「残業代」は、「労働時間」が、1日8時間、1週間40時間を超えた場合に請求できます。
そのため、「どのような時間が労働時間に含まれるのか?」を正確に理解しておかなければ、残業代を正しく計算することはできません。
つまり、「労働時間」についての知識が不足しているということは、つまり、請求することができるはずの残業代を請求し損ねている可能性があるということなのです。
特に「仮眠時間」「休憩時間」についての法律相談は非常に多く、残業代請求をしたいと考える労働者の方が、損をしやすい問題の1つともいえます。夜勤・宿直などの多い業種では、「仮眠」を含めると24時間労働!といったケースもあり得ます。
使用者(会社)から「仮眠」を指示されており、労働をしていなかったとしても、その時間のうちの一部は、「労働時間」に含まれるかもしれません。
今回は、残業代請求をするときに知っておいていただきたい、「仮眠時間」が労働時間となるかどうかの問題について、弁護士が解説します。
残業代の請求をお考えの労働者(従業員)の方は、労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。
1. 仮眠時間であっても残業代請求は可能!
「仮眠時間」「仮眠」「休憩」と会社に言われたとしても、このことばにだまされないようにしてください。
要するに、「仮眠時間」という用語に意味があるのではなく、その内容が重要であるということです。
どのような指示をされているかによって、会社が「仮眠時間」「仮眠」「休憩」などと指示をしている時間であったとしても、「労働時間」に当てはまるケースがあるということです。
労働時間が長時間になり、長時間のサービス残業の結果、残業代が支払われていなければ、追加で残業代を請求することができるということです。
「仮眠時間だから残業代は支払わない。」という会社側の言い分が「絶対」ではありません。
「実際には仮眠ができていなかった。」とか、「仮眠時間が長すぎて、拘束時間が長時間になりすぎる。」といったケースの場合、残業代請求が可能であるかどうか、専門的な判断を弁護士にお願いするのがよいでしょう。
「仮眠時間」「仮眠」「休憩」などといった言葉を、残業代を支払わないために多用するブラック企業にご注意ください。
2. そもそも「仮眠時間」の定義は?
「仮眠時間」のあいだの残業代を請求することができるかどうかについて、解説していきます。
この「仮眠時間」「仮眠」というものが、どのようなものであるかを明らかにした上で、残業代の対象となるかを検討していきましょう。
今回のテーマである「仮眠」中の時間が「労働時間」として残業代が支払われるのかどうか、ということは、法律では決まっていません。
労働者の権利を定める労働基準法でも、「仮眠」「仮眠時間」のいずれの定義もないからです。
そして、「労働時間」というのがどのようなものであるかは、裁判例で決まっています。
そこで、会社が言う「仮眠」「仮眠時間」という言葉にだまされることなく、裁判例でいう「労働時間」の定義にあてはまるかどうかをチェックしていく必要があります。
3. 裁判例での「労働時間」の定義は?
残業代を請求できる「労働時間」の定義は、労働基準法をはじめとした法律には定められていないと解説しました。
では、何で決まっているかというと、次のような有名な判例で決まっています。
三菱重工業長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるものではない。
この裁判例の重要なポイントは、次の2つです。
- 使用者(会社)の指揮命令下に置かれている場合には、「労働時間」にあたる。 → 残業代の請求ができる。
- 指揮命令下に置かれているかどうかは、会社が作成したルールにはよらない。
これを、今回解説します「仮眠時間」のお話にあてはめて考えますと・・・
- 仮眠時間であっても、会社からの命令があれば労働時間にあたるケースがある。
- 仮眠時間が労働時間にあたるかどうかは、会社からどのように決められているかにはよらない。
つまり、会社から「仮眠時間であるから、残業代は不要である。」と言われたとしても、実際に判例にあてはめて考えると、残業代を請求できるケースもあるということです。
4. 「仮眠時間」は「労働時間」にあたる?
では、さきほど説明しました裁判例での「労働時間」の定義に具体的にあてはめて、「仮眠時間」について考えてみましょう。
結論からいえば、仮眠時間であっても労働時間にあたる場合があり、その場合には、長時間労働になれば、残業代請求が可能です。
簡単にいうと、「仮眠時間」といいながら、何かに対応をする必要がある時間は、「労働時間」にあたる可能性が高いといえます。
例えば、労働時間にあたり残業代を請求できる可能性の高い「仮眠時間」とは、次のようなケースです。
- 「仮眠時間」「休憩」などと指示されているが、実際には自由に利用することができない時間である。
- 「休憩時間」とされているが、お客様の来店が多く、対応しなければならない。
- 宿直中であっても、定期的に巡回、警備をしなければならず、休むことはできない。
- 「仮眠時間」とされているが、電話が頻繁になり、応対を義務付けられている。
これらに当てはまる「仮眠時間」が長時間指示されている方は、残業代請求を、専門家である弁護士に検討してもらった方がよいかもしれません。
仮眠時間が、形ばかりの形式的なものであって、実際には労働を余儀なくされているような場合、その頻度や対応の義務付けによって、「労働時間にあたるか?」について、ケースバイケースで判断しなければなりません。
5. 「仮眠時間」を労働時間であると判断した裁判例
仮眠時間が労働時間にあたると判断した重要な裁判例に、大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日判決)という重要なケースがあります。
これは、ビル管理業務という、仮眠時間の多い業種について、会社が仮眠時間としていた時間が労働時間にあたると判断したケースです。
この裁判例を見ていただければ、どのような場合に、仮眠時間が労働時間にあたるのかが理解いただけるのではないでしょうか。
大星ビル管理事件では、まず、さきほど解説しました「労働時間」の定義のとおりに説明をし、使用者(会社)の指揮命令下におかれている場合には「労働時間」にあたるといっています。
労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間が労基法上の労働時間に該当するか否かは,労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである(三菱重工業長崎造船所事件)。
そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。
したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。
そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。
その上で、大星ビル管理事件では、仮眠時間について、一定の業務が義務付けられている場合には、労働から解放されているとはいえず、労働時間にあたると判断しています。
具体的には、仮眠室での待機と、警報や電話への対応という業務が義務付けられていることをもって、労働時間にあたるとしました。
本件仮眠時間についてみるに、労働者らは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。
したがって、労働者らは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて会社の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。
ただし、この「仮眠時間が労働時間にあたる。」という判断は、このケースについての判断であって、すべての仮眠時間が労働時間にあたるわけではありません。
残業代請求をするときには、業務の頻度、密度や、義務付けの程度によって、仮眠時間が労働時間となるかどうかは、ケースバイケースでの精密な判断が必要となります。
6. 夜勤・宿直などに残業代が発生しないケースとは?
