「変形労働時間制」という労働条件を提示されることがあります。
労働者側でよく理解しないと、変形労働時間制によって損するおそれがあります。
というのも、変形労働時間制には、メリットとともにデメリットがあるからです。
ブラック企業の場合だと……
変形労働時間制だから残業代は出ない
……などと言い、残業代を払わない口実に変形労働時間制を悪用されることも。
むしろ、変形労働時間制でも、残業代は払うべき場合が多いので、要注意です。
通常の働き方でさえ難しい残業代の計算が、変形労働時間制では特に複雑になることがあります。
また、変形労働時間制は、他の労働時間制と区別して理解する必要があります。
裁量労働制やフレックスタイム制、シフト制など、似た制度は多くあります。
これらの区別を曖昧にすれば、労働者にとって残業代を誤魔化されてしまいます。
今回は、変形労働時間制の意味、メリット・デメリット、変形労働時間制下における残業代の計算の仕方について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 変形労働時間制は、繁閑のある業種でメリハリをつけて働ける点で、労働者にもメリットあり
- 変形労働時間制には、1ヶ月・1年・1週の3種類の単位がある
- 就業規則や労使協定の定めを欠いたり、残業代の未払いがあったりする変形労働時間制は違法
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
【残業代とは】
【労働時間とは】
【残業の証拠】
【残業代の相談窓口】
【残業代請求の方法】
変形労働時間制とは
変形労働時間制とは、1週40時間を平均としながら一定期間の枠内で労働時間を調整する制度です。
「1日8時間、1週40時間」という通常の法定労働時間(いわゆる「固定労働時間制」)を変更する制度といえます。
月や年など、決められた一定期間内の総労働時間を平均し、週あたりの平均労働時間が40時間以内となっていればよいため、繁忙期に労働時間が長くなっても残業代の支払いを免れられる制度として利用されます。
通常は、1週間に40時間を超えて働かせた分には残業代を払わなければなりません。
一方で、変形労働時間制が適用されると、定めた期間内の週当たりの平均が40時間に収まっていれば、時間外労働として扱わなくてよく、残業代を支払わなくても違法にはなりません。
変形労働制は、多様な働き方に対応するために設けられた制度です。
特に、繁閑の差の激しい業種でよく利用されます。
明らかに繁忙期・閑散期のある業種や、週によって労働時間にバラつきのある会社では、変形労働時間制を導入する意味があります。
令和4年就労条件総合調査(厚生労働省)によると、変形労働時間制を採用している会社は、全体の約51%、その適用を受ける労働者は全体の約42%にものぼり、例外的な位置付けとはいえ、多くの会社で採用されています。
変形労働時間制には、メリット、デメリットがあります。
特に、残業代の支払いを減らし、人件費を抑える効果は、会社側の大きなメリットです。
変形労働時間制のメリット
変形労働時間制の大きなメリットは、閑散期に労働から解放されることです。
繁忙期と閑散期の大きな業界、例えば、旅行業や宿泊業などでは、原則通りの労働時間の定め方だと、閑散期には手待ち時間が増えてしまい、一方で、繁忙期には法定労働時間内の働きでは到底仕事が終わりません。
変形労働時間制では、仕事の実態に合わせ、繁忙期は労働時間を長くし、閑散期は労働時間を短くして対応できます。
その結果、労働者にとって、閑散期に労働から開放される時間が増加するメリットがあります。
労働を効率化し、メリハリをつけて働くことで、閑散期にはリフレッシュできます。
一方で、会社にとって、繁忙期の残業代を減らす効果があります。
変形労働時間制のデメリット
変形労働時間制では、繁忙期には労働時間が長くなるデメリットがあります。
また、その分の残業代も、閑散期と平均されてしまうため、同じ時間だけ労働しても、固定労働時間制に比べて、年収が少なくなるおそれがあります。
全ての部署が変形労働時間制の対象とならないとき、統一的な労務管理が難しくなるデメリットもあります。
他部署が仕事をしているなか、閑散期とはいえ帰りづらいと感じる労働者もいるでしょう。
会社側が、変形労働時間制の労務管理を十分理解していないと、人事部の負担が増大し、勤怠管理が雑になり、未払いの残業代が発生するリスクもあります。
労働問題に強い弁護士の選び方は、次に解説します。
変形労働時間制の種類
変形労働時間制は、前述の通り、一定の期間を定めて、その間の労働時間を平均します。
その定める期間どどのような単位にするかには、1ヶ月・1年・1週があります。
これにより、変形労働時間は次の3種類に分類できます。
1ヶ月単位の変形労働時間制とは
1つ目が、1ヶ月単位の変形労働時間制です(労働基準法32条の2)。
