「入社して早期に管理職になれた!」と喜んでいたら突然、「管理職だから残業代は支給しない。」と言われるケースが少なくありません。管理職の残業代に関する相談は、当事務所でも非常に増えています。
出世は喜ばしいことですが、残業代分だけ給与が減って、管理職になったことによる昇給がないのでは元も子もありません。
「管理職は残業代が支給されない。」と、常識のように言われますが、マクドナルド店長が「名ばかり管理職であり、残業代の支給対象となる。」と判断された裁判例もあります。
やたらと社員を管理職扱いにして残業代を支払わず、人件費を削減しようとするブラック企業のやり方は、違法となる可能性が高いといえます。
形式的には管理職であっても、実質が伴っていなければ、管理職扱いの方であっても残業代を請求できる可能性があります。
特に、「管理職になった。」という辞令に喜び、残業代が発生しないのに長時間労働を強制されるようだと、残業代請求を事後的に行えるのは当然なのですが、心身を壊し、健康を害してしまうおそれがあります。
今回は、管理職でも残業代請求できるケースと、名ばかり管理職について解説します。管理職扱いとなって残業代が支払われず、「名ばかり管理職なのではないか?」と疑問の方は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。
1. 「管理職は残業代が支払われない。」は労働法的に間違ってる!
「管理職は残業代が支払われない。」という話をよく聞きますが、これは正確な労働法の知識の理解が不十分であるといえます。
確かに、労働基準法41条2号には、次の条項があり、これを読むと、残業代は支払われないようにも解釈できます。
労働基準法41条2号(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
労働基準法41条2号の文言を読むと、やはり管理職には残業代に関する条項が適用されないと読める気もします。しかし、ブラック企業は、この管理職に関する労働法を悪用します。
管理職に関する労働法を悪用して残業代を減らそうとするブラック企業に立ち向かうために、まず労働基準法41条2号のただしい法知識を理解してください。
1.1. 「管理職」と「管理監督者」の違い
労働基準法41条2号をよく見てください。この条文では「管理職」とは記載されていない点に注意が必要です。
労働基準法の正式な用語は「監督若しくは管理の地位にある者」、略して「管理監督者」ということもあります。これは会社で使われる「管理職」という一般名称とは似て非なるものです。
つまり、会社が労働者を、形式上出世したことにして「管理職」と呼んだとしても、労働基準法41条2号にいう「管理監督者」に該当しなければ、残業代を請求することができます。
言い換えると、「会社から『管理職』といわれても、労働基準法の『管理監督者』には該当しない。」というケースが少なくなく、残業代は労働基準法に基づいて支払わなければならないことです。
この「『管理職』と呼ばれているが、法律上の『管理監督者』にはあたらない。」という労働者を「名ばかり管理職」といいます。
真の「管理監督者」と、「名ばかり管理職」との違いは、次章で解説します。
労働基準法は、労働者を保護するための法律であり、強行法規ですから、労働基準法に違反する定めを会社が一方的に決めたとしても、これは違法となります。
したがって、労働基準法における「管理監督者」に該当しないのに、会社が勝手に「管理職だから残業代を支払わない。」という取扱をすることは違法なのです。
ブラック企業の違法な取扱によって管理職とされた場合には、残業代を支払っていないことについても労働基準法違反の会社の責任を追及することができます。
1.2. 「管理監督者」に適用されない労働法
労働基準法における「管理監督者」に該当する場合には、一部の残業代が支払われなくなります。
ただ、「管理監督者」であれば労働法の保護が一切適用されないのかというと、そうではありません。「管理監督者」に適用されない労働基準法の内容は、「労働時間」「休憩」「休日」に関する規程です。
