会社が労働者に対して残業を命令するためには、残業を命令するための根拠が必要となります。
まず、労働法では「残業命令は原則として違法である。」ということをよく覚えておいてください。
日本の一般的な会社であれば「残業は普通にあるものである。」、という意識が強いため、「残業が違法である。」というと驚かれるかもしれません。
しかし、労働基準法上は、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を越えて労働させること自体が違法であって、例外的な要件を充足した場合にのみ残業命令が可能となるのです。
残業命令の違法性を取り除くための要件が、36協定の締結です。36協定を締結している場合に限って、使用者(会社)が労働者(あなた)に対して残業命令をすることができる、ということです。
今回は、36協定とは何なのか、36協定で定める残業時間の上限について解説します。会社で残業命令を強要されているが、「36協定を見たことが無い!」という方は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。
1. 36協定とは?
36協定とは、その名の通り、労働基準法36条に基づいて締結される労使協定をいいます。
労使協定とは、簡単にいうと、労働者と使用者が行う取り決めをいいます。労働基準法36条の条文は、次の通りです。
労働基準法36条1使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。
1.1. 36協定を締結しない残業は違法!
「1日8時間、1週40時間」という、労働基準法に定められた法定労働時間を越えて労働させることは、基本的に違法です。
過半数労働組合、もしくは、過半数代表との間で労使協定を締結し、労働基準監督署に届出を行った場合にのみ、残業命令が可能となるというのが労働基準法36条の規定です。
したがって、36協定を締結せずに、労働基準法上の法定労働時間を越えて労働させた場合には、労働基準法第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間又は前条の休日に関する規定に対して違反し、違法です。
36協定締結を行わなかったこと自体に制裁があるのではなく、36協定を締結しなかったとしても残業時間が0であれば何ら問題ありません。
しかし、36協定を締結せずに違法な時間外労働に従事させたことに対して制裁があるということです。その制裁は、最悪、刑事罰となり得る重いもので、「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という刑事罰が定められています。
残業命令をする大前提として36協定を締結することが必要ですが、これはあくまでも「法定時間外労働」のことをいいます。
労働基準法で定められた「1日8時間、1週40時間」という時間は、「法定労働時間」といわれ、これを越えて労働する場合には、労働基準法によって、残業代請求が可能となる時間です。
これに対し、会社のルールとして、法定労働時間よりも短い時間を、「所定労働時間」として定めている場合です。つまり、始業時刻、終業時刻、休憩時間を定め、「7時間労働」などとしている場合です。
この場合に、所定労働時間を超え、法定労働時間を越えない時間の労働(例えばさきほどの例ですと7時間30分労働した場合の30分)について、どのような賃金を支払うかは、会社のルールに任されています。
そして、この「所定労働時間を超え、法定労働時間を越えない時間の労働」(法内残業、法内超勤といいます。)は、36協定を締結していなくても残業命令をすることが可能です。
1.2. 36協定の締結方法が不適切な場合も違法!
「36協定を締結しない残業は違法!」と聞いたブラック企業の経営者は、「36協定を締結すればよいのか!簡単なことだ。」という甘い考えのもと、「36協定」と記載した書面を作成して済ませるかもしれません。
しかし、労働基準法で有効とされる36協定は、労使協定の適切な締結方法にしたがって作成されていなければなりません。そのため、形式上、書面を用意しただけでは足りないのです。
36協定は、事業者が、次の2つのいずれかを労働者側の代表として締結する必要があります。
- 過半数労働組合
- 労働者の過半数代表
したがって、過半数労働組合が存在しない場合には、労働者の過半数代表を選び、その代表者との間で36協定を締結する必要があります。
労働者の過半数代表を選ぶための方法は、細かくは決められていませんが、少なくとも、次の2点を守っておこなわなければなりません。
- 36協定締結のための代表者選びであることを明らかにすること
- 民主的な方法によって決定すること
したがって、この要件を満たさないような代表者を選び、36協定を締結する方法は、違法であり、結局36協定がない場合と同様に、残業は違法になるのです。
2. 36協定を締結しただけでは残業命令はできない
「36協定を締結することで残業命令が可能となる。」という説明をしましたが、36協定を締結すればただちに残業命令ができるわけではありません。
36協定はあくまでも、労働基準法において違法な残業命令を合法化するためだけの効果ががあるに過ぎません。これを、労働法の専門用語で「免罰的効果」といいます。
これに対し、労使間では雇用契約を締結して労働関係のルールを定めていますから、会社が労働者に対して命令権を取得するためには、労働契約の内容に命令権の存在を記載しなければなりません。
何ら残業についての説明もなく、残業が労働契約の内容となっていない場合には、36協定を締結しただけでは、残業を命じることはできないのです。
ただし、就業規則に残業命令に関する条項を置くことで、就業規則が労働契約の内容となります。
