残業代を請求するためには、正確な計算方法を理解しなければなりません。
残業代を請求したいという法律相談をする労働者の中には、次のように、お悩みが曖昧な方も少なくありません。
- 「なんかちょっと残業代が足りないような気がする。」
- 「こんなに長時間働いているのに、残業代が少ない。」
- 「一応残業代は支払われているのだけれど、最近理由もなく減ってきている。」
このような悩みを持つ労働者の中には、会社が残業代の計算方法を知らなかったり、わざと少なく計算したりしている可能性があります。
残業代の正確な計算方法を知らなければ、わざと少なく計算して残業代の支払を免れようとする会社に対して、適切な残業代を請求することはできません。
もちろん、残業代が一切支払われていない労働者の方も同様に、残業代請求をする際には正確な計算方法の知識が必須です。
残業代の計算方法が複雑であるため、ざっくり計算してある程度もらえていれば諦めてしまう方もいますが、会社の計算方法は労働者に対して著しく不利なものになっているおそれもあります。
今回は、残業代の基本的な計算方法を解説します。労働者の地位、役職、就業規則上導入されている会社の制度によっては、異なる計算となるケースもあります。
残業代は、労働者自身でも請求できますが、計算方法は複雑ですので、いくらの残業代が未払いとなっているか不明な場合には、労働問題に強い弁護士へご相談ください。
目次
1. 残業代の計算式
残業代の計算方法の基本は、次の計算式の通りです。この計算式に、適宜必要な情報を当てはめることによって、基本的な残業代を計算することができます。
- 残業代 = 基礎単価 ÷ 平均月間所定労働時間 × 割増率 × 残業時間
残業代の計算式を理解できれば、あとは基本的な情報を証拠によって認定し、当てはめるだけであなたの請求できる残業代が簡単に計算できます。
そこで、残業代の計算式を作っている、
- 「基礎単価」
- 「平均月間所定労働時間」
- 「割増率」
の3つの要素の定義が問題となります。
なお、残業代を請求するためには、これらの要素を知るだけでなく、立証するための証拠を収集しなければなりません。
2. 残業代の「基礎単価」とは?
まず、残業代請求の際の、「基礎単価」について解説します。
2.1. 「基礎単価」は、時間に対して支払われる賃金
残業代の基礎単価とは、労働者が働くことによって会社から得ている賃金のうち、時間あたりの労働に対して支払われるという意味を持つ賃金のことを意味します。
残業代は、長時間労働したことに対して支払われるものですので、労働時間に対して支払われている賃金は、残業で長時間労働すればそれだけ多く支払われるべきものです。
これに対して、労働時間に対して支払われるのではなく、その他の根拠に基づいて支払われている賃金の場合には、残業で長時間労働をしたとしても、労働時間に比例して多く貰うべきものとは考えられません。
そのため、労働時間に比例して支払われるわけではない賃金を「除外賃金」として賃金の総額から控除した金額が「基礎単価」となるのです。
例えば、福利厚生的な意味合いで支給されている賃金は、労働時間が長くても短くても、一定程度の支給とするべき性質のものであるといえます。
2.2. 残業代の除外賃金とは?
そこで、労働時間に対して支払われているわけではない除外賃金とは、どのようなものでしょうか。
一般的な会社では、賃金は、「基本給」と「手当」に分けて支給されています。
このうち、「基本給」は所定労働時間働くことに対して支給されている賃金ですから、労働時間に対して支払われており、労働時間が長時間となればそれに比例して多額となるべき性格の賃金です。
これに対して、手当の中には、労働時間に関わらず一定であるべき性質の賃金、すなわち、残業代の基礎単価から除外すべk賃金が含まれています。
労働基準法及び、その施行規則では、除外賃金について、次の通りの規定があります。
労働基準法37条5項割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
労働基準法施行規則21条労働基準法第37条第5項の規定によって、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第1項 及び第4項 の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
これら労働法の法律及び規則のルールによれば、残業代の基礎単価から除外すべき除外賃金とは、次のものです。
この「除外賃金」はいずれも、労働時間が長時間であろうがなかろうが、一定程度の支給とするべき賃金です。
- 家族手当
- 通勤手当
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金
除外すべき賃金に該当するかどうかは、その賃金の名称によって判断するのではなく、実質によって、労働時間に対して支払われている性質かどうか、という観点から判断しなければなりません。
例えば、名称が「住宅手当」という除外賃金に該当しそうな名称の手当があったとします。
「住宅手当」が除外賃金に該当するのは、住宅を有しているか、もしくは、家賃がいくらであるかといった、労働時間とは全く無関係の理由によってその支給の有無、金額が異なるためです。
そのため、「住宅手当」であっても従業員全員に一律に手当を支給することとなっていた場合には、これは労働時間に対して支払われた賃金であろうと考えられることから、残業代の基礎単価から除外される除外賃金には該当しないこととなります。
3. 残業代の「平均月間所定労働時間」とは?
