持ち帰り残業は、勤務時間内に終わらない仕事を、家に持ち帰り、業務を続けることです。長時間労働による健康被害や、残業代の未払いが社会問題となっていますが、持ち帰り残業だと働いた時間が曖昧になり、サービス残業を強要されてしまいかねません。
職場での労働を減らし、持ち帰り残業するよう仕向ければ、見かけの残業は減らせます。持ち帰り残業を悪用し、残業代を支払わずに済まそうとする企業もありますが、このような持ち帰り残業は違法となる可能性があります。というのも、明示的に残業を指示された場合だけでなく、業務が過大で、持ち帰り残業しなければ終わらないときにも、その持ち帰り残業は「労働時間」となり、残業代請求をすることができるからです。
今回は、持ち帰り残業が違法となるケースや、労働時間として認められる条件、残業代が支払われずサービス残業となってしまった場合の対策を、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 持ち帰り残業も、「労働時間」に該当するなら、残業代を請求することができる
- 残業代が払われないサービス残業、長時間労働の持ち帰り残業は、違法となる
- 持ち帰り残業では、プライベートと区別して労働時間を証明するのがポイント
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持ち帰り残業とは
持ち帰り残業とは、業務時間内に終わらなかった仕事を自宅に持ち帰り、仕事を続けることをいいます。通常の残業と異なるのは、労働がオフィスの外で行われている点にあります。
持ち帰り残業は、労働者が自発的にするケースもありますが、会社の働きかけで行われることも少なくありません。会社の直接的な指示がある場合だけでなく、暗黙の期待から持ち帰り残業をせざるを得ない状況に追いやられている人もいます。このとき、形式的には社員の自発的な残業だとしても、会社が黙認していたなら、黙示の指示があったと評価することができます。
長時間労働が問題となるなかで、持ち帰り残業もまた大きな問題となっています。近年特に、持ち帰り残業が増えているのには、次の通り、いくつかの要因があります。
- 人手不足
業務量が増加しても、人手が不足していると、限られた社員が長時間働くことで補うしかなくなってしまいます。 - リモートワークの増加
IT技術やデジタルデバイスの進化によって、どこでも働ける環境を整備できるようになり、自宅で仕事をすることが日常化している。 - 仕事への責任感
業務を期限内に終わらせなければならないという責任感を感じると、持ち帰り残業を当たり前のものとして受け入れてしまっている労働者が多くいます。
このような時代背景のもと、少しでも残業代を払わずに済ませようとする会社は、労働者の責任感を悪用して、自発的に持ち帰り残業をさせようとしてきます。多くの業務量を与えたり、短い締切やノルマを設定したりして持ち帰り残業を助長する反面、家での残業を「労働時間」としてカウントせずに、残業代を未払いにして人件費を削減しようとするのです。
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持ち帰り残業は労働時間に含まれる
持ち帰り残業をした場合にも、「労働時間」に含まれる可能性があります。そして、持ち帰ってした残業が労働時間なら、オフィス内の労働と合算して「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えれば「残業」となり、残業代を請求することができます。
労働基準法における「労働時間」は、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されます。明確に指示されて業務をした時間だけでなく、指示を待っている時間や、業務の準備や片付けに費やした時間も含まれるため、持ち帰り残業もまた、ケースによっては「労働時間」に該当し、残業代の対象となることがあります。
持ち帰り残業が労働時間となるケース
会社が、明確に指示して、持ち帰り残業を行わせた場合、労働時間として認められるのは当然です。例えば「この仕事は家で仕上げてください」と具体的に指示されれば、家での作業でも会社の業務ということができ、残業として扱うべきです。労働者としては、その業務に従事している時間を労働時間として申告し、残業代を請求する権利があります。