なお、当然ながら、残業命令を行い残業をさせた場合であれば、残業代の支払が必要です。
3. 36協定の上限時間を超えて残業させてはならない
36協定といえども、万能ではなく、36協定を締結したからといって際限なく残業をさせてよいわけではありません。
「時間外労働の限度に関する基準」という厚生労働省の発表する告示で、労使協定によって延長できる限度時間が定められています。
この告示では、次の3つの期間について、限度時間を定めています。
- 1日
- 1日を超えて3か月以内の期間
- 1年
「時間外労働の限度に関する基準」に定められた、原則的な限度時間は次の通りです。
- 1週間 15時間
- 2週間 27時間
- 4週間 43時間
- 1か月 45時間
- 2か月 81時間
- 3か月 120時間
- 1年 360時間
4. 36協定の延長限度が設定されていない業種
業種によっては、36協定による残業時間の上限を定めることが適当でない業種があります。
そのため、これらの業種では、36協定の延長限度は設けられていません。
- 工作物の建設等の事業
- 土木、建築、その他、工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体、または、その準備の事業
- 製造業で、大規模な機械や設備の据え付け工事を行う業務
- 自動車の運転の業務
- 四輪以上の自動車の運転を主として行う業務
- トラック、バス、タクシーだけでなく、社用車などの運転業務
- 新技術、新商品等の研究開発の業務
- 専門的、科学的な知識や技術を有する者が従事する新技術、新商品などの研究開発の業務
- 季節的要因等により事業活動若しくは業務量の変動が著しい事業若しくは業務又は公益上の必要により集中的な作業が必要とされる業務として厚生労働省労働基準局長が指定するもの
- 郵政事業の年末年始における業務や、船舶の改造、修繕に関する業務
延長限度が設けられていないだけであって、残業を行わせる場合に36協定の締結が必須であることには変わりません。
そのため、以上の業種であっても、36協定を締結せずに残業命令を行えば、労働基準法違反となります。
また、延長限度が設けられていないからといって、無限にはたらかせることが適切であるといえません。会社は、労働者の心身の安全を保って労働をさせる義務(安全配慮義務)を負っており、無限にはたらかせれば、36協定の問題がなくとも、心身を故障すれば、会社の責任を追及すべきです。
5. 36協定の特別条項とは?
36協定で限度時間が定められている以上、これを越えて労働時間を延長して残業させることは基本的に不可能です。
ただ、臨時的に限度時間を超えて労働しなければいけない場合には、特別の事情による臨時的な労働であることを条件として、労働時間の延長が認められています。
この特別の延長のために、36協定に、特別条項を定めて締結しておく必要があります。
残業があまりに長時間労働であると感じた場合には、36協定に特別条項が付いていないか、また、特別条項付36協定であった場合には、その特別条項の運用が適正であるかについても検討してください。
特別条項付36協定は、あくまでも臨時の労働に対する残業の延長を定めるものであって、常に特別条項の上限時間まで残業させることができるわけではありません。
そのため、特別条項による延長は、1年に半分を超えてはならないとされています。
6. 36協定を締結しても残業命令が許されないケース
36協定を締結し、就業規則に残業代命令の根拠があったとしても、残業命令が許されないケースがあります。
労働者保護のために、そもそも残業命令が許されない場合が、これに該当します。この場合、36協定があろうが、会社は労働者に対して残業を命令することができません。
- 年少者(18歳未満)の時間外労働、休日労働
- 妊産婦で、本人の請求がある場合の時間外労働、休日労働
- 育児または介護を行う労働車で、本人の請求がある場合の、制限時間を超えた残業
7. 36協定締結がなく、会社が送検された例
36協定を締結しなかったことにより、違法な長時間労働を理由として、会社が送検されることがあります。
36協定を締結しないと、残業命令をすることは違法となり、刑事罰の対象となります。そのため、悪質な会社の場合には、違法な残業命令について、刑事罰が科されるわけです。
36協定を締結しなかったことによる会社の送検例には、次のようなものがあります。
ただし、36協定を締結せずに残業命令をされている労働者の立場であっても、労働基準監督署に相談してすべての残業代問題を解決できるわけではありません。
というのも、ここで解説した送検事例は、労働基準監督署が「送検をして刑事罰を科さなければ解決できない。」と考えるほどに悪質であった事情があります。
労働基準監督署ももちろん、悪質な違法残業があれば、送検を検討するのでしょうが、全ての残業代相談について送検されるというわけではありません。
8. まとめ
残業命令を行うためには、大前提として、過半数労働組合もしくは過半数代表との間で36協定を締結しなければいけないわけですが、36協定を締結したからといって無制限に残業させられるわけではなりません。
そもそも、ブラック企業の中には、
- 36協定自体を作成していない。
- 36協定を作成しているが、備え置きをしていない。
- 36協定を作成しているが、これを無視して限度時間を超えた長時間労働を強要している。
といった会社も、残念ながら多く存在しています。
36協定の締結の仕方に違法、不適切な点があったり、36協定の運用が間違っていたりする場合には、やはり未払い残業代を請求できるケースも少なくないといえます。
残業代の請求を検討している方は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。