労働者の話し合いの段階であっても、労働者が証拠を持って説得的に会社に対して残業代請求の理由を説明すれば、労働審判、訴訟等になると残業代の支払を命じられることが予想されるとなれば、会社も話し合いの段階で残業代請求に応じてくれやすいといえます。
労働者本人の請求に対する会社の対応があまりに不誠実な場合には、労働問題に強い弁護士へご相談ください。
2. 残業代の証拠とは?
残業代請求の際に、証拠として重要なのは、次のものです。
まず、基本的な証拠として、次のものが手元にある場合には、確実に保管しておきましょう。
退職前に残業代請求を思いついた場合には、これらの基本的な証拠は比較的入手しやすいので、無理しない範囲で証拠の入手を検討してください。
- 就業規則
- 雇用契約書
- タイムカードのコピー
- 給与明細書
更にこれに加えて、会社担当者とのメールのやり取り、交渉記録、残業を行っていた時期の日記等があれば、より残業時間の立証を行いやすくなります。
基本的な証拠によって立証すべきは、次の2点です。
- 残業代の発生する残業時間の労働が存在すること
- 会社から残業代が支払われていないこと
そのため、「タイムカードが入手できない。」「就業規則がそもそも会社にない。」といった、基本的な証拠を欠く場合であっても、残業代請求を諦める必要はありません。
次の証拠も、労働時間を立証するために有用であるとされた裁判例もあります。残業代請求のためにどのような証拠を収集すべきかは、労働問題に強い弁護士へ相談下さい。
- セキュリティカードの履歴
- 家族への帰宅メール
- 日報、日誌に記載された時間
- 業務用パソコンのログイン、ログオフ履歴
- 出勤・退勤時の報告メール
- 会社内の時計を撮影した写真
むしろ、「労働時間を把握していない。」「法律で義務付けられているのに就業規則を備え置いていない。」というブラック企業は、残業代未払いとは別の労働法違反行為となるおそれがあります。
残業代請求を行う際には、その他の労働法違反の行為についても、別途、指摘しておくべきです。
労働審判、訴訟となったときに、「労働者が就業規則の閲覧を要求したのに、残業代請求を恐れて就業規則を隠した。」「労働時間の把握方法が適切でない。」と認定されれば、労働者側に有利な事情となります。
3. 残業代請求に必要な証拠が入手できない場合は?
残業代請求に必要となる証拠がどうしても入手できない場合であっても、あきらめるのはまだ早いです。
「なぜ証拠を入手できなかったのか?」という理由を、労働審判や訴訟の場で説明し、それが合理的な理由であれば、次のように様々な手があります。労働者を保護するため、活用できる手を知っておいてください。
- 裁判所から会社に対して証拠の提出を命じてもらう方法(訴訟指揮)
- 文書提出命令
- 証拠が存在しないことを主張し、会社に不利にはたらく効果を生む方法
以上の方法によって、証拠が収集出来なかったのが、会社側の時間管理が適切ではなかったことを理由とするなど、労働者(あなた)側に有利な判断を勝ち取ることができます。
常時10人以上の労働者を使用する事業所には就業規則を備え置く義務があります。
使用者(会社)側が、労働基準法の義務に違反して就業規則を作成すらしていなかった結果、就業規則が入手できないのであれば、就業規則が入手できないのは会社の責任です。
したがって、就業規則が入手できなかったとしても、残業代の請求が可能ですし、証拠も十分であるといえます。
会社は労働者の労働時間を適切に把握する必要があり、必ずしもタイムカードによって把握しなければならないわけではありません。
ただ、タイムカードを導入しないのであれば、それ以外の適切な方法で、労働時間を把握しなければなりません。労働時間が法定労働時間を越えれば、残業代を支払わなければならないからです。
したがって、タイムカード以外の証拠によって「残業を行ったこと」が推測できる程度の証拠を準備できれば、むしろ「労働者の労働時間を全く把握していなかった。」という事実は、会社に不利な結果を導く可能性が高いです。
残業代請求のためにどのような証拠を収集すべきかは、労働問題に強い弁護士へ相談下さい。
4. 残業代請求の証拠をどう活用すればよいの?
最後に、今回の解説を参考にして、退職前に収集した証拠を、どのように活用して残業代請求をすればよいのか、について、弁護士が解説します。
残業代請求は、証拠を収集し、残業代の計算をするところまでで、1つのハードルを越えたといってよいでしょう。
しかし、油断してはなりません。残業代請求を、法的手続を活用しておこない、実際に残業代を回収するまで気を抜いてはいけません。
証拠が十分とはいえない場合には、引続き、残業代請求に活用できる証拠がないかどうか、検討し続けてください。
4.1. 【話し合い】で活用すべき残業代の証拠収集テクニック
話し合い(任意交渉)は、労働者(あなた)が使用者(会社)に対して内容証明郵便で残業代を請求することからはじまります。
話し合い(任意交渉)の場合には、労使間のお互いの譲歩が重要であり、かならずしも法律どおりの残業代金額で解決するわけではありません。そのため、「証拠はそれほど重要ではないのでは?」と考えてしまうと、不利な解決になりかねません。
まず、話し合い(任意交渉)の際、弁護士はいつも、「その先の労働審判、裁判でどのような解決となりそうか?」という予想を立てながら方針を決定します。
労働審判、裁判で勝てそうであれば、譲歩をする必要はありませんし、他方で、労働審判や裁判で負けそうであれば大きく譲歩しなければなりません。
このことは、使用者(会社)側の依頼を受けた弁護士も同様です。そのため、残業代請求をする際に、残業代を証明する証拠が多くあることを示し、交渉をすることが、会社の譲歩を引き出すために重要となります。
4.2. 【労働審判】で活用すべき残業代の証拠収集テクニック
話し合いで解決しない場合、次は労働審判で残業代請求をします。
労働審判は、裁判官がメインに進める法的手続ですので、証拠が非常に重要となります。
労働審判で証拠を活用する際に気を付けておいていただきたいのは、労働審判というスピードを重視した手続きでは、すべての証拠を念入りに精査してもらえるわけでは、必ずしもないという点です。
労働審判における残業代トラブルの解決は、ある程度お互いの譲歩を含んだ、ざっくりとした金額になりがちです。
しかし、これは「だから、労働審判では証拠収集はあまり必要ない。」と言っているわけではありません。むしろ、入念に精査されないからこそ、残業代の証拠は徹底的に収集しておかなければなりません。
労働審判で納得がいかなかったときに裁判に移行することを予定しているのであれば、なおさらです。
4.3. 【裁判】で活用すべき残業代の証拠収集テクニック
残業代トラブルを解決する最終手段が、裁判を提起することです。
裁判では、当然ながら証拠が一番重要です。裁判官の判断は、証拠のない事実はまったく認めてくれません。
労働審判と異なり、裁判では、証拠は入念に精査されます。裁判では、労働審判が3回の期日で終わるのと異なり、裁判官が判断できるようになるまで、何回でも期日を行うことができるからです。
裁判で残業代トラブルを争う場合には、できる限り早く証拠収集を進めてください。
5. まとめ
残業代請求を会社に対して行う場合には、できる限り早く(できれば退職前に)、適切な証拠を十分に集めておく必要があります。
残業代請求に必要な証拠と、その活用方法について、弁護士が解説しました。
残業代請求をお考えの労働者の方は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。