直接の指示がなくても、暗黙の了解があったり、持ち帰り残業が黙認されていたりするとき、その持ち帰り残業も「労働時間」に含まれることがあります。例えば、次の場合は、持ち帰ってした残業は、残業代の支払いの対象となります。
- 仕事が多すぎて定時内に終わらない場合
- 会社がその状況を把握しながら放置している場合
- 業務時間内に終わらない業務量や期限を指示された場合
- 業務時間外に自宅で対応せざるを得ない電話やメールの連絡がある場合
- 「終わらなければ家でやるのが当然」という職場文化がある場合
こうした状況下では、たとえ自宅での作業だったとしても、会社は労働時間を把握し、持ち帰り残業している時間を残業として扱わなければなりません。
「労働時間の定義」の解説
持ち帰り残業が労働時間とならないケース
一方で、労働者が自主的にした持ち帰り残業は、「労働時間」とは認められない場合もあります。例えば、会社が特に指示をしていないのに、労働者の判断で業務を家に持ち帰って作業し、会社に報告を一切していなかったケースです。
ただし、一見すると自主的なものだとしても、いわゆる「暗黙の強制」と言えるケースなら、残業代が発生する可能性があります。労働者としては、自主的なものであると評価されないよう、違法な残業命令ならば拒否したり、応じて持ち帰り残業する場合も、その証拠を記録し、残業した時間を会社に報告したり、といった対策を講じなければなりません。
「サービス残業の黙認の違法性」の解説
持ち帰り残業が労働時間なら残業代を請求できる
持ち帰り残業が「労働時間」と評価できるとき、その時間をあわせて「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えれば、時間外労働の割増賃金(残業代)を請求することができます。持ち帰ってした労働が、休日労働なら休日手当、深夜労働になるなら深夜手当も受け取れます。
裁判例も、国・甲府労基署長(潤工社)事件(甲府地裁平成23年7月26日判決)は、ISO認定の準備のために自宅でした作業は、せざるを得ない状況にあったので残業であると判断しました。
「残業代の計算方法」の解説
持ち帰り残業が違法となるケース
次に、持ち帰り残業が違法となるケースについて解説します。
違法な持ち帰り残業となってしまうのを避けるには、労働者の拒否する姿勢が大切です。我慢して従っていると、いつまで経っても違法な状態を抜け出せなくなってしまいます。
残業代が払われない持ち帰り残業
持ち帰り残業が「労働時間」となるなら、残業代請求が可能だと解説しました。そのため、本来支払うべき残業代に未払いがあるとき、その持ち帰り残業は違法です。具体的には、「1日8時間、1週40時間」を超える残業があるのに、残業代が受け取れない場合、違法である可能性が高いです。
持ち帰り残業しなければ仕事が終わらないのは、労働者の責任ではありません。自発的に持ち帰り残業をしているわけではないなら、黙示の指示があったということができます。会社は、業務時間内に終るように業務量を管理しなければならないのが基本であり、例外的に、残業させる場合には、残業代を支払う義務があります。
「サービス残業の違法性」の解説
残業の上限時間を越える持ち帰り残業
残業時間には上限があって、違法な長時間労働は禁止されています。
長時間労働があると、労働者が健康を害する可能性があり、うつ病や適応障害といった精神疾患になったり、過労死してしまったりする危険があります。残業させるには、36協定を締結する必要があるところ、36協定に記載できる残業時間には、原則として「月45時間、年360時間」という上限(限度時間)が定められています。
持ち帰り残業は、会社による労働時間の把握が十分にされていないことも多いですが、家で行っても残業には変わりなく、持ち帰り残業の時間も加算した結果、残業時間が36協定の上限を超えれば、違法な長時間労働となってしまいます。
「36協定の上限(限度時間)」の解説
意思に反して強制された持ち帰り残業
