「裁量労働制」というキーワードを耳にすることがあるのではないでしょうか。「裁量労働制」は、残業代請求をするときに、「残業代が発生しない制度」という意味で語られることがよくあります。
しかし、長時間労働から労働者を守る重要な権利である「残業代」を発生しづらくなる制度であることから、「裁量労働制」には、厳格な要件(条件)が定められています。
ブラック企業による、「裁量労働制」の悪用、残業代不支給の問題は深刻です。「裁量労働制」を適用された結果、実際の残業時間とは関係なく一定時間だけ労働したものとみなされるからです。
「裁量労働制」トラブルの背景には、「裁量労働制であれば、手軽に残業代を減らすことができる」という、企業側の誤った甘い考えがあります。
今回は、「裁量労働制」トラブルの中でも特に深刻な、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の違法性と、残業代請求について、労働問題に強い弁護士が解説します。
目次
1. 裁量労働制とは?
「裁量労働制(さいりょうろうどうせい)」は、実際に働いた労働時間にかかわらず、あらかじめ定められた一定の時間だけ働いたものとみなす労働時間制度のことをいいます。
労働者に裁量が認められることによって、労働時間によって労働者を評価するのではなく、その働いた成果によって評価する「成果主義」の考え方に合った労働時間制度です。
労働者の働き方に裁量が認められる代わりに、時間外労働に対する残業代が発生しづらくなりますが、この点を悪用した「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」が社会的に問題視されています。
「裁量労働制」は、会社が勝手に導入できるわけではなく、「労使協定」の締結が必要であるため、「裁量労働時間制なので残業代は支払わない。」といわれたら、まずは労使協定を見せてもらってから検討するように心がけましょう。
2. 【ケース別】違法の可能性のある裁量労働制
よくある法律相談のケースに応じて、違法となる可能性のある「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」が、どのような場合に許されないのか、弁護士が解説していきます。
これらの典型的な問題ケースにあてはまるかどうか不安、疑問を抱かれている方は、会社と戦うかどうかを準備・検討するために、弁護士にご相談ください。
2.1. 「働き方が変わらない」なら違法の可能性あり!
「裁量労働制」が適用されるかどうかが、地位、役職によって異なる会社があります。一定以上の年次、役職の人を「裁量労働制」の適用対象としているような会社が、このケースです。
この場合、昇進・昇格によって、「裁量労働制」の適用対象となり、会社から、「裁量労働制」に移行することに同意を求められることがあります。このとき、会社に詳細な説明を求めるようにしてください。
特に、「裁量労働制」に移行した後も、従前と働き方が変わらない、というケースでは、その「裁量労働制」は、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」として違法となる疑いがあります。
例えば、次のような「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の法律相談を受けることがあります。
- 「裁量労働制」に移行後も、仕事に厳しい締切が課されているため、オフィスにいる時間帯がほとんど変わらない。
- 「裁量労働制」に移行後、基本給はあがったが、残業代がなくなったため給与総額がほとんど変わらない。
- 「裁量労働制」であっても、深夜労働・休日労働をしなければ仕事が終わらず、上司からの配慮もない。
- 「裁量労働制」になり、労働時間が記録されなくなったため、自分がどれだけ長時間労働しているかがわからない。
2.2. 「IT業界だから裁量労働制」は違法の可能性あり!
IT業界、特に、プログラマ、システムエンジニアなどの業種で、「裁量労働制」で働いている労働者の方が多くいます。
しかし、「IT業界だから裁量労働制である。」という説明を会社から受けていたとしたら、注意が必要です。「裁量労働制」は、業界特有の制度ではなく、「この業界だから、裁量労働制で残業代をなくせる」というものではありません。
確かに、「裁量労働制」の一種である「専門業務型裁量労働制」では、対象となる業務が限定されており、一定の業務にしか「専門業務型裁量労働制」は活用できません。しかし、次の点をご注意ください。
- 「専門業務型」の対象業務を行っているからといって、それだけで「裁量労働制」を適用できるわけではありません。
- 「専門業務型」の対象業務を行う会社であっても、その業務を行わない労働者は、そもそも「裁量労働制」の対象となりません。
「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」を悪用するブラック企業には、これら注意点を理解せず、「IT業界だから、他社も裁量労働制を導入している」と安易な考え方をお持ちの会社もあるため、注意が必要です。
2.3. 実態と異なる裁量労働制は、無効の可能性あり!
