最近、過労死や労災の被害者やその遺族が、ブラック企業に訴訟を起こす、というニュースが頻繁に報道されています。
過労死とまでいかなくても、不景気と人手不足から従業員にサービス残業を強要し、きちんと残業代を支払ってくれないブラック企業も年々増加しています。
残業代を受け取ることは労働者の正当な権利ですから、残業代が未払いでお困りの労働者の方は、弁護士に相談して法的手段をとることで、残業代を請求することが可能です。
残業代を請求する法的手段には、民事裁判(訴訟)と、労働審判の2つがありますが、「労働審判」という言葉は、聞き慣れないという労働者の方も多いと思います。
今回は、会社(使用者)に残業代を請求するケースにスポットを当てながら、労働審判の手続やメリットなどについて、労働問題に強い弁護士が詳しく解説していきます。
目次
1. 残業代ルールのおさらい
今回のテーマである、「残業代請求をするときに、労働審判がオススメな理由」を説明する前に、まずは、残業代の基本的なルールについておさらいをしておきましょう。
「残業代が未払いなのではないか?」、「働いた分の正当な残業代を支払ってもらっていないのではないか?」と不安、疑問な労働者の方は、次の解説をご覧になり、残業代の正しい計算方法を理解しましょう。
1.1. 「残業」は、法定労働時間を超える労働
残業代は、労働者の労働時間が、労働基準法の定める「1日8時間、週40時間」という、いわゆる「法定労働時間」を超えたときに発生します。
ただし、会社の定める労働時間が、この法定労働時間より短い場合には、会社が定める労働時間(「所定労働時間」といいます。)を超える場合にも発生するケースがあります。
そのため、会社に対して残業代請求をすることを検討する場合には、まずは残業代がどの労働時間に対して発生するかを知るために、就業規則、雇用契約書などの書類を準備しましょう。
1.2. 賃金が割増しされる
残業代として支払いを受けることのできる金額は、契約上の時給に対して、25%の割増率をかけた金額で計算されます。
また、夜22時以降の労働と休日の労働には、更に高い割増率をかえた割増手当が発生します。
1.3. 出退勤時間=労働時間ではない
上記のルールは、労働基準法上の「労働時間」をベースに適用されます。
労働基準法上の「労働時間」とは、「使用者の指揮命令下にある時間」だと考えられており、タイムカード上の出退勤時間と、必ずしもイコールではありません。
特に、会社側(使用者側)が、タイムカードを改ざんしたり、偽造したりといった不適切な行為を行う場合には、どの時間が「労働時間」であるかを、慎重に判断する必要があります。
2. 残業代請求する2つの方法
以上のとおりの残業代の基本的なルールにしたがって計算した結果、労働基準法(労基法)にしたがって適切に計算した残業代が満額支払われていないといったケースでは、残業代請求を行うことをオススメします。
残業代をどのような方法で請求するかは、残業代請求を行う労働者側が判断をすることになるわけですが、その方法には、労働審判と裁判(訴訟)の2つの手続があります。
2.1. 残業代請求の裁判(訴訟)とは?
労働者が残業代請求を行う方法のうち、裁判(訴訟)とは、裁判所に訴状を提出し、会社(使用者)が労働者(被用者)に残業代を支払うことを命じる判決を下すよう裁判所に求める手続のことです。
2.2. 残業代請求の労働審判とは?
