トラックドライバーが、荷物を積み下ろしするときに、荷主の都合によって待機時間が発生することがあります。これを「荷待ち時間」といいます。
「荷待ち時間」は、トラックドライバーがどれほど効率よく動こうとしても、発生してしまう労働時間であり、残業代が支払われないとすると、タダ働きとなりかねません。
「運送業、運送会社の残業代」について解説したように、トラックドライバーは、特に長時間労働や未払い残業代が問題となっており、自身の健康を守るためにも、未払いとなっている残業代を請求すべきです。
今回は、「荷待ち時間」の記録が義務化されたことも踏まえ、トラックドライバーが「荷待ち時間」の残業代を請求する方法、理由を、労働問題に強い弁護士が解説します。
目次
1. 「荷待ち時間」も労働時間!
労働法の裁判例において、「労働時間」とは、労働者が、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいうとされています。
これは、トラックドライバー(運転手)の場合、荷積み、荷下ろしといった実作業に従事していない時間、例えば、待機時間、手待ち時間であったとしても同様で、これらの時間も労働時間にあたり、残業代が支払われる場合があります。
「荷待ち時間」とは、荷物の積み込みを行うときに、荷物の到着を待つために待機している時間のことをいい、次のとおり、通達でも「労働時間」にあたることとされています。
昭和33年10月11日基発6286号
- 貨物の積込係が貨物自動車の到着を待機しているいわゆる手待時間は、出勤を命ぜられ、一定の場所に拘束されている以上、労働時間である。
- 現実に貨物の積込を行う以外の時間には全く労働の提供はなく、いわゆる手待ち時間がその大半を占めているが、出勤を命ぜられ、一定の場所に拘束されている以上、労働時間と解すべきである。
したがって、完全に時間的、場所的拘束がなく、自由に利用をすることができる「休憩時間」でない限り、「荷待ち時間」は、労働時間と評価され、残業代の支払われる時間にあたるわけです。
他方で、別の行政通達では、「荷待ち時間」が「休憩時間」になるケースについて、次のように定めています。要は、「自由に利用することができるか?」という点が判断の分かれ目であることがわかります。
昭和39年10月6日基収6051号貨物の到着の発着時刻が指定されている場合、トラック運転者がその貨物を待つために勤務時間中に労働から解放される手あき時間が生ずるため、その時間中に休憩時間を1時間設けている場合にあって、当該時間について労働者が自由に利用できる時間(であれば休憩時間である。)
2. 運転手の「長時間労働」は深刻
運送業、運送会社における、トラック運転手の「長時間労働」は、非常に深刻です。
そして、この「長時間労働」による、トラックドライバーの苛酷な労働実態を、さらに加速させるのが、「荷待ち時間」です。「荷待ち時間」は、ドライバー側でコントロールすることができず、長時間労働を助長するからです。
2.1. 「休憩」扱いで残業代を払わない
会社側(使用者側)にとっては、「荷待ち時間」は、利益を生み出している時間ではない、という認識が強いようです。
荷積み、荷下ろしといった作業をしているわけではなく、外から見れば、「待っているだけ。」という状態であるからです。
そのため、「休憩」扱いとし、運転日報にも「休憩」と記載させたうえで、労働時間には含めず、当然ながら残業代も支払わない、という取扱とされるケースも少なくありません。
しかし、さきほど解説しましたとおり、時間的、場所的な拘束があり、自由に利用することができない以上、「荷待ち時間」は「休憩」ではなく、このような取扱いは、悪質な「残業隠し」であるといえます。
2.2. 「働き方改革」でも例外扱い
現在政府が主導して進めている「働き方改革」では、「違法な長時間労働の是正」が大きなポイントとなっています。
しかし、他の業種では、違法な長時間労働について、上限規制が設けられているのと比べて、運送会社では、例外的な扱いとされて、上限規制がすぐには適用されないこととされています。
このような特別扱いもまた、トラックドライバーの長時間労働、未払い残業代の問題が、いかに深刻で、根深いものかを物語るものです。
2.3. 過労死、過労自殺の問題
長時間労働をさせても、残業代さえ支払われていればそれでよい、というわけではありません。
特に、トラックの運転は、労働者の肉体的、精神的に、大きなストレスとなるからです。トラックドライバーの長時間労働の結果として、過労死、過労自殺といった労災トラブルも少なくありません。
また、長時間労働の結果、居眠り運転をし、交通事故など、労働問題とは別の大きな事故に巻き込まれるという問題も起こっています。
3. 「荷待ち時間」の判断基準は?