1ヶ月単位の変形労働時間制とは、1ヶ月以内の労働時間を平均して、1週間あたりの労働時間が40時間以内になるよう分配する制度のことであり、40時間×週の数分の労働時間を分配できることになります。
1ヶ月のなかで、繁閑の差のある場合(例えば、月末月初が忙しいケースなど)で有効です。
総労働時間の限度は、月の暦日数により次の通りに決まります。
月の暦日数 | 総労働時間 |
---|---|
28日 | 160.0時間 |
29日 | 165.7時間 |
30日 | 171.4時間 |
31日 | 177.1時間 |
1ヶ月単位の変形労働時間制を導入するには、労使協定または就業規則その他これに準ずるもので定めることが必要ですから、これらの定めなく変形労働時間制の運用がされているなら違法です。
1年単位の変形労働時間制とは
2つ目が、1年単位の変形労働時間制です(労働基準法32条の4)。
1年単位の変形労働時間制は、1ヶ月以上から1年までを単位として、その期間中の労働時間を平均し、1週間あたりの労働時間が40時間以内になるよう分配する制度です。
季節性やシーズンがあるなど、1年のなかで繁閑のかたよりのある業種でよく利用される制度です。
1年単位の変形労働時間制では、1年間の労働時間の限度は次のようになります。
年の暦日数 | 総労働時間 |
---|---|
365日 | 2091.4時間 |
366日 | 2085.7時間 |
労働時間の分配をより自由に行える一方で、「1ヶ月31日すべて労働させる」など偏りが過ぎると労働者の負担が大きくなりすぎるため、1年単位の変形労働時間制におけるシフトには次のルールがあります。
- 1年あたりの労働日数
280日(年間休日85日) - 1日あたりの労働時間
10時間まで - 1週あたりの労働時間
52時間まで - 連続勤務
6日まで
1ヶ月を超える単位の変形労働時間制は、労使協定によって定め、労働基準監督署に届ける義務があります。
年間休日の平均についての解説も参考にしてください。
1週単位の非定型的変形労働時間制とは
3つ目が、1週単位の非定型的変形労働時間制です(労働基準法32条の5)。
これは、「1日10時間以内、1週40時間以内」の範囲で、1週間の労働時間を調整する制度です。
1週単位の非定型的変形労働時間制は、業務の内容による制限があり、「日ごとの業務に著しい繁閑の差が生じることが多く、かつ、これを予測して就業規則等により各日の労働時間を特定することが困難である」(労働基準法32条の5)と認められる事業に適用されるもので、労使協定の定めを要します。
具体的には、小売業、旅館、料理店、飲食店のうち、常時30人未満の労働者を使用する事業に限られます。
これらの業種は、繁閑の差が日ごとにあり、かつ、天候など外的な要因による集客の差が出やすく、労働時間を1日ごとに柔軟に定めることに意味があるからです。
ただし、その週の労働時間については、やむをえない事情がない限り、少なくとも前週までに書面で通知する必要があります(なお、前日までであればシフトの変更も可能です)。
フレックスタイム制とは
最後に、フレックスタイム制も、変形労働時間制の一種に分類されます。
フレックスタイム制は、1日・1週ごとに労働時間の規制をせず、1ヶ月以内の清算期間の総労働時間の枠内で、労働者が毎日の始業時刻と終業時刻を自由に決めて勤務する制度です。
他の変形労働時間制では、労働時間を会社が決めるのに対して、フレックスタイム制では、労働者の裁量において自由に管理することができる点に違いがあります。
会社は、必ず出勤すべきコアタイムを、就業規則で設けることもできます。
「フレックスタイム制の残業代」の解説
変形労働時間制でも残業代が請求できる
変形労働時間制でも残業代は請求することができます。
たとえ、通常の法定労働時間を変える制度でも、「残業」の概念がなくなるわけではありません。
ただ、変形労働時間制で特に難しいのは、この残業時間の把握にあります。
通常の場合とは考え方が違うため、何が残業となるか、計算方法など、正しく理解すべきです。
変形労働時間制で残業となる時間とは
前提として、残業には次の2種類があります。
- 法定時間外労働
「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えた労働に対し、労働基準法により残業代の支払いが義務付けられる - 所定時間外労働(法定時間内残業)
会社ごとに定めた労働時間(所定労働時間)は超えるが、法定労働時間を超えない労働(例えば、1日7時間30分労働としている会社における7時間30分を超え8時間までの労働)
変形労働時間制において、どの時間が残業にあたるかを把握するには、法定労働時間をどのように考えるべきかを理解しなければなりません。
変形労働時間制では、会社が、1日8時間を超えて働かせるとした日、1週40時間を超えて働かせることとした週については、会社が定めた時間が法定労働時間とされ、これを超えなければ残業とはなりません。