「管理監督者」に適用されない労働基準法の条文は、具体的には次のとおりです。
- 労働基準法32条(労働時間)
:「1日8時間、1週40時間」(法定労働時間といいます。)を越えて労働させることができない。 - 労働基準法34条(休憩)
:労働時間が「1日6時間」を超える場合は「45分」、労働時間が「1日8時間」を超える場合には「1時間」以上の休憩を与えなければならない。 - 労働基準法35条(休日)
:1週間に少なくとも1日の休日(法定休日といいます。)を与えなければならない。 - 労働基準法37条(割増賃金)
:法定労働時間を超える労働、法定休日の労働に対して、割増賃金(残業代)を支払わなければならない。
ただし、「管理監督者」であってこれらの労働法が適用されないからといって、無制限にはたらかされるわけではありません。
会社の命令にしたがった長時間労働で心身を故障すれば、会社に労災責任を追及できますし、むしろ会社の命令で一切裁量が奪われていれば、後で解説する「名ばかり管理職」にあたります。
1.3. 「管理監督者」であっても適用される労働法
労働基準法の「管理監督者」に該当する場合に、適用されない労働基準法の内容を解説しましたが、逆にいうと、これ以外の条文は適用されます。
会社から「管理職」扱いされている方の労働法の法律相談で、特に勘違いされている労働基準法の条文について解説します。
「管理監督者」にあたる方であっても、次の労働基準法の条文は、問題なく適用されます。ですので、以下の労働者の権利は、「管理監督者」であっても主張できます。
- 労働基準法37条(割増賃金)のうち、深夜残業
:「午後10時から翌日午前5時」までの労働に対して、割増賃金(深夜残業代)を支払わなければならない。 - 労働基準法39条(年次有給休暇)
:勤続年数に応じた年次有給休暇を与えなければならない。
したがって、「管理監督者」にあたる場合であっても、一定の労働者としての保護を受けることができます。
2. ブラック企業の「管理職」
「管理職」と「管理監督者」が異なることは十分理解していただけたでしょう。
ブラック企業は、「管理職」を増やし続けます。正確にいうと、「管理監督者」にあたらない「管理職」、すなわち、名ばかり管理職を増やし続けます。
ブラック企業が「管理職」を増やす理由はどこにあるのでしょうか。また、この「管理職」の増加は、違法、不当なのでしょうか。
2.1. ブラック企業が「管理職」を増やす理由
ブラック企業が「管理職」扱いを好み、労働者の相当な割合を管理職に任命する一番の理由は、残業代を支払わないことによって人件費を削減することです。
この背景には、労働基準法における「管理監督者」の判断基準がわかりづらいものであり、労働法の知識に乏しい労働者には、即座に判断することが困難であるという事情があります。
「明日から君は管理職だ。」と言われれば、会社から大きな期待を寄せられているように感じ、また、大出世したかのような錯覚にかられるため、残業代が出なくても一生懸命時間外まで残業をする労働者が多いのです。
責任感を持って時間外の残業を必死に行ってくれて、なおかつ残業代を支払わなくてよいのであれば、会社にとってこれほど便利な手段はありません。
これが、ブラック企業で「名ばかり管理職」が減らない最大の理由です。
もちろん、労働基準法上の「管理監督者」にも該当する場合には「名ばかり管理職」ではなく、この場合には、管理監督者にふさわしい権限と、管理監督者として十分な処遇(特に賃金)が与えられますから、何ら問題ありません。
ただ、後に解説する通り、労働基準法上の管理監督者のハードルは比較的高いため、これに合わせて処遇してしまうと、会社としては人件費カットの恩恵を受けることができなくなります。
むしろ管理職の高給や、時間的、場所的制約を緩めなくてはならないことが、経営、業務に支障を及ぼす可能性が出てきてしまうため、ブラック企業は「名ばかり管理職」に逃げるのです。
2.2. 名ばかり管理職は違法!残業代請求が可能!
