労働時間管理は、全ての企業にとって避けては通れない重要なテーマです。
違法な長時間労働や過労を防止し、労働者の健康やワークライフバランスを守ることは、労働基準法をはじめとした労働基準関連法令に定められた企業の責務です。
しかし、労働時間について、タイムカードや勤怠管理システムなどの客観的な方法で把握・管理することが使用者(会社)の法的義務となったにもかかわらず、管理が不十分なまま、残業代の不払いや長時間労働が蔓延している企業も少なくありません。
労働時間管理が適切に行われない場合、企業は行政による指導や労働者からの未払い残業代請求といったリスクを負います。一方、労働者側でも、違法な実態に気付いたときは、会社に改善を求めるとともに、自身でも労働時間の証拠を残しておくことが重要です。
今回は、労働基準法やガイドラインを踏まえ、労働時間管理に関する企業の義務と労働者側の対応について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 労働時間を適正に把握し、管理することが企業の法的な義務となっている
- 労働時間管理の義務を怠る企業では記録が残らず、残業代請求が困難になる
- ガイドラインや労働基準法を参考に、労働者側でも労働時間を把握しておく
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労働時間管理とは

はじめに、労働時間管理の意味について、基本知識を解説します。
労働時間管理とは、労働者がどの時間帯にどれだけ働いたかを正確に把握し、記録・管理することです。単なる勤怠の把握や給与計算作業ではなく、法令を遵守し、長時間労働や未払い残業代といったリスクを防止するための重要な労務管理の一環です。
管理の対象となる労働時間
労働時間管理の対象となる「労働時間」がどのようなものかを正しく理解することが重要です。
裁判例では、「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間と定義されています(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決)。これには、実際に業務を行っている時間のほか、その前後の待機や準備の時間、事実上義務付けられた研修や会議、持ち帰り作業といった時間が含まれます。
したがって、会社が「労働時間」として扱っているかどうかだけでなく、実態として指示に従わざるを得ない状態であったかどうかが、重要な判断基準となります。
労働時間管理の必要性
次に、労働時間管理がなぜ必要なのかについて解説します。
労働時間管理の主な目的は、健康被害につながる長時間労働を防止することにあります。労働時間を正確に把握していなければ、過重労働を見逃し、危険の兆候を早期に発見できなくなります。適切に管理すれば長時間労働を是正し、労働者の健康を確保することができます。
法令を遵守し、健全な経営を行うことは、労働者のためだけでなく、企業側にとっても生産性やブランド価値の向上といったメリットがあります。
こうした観点から、労働時間は労働基準法で規制され、その上限が定められ、割増賃金(残業代)の支払いが必要となるといったルールがあります。
労働基準法は「1日8時間、1週40時間」という法定労働時間を定め、これを超えて働かせる場合や休日労働、深夜労働には割増賃金(残業代)の支払いを義務付けています。就業規則で定める所定労働時間は、法定労働時間を超えてはなりません。
企業が残業を命じる場合、36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ることが必要です。また、36協定で定める時間にも上限規制があります(原則「月45時間、年360時間」、特別条項による例外として、「年720時間以内」「1ヶ月平均100時間未満」「2〜6ヶ月平均80時間以内」という上限あり)。
これらの規制を遵守するためにも、労働時間を正確に把握することが不可欠です。
かつては、労働者の自己申告に任せ、労働時間を管理していない企業も見られましたが、残業を申告しづらい職場環境や上司への遠慮から過少申告が生じ、サービス残業が常態化しかねません。このような事情から、労働時間の実態を正確に把握するために、タイムカードや勤怠システムを利用した客観的な管理の必要性が高まっています。
「長時間労働の問題点と対策」の解説