冒頭でも解説しましたとおり、「荷待ち時間」が「休憩時間」とされるのか、「労働時間」とされるのかは、多くの事情をもとに総合的に判断しなければなりません。
専門的には、「労働時間制の判断」という問題になり、非常に難しい判断となりますが、「労働時間」と評価されるべきであるのに残業代がもらえなかったり、「過労死ライン」を超える違法な長時間労働となったりしないよう、判断基準を理解しましょう。
3.1. その場を離れることができるか
「荷待ち時間」の間であっても、トラックを離れることができなかったり、駐車してはならなかったりする場合には、常にトラックの近くにいなければならないわけですから、「自由利用」できる「休憩」とはいえません。
また、駐車禁止区域への駐車であるため、トラックが「駐禁」をとられないようにチェックしていなければならない場合も同様です。
3.2. 停車中に業務が発生しているか
トラック運転手の業務は、なにも運転と荷積み、荷下ろしだけではありません。
そのため、「荷待ち時間」といえども、その間に他の業務を行わなければならないというケースでは、「荷待ち時間」は「労働時間」であるのは当然です。
中でも、停車中に、トラックや重要な積荷を監視しておかなければならないといった業務は、ブラック企業ほど「業務」とみなしてくれないおそれがありますが、「監視」もまた、「労働時間」となるのに十分な「業務」であるといえます。
3.3. 作業開始時刻が定まっているか
「自由に利用できるかどうか。」を判断するにあたって、次の作業開始時刻が決まっているかどうかもまた、重要な考慮要素となります。
というのも、「指示待ち状態」は、一般的に、「労働時間」にあたると判断されるケースが多いからです。
次の作業開始がいつになるかわからないとすれば、トラック運転手は、次の作業開始指示をもらうために、常に待機していなければならず、「休憩」として「自由利用」できる状態であるとは到底いえません。
3.4. 自由に利用できるか
以上のことを総合して、結論としては、「その時間を、労働者が自由に利用することができるかどうか。」が、「荷待ち時間」が「労働時間」と判断されるかどうかの基準であるといえます。
4. 「荷待ち時間」の記録が義務化!
国土交通省は、平成29年7月1日にあらたに施行される「改正貨物自動車運送事業運輸安全規則」において、長時間労働を助長する原因となっていた「荷待ち時間」について、記録することを義務化しました。
これまでは「休憩」扱いとして隠されてきた「荷待ち時間」を明らかにすることによって、トラックドライバーの長時間労働の実態を把握し、是正を図ることが目的です。
「荷待ち時間」を記録した結果、「荷待ち時間」をも含めた労働時間(残業時間)が長時間となっている運送会社に対しては、「荷待ち時間」の記録が、勧告の材料として利用されます。
この義務化によって、運送会社は、トラックドライバーごとに、次の事項について記録し、1年間保存しておくことが義務付けられることとなりました。
- 「集貨または配達を行った地点」
- 「集貨地点などに到達した日時」
- 「集貨地点などにおける荷積みまたは荷卸しの開始および終了の日時」
「貨物自動車運送事業輸送安全規則」第8条(乗務等の記録)が改正され、以上のことが義務付けられるようになり、「荷待ち時間」を労働時間に入れず、隠し続けることは、今後は困難となります。
「荷待ち時間」が労働時間となっておらず、残業代が支払われてこなかったトラックドライバーの方は、これを機に残業代請求を検討することができます。
5. まとめ
今回は、「荷待ち時間」を運転日報に記録することが、規則の改正によって義務付けられたことに関連し、「荷待ち時間」の残業代請求について、弁護士が解説しました。
これまで、運送会社内部の取り扱いによって「休憩」として扱われ、労働時間には算入されず、したがって残業代も支払われてこなかったとしても、今後は、「荷待ち時間」の残業代請求が、より容易になります。
残業代請求をお考えの労働者の方は、労働問題に強い弁護士に、お早目に法律相談ください。