持ち帰り残業が、労働者の意思を抑圧し、強いプレッシャーによって強制されている場合には、違法の可能性があります。一定の残業を命じることは可能ではあるものの、過度なストレスや圧力は許されるものではなく、その命令のしかたによっては違法なパワハラに該当します。
強く言ったり、暴力で従わせたりという場合だけでなく、「持ち帰ってでも仕事を終わらせるべき」という暗黙のルールがあり、従わないと評価が下がる例も、違法なパワハラの疑いがあります。このような社内の雰囲気は、他の社員にも伝わり、職場いじめの原因となることもあります。更には「残業しなければ仕事が終わらないのは遅い」などといわれ、能力不足であるという不当な評価につながってしまう例もあります。
持ち帰り残業しなければパワハラの犠牲になり、持ち帰り残業したら残業代が払われないというのでは、労働者はまさに板挟みの状態です。
「パワハラと指導の違い」の解説
持ち帰り残業について残業代請求する時のポイント
以上の通り、持ち帰り残業しないと終わらないなら、残業代の請求ができます。持ち帰って残業をして、残業代をもらわず我慢しても、労働者にメリットは全くなく、会社に「残業代の削減」という不当な利益が生じるのみです。
利益追求をするあまり、持ち帰り残業を無償でさせる会社とは、残業代請求をすることで徹底して争わなければなりません。
持ち帰り残業をなくす工夫をする
持ち帰り残業で残業代が請求できるのは、「残業をせざるを得ない」から。「終わらなくても持ち帰ればよい」とあきらめる態度では、無駄な残業を増やしてしまい、持ち帰り残業が「労働時間」とは認められない危険があります。したがって、まずは持ち帰り残業をなくす工夫が大切です。
持ち帰り残業をなくす工夫は、次のものがあります。
- 業務効率化を図る
- 優先順位をつけ、劣後する業務は明日にする
- 仕事の期限を後ろ倒しできないか、上司に掛け合う
- 多すぎる仕事を協力してこなせないか話し合う
- 一人ですべて抱え込まない
これらは、企業側が考えるべきことではありますが、指示がなくても、労働者側でも検討しておいて損はありません。
「人手不足なのに雇わない理由」の解説
持ち帰り残業の黙示の命令に注意
明示的な持ち帰り残業の命令があれば、残業代を請求できるのはとてもわかりやすいでしょう。「自宅に持ち帰って、明日までに終わらせろ」といった命令は、残業命令に違いありません。
これに対し、黙示の持ち帰り残業と評価できるかどうかは、難しい判断となることがあります。黙示の命令の判断の際は、次の事情を検討してください。
- 指示された業務量が過大ではないか
- 設定された期限が不適切ではないか
- 時間外に指示されたか(メール・電話・チャットなど)
- 課されたノルマが過大ではないか
- 仕事の資料やデータの持ち帰りが許されているか
- 会社が積極的にリモートワーク可能な環境を整備しているか
「持ち帰り残業をしなければ仕事が終わらない」といったときは、黙示の命令があったと評価できるのではないか、疑うようにしてください。
「残業代が出ないから帰る」の解説
持ち帰り残業の時間をプライベートと区別して証明する
持ち帰り残業についての残業代請求では、通常のケースにも増して、証拠収集が大切です。労働時間は、会社がタイムカードなどで把握する義務がありますが、持ち帰り残業では、会社がそもそも残業だとは認めないため、証拠が残っていないことがあります。
持ち帰り残業で、タイムカードを押すなどといった例は珍しいでしょう。労働者の自己申告によらざるを得ないケースも多いですが、証拠が全くないと、適切な認定を受けられず、残業代で損してしまう危険があります。持ち帰り残業の残業代を請求するなら、「自宅で何時間作業したか」の証拠を準備するよう努めてください。
自宅で業務をするとき、同時にプライベートな空間でもあります。そのため、自宅での労働時間は、プライベートと区別して証拠を集めなければなりません。
このとき、持ち帰り残業だと主張する時間と、その成果物とが整合しないと、「もっと早く残業を切り上げ、プライベートの時間にあてていたのではないか」と疑われてしまいます。
この点からして、持ち帰り残業をするとき、「ちょっと仕事して、休憩して家事をして」といった働き方は、残業代を正確に請求したいなら避けたほうがよいでしょう。