労働時間管理に関するガイドラインとは

労働時間管理に関するガイドラインとは、企業が労働時間をどのように把握・管理すべきかについて、行政の考え方や具体的な方法を示した指針であり、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」があります。
2019年4月施行の働き方改革関連法により、労働安全衛生法66条の8の3が新設され、事業者は、医師による面接指導を適切に実施するため、タイムカードやパソコンの使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならないと定められました。厚生労働省のガイドラインは、この法律上の義務を実務でどのように運用すべきかを具体的に示した行政指針としての意味合いがあります。
ガイドラインの位置づけ
ガイドラインは法律そのものではなく、違反しても罰則を伴うものではありません。
しかし、ガイドラインは労働基準法などの重要な法令について、現場でどう運用すべきかを行政が示した指針であり、実務では無視できません。労働時間管理についても、その考え方や具体的な方法は、ガイドラインに詳しく示されています。
前述の通り、ガイドラインと同様の内容が労働安全衛生法上の義務として新設され、法律で義務付けられた労働時間の把握方法についても、改正労働安全衛生法の通達(平成30年12月28日基発1228第16号)がガイドラインと同内容となっているため、これらの理解が欠かせません。
したがって、ガイドラインは、労働基準監督署における助言指導や是正勧告の判断基準となり、裁判所でも、適切な労働時間管理が行われていたかどうかを判断する重要な資料となります。
ガイドラインが求める労働時間管理の具体的な方法
ガイドラインでどのような労働時間管理の方法が適切とされるかについて解説します。
客観的な記録方法で把握するのが原則
ガイドラインでは、労働時間について客観的な方法で把握するのが原則とされます。具体的には、次の方法が例示されています。
- タイムカードによる記録
- パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録
- 使用者による現認
電子的な記録の例として、ICカードによる入退室記録や、業務用パソコンのログイン・ログオフ時間などがあります。現在は、物理的に打刻するタイムカードだけでなく、オンライン上で記録できる勤怠管理システムも広く普及しています。使用者の目視確認も列挙されていますが、一定規模を超えた企業では非現実的でしょう。
客観的な記録方法とするために重要なのは、労働者の自己申告や記憶に頼らないことです。業種や働き方に応じて、必要な方法や管理の程度は変わることもあるので、実態に即した選択のために、事前に弁護士に相談しておくことが大切です。
なお、労働時間を正確に把握するには、始業時刻・終業時刻を記録するとともに休憩時間を管理する必要があります。
自己申告制とする際の注意点
ガイドラインは、自己申告制を一律に否定してはいませんが、厳格な条件付きで認められる方法と位置づけています。具体的には、「やむを得ず自己申告制とする場合でも、適正な申告を阻害しない等の措置を講じる必要がある」という点が重要です。
したがって、自己申告制を採用する場合でも、労働者の申告に任せきるのではなく、企業としても、申告内容が実態と乖離していないかを確認し、過少申告が起きない職場環境を徹底しなければなりません。例えば、次のような運用が考えられます。
- 労働者に、適正な自己申告をするよう十分説明する。
- 管理職に、残業時間の申告を妨げないよう教育・指導する。
- 自己申告と実態が合致しているか定期的に調査する。
- 自己申告した時間を超えて事業場内にいるときは理由を確認する。
- 適正な申告を阻害するような運用は避ける。
申告された時間をそのまま鵜呑みにするだけの運用では、ガイドライン違反と評価される可能性があります。
労働時間管理の対象となる労働者の範囲
労働時間の把握義務の対象は、労働時間規制の対象とは異なります。残業代を支払う必要がなかったとしても、健康管理の観点から労働時間の把握が不可欠だからです。
労働安全衛生法改正により、従来のガイドラインでは対象外とされていた管理監督者(労働基準法41条2号)、みなし労働時間制が適用される労働者についても、労働時間の把握義務の対象に含まれることとなりました。
その結果、高度プロフェッショナル制度の対象者を除き、原則として全ての労働者について、労働時間を把握することが使用者の義務となっています。勤務期間や雇用形態を問わず、正社員だけでなく、契約社員、パート、アルバイト、派遣労働者も対象となります。
なお、取締役や監査役などの役員、個人事業主は「労働者」ではないため、労働時間管理の対象とはなりません。また、高度プロフェッショナル制度の対象者は、通常の労働時間把握義務の適用は除外されますが、事業場内にいた時間と事業場外で業務に従事した時間の合計(健康管理時間)を把握することが義務付けられています(労働基準法41条の2第3項)。
労働時間管理を怠った場合の制裁
労働時間の管理は労働安全衛生法上の義務となったものの、違反に罰則はありません。
しかし、把握を怠った場合は労働基準監督署の是正勧告の対象となるほか、把握を怠って長時間労働により健康を害した場合には安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。36協定違反や残業代の未払いとなった場合、労働基準法119条によって「6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」という刑罰が科されます。
- 2025年6月1日より、懲役刑・禁錮刑は廃止され、拘禁刑に一本化されました。
「36協定に違反した場合の罰則」の解説

