36協定は、企業が労働者に残業を命じる際に必須となる労使協定です。
しかし、36協定を締結していても内容が違法であったり、企業が36協定を無視して長時間労働を強いてきたりすると、どうなるのでしょうか。残念ながら、36協定のルールを守らず、違法な残業をさせようとする会社も存在しているので、健全な労働環境を守るためにも、36協定違反には、厳しい罰則があることを理解しておかなければなりません。
36協定の上限(限度時間)は、労働基準法に定められた法律上の義務なので、36協定違反は法律違反であり、罰金や懲役といった刑事罰が科される可能性があります。労働者としては、違反の証拠を集めて、労働基準監督署に通報する対処法が有効です。違法な残業を我慢して、心身を疲弊させてしまうのは避けるべきです。
今回は、36協定違反に対する罰則と、企業に36協定違反があった場合の労働者の対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
36協定違反となる事例とは?
36協定違反とは、残業をさせるのに必須となる36協定を結ばなかったり、36協定の内容に違法があったり、締結した36協定に従わなかったりするケースを指します。36協定の重要性からして、36協定の違反があった場合には、罰則をはじめとした厳しい制裁が企業に科されます。
そもそも36協定とは
36協定とは、労働基準法36条の定める労使協定であり、企業が法定労働時間を超えて残業を命じるために必要となるものです。
労働基準法のルールは、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて働かせることは禁止されるのが原則でありながら、36協定を締結すれば、その上限までは残業や休日労働が合法化されることとなっています。つまり36協定は、会社にとって「残業を合法化するための規定」、労働者からすれば「どれだけ残業させられるかを定めた規定」という重要な意味があります。
労使協定は、使用者と労働者の過半数代表者(または過半数組合)が締結する、労働環境などに関する書面であり、なかでも36協定は、労働者の健康と安全を守るのに非常に重要です。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
36協定に違反する具体的なケース
次に、36協定に違反するケースについて、具体例で解説します。
労務管理の整備が十分でない会社では、36協定をめぐる法令遵守が徹底されないことがあります。違反に気付き、速やかに対処するために、36協定違反の具体例を知っておいてください。
36協定を締結していない場合
36協定を締結せずに残業や休日労働を命じることは労働基準法違反であり、違法です。協定自体がない場合はもちろん、過半数代表者の選任方法にミスがあるなど、締結のプロセスに問題がある規定は有効ではないため、36協定違反が生じてしまいます。
「36協定なしの残業は違法」の解説
36協定の届出をしていない場合
36協定を締結したら、労働基準監督署に届け出る義務があります。届け出ていないのに残業させれば労働基準法違反であり、違法です(36協定の効力は「受理日」に生じます)。会社に備え付けられた36協定が、未提出ではないかを確認してください。
36協定の上限を超えた残業を強制する場合
36協定には、企業が命じることのできる残業時間の上限が、1日、1ヶ月、1年の各期間を単位として明記されます(36協定の書式のうち「延長することができる時間数」欄)。36協定が届出されていても、その内容に違反した残業は、36協定違反です。
例えば、1ヶ月の残業時間が30時間を上限とされているのに40時間の残業を命じると、36協定違反となってしまいます。
36協定の内容が適切でない場合
労使間で結んだ36協定の内容が労働基準法に違反する場合、その協定は無効です。過度な労働を強いることを内容とする36協定は、労働基準法の定める36協定の上限(限度時間)に違反し、無効となるからです。労働基準法に従った適切な協定でない限り、それに基づく残業命令も違法となります。
36協定に定められる労働時間の上限は、次の通りです。
- 原則として、残業の限度は月45時間、年360時間
- 特別条項付36協定の上限は、
- 年720時間
- 2〜6ヶ月の残業の平均が80時間以内(休日労働を含む)
- 1ヶ月の残業の平均が100時間未満(休日労働を含む)
※特別条項の適用は、年6ヶ月を上限とする
「36協定の上限(限度時間)」の解説
残業を命じる手続きに誤りがある場合
36協定が存在しても、残業を命じる労働契約上の根拠がなければ残業はさせられません。残業命令の根拠は、雇用契約書や就業規則に定められます。
労働者に不利益の大きい残業はあくまで例外であり、厳しい要件を遵守する必要があります。特に、特別条項付きの36協定によって、上限を超えて働かせる場合、「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に」でなければならず、恒常的な人手不足に対応させるための残業は対象外です。
また、残業を命じるときは、従業員の健康と安全に配慮する義務(安全配慮義務)を守る必要があり、心身の健康を害するほどの長時間労働は違法です。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
36協定に違反した場合の罰則
次に、36協定違反の罰則について解説します。
36協定は、労働者のワークライフバランスを守り、違法な残業を抑止する重要なものなので、36協定違反に対しては、刑事罰や行政処分などの厳しい罰則が定められています。