実態にあわせた労働時間を証明するために、残業時間の証拠収集には特に注意を要します。
「残業の証拠」の解説
持ち帰り残業についての労働者側の注意点と対策
最後に、持ち帰り残業して、残業代を請求するときに知っておくべきポイントを解説します。
持ち帰り残業による、いわば「隠れた残業」は大きな問題。なくすためには、残業代請求し、会社側にそのリスクをわかってもらわなければなりません。
持ち帰り残業が禁止でも残業代請求できる
自発的に持ち帰り残業させようとする会社は、表向きは「残業禁止」とする例もあります。
しかし、厳しすぎる残業禁止は、もはや逆効果です。残業を厳しく禁止するほど、真面目で責任感が強く、終わらない仕事を放置できない労働者ほど、残業代の払われない違法な持ち帰り残業に走ってしまうからです。
労働者の健康、安全を考えれば、むしろある程度の残業は許容すべきもの。オフィス内できちんと残業させ、その労働時間を管理して長くなりすぎないようにした上で、適切な残業代を払うのが正しい対応です。表向きは禁止でも、みんなが持ち帰り残業し、会社も知りながら放置したなら、残業代請求が可能です。
「残業禁止命令の違法性」の解説
持ち帰り残業によるうつ病に注意
持ち帰り残業についての労働問題は、未払い残業代だけではありません。残業代を払えば、いくらでも残業させてよいわけではないからです。持ち帰り残業によって労働時間が長くなりすぎるとき、健康被害についても注意が必要です。
持ち帰り残業を甘くみていると、うつ病、適応障害や過労死の原因となります。特に、家での作業は、プライベートの時間と区別がつかないため、「ちょっと仕事しよう」といって持ち帰り残業をしているうちに、労働時間が思いのほか長くなりすぎてしまう例はよくあります。
持ち帰り残業によって起こった健康被害は、業務が原因ですから、労災(業務災害)です。労働基準監督署で、労災認定を受けられれば、労災保険給付を得ることができます。ただし、このときも、業務による発症であることを証明するため、証拠の準備が不可欠です。
持ち帰り残業だと自宅作業なので、健康状態に気づかず没頭しがちです。会社が適切に労務管理してくれないとき、健康状態について自分で注意しなければなりません。
「過労死の対策」の解説
持ち帰り残業の強要はパワハラにもなる
持ち帰り残業を強要するのは、パワハラになるケースもあります。違法な命令であれば拒否できますから、残業代を払わないで強要されれば、パワハラなのは明らかです。
加えて、持ち帰り残業の指示のしかたがパワハラになることもあります。業務量が多く、期限が短い、ノルマがきついといったとき、厳しい指導とパワハラの区別に注意を要します。持ち帰り残業の強要が、パワハラにあたるとき、その労働時間が長いこととあわせてパワハラのストレスを主張すれば、労災認定を得やすくなります。
まとめ
今回は、持ち帰り残業の違法性と、残業代請求について解説しました。
持ち帰り残業を、無償で強要されている労働者の多くは、残業代請求をあきらめてしまっています。しかし、残業代を請求せず、サービス残業を我慢していては、違法な持ち帰り残業はなくなりません。持ち帰り残業が「労働時間」として認められるかどうかのポイントは、会社の指示の有無にあります。ただ、明示的に命令されたケースはもちろんのこと、仕事の必要があり、持ち帰り残業せざるを得ないケースでは、黙示の命令があると評価できる場合があります。
残業代が支払われない違法な持ち帰り残業となってしまいそうなとき、労働者側で適切な対策を講じることが大切です。持ち帰り残業は、プライベートの時間と混ざってしまいやすいため、労働した時間についての証拠をしっかりと残すことが、トラブルを防ぐ鍵となります。
持ち帰り残業について残業代を請求したい方は、ぜひ一度弁護士に相談ください。
- 持ち帰り残業も、「労働時間」に該当するなら、残業代を請求することができる
- 残業代が払われないサービス残業、長時間労働の持ち帰り残業は、違法となる
- 持ち帰り残業では、プライベートと区別して労働時間を証明するのがポイント
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