大手居酒屋チェーンの「ワタミ」が、リクルートの運営する「リクナビ」に出している求人広告が、「労働法違反なのではないか?」と話題になっています。
「ワタミ」といえば、過去にも、苛酷な長時間労働や、過労自殺をする従業員がいたことで、社会的にも大きな話題になったため、今回も、話題の求人広告が、適法なのか?違法なのか?が、社会の興味の種となっています。
「求人広告」の内容は、雇用契約の内容それ自体ではないものの、多くの場合には、このとおりの労働条件ではたらくこととなるため、違法な求人広告は許されません。
そこで今回は、話題になっている「ワタミ」の求人広告について、解説します。
目次
1. 話題になっているワタミの求人条件とは?
今回話題となっている、ワタミがリクルートの運営する求人サイト「リクナビ」に掲載した情報について解説します。
合わせて、今回、このワタミの求人条件が、なぜインターネット上で話題となったのかについて、まとめました。
1.1. 掲載内容
ワタミは、正社員の給与、福利厚生(待遇)として、次のような求人広告を掲載しました。
初任給
- 基本給202,100円(月間127時間分の深夜みなし手当30,000円、営業手当10,000円含む)
- ※127時間を超えた時間外労働については追加支給
1.2. なぜ話題になった?
このワタミの掲載した求人広告が話題になった理由は、特に、「月間127時間分の深夜みなし手当30,000円」という部分です。
話題となった理由は、この部分の記載が、「深夜残業を127時間させる。」というように受け取ることができるためでしょう。
特に、ワタミは過去に、「ブラック企業」という社会的イメージがつくような労働問題を起こしてしまったことがあるため、話題となりました。
1.3. 一般的に残業な何時間?
いわゆる「過労死ライン」、すなわち、長時間労働によって死亡してしまった場合に「業務が原因」とされる時間は「月80時間残業」とされています。
そのため、本当にワタミで、「月127時間」もの残業が命じられば、ブラックどことの騒ぎではありません。
このことは、たとえ適切な残業代が支払われていたとしても、変わりありません。会社として、労働者に対する安全配慮義務違反となるでしょう。
2. ワタミ側の見解は?
さきほど解説しましたとおり、「月127時間の残業」、しかも、深夜労働が発生するとなれば、違法な長時間労働となることは明らかです。
しかし、報道によれば、ワタミ自身は、これはあくまでも「理論上の最大値」であり、「必ず月127時間の残業が発生するわけではない。」という趣旨の発表をしているとのことです。
ワタミ側の見解を、適法に解釈をしようとすれば、少なくとも、次の点については、違法ではないといえます。
- 「深夜労働割増賃金」について、固定額の手当てで支払うことは、「何に」「いくら」充当されるかが明らかにされていれば、適法とされます。
- 「深夜労働」が127時間となることは、深夜労働ばかりである業務もありうることから、必ずしも「違法な長時間労働」につながるケースばかりっではありません。
ただし、今回のワタミ問題が、労働法に照らして違法であるのか、適法であるのかは、あくまでもその労働実態によって異なります。
したがって、今回の解説や、ワタミからの今後の発表を参考に、適切なものであったかを検討していただく必要があります。
このワタミの見解にしたがえば、「月127時間の深夜残業」が常にあるわけではなく、また、深夜残業は何時間であってもみなし手当は変わらないこととなります。
しかし、逆にいえば、「月127時間の深夜残業」が発生しても、深夜労働割増賃金は発生しないこととなりますし、次で解説するとおり、残業代として十分であるかについても検討が必要となります。
3. 労働法的には、ワタミの求人条件は違法?適法?
今回のワタミの騒動は、「誤記だったのでは?」という考え方もあります。
その点については、のちほど考えるとして、まずはワタミの見解にしたがって、この求人条件が違法ではないかについて考えていきます。
仮に「月127時間の深夜残業」が発生すれば、違法な長時間労働となることは明らかですが、そうでなくとも、残業代として十分であるかを検討する必要があります。
3.1. 理論上127時間の深夜残業が発生する?