労働基準法41条3号では、「監視・断続的業務に従事する労働者」というものを、残業代の例外として定めています。
つまり、この業務に当てはまる場合には、残業代を請求することができません。
労働基準法41条労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
- 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
- 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
- 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
そして、仮眠時間、休憩時間を長時間指示されることの多い、「宿直」「当直」「警備」といった業種は、これにあてはまる場合があります。
つまり、「仮眠時間が労働時間になり、残業代請求ができる!」と思っていたら、実は、残業代自体の例外にあてはまるため、残業代が請求できないといったケースもあるということです。
ただし、労働者の重要な権利である「残業代の請求」ができないという、この「監視断続的業務」であるとされるためには、次のような高いハードルがあります。
- 使用者(会社)が、行政官庁(=労働基準監督署)の許可を得ている必要があります。
- 監視、断続的労働の時間中に仕事をしなければならないとしても、その頻度が低いものであること
残業代請求ができないというケースはごく例外的なケースであるということです。
また、仮に監視、断続的労働にあてはまり、仮眠時間中の残業代を支払わなくてもよかったとしても、無給で働かせることができるわけではありません。
7. 仮眠時間の残業代を請求する方法
ここまでお読みいただければ、仮眠時間に対して残業代が払われていない方の中でも、「自分は残業代請求ができるはずだ。」と考える方も多いのではないでしょうか。
最後に、仮眠時間の残業代を請求する方法について、弁護士がまとめました。
仮眠時間の残業代請求を考えている労働者の方は、はたしてその仮眠時間が「労働時間」にあたるかどうか、残業代の正確な計算について弁護士に法律相談ください。
7.1. 【内容証明】で仮眠時間の残業代を請求する
まず、残業代を請求するときには、内容証明郵便という方法で、証拠の残る形で会社に対して通知を行います。
このとき、弁護士名義で内容証明郵便を送ると、「このまま残業代トラブルを放置しておくと、弁護士に訴訟をされてしまうかもしれない。」という無言のプレッシャーを加えることが可能です。
仮眠時間の残業代を請求する場合であっても、事前に、労働時間についての証拠を収集しておくことが重要です。
仮眠時間を証明する証拠とともに、会社が「仮眠時間」「休憩」などと指示していた時間について、どれだけ多くの業務を行わなければいけなかったのか、という点についても、証拠によって説明できるようにしておきましょう。
7.2. 【労働審判】で仮眠時間の残業代を請求する
内容証明郵便によっても、仮眠時間の残業代を支払ってもらえない場合、たとえば、「仮眠時間であるから労働時間にはあたらず、残業代は発生しない。」と会社が反論してきた場合には、裁判所で争うこととなります。
まずは、「労働審判」という、労働問題を争うための簡易な手続がありますので、こちらを利用しましょう。
仮眠時間を1分1秒正確に認定することは、労働審判では行われないのが通常ですが、「仮眠時間が労働時間にあたるか?」という争点について、裁判官をはじめとした労働審判委員の判断を得ることができます。
7.3. 【裁判】で仮眠時間の残業代を請求する
話し合いでも労働審判でも決着がつかない場合には、いよいよ裁判によって残業代請求を行うこととなります。
裁判で、仮眠時間の残業代を争うようなケースは、仮眠時間に行わせていた業務の分量や内容に争いがあるなど、そもそも労働時間にあたるかどうかについて、会社と労働者(従業員)の主張が、決定的に異なるようなケースが考えられます。
裁判における仮眠時間の残業代請求は、「仮眠時間が労働時間にあたるか?」という点に加え、1日1日の残業時間について、証拠に基づいて正確に認定していきます。
その分、裁判で残業代請求をする場合には、ある程度の審理期間がかかることが予想されます。
8. まとめ
「仮眠時間だから。」「休憩時間だから。」という使用者(会社)側の主張を鵜呑みにして、これ以上の残業代請求はできないのではないか、とお考えではありませんでしょうか。
会社がこのように「仮眠時間」の主張をしたとしても、その内容や行っている業務の分量によっては、「仮眠時間」が「労働時間」にあたり、残業代請求が可能な場合もあります。
仮眠時間の残業代を請求したいとお考えの労働者(従業員)の方は、労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。