労働者が残業代請求を行う方法のうち、労働審判とは、裁判所による判決を得ずに、当事者双方の話し合いによって紛争解決を図る手続です。
訴訟による解決では、労働問題の解決が長期化してしまうという問題点が懸念されていたところ、事件の早期解決を可能にするために、2006年4月から導入された、労働者保護のための制度です。
3. 残業代請求の労働審判の流れ
労働者が残業代請求を行うにあたって考えられる2つの方法のうち、特にオススメなのが、労働審判によって残業代請求を行う方法です。
労働問題で裁判を起こすとき、ケースバイケースではありますが、判決を勝ち取るまで、1年~1年半と長い期間がかかることも少なくありません。
そのため、金銭的にも時間的にも、余裕のない労働者を保護するために作られた制度が、労働審判なのです。そこで、残業代請求の労働審判について、その手続の流れを、弁護士が解説します。
3.1. 労働審判の申立
労働審判を利用するためには、労働審判申立書と当事者(労働者)の陳述書を裁判所に提出する必要があります。
残業代を請求する場合には、このタイミングで労働契約書や賃金規定、タイムカード等の証拠を一緒に提出します。
3.2. 第1回期日
労働審判申立書が裁判所に受理されると、特別な事情がない限り、40日以内に最初の期日が開かれます。期日までの間に相手側(会社側)から提出された答弁書や証拠を検討し、当日の戦略を練ります。
第1回期日では、労働審判官(裁判官)1名と労働審判員(一般人)2名で構成される労働審判委員会を交えて、各当事者の主張と争点の整理が行われます。
審判官と審判員は、各当事者から事実関係を聴取して、調停の機会を探ります。
調停とは、各当事者が「ここまでなら譲れる」という妥協点を見つけ出し、裁判所の判決を得ずに紛争を解決する方法のことです。
調停が成立すると、裁判上の「和解」と同じ効果が発生します。会社側(使用者側)残業代を支払うという調停が成立すれば、労働者側(被用者側)は強制執行によって残業代を回収することもできるようになります。
残業代請求の労働審判で、1回の期日にかかる時間は1回あたり1時間~3時間程度です。
この間に事実関係の聴取や主張・争点の整理が早期に済んだ場合には、第1回期日で調停が試みられることもあります。
3.3. 第2回期日以降
第1回期日の間に双方当事者が譲歩せず、調停案がまとまらない場合には、第2回期日が開かれます。それでも調停案がまとまらなければ、第3回期日に進みます。
3.4. 調停の成立
第3回期日までに双方当事者が譲歩し、調停案がまとまった場合には、審判官と審判員によって調停調書が作成され、労働審判が終了します。
当事者だけで調停案がまとまらないときは、審判官・審判員から調停案が出されることもあります。
労働審判委員会の出した調停案は、これを拒否した場合には、同じ内容の審判が出される可能性が高いことから、かなり強い効力のあるものとお考えください。
3.5. 調停不成立の場合(審判)
第3回期日までに双方当事者が譲歩せず、調停が不成立の場合は、審判官と審判員が評議を行い、「審判」を出します。その他にも、問題解消のために相当な事項を定めることで、柔軟な紛争解決を図ることができます。
審判では、争いのある当事者間の権利関係を確認したり、金銭の支払いや物の引渡しなどが命じられます。
審判内容について双方当事者に異論がなければ、労働審判は終了します。
3.6. 裁判(訴訟)への移行
上記に解説しました手続の中で、双方当事者が納得できれば、非常に短い期間で紛争を解決することができます。
ただし、争点や事実関係が複雑だったり、主張が真っ向対立し、詳しい事実確認が必要な場合には、審判官と審判員の判断で労働審判を終了し、裁判(訴訟)手続に移行することもあります。
また、当事者のどちらか、あるいは双方から審判の内容に異議の申立てがされた場合も、裁判(訴訟)手続に移行します。
4. 残業代請求の労働審判と、訴訟の違い
ここまでお読み頂けましたら、残業代請求の労働審判を起こすとき、どのような流れで進めていけばよいのかについて、基本的な知識をご理解いただけたのではないでしょうか。
そこで次に、残業代請求の労働審判を、より深く理解していただくために、残業代請求を行うもう1つの方法である、「訴訟による残業代請求」との違いについて、弁護士が解説します。
4.1. 対象は個別事件に限られる
労働審判の対象となる事件は、会社(使用者)と個々の労働者(被用者)との間の法律トラブルに限られます。
労働組合と会社(使用者)との間の紛争には労働審判を利用することができません。
また、公務員の場合は、民間企業とは異なる雇用システムになっているため、労働審判を利用することができません。
4.2. 労働審判員が審理する
労働審判の手続は審判官1名と審判員2名で構成される労働審判委員会が進行します。