「裁量労働制」のみなし時間が、実際の労働時間とあまりにもかけ離れている場合には、その「裁量労働制」は違法、無効の可能性があります。
「裁量労働制」であっても、実際には長時間労働が常態化していたり、実際には出退勤時間が暗黙のルールとなっていたり、休日出勤が強要されていたりするケースがこれにあたります。
3. 「裁量のない裁量労働制」に対抗する方法は?
では、勤務している会社が、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」を強要するブラック企業であることがわかってしまった場合に、労働者側としては、会社とどのように戦えばよいのでしょうか。
「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」に対抗するための方法について、労働問題に強い弁護士がまとめました。
3.1. 労働時間を記録する
会社から、「裁量労働制だから、労働時間を記録しなくてもよい」といわれることがあります。「裁量労働制」になったとたん、タイムカードを打刻しなくてもよい、というわけです。
しかし、「裁量労働制」だからといって、会社が労働者の労働時間を記録・把握しなくてもよいわけではありません。特に、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の場合、長時間労働となりがちです。
「裁量労働制」が有効であって残業代が生じない場合ですら、労働者の健康状態を崩さないために、会社が労働時間を把握することは、会社が労働者に対して負う「安全配慮義務」の一環です。
労働者側としては、「裁量労働制」を理由に会社が労働時間を記録してくれないとき、うつ病などの精神疾患(メンタルヘルス)にり患してしまう前に、自分でメモなどの方法により、長時間労働をした事実を記録し、証拠化しましょう。
3.2. 裁量労働制の無効を主張する
裁量労働制は、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の状態になっている場合、労働基準法(労基法)に定められた要件を欠き、無効となる可能性が非常に高い状態といえます。
「裁量労働制」が適用されたことで、ある程度の金額の給料をもらえている場合、「業種・役職を考えると、しかたない」とあきらめてしまいがちです。
しかし、給料をもらえるからといって、いくらでも働かせてよいわけではありません。むしろ、次に説明するとおり、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の場合、より多くの残業代をもらうのが適切である可能性もあります。
見かけ上の給料額にだまされ、あきらめる必要はありません。
3.3. 未払い残業代を請求する
「裁量労働制」が無効となる場合には、ひるがえって、「実労働時間」どおりに労働時間を計算することとなります。
「裁量労働制」が、実労働時間にかかわらず一定の労働時間だけ労働したことと「みなす」制度であるため、「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」が無効となる場合、未払残業代が発生することとなります。
「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」を悪用して、「残業代を支払うことなく働かせ放題」の制度として「裁量労働制」を利用する企業が増えていることから、労働基準監督署(労基署)でも、相談を聞いてくれるでしょう。
実際に「裁量労働制」の無効を主張し、会社と争う場合には、弁護士に相談をしながら、労働審判・訴訟などの方法を活用する手もあります。
3.4. 休日出勤分の賃金を請求する
「裁量労働制」であっても、休日は必要です。休みなく働くことを強要するような働き方は、到底「裁量がある」とはいえません。
そして、「裁量労働制」は、あくまでも所定労働時間を一定の時間とみなす制度であることから、休日出勤をしたのであれば、休日労働の分は、別に給与の支払を受けることができます。
「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」の犠牲となり、休日出勤を強要されていたり、そもそも休日労働の記録をしてもらえていないときは、休日出勤分の賃金を会社に請求することができます。
就業規則を確認した上で、休日出勤分の残業代を計算し、会社に請求しましょう。
4. まとめ
今回は、残業代が未払いとなっているときに、会社が反論としてよく利用してくる「裁量労働制」について、弁護士が解説しました。
今回解説した、専門業務型裁量労働制における「裁量のない裁量労働制(裁量なき裁量労働制)」は、特にIT企業、ゲーム会社などのプログラマ、エンジニア(SE)などで、深刻な問題となっています。
裁量労働制を適用されているけれども裁量がなく長時間労働となっている労働者の方は、労働問題に強い弁護士へ、お早めに法律相談ください。