(例えば、「10月1週目は45時間労働」とした場合、45時間を超えた労働のみが法定時間外労働となります)
一方、「1日8時間、1週40時間」を超えない労働時間とした日や週については原則通りの法定労働時間となり、これを超えた分が残業時間となります。
(例えば、「月曜日の労働時間は6時間」とした場合、6時間を超えても、8時間を超えて働かない限り法定時間外労働とはならず、残業代も発生しません)
さらに、変形労働時間制が適用される期間の労働時間の総枠もまた法定労働時間となります。
前述の総枠を超えた分については、法定時間外労働となり、残業時間となります。
(1ヶ月単位の変形労働時間制の総枠・1年単位の変形労働時間制の総枠)
詳しい残業時間の把握方法を、具体例に沿って解説します。
【1ヶ月単位の変形労働時間制における残業とは】
- 1日について、
就業規則その他これに準ずるものにより8時間を超える時間を定めた日はその時間
それ以外の日は8時間を超えて労働した時間 - 1週について、
就業規則その他これに準ずるものにより40時間を超える時間を定めた週はその時間
それ以外の週は40時間を超えて労働した時間(①で時間外労働となる時間を除く。) - 変形期間について、
変形期間における法定労働時間の総枠を超えて労働した時間(①または②で時間外労働となる時間を除く。)
【1年単位の変形労働時間制における残業とは】
上記のうち「就業規則その他これに準ずるものにより」を「労使協定」と読み替える。
【1週単位の非定型変形労働時間制における残業とは】
- 事前通知により所定労働時間が8時間を超える時間(それが10時間を超える場合には10時間)とされている日については当該所定労働時間を超えた時間、所定労働時間が8時間以下とされている時間については8時間を超えた時間
- 1週間につき、40時間を超えて労働した時間(①で時間外労働となる時間を除く。)
労働時間の定義については次に詳しく解説します。
変形労働時間制における残業代の計算方法
どの時間を残業としてカウントするかを理解できれば、その後の変形労働時間制における残業代の計算は、通常の固定労働時間制における計算と異なりません。
したがって、次の計算式によって算出することができます。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
例えば、以下の具体的なケースにおいて、残業代の計算の例を示します。
【事実】
残業代の基礎単価は2000円
変形労働時間制が適用される月の日数は30日
25日から28日まで毎日10時間の労働があった
【就業規則】
第X条(1ヶ月単位の変形制)
1. XX部の社員には、各月1日を起算日とする1ヶ月単位の変形労働時間制を適用する。
2. 所定労働時間、始業・終業時刻および休憩時間は、以下の通りとする。労働日は、各単位期間の開始日の前日までに、各社員に書面にて通知するとともに、提示する。
時期 | 所定労働時間 | 始業 | 終業 | 休憩 |
---|---|---|---|---|
1日〜24日 | 7時間 | 9:00 | 17:00 | 12:00~13:00 |
25日〜末日 | 9時間 | 9:00 | 19:00 | 12:00~13:00 |
【残業代の計算】
2000(基礎単価)×1.25(割増率)×4(残業時間)=10,000円
残業代の計算方法については次に詳しく解説します。
変形労働時間制の悪用には注意する
変形労働時間制を、会社側が都合よく利用し、残業代を払わない口実として悪用する場合があります。
労働条件が不当だと感じたとき、「変形労働時間制」は正当化する理由にはなりません。
変形労働時間性が言い訳に使われて残業代がもらえないとき、次の点に注意してください。
未払い残業代が発生しやすい
変形労働時間制は、今回解説する通り、例外的な制度です。
正しい法律知識がなければ、残業時間について正確に把握するのが難しくなってしまいます。
その結果、変形労働時間制では、未払い残業代が発生しやすくなります。
本来、変形労働時間制は、業務の実態に合わせて、仕事の少ない時期に労働時間を減らすもの。
しかし、悪用する会社のなかには、労働時間が減っていないのに、変形労働時間制を口実にして残業代を払わないブラック企業もあります。
変則的な労働時間をとって残業時間を曖昧にし、残業代を免れようとする会社を許してはなりません。
適切な支払いがされないとき、残業代請求はもちろん、遅延損害金や付加金を請求し、制裁を求めましょう。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
変形労働時間制の運用が違法となるおそれがある
変形労働時間制は、複雑な制度なため、会社の知識が不測すると、制度運用が違法となるおそれがあります。
まず、変形労働時間制を適用するには、就業規則に定める必要があります。