労働時間管理が適切でない企業の具体例と労働者側の対策
次に、本解説をもとに、勤務先の労働時間管理が不適切であると判明したとき、労働者側が講じておくべき対策と注意点について解説します。
労働トラブルにつながりやすい具体例
企業による不適切な労務管理が、労働トラブルにつながりやすいケースを解説します。自身の状況と照らし合わせて確認してください。
把握と実態が乖離している場合
最も典型的なのが、把握した労働時間と実態が乖離しているケースです。例えば、次のような相談がよく寄せられます。
- 勤怠上は定時退社となっているが、実際には残業している。
- 社長にタイムカードを勝手に打刻された。
- 上司から暗黙の圧力があり、残業時間を少なく申告している。
- 「会社の許可がなければ残業できない」という理由で、サービス残業させられた。
タイムカードなどの記録は重要ですが、裁判では労働実態が重視されます。そのため、把握した労働時間と実態が異なる場合、企業側の管理に問題があると判断されます。
この点について、タイムカードによる管理が行われておらず、労働時間を直接示す記録が存在しない事案で、同僚の日誌や関係者の供述などをもとに労働時間を推計し、残業代請求を認めた裁判例があります(福岡高裁令和1年7月18日判決)。この裁判例では、労働時間適正把握ガイドラインに沿った管理を行っていなかった使用者は、推計による労働時間認定を甘受すべきであると指摘されました。
リモートワークで労働時間を管理されていない場合
リモートワークの普及に伴い、労働時間を管理しない企業が増えています。
しかし、リモートでも健康被害が生じるリスクがあるので、可能な限り労働時間を把握すべきです。具体的には、業務メールやチャットに対応した時間を記録したり、クラウド上の勤怠管理システムを導入したりといった方法があります。
リモートワークや直行直帰型勤務に関する裁判例でも、スマートフォンの位置情報や出退勤打刻システムにより時間把握が可能な場合は、事業場外労働みなし労働時間制にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないと判断されています(東京高裁令和4年11月16日判決)。この裁判例は、ITツールを用いればオフィス外でも労働時間管理が可能であることを示しています。
持ち帰り残業を強制された場合
持ち帰り残業も、労働時間管理が不十分な企業で頻発する問題です。例えば、次のような場面は、労働時間の管理が不適切ではないかを疑うべきです。
- 業務量が多く、時間内に終わらない。
- 持ち帰って残業したが、残業の申請が許可されない。
- 表向きは退社させられるが、長時間労働を抑止する施策がない。
場所が自宅であっても、使用者の指揮命令下にあると評価されれば、労働時間と判断される可能性があり、持ち帰り残業を黙認したからといって、労働時間管理の責任が否定されることはありません。
持ち帰り残業についても、業務量や納期から自宅作業が事実上不可避であったとして、その時間を労働時間に算入し、労災の業務起因性を肯定した裁判例があります(甲府地裁平成23年7月26日判決)。
労働時間管理の不適切な企業に対して労働者がすべき対策
以下では、労働時間管理の不適切な企業において労働者がすべき対策を解説します。
労働時間管理が不十分な状態が続くと、長時間労働が常態化し、心身の不調や過労死といった重大なリスクにつながりかねないため、速やかに対応する必要があります。
適切な労働時間の管理を求める
まずは、社長や人事部に状況を伝え、改善を申し出ることが考えられます。
それでも是正されない場合は労働基準監督署や弁護士への相談を検討しましょう。不適切な労働時間管理は法令違反であるため、労働基準監督署による是正勧告や指導といった対応が行われる可能性があります。また、未払い残業代の請求や慰謝料の請求など、法的手段を検討する場合、労働問題に精通した弁護士のアドバイスが有益です。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説