ワタミの運営するような居酒屋の正社員で考えられる労働時間として、「17時~24時(うち1時間休憩)」とする7時間労働を考えてみましょう。
この場合、夜10時以降の「深夜労働」が、1日あたり2時間発生します。月の就労日数は20数日ですから、月の深夜労働は、40時間~60時間程度となるでしょう。
ワタミが理論上の最大値という「月127時間の深夜労働」が、どれほど長時間労働か、おわかりいただけることでしょう。
「月127時間の深夜労働」というほどの長時間労働を命令し、過労死、過労自殺、メンタルヘルスなどの問題が起こった場合、会社は安全配慮義務違反の責任を免れません
労働法でいう「深夜労働」とは、「午後10時から午前5時まで」の労働のことをいい、通常の賃金の「1.25倍」の賃金を受け取ることができます。
また、「深夜労働」が、「1日8時間、1週40時間」を超える、いわゆる「時間外労働」でもある場合には、通常の賃金の「1.5倍」の賃金を受け取ることができます。
3.2. みなし残業代は適切?
みなし残業代が適切であるといえるためには、残業代部分とそれ以外とが明確に区別されていることが必要となります。
すると、今回の求人条件を見ると、「深夜労働」に充当される部分が3万円ということですから、これはあくまでも、「残業代全体」ではなく、「深夜残業代」に充当されると考えるべきです。
「残業代の計算方法」でも説明しているとおり、「1日8時間、1週40時間」を超える残業には通常の賃金の25%増の賃金、さらに、深夜の場合25%増の賃金を払うこととなっています。
今回の「みなし手当」は、「深夜」という記載がありますから、後者の25%分に充当されると考えるべきです。
3.3. 実際に計算してみた!
ワタミ求人条件の法的な検討の最後に、実際に深夜みなし手当3万円が十分であるか、「残業代の計算方法」にしたがって計算してみましょう。
- 基本給は16万円と記載がありますので、一般的な月間所定労働時間の概算「170時間」で割ると、「時給941円」ということになります。
- 残業代のうち「深夜割増部分」は、これに「0.25」をかけ、「235円」となります。
- 「235円」に「127時間」を懸けると、2万9845円となり、およそ3万円となります。
※ ただし、実際にはさらに「営業手当」という項目もあり、これがどのような性質のものであるかは、求人条件からは明らかにはなっていません。
なお、「127時間分」のすべての残業代が3万円であるとすると、1時間あたり236円となってしまい、最低賃金法に違反することが明らかです。
したがって、そのような読み方をすれば明らかに違法となってしまいますから、上記に解説したとおり、「深夜割増部分」のみに充当されるものと読んで考えるのでしょう。
以上の計算からすると、ワタミの掲載した求人条件は、たとえ「月127時間分の深夜労働」があったとしても、深夜割増部分についてはぎりぎり払われているということになります。
ただ、当然ながら、残業代は「深夜割増部分」だけではありませんから、「1日8時間、1週40時間」を超えて働く場合には残業代を追加で請求できます。
また、そもそも「月127時間の深夜労働」をさせることが、安全配慮義務違反となることは、すでに解説したとおりです。
3.4. 最低賃金の問題
最低賃金には、都道府県ごとに定められた「地域別最低賃金」があり、全国で一番高い「東京」の場合、「932円」(平成29年7月時点)です。
したがって、さきほど前項で計算しました残業代の計算によれば、だいたい「時給940円」程度となるため、「東京」であっても、かろうじて最低賃金を上回っていることとなります。
4. 誤記の可能性は?
掲載されたワタミの求人条件では、「月間127時間分の深夜みなし手当」と記載しておきながら、その下では、「127時間分を超えた時間外労働分は追加支給」と記載があります。
つまり「127時間」という時間数が、「深夜労働」のことなのか、「時間外労働」のことなのかが、この記載からだけではよくわかりません。
したがって、もしかしたら、ワタミの誤記によって騒ぎが起こってしまったという可能性も考えられます。
とはいえ、このような誤解を招く表現を、重要な求人条件の掲載に使用してしまったこと自体が、不適切であるといえるでしょう。
5. まとめ
今回は、話題となったワタミの求人条件について、検討してみました。
飲食店は、「仕込みや掃除で、早出、残業が必要となりやすい。」「お客さんがいると休憩をとりづらい。」など、残業代が発生しやすい状況にあります。
ブラック企業に入社しないよう、求人条件をよく読み、注意が必要です。