労働時間は、就業規則の必要的記載事項とされるからです。
あわせて、1年単位の変形労働時間制では、労使協定の締結・届出を要します。
また、変形労働時間制といえど、労働時間以外を変更することはできません。
法律では、1週に1日または4週に4日の法定休日を与えなければなりません。
このことは、変形労働時間制でも変わらず、休日をしっかり与えないことは違法となります。
仮に、法定休日に労働を命じられた場合には、休日手当の対象となり、追加の残業代を請求できます。
休日手当の請求については次に解説します。
安全配慮義務違反になりうる
変形労働時間制では、一定の時期に労働が集中するおそれがあります。
繁閑の差があるときに、閑散期の労働時間が短い分、繁忙期の労働時間が長くなるからです。
そのために、変形労働時間だと、きつい労働を強いられることがあります。
しかし、たとえ労働時間を変形できても、際限なく働かせられるわけではありません。
残業代を払った場合でも、変形労働時間のせいで労働がきつく耐えられないなら、会社が労働者に対して負うべき安全配慮義務に違反しているおそれがあります。
もちろん、きつすぎる労働をさせる変形労働時間制は違法であり、慰謝料をはじめ損害賠償の請求が可能です。
変形労働時間制を採用するためには、労使協定または就業規則において、各週・各日の所定労働時間を具体的に特定する必要があります。
裁判例でも「業務の都合により1ヶ月を通じ、1週平均38時間以内の範囲内で勤務を指定し、就労させることがある」といった定めが、事前に所定労働時間を特定していないとして、違法としたケースがあります(大星ビル管理事件:最高裁平成14年2月28日判決、日本レストランシステム事件:東京地裁平成22年4月7日判決など)。
安全配慮義務違反については次の解説をご覧ください。
労災の慰謝料の相場と、損害賠償請求は、次に解説します。
変形労働時間制とその他の制度の違い
変形労働時間制のほかにも、労働時間を柔軟に考える法律の規定があります。
「1日8時間」や「土日休み」といったカレンダー通りの働き方を修正するもの。
いずれも、労働時間を柔軟に管理することにより、仕事と生活の調和を図る目的があります。
複数の制度を区別しなければ、残業代の計算を誤る危険があります。
そこで最後に、様々な労働時間制について、違いを解説します。
シフト制との違い
シフト制は、労働契約の時点では労働日や労働時間を明確には定めず、1週間や1ヶ月単位で具体的な日時を決定して働かせる制度です。
シフト制では、使用者の都合により労働日がほとんど設定されなかったり、労働者の希望を超える労働日数が設定されたりといったデメリットがある点が、変形労働時間制との違いです。
また、一定の期間を単位として労働時間を考える点は似ていますが、残業代との関係では、シフト制においては「1日8時間、1週40時間」の固定労働時間制を適用するケースも多くあります。
裁量労働制との違い
裁量労働制は、実際の労働時間に関係なく、一定の時間だけ労働したとみなす制度。
始業時間も終業時間も、労働者が自由に定められます。
自分で決めた労働時間について、どのように労働するかにも裁量が認められるのが特徴です。
この点は、変形労働時間制が、労働の内容について会社の指揮命令に従うのと異なります。
その分、裁量労働制が正しく運用されれば、残業代は生じません。
(なお、裁量労働制が違法で無効な場合や、みなされた時間が法定労働時間を超えるケース、休日労働、深夜労働などの場合には残業となります)
裁量労働制と残業代については次に解説します。
まとめ
今回は、変形労働時間制の基礎知識を解説しました。
変形労働時間制は、労働者にとって、閑散期に自由時間が増えるメリットがあります。
しかし、変形労働時間制を活用して、うまく労務管理できている会社はほんの一握り。
多くの場合、違法に残業代の支払いを免れる口実にされてしまっています。
変形労働時間制では、通常の場合とは法定労働時間の考え方が変わるので、残業代の有無について判断が難しくなり、労働者側であらかじめ計算しておくのが困難な場合があります。
ただ、「変形労働時間だから残業代が払われない」というのは違法です。
適正な運用がなされていないなら、変形労働時間制の無効を主張し、残業代を請求すべきです。
会社において適用される制度で不利益を被っている方は、ぜひ一度弁護士に相談ください。
- 変形労働時間制は、繁閑のある業種でメリハリをつけて働ける点で、労働者にもメリットあり
- 変形労働時間制には、1ヶ月・1年・1週の3種類の単位がある
- 就業規則や労使協定の定めを欠いたり、残業代の未払いがあったりする変形労働時間制は違法
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
【残業代とは】
【労働時間とは】
【残業の証拠】
【残業代の相談窓口】
【残業代請求の方法】