労働時間を自己管理して証拠を集める
会社の労働時間管理が不十分な場合、労働者として自己管理が大切です。
労働者自身が労働時間を把握し、証拠として記録しておくことは、将来の未払い残業代請求や、体調を崩した場合の労災申請などに役立つ重要な自己防衛です。残業代計算アプリやエクセルなどを活用し、始業・終業時刻や実労働時間を日々記録しておきましょう。
裁判例でも、会社の管理が不十分で証拠が乏しい場合に、複数の資料を総合的に評価して概括的に時間外労働の存在を認めた事例が存在します(大阪高裁平成17年12月1日判決)。
「残業代請求の証拠」の解説

労働時間管理に関するよくある質問
最後に、労働時間管理に関するよくある質問に回答しておきます。
労働時間管理は1分単位で行うべき?
原則として、労働時間は1分単位で把握・管理する必要があります。
労働基準法では、労働時間に応じた賃金の全額支払いが義務付けられており、例えば「15分未満は切り捨てる」など、労働者にとって不利な端数処理は違法とされています(労働者に有利な「全て切り上げる」処理は許されます)。
例外的に、1ヶ月単位で見て、30分未満は切り捨て、30分以上は切り上げるといった処理が許されていますが、あくまで「1ヶ月単位」であり「1日単位」ではありません。
正しく賃金を支払うためにも、労働時間の把握・管理も1分単位で行う必要があり、正確に時間を記録できるタイムカードや勤怠管理システムを導入すべきです。
管理監督者でも労働時間管理は必要?
管理監督者でも、労働時間の把握義務があります。
確かに、労働基準法41条2号の管理監督者に該当する場合、残業代(時間外割増賃金、休日労働の割増賃金)が適用されません。しかし、管理監督者でも、長時間労働を抑制し、健康を確保すべきことに変わりはないため、労働時間管理は必要です。
さらには、会社が管理職として扱っていても、労働基準法上の管理監督者の要件を満たさない、いわゆる「名ばかり管理職」は、労働時間管理が必要なだけでなく、残業代を請求することも可能です。
副業・兼業の労働時間管理はどうすべき?
副業・兼業の労働時間は、労働基準法38条1項に基づいて、使用者が異なる場合でも労働時間を合算(通算)して管理するのが原則です。副業・兼業であっても、労働者の健康確保や長時間労働の防止という目的は変わらないためです。
この場合、労働時間の把握は、労働者の申告や届出に基づいて行うことになります。そして、通算した労働時間のうち、自社で労働させた時間が法定労働時間を超える部分については、時間外労働として割増賃金(残業代)を支払う必要があります。
労働者の申告内容が事実と異なっていても、企業としては申告された内容に基づいて労働時間管理を行えば足りると考えられています。
なお、例外的に、労使双方の負担を軽減する観点から、厚生労働省のガイドラインでは、簡便な労働時間管理方法として「管理モデル」も示されています(厚生労働省「管理モデル」)。
【まとめ】労働時間管理は企業の義務

今回は、労働時間管理の基本的な考え方と、労働者が取るべき対策について解説しました。
労働基準法や労働安全衛生法の定めに従って労働時間を適正に把握し、管理することは、企業に課された法的義務であり、怠った場合は行政指導や未払い残業代請求などの責任を問われることとなります。労働時間の適切な管理は、労働者の健康を守り、過労や長時間労働を防止するために不可欠であり、さらにワークライフバランスの確保や生産性の向上にもつながります。
しかし、企業が十分な労働時間管理を行わない場合、労働者側でも自己防衛が必要です。自身の労働時間を正確に把握し、客観的な証拠を残しておくことは、将来のトラブルに備える上で重要な意味を持ちます。
自身の勤務先の労務管理が不適切ではないかと疑われる場合には、問題が深刻化する前に弁護士に相談し、将来の紛争のための証拠を確保するようにしてください。
- 労働時間を適正に把握し、管理することが企業の法的な義務となっている
- 労働時間管理の義務を怠る企業では記録が残らず、残業代請求が困難になる
- ガイドラインや労働基準法を参考に、労働者側でも労働時間を把握しておく
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