この審判員は、会社側(使用者側)と労働者側(被用者側)の事情に詳しい専門知識を持つ人の中から選出されますが、裁判官ではありません。
通常は労働組合などの関係者の中から1名、会社経営や人事労務の経験者から1名が審判員に選出されるのが通常です。
4.3. 期日は最大3回まで
裁判(訴訟)手続には手続回数に制限がありません。当事者が途中で和解をしたり、裁判所が判決のために審理を打ち切らない限り、真実が明らかになるまで何回でも期日が開かれます。
一方、労働審判は労働事件を早期に解決するために、期日の回数を最大3回までに制限しています。逆に言えば、それでも収まらないような紛争は裁判できちんと解決するように、ということです。
4.4. 審理は口頭が中心
裁判(訴訟)手続は、各当事者の主張をまとめた「準備書面」を交互に提出することで進んでいきます。
一方、事件の早期解決を目的とした労働審判では、上記のように3回までしか期日が開かれません。
そのため、労働審判では、「準備書面」を何度もやり取りするという手続ではなく、期日当日に関係者が集まって口頭で審理を行うのが一般的です。
4.5. 非公開が原則
裁判(訴訟)手続は、公開することが憲法で定められており、手続の様子は一部の例外を除いて、誰でも傍聴することができます。
これは、裁判(訴訟)手続で出される判決や決定が、その後の別の事件の裁判に影響を与える可能性があり、一般公益に関わるためです。
一方、労働審判は、ある個人事件について、会社(使用者)と労働者が話し合いにより、その事件限りの解決方法を決める手続であり、公益性はないので、一般に公開する必要がなく、労働審判は、非公開が原則です。
5. 労働審判による残業代請求のメリット・デメリット
ここまで解説してきたとおり、非常に多くのメリットがあり、労働者保護に役立つ労働審判ですが、もちろん、デメリットもあります。
そこで、労働審判による残業代請求を行うときの、メリット、デメリットについて、弁護士がまとめていきます。
5.1. 労働審判による残業代請求のメリット
はじめから裁判(訴訟)を起こすのではなく、労働審判を利用することには、次のようなメリットがあります。
なお、さきほど解説しましたとおり、労働審判の結果に不服がある場合、異議申立を労働者、会社のいずれかが行うと、訴訟に移行します。
5.1.1. 短期間での紛争解決が可能
上記に解説しましたように、裁判(訴訟)手続は書面でのやり取りを繰り返していくため、非常に時間がかかります。目安として、最低でも半年~1年はかかります。
また、労働事件の場合は、過労死や労災を筆頭に感情的な対立が生まれ、紛争が激化しやすく、解決までに2年以上かかることも稀ではありません。
一方、労働審判の場合、期日が最大3回までに限られており、手続全体にかかる時間は2、3ヶ月程度で済みます。
裁判(訴訟)だと1年近い時間をかけなければならなかった事件でも、労働審判を利用することで大幅な時間短縮をすることができるのが、最大のメリットです。
5.1.2. 手続にかかる費用が安い
裁判(訴訟)や労働審判をするには印紙代(手数料)がかかります。例えば、300万円の残業代を裁判(訴訟)で請求するためには、2万円の印紙代がかかります。
労働審判の場合はこの印紙代が半額で済みます。
訴訟では、書面の準備や期日対応に相当の手間がかかるため、弁護士の着手金が高くなりがちですが、労働審判は、訴訟よりも手間と時間が少ないことから、訴訟の半額程度の着手金で依頼を引き受けてくれる弁護士が多いです。
5.1.3. 証拠収集の負担が少ない
裁判(訴訟)で残業代の請求を認めてもらうためには、1日ごとの正確な労働時間を証明しなければなりません。そのため、タイムカードや業務日誌などの信用できる証拠を多数集める必要があります。
一方、労働審判では、会社(使用者)と労働者(被用者)が話し合いで「このぐらい働いていたことにしよう。」という合意します。
したがって、会社側(使用者側)が確からしいと思う程度に「残業があったこと」を示す証拠があれば足り、裁判よりは証拠調べが厳密ではありません。
5.2. 労働審判による残業代請求のデメリット
ただし、労働審判にもいくつかのデメリットはあります。
5.2.1. 請求額満額もらえるとは限らない
労働審判は、会社側(使用者側)と労働者側の双方納得のもとに話し合いで紛争を解決する手続です。
そのため、いずれの当事者も、ある程度譲歩することが必要になります。残業代を請求するようなケースでは、会社側(使用者側)にそもそも残業代を支払う意思がないことがほとんどです。
後に訴訟を提起することもチラつかせながら、「このくらいだったら払ってもいい」と会社(使用者)に言わせることが労働審判の目標なので、必ずしも未払いの残業代を全額支払ってもらえるとは限りません。