名ばかり管理職を増加させれば、労働者は「管理職」としての職責を果たそうとしてやる気を見せてくれる上、残業代は支払わなくてよく人件費はカットできるわけですから、ブラック企業にとっていいことづくめです。
しかし、「名ばかり管理職」は違法です。残業代の未払いには刑事罰すら科せられるわけですから、「名ばかり管理職を増やしたら儲かった。」というブラック企業の主張は、「万引きをしたら無料で商品が手に入った。」というのとあまり変わりません。
そのため、名ばかり管理職は、ブラック企業の典型的な、違法な残業代逃れとして、社会問題化することとなるのです。
次に、「名ばかり管理職であるかどうか。」を判断するため、労働基準法における「管理監督者」の要件を解説します。
3. 「管理監督者」の要件と名ばかり管理職
労働基準法上の「管理監督者」としての実質を有している管理職は、労働基準法に違反することなく適法に残業代の支払を免除されます。
この「管理監督者」と「名ばかり管理職」の違いはどの部分にあるのでしょうか。「管理監督者」と認められるための要件が問題となります。
労働基準法は強行法規ですから、労働基準法上の「管理監督者」に該当しない労働者を会社が勝手に管理職扱いとしても、残業代を支払わないことは違法です。
そのため、会社によっては「課長以上は管理職」など、一般的ルールを就業規則などに定めることが多いですが、会社の一方的に定めた要件は、少なくとも「残業代を支払わなくてもよいかどうか。」という点においては全く関係がありません。
極論をいえば、会社のルールが重視されるとすると、「部下無し管理職」を勝手に任命すれば、すべての従業員を管理職扱いとすることすらできるわけですが、これが違法な扱いであることは明らかでしょう。
4. 労働基準法上の管理監督者の要件
労働基準法上の管理監督者の要件は、行政通達と判例によって既にその考慮要素が明らかに示されています。
会社のルールによって一方的に残業代を支払わなくてもよいというブラック企業の論理は、判例で明確に否定されているということです。
「労働基準法上の管理監督者に該当するかどうか。」の基準を端的に示すと、「経営者と一体的立場にある労働者」ということです。
これだけでも、かなり狭い範囲の労働者しか管理監督者扱いできないことが感覚的に分かってもらえるのではないでしょうか。
その上で、判例、行政通達によって示されている次の考慮要素を総合的に検討していく必要があります。
行政通達では、「管理監督者」の要件について、次のような定めがあります。
昭和63・3・14基発150号一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という)と、経験、能力等に基づく格付け(以下「資格」という)によって人事管理が行なわれている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、こうした職位や資格の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要がある
4.1. 【要件1】経営に参画し、権限を有しているか?
「部長」「課長」などといった役職名を基準に会社が管理職を区別しているように、一つの部門を統括する役職にあることは、管理監督者の一つの考慮要素となります。
すなわち、「部長である。」というだけで管理職扱いをするブラック企業のルールは不当であるものの、役職者であることは、管理監督者であることを基礎づける考慮要素の一つとなるということです。
一つの部門の長であるということは、ある程度の権限が、経営者から譲渡されている可能性が高いことを意味します。
経営者の権利は大きくわけて、管理権と監督権に分割され、これを合わせて「管理監督者」というわけです。
したがって、管理権と監督権をある程度有していなければ管理監督者であるとはいえず、ある程度の権限を有している役職とはすなわち、一つの部門の長であろうというわけです。
部門内に働かせられる権限が全くなく、形式上部門長となっているだけで、実質的な指揮監督はすべて社長が行っているという場合、一つの部門の長であっても管理監督者とはならず、残業代を請求できます。
4.2. 【要件2】時間的・場所的な裁量があるか?
管理監督者は、残業代がつかないことの裏返しとして、時間的、場所的に、働き方にある程度の裁量が認められることとされています。
ある程度は、「いつ、どこで働くか」を自律的に決定することができるというわけです。いわゆる「重役出勤」というのがわかりやすい用語でしょう。
時間的、場所的裁量を有しているからこそ、残業代などの労働者としての保護を与えられなくても不当ではない、ということです。
そのため、長時間労働を強制する一方で管理職扱いをして残業代を支払わないというブラック企業の論理は、否定されるというわけです。
長時間労働を強制するということは、自身の働き方について全く裁量がないということであり、この場合には管理監督者として扱うことはできません。
とはいえ、管理監督者は残業代が支払われない一方で、成果で評価をされることとなりますから、毎日短時間労働で帰宅して良いというわけではありません。
したがって、出社、退社時刻の制限があるかどうかは、管理監督者として残業代請求ができないかどうかを判断する際に大きな考慮要素となります。
4.3. 【要件3】十分な労働条件、待遇が保証されているか?
管理監督者として残業代が出ないにもかかわらず、基本給も他の従業員とさほど増加しないとすれば、残業代が出る分だけ平社員の方が収入が多いということになってしまいます。
そのため、管理監督者として残業代を支払わないためには、ある程度の金額の給与が保証されている必要があります。少なくとも、時間給に換算した場合の給与の金額が、平社員よりも高い水準にあることが必要でしょう。
平社員よりも十分な労働条件、待遇が保証されているからこそ、残業代などの労働者としての保護を与えられなくても不当ではない、ということです。
ごくわずかな管理職手当を言い訳に残業代を支払わないブラック企業のルールは妥当ではありません。
4.4. スタッフ職の管理監督者とは?
