残業代を請求するためには、証拠収集が重要です。
証拠の全くない場合には、いくらブラック企業からサービス残業を強要されていたことが、素人目には明らかであっても、裁判で認めてもらえないからです。
ブラック企業に対して残業代請求を行うときには、話し合い(任意交渉)、労働審判、裁判という順序で解決をします。
そして、労働審判、裁判はいずれも法的手続であり、裁判所で裁判官が判断することから、証拠がない場合には、いくら労働をしたとしても「なかったことになる。」というわけです。
残業代を請求するための証拠収集方法は、タイムカードが最重要となりますが、タイムカードのない会社もあります。
証拠収集に、残業代アプリを利用し、労働時間を証明することができるのでしょうか。残業代アプリはたくさんありますが、残業時間を、残業代アプリを活用して証明するための方法を、弁護士が解説します。
1. 残業代アプリとは?
残業代アプリとは、残業代請求をするときの証拠収集に役立てるために開発されたアプリです。
残業代アプリが必要な理由と、残