さきほど解説した残業代の「基礎単価」を、「月間所定労働時間」で割ることによって、簡単にいうと、「時給」を算出することができます。
つまり、あなたが現在の賃金で、1時間働いた場合にいくらの賃金を得られるか、ということです。
労働者が賃金を得る制度には、時給以外に、月給、日給等様々な定め方がありますが、残業代の計算は、時給計算が基本となります。
そのため、基礎単価を月間所定労働時間で割ることによって、残業代の基本となる時給を算出する必要があります。
平均月間所定労働時間は、会社の労働日、休日の定め方によって異なってくるため、正確に計算する場合には、会社の1年の労働日カレンダーが必要となります。
正確な平均月間所定労働時間を知ることが困難な場合、会社に対して残業代請求をする際には、労働基準法に基づいた一般的な平均月間所定労働時間を次の通り算出します。
- 閏年でない場合
:平均月間所定労働時間=( 365日 ÷ 7日 ) × 40時間 ÷ 12ヵ月 = 173.8時間 - 閏年の場合
:平均月間所定労働時間=( 366日 ÷ 7日 ) × 40時間 ÷ 12ヵ月 = 174.2時間
労働基準法通りに算出した労働条件よりも不利な労働条件は、労働基準法が強行法規であることから違法無効となります。
労働基準法に違反はしていないものの、正確な情報によると労働者の請求額よりも残業代が少なくなるという場合には、その旨会社が反論すべきです。
会社よりも持っている情報の少ない労働者に対し、正確な残業代を算出することを強いるのは不当です。
4. 残業代の「割増率」とは?
「基礎単価÷平均月間所定労働時間」によって、あなたが1時間働いたことによって、その労働時間に対して支払われる賃金を計算することができました。
そして、これに残業代の「割増率」を乗じることによって、あなたが残業を1時間したことによって、その残業時間に対して支払われる賃金を算出することとなります。
ここまで来れば、あとはこれに残業時間を乗じれば残業代が計算できます。
「割増率」は、労働基準法によって、各残業時間に対して、それぞれ最低限の割増率が規定されています。
そのため、労働基準法に定められた割増率を下回る割増率を、労使間の合意で定めることはできません。労働基準法以上の割増率を合意によって定めることは可能です。
労働基準法に定められる割増率の下限は、次の通りです。
- 時間外残業に対する割増率 25%
- 休日残業に対する割増率 35%
- 深夜残業に対する割増率 25%
- 時間額∔深夜の割増率 50%
- 休日∔深夜の割増率 60%
これに加えて、会社に対してより長時間労働を強制する場合にはこれ以上の残業代を支払わせ、長時間労働を抑制するために、1か月につき60時間を超えた残業に対しては、割増率の下限が5割となります。
1か月につき60時間を超えて残業をした場合には、相当高額な残業代を請求することができることとなります。
ただし、一定の規模以下の中小企業については、当分の間この60時間超えの割増率は猶予されています。
なお、1か月80時間労働を過労死ラインと呼び、これ以上の労働を継続すると過労死、メンタルヘルスなどの心身の健康を損なう可能性があるとされていますから、残業代が支払われていればどれだけ長時間労働させてもOKということではありません。
月60時間を超える時間外労働の割増率を「50%以上」とすることについての、中小企業への猶予措置について、「働き方改革」における政府の答申によれば、2022年4月1日には、猶予措置が廃止される予定であるとされています。
ー 平成29年9月15日付「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」
5. まとめ
残業代の計算式によって、残業代を計算し、会社に対して請求をします。
残業代も賃金の一種であり、賃金は月に1回以上支払わなければならないことが労働基準法上定められていることから、残業代もまた、1か月ごとに計算します。
残業代の時効は2年であり、その起算点は、残業代の支払日から起算して考えます。したがって、請求時点からさかのぼって、2年までの間に支払われるべきであった残業代は、すべて請求することが可能です。
正確な残業代を計算して請求したい場合、労働問題に強い弁護士へご相談ください。