36協定違反の刑事罰
36協定に違反する行為は、労働基準法32条または36条の違反となり、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰が科されます(労働基準法119条)。つまり、36協定違反は、殺人罪や窃盗罪と同じ「犯罪」であり、重大なトラブルだと肝に銘じる必要があります。
罰則の対象者は「使用者」であり、「事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者」(労働基準法第10条)と定義されます。社長や代表者だけでなく、株主などの実質的な経営者や、労務管理権限を有する管理職もまた、36協定違反を防ぐことができたなら、罰則の対象となる可能性があります。
また、両罰規定(労働基準法121条)により、法人自体にも罰金刑が科せられます。
36協定違反に対する行政処分
36協定違反があった場合、刑事罰だけでなく、行政処分の対象ともなります。具体的には、労働基準監督署が調査の結果として、以下のような処分を下すこととなります。
- 助言指導
労働基準監督署は、企業に36協定違反があると判明した場合には、まずは助言指導を行います。助言指導は、違法な状態を速やかに改善するように指導することです。 - 改善命令
助言指導を無視したり、改善が不十分であったりする場合、労働基準監督署は改善命令を発することができます。具体的には、法令違反がある場合は是正勧告、法令違反ではないものの改善を要する場合は指導票が発されます。36協定違反の場合、重大な労働基準法違反であることから、是正勧告が下される可能性があります。 - 企業名公表
36協定違反があると、企業名を公表される可能性もあります。36協定違反の企業名公表は、各都道府県の労働局の公表内容を厚生労働省がまとめてインターネット上に公開します(例:労働基準関係法令違反に係る公表事案(令和4年12月1日~令和5年11月30日公表分))。
刑事罰は、警察・検察や労働基準監督書といった捜査機関の関与のもと、刑事裁判を通じて下されるのに対して、行政処分は、行政機関のみの判断で決定することができます。
行政処分を受けたことが明らかになると、企業は、社会的信用を失い、特に取引先や顧客との関係に悪影響を及ぼすことがあります。そのため、企業名公表は、企業が36協定違反の対策を講じるための大きなプレッシャーとなる面があります。
「労働基準監督署への通報」の解説
企業イメージや社会的信用の低下
36協定違反によって罰則や行政処分を受けると、企業にとっては経済的な損失だけでなく、企業イメージや社会的信用が低下するという深刻な悪影響があります。
36協定違反は、労働問題のなかでも労働者への影響が甚大であり、社会的な関心が高いため、メディアで報道される可能性があります。違法な労働環境が明るみに出れば、ブラック企業のレッテルが貼られ、消費者や取引先の信頼を失うデメリットがあります。このことは、採用活動にも影響して優秀な人材を確保しづらくなったり、不安が増して社内のモチベーションが低下したり、離職を誘発したりといったリスクにも派生します。
これらのことは、法律に定められた制裁ではないものの、企業にとっては利益に直結する、事実上の大きな罰則となることを意味します。
「ブラック企業の特徴と見分け方」の解説
36協定に違反するとどうなる?労働者が受ける影響は?
以下では、違法な長時間労働のリスクや未払い残業代など、36協定違反するとどうなるのか、労働者が受ける影響について解説します。36協定は、違法な残業を食い止めるハードルとして機能するため、36協定違反が起こると、労働者には大きな不利益があります。
違法な長時間労働となる
36協定は、企業が法定労働時間を超えて残業させる際に必須となる規定です。そのため、36協定が締結されていなかったり、その内容を超えた労働を命じられたりすると、長時間労働が起こらないようにするチェックがおろそかになってしまいます。この状況が続くと、36協定違反の結果として、労働者は違法な長時間労働に晒され、ワークライフバランスが崩壊してしまいます。
最悪のケースでは、過労によって倒れてしまったり、メンタルヘルスに深刻なダメージを受け、うつ病や適応障害といった精神疾患になってしまうリスクがあります。
「長時間労働の相談窓口」の解説
残業代に未払いが生じる
36協定を締結していない場合や、その内容を超えた残業がされた場合には、労働基準法に違反した違法な残業となります。しかし、残業そのものが違法だとしても、未払いの残業代を請求する権利は失わず、残業代請求が可能です。つまり、36協定の有無と、残業代の支払いは無関係です。
ただ、36協定違反を起こしてしまうような企業では、残業時間が適切に把握されておらず、正しく残業代を計算することができない可能性が高いです。そのため、未払い残業代の請求を検討するならば、労働者側でも残業の証拠を収集する努力をしておかなければなりません。
「残業代の計算方法」の解説
企業が36協定違反をしている場合の労働者の対処法
36協定に違反する企業に、労働者がどのように対応すべきかについて、労働基準監督署への申告、弁護士への相談といった方法を詳しく解説します。
会社に36協定違反を解消するよう求める
36協定違反を指摘し、解消するよう会社に強く求めましょう。
法律知識の不足が原因であり、悪意のない会社なら、速やかに対策を講じることが期待できます。違反が発覚したとき、企業側で実施すべき36協定違反への対応には次のものがあります。