5.2.2. 準備期間が短い
労働審判の手続の流れについて上記に解説しましたように、申立てをしてから40日足らずで最初の期日が来てしまいます。
通常、主張・争点の整理や事実聴取、証拠調べは第1回期日で済まされてしまうため、それまでに全ての準備を整えてある必要があります。
5.2.3. 結局裁判になるケースもある
労働審判が途中で打ち切られ、裁判(訴訟)に移行した場合には、1から手続をやり直さなければなりません。
必要な資料はほとんど変わらないため、労働審判で行った手続きがすべて無駄になるわけではないものの、労働審判で終了するよりも、相当長期間かかることが一般的です。
6. 労働審判による残業代請求がオススメなケース
以上の、労働審判による残業代請求のメリット、デメリットを踏まえ、労働審判による残業代請求がオススメなケースについて、弁護士がまとめました。
残業代請求について、労働審判をすべきであるかどうかには、様々な考え方があるものの、労働審判は、労働者保護のために作られた制度ですから、残業代請求もまた、まずは労働審判をすることがオススメなケースといえます。
6.1. 和解可能な金銭請求
残業代や賃金などの金銭を請求するケースの中でも、必ずしも全額受領することが、訴訟であっても困難なケースがあります。
また、会社が徹底的に争う場合には、早期に話し合い(和解、調停)で解決した方が、結果的に、受領できる金額が多くなるケースもあります。
このように、金銭請求をするケースの中でも、労働者側でもある程度譲歩をすることができ、和解可能なケースでは、労働審判を活用することがオススメです。
6.2. 金銭解決を前提とした解雇事件
不当解雇のトラブルについても、会社にとどまらずに解決金で済ませることを前提にするのであれば、労働審判で早く解決することがオススメです。
これに対して、会社への復職を目指す「不当解雇」のトラブルのケースでは、労働審判は向きません。会社との話し合いで、会社が譲歩をして復職を勝ち取れることが、到底考え難いからです。
7. 労働審判による残業代請求を弁護士に依頼する理由
ここまでの解説をお読みになり、裁判(訴訟)に比べて手続が簡単な労働審判のときに、弁護士に依頼しなくてもよいのではないか、と思われた労働者の方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、労働審判の方法で残業代請求をするときには、弁護士に依頼することで大きなメリットを得ることができます。そこで以下では、残業代請求をするときの、労働審判の申立てを弁護士に依頼したほうがいい理由をご紹介します。
7.1. 短時間での事前準備が必要
上記に解説しましたように、労働審判には事前準備の時間が短いというデメリットがあります。
必要な証拠を集め、事実関係や主張を整理し、会社側(使用者側)から送られてくる答弁書に対する反論を第1回期日が開かれるまでに全て準備しておかなければなりません。
このような準備を短期間で行うことは、法律知識のない労働者の方にとっては非常に困難であり、弁護士に依頼してしまったほうが手っ取り早いのです。
7.2. 経験に基づくサポート
会社との労働トラブルを何度も起こしているという労働者の方はそれほど多くないのではないでしょうか。これに対して、労働問題に強い弁護士は、労使間の労働問題、特に労働審判を、年に何度も経験しています。
有利な調停を成立させるためには、会社側(使用者側)との交渉でイニシアティブを握る必要があります。
しかし、会社側(使用者側)も大抵弁護士を雇っているため、労働者側(被用者側)も弁護士に依頼して適確なアドバイスとサポートを受けないと、会社側(使用者側)に都合のいい調停案をのまされてしまいかねません。
7.3. 裁判のサポートも可能
労働審判の申立てを弁護士に依頼するメリットとして、裁判(訴訟)に移行しても継続してサポートを受けることができる点にあります。
裁判(訴訟)手続は労働審判に比べてはるかに複雑であり、労働審判を1人でこなす労働者の方でも、1人で対応していくのは非常に難しいでしょう。
そのため、労働審判の時点から弁護士に依頼して、トータルサポートを受けるのが安全だといえます。
8. まとめ
今回は、未払いとなっている残業代を請求するときの、労働審判の手続やメリットなどについて、弁護士が解説しました。
労働法に詳しくない労働者の方は、「残業代請求は裁判しかない。」と考え、手間と費用からあきらめてしまうかもしれません。しかし、労働審判が利用できるケースでは、より短期間、低コストで残業代請求をすることができます。
今回の解説をお読みになり、「労働審判で早期に残業代を受け取りたい」というご希望をお持ちになった労働者の方は、労働問題に強い弁護士に、お早目にご相談ください。