「管理監督者」と認められるためには、十分な権限が認められる必要があると解説しました。そして、この権限の中には、管理権と監督権が含まれます。
「監督権」すなわち部下を監督し、指示する権限は、部下がいない、いわゆる「スタッフ職」にはあてはまりません。
しかし、スタッフ職であっても、高度の専門性を持ち、十分な待遇を保証されている場合には、「管理監督者」として扱った方が実態に合っているケースもあります。スタッフ職であるからといって、管理監督者にならないわけではありません。
行政通達でも、この考え方を踏まえて、次のとおり、スタッフ職であっても管理監督者となる可能性がある場合を定めています。
昭和63・3・14基発150号スタッフ職の企業内における処遇の程度によっては、管理監督者と同様に扱うことができる。。
5. 管理職が残業代請求する方法
ここまでの解説から明らかなように、「管理監督者」の実態がないのに「管理職」扱いをされている「名ばかり管理職」の方は、会社に対して残業代請求をすべきです。
5.1. 管理職の残業時間の証拠を準備
残業代請求をするにあたって最も重要なのは証拠です。証拠がなければ、「残業はさせていない。」と会社が残業の事実自体を否定してきた場合に、労働者側に不利な解決になりかねません。
実際、会社に管理職扱いをされていると、「残業代を支払わなくてもよい。」と会社が考えていることから、タイムカードの打刻を指示されていなかったり、出勤簿、日報の記載を免除されていたりなど、実労働時間の把握が十分でないケースも少なくありません。
そのため、管理職扱いとされている場合、実際に労働した残業時間を証明する証拠は、自分で収集しなければなりません。
労働基準法上の「管理監督者」であってすら、深夜労働時間の残業代が発生しますし、健康管理という側面からも、会社が労働時間の把握を放棄してよい理由とはなりません。
しかし、残業代の支払を免れたいブラック企業は、労働時間の把握をしていない例も多いです。
会社側が実労働時間を正確に把握していないという不適切な状態の場合には、どの程度の残業が発生したかを証明するため、労働者側で必要な証拠を入手する必要があります。
5.2. 【内容証明】で管理職の残業代を請求
まずは会社と話し合い、就労環境を改善してうまくいくのであれば一番です。内容証明で、管理職の残業代を請求すると会社に通知し、話し合い(任意交渉)を開始します。
ただ、労働基準法の「管理監督者」に全くあたらないにもかかわらず形式的に管理職扱いをしていた「名ばかり管理職」のケースでは、会社が残業代請求に応じることはあまりなく、話し合い(任意交渉)で労働条件が改善されることは考え難いです。
「管理監督者」にはあたらないけれども、「管理職」として管理職手当を受け取っていた名ばかり管理職の方は、この管理職手当も残業代の計算の際、基礎単価に算入して計算します。
更に、「管理職なので残業代を支払わなくてもよい。」という油断から、長時間労働をひたすら強制されてきた経緯があるでしょう。
そのため、管理職が会社に対して残業代を請求する場合、相当な高額になり、話し合い(任意交渉)による解決が難しいケースが少なくありません。会社の対応が不誠実な場合には、労働問題に強い弁護士へご相談ください。
5.3. 【労働審判】で管理職の残業代を請求
話し合い(任意交渉)によって管理職の残業代トラブルが解決できなかった場合には、次は労働審判によって残業代請求を行います。
労働審判では、裁判に比べてざっくりとした判断で和解に向けた話し合いを行います。
そのため、管理職が残業代を請求する場合であっても、労働審判で行う場合には、ある程度の譲歩をする必要があります。
「労働時間を1分1秒計算したい。」ということではない一方で、裁判よりも早く解決することが可能です。
5.4. 【裁判】で管理職の残業代を請求
労働審判でも管理職の残業代請求が実現できない場合、最後は裁判で残業代請求を行います。
裁判では、労働審判に比べて、時間的、費用的にもコストが多くかかる反面、残業代の計算を正確に行ってもらうことが期待できます。
裁判では、労働基準法の「管理監督者」の要件について、裁判官が、証拠にもとづく法的な判断を行ってくれます。
6. まとめ
ブラック企業から「管理職」扱いをされて残業代が一切支払われていない労働者も、残業代請求をあきらめる必要はありません。
たとえ会社が「管理職」であるとして、一定の管理職を残業代支払の対象としていなかったとしても、会社のルール自体が、労働基準法違反で無効となる可能性があるからです。
会社のルールで「管理職」にあたっても、労働基準法の「管理監督者」の要件を満たしていなければ、「名ばかり管理職」です。「名ばかり管理職」は、通常の労働者と同様に残業代請求をすることが可能です。
管理職の残業代請求をお考えの方(労働者)は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。