- 適法な内容の36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る
- タイムカード、勤怠管理システムを導入し、労働時間を正確に把握する
- 残業についての社内ルールを整備する
対策を講じた後は、労働基準監督署から是正勧告を受けていた場合は、違法状態を改善したことを労働基準監督署に報告する必要があります。また、指摘をした労働者とのコミュニケーションも密にし、今後の改善状況を伝えるなどといった誠実な対応をするのが適切です。
「過労死について弁護士に相談する方法」の解説
36協定違反の証拠を集める
36協定違反の責任を追及する際は、適切な証拠を集める必要があります。証拠なしには、労働基準監督署や裁判所に対応してもらうのが困難になってしまうからです。36協定違反の違法な実態を証明するには、労働時間や残業についての次のような証拠が役立ちます。
「残業の証拠」の解説
同僚と協力して対策を講じる
36協定違反の問題は、一人の社員だけが被害者となるわけではなく、全社的なトラブルです。そのため、同じ状況に置かれた同僚と連携して対応するのが有効です。弱い立場にある労働者でも、複数人で一緒に交渉すれば、会社との交渉力を強めることができます。
複数の労働者が協力すれば、手元の証拠を持ち寄り、違法な状態を確実に証明することができます。労働基準監督署への通報も皆ですることによって迅速に対応してもらいやすくなります。自分たちだけでは解決が困難な場合は、労働組合のサポートを受けるのもおすすめです。
「労働組合がない会社での相談先」の解説
労働基準監督署に通報する
労働基準監督署は、労働基準法に違反する企業に対して監督指導を行う機関です。
36協定違反は、労働基準法の違反となるため、まさに労働基準監督署に相談し、申告することのできるトラブルの典型例です。被害を申告すれば、立入検査(臨検)が実施されて証拠の隠滅や偽装を防いだり、助言指導や是正勧告によって改善を促してくれたりすることが期待できます。本解説の通り、改善の兆候が見られない場合には、刑事事件化してもらえる可能性もあります。
「労働基準監督署が動かないときの対処法」の解説
未払いの残業代を請求する
36協定違反の会社では、未払いの残業代が生じてしまっている可能性が高いです。というのも、36協定は残業に関するルールの根幹であるからです。労働基準監督署は、あくまで違反の是正にとどまるため、その結果として一定の残業代が支払われることはあるものの、残業代の全額を請求するには、会社との間で直接交渉して解決する必要があります。
なお、弁護士に任せた方が、専門知識に従って正確に計算し、効率よく回収できます。
「残業代の請求書の書き方」の解説
弁護士に相談する
36協定に違反していたとしても、違法性が軽微だと労働基準監督署が動かないおそれがあります。残業代の請求について、根本的に解決するには、弁護士に相談するのがよいでしょう。労働者だけでは限界があるときは、ぜひ弁護士に相談してください。弁護士を通じて対応するなら、まずは内容証明で会社に請求し、企業が応じない場合には、労働審判や訴訟などの裁判手続きで請求します。
労働問題に詳しい弁護士に依頼すれば、法律に基づいた正しい残業代を、スピーディに請求することができます。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
36協定違反が発覚するきっかけについて
36協定違反を会社が巧妙に隠そうとしても、労働者がきちんと対応すれば、いずれは違法の事実は発覚し、明るみに出ます。36協定違反の事実が隠し通されてしまわないよう、どのような機会に違反が発覚するかを知っておくことは、労働者にとっても有意義です。
- 労働者からの申告
労働者が、違法な長時間労働や未払い残業代に気付き、労働基準監督署に申告したり弁護士に相談したりすることで、36協定違反が発覚するケースです。 - 労働基準監督署による定期監督
労働基準監督署は、企業が労働基準法を適正に守っているかどうかの確認のため、定期的な調査を行います。特に、過去に違反歴のある企業や、従業員数の多い企業では監督が行われやすく、この定期監督において36協定違反が発覚することがあります。 - 過労による健康問題、労働災害など
過労による病気や事故、更には過労死や過労自殺といったトラブルが発生すると、労働環境の劣悪さに注目が集まり、36協定違反が発覚することがあります。健康被害が重大な問題を引き起こした場合には、労働基準監督署が調査に乗り出すのはもちろんのこと、メディアで報道されることもあります。
「労災について弁護士に相談すべき理由」の解説
まとめ
今回は、36協定に違反するとどうなるのか、その罰則と対処法について解説しました。
36協定は、残業の上限を定める点で、労働者の権利を守るために不可欠なルールです。重要度の高い36協定を守らない企業では従業員の労働環境が害されてしまうので、36協定に違反した企業には厳しい罰則が科されます。具体的には、36協定違反は、労働基準法違反となり、懲役や罰金といった刑罰が科され、企業名公表をされるといった制裁があります。
36協定違反は、「残業代を払わずに残業させ、不当に利益を上げよう」という悪意で実行されますが、罰則や企業名公表によって社会的信用を失うとなれば、会社も真剣に対処するでしょう。そのため、36協定違反が発覚した場合には、労働基準監督署への通報や弁護士への相談を通じて、法的に対処することが適切です。
【労災申請と労災認定】
【労災と休職】
【過労死】
【さまざまなケースの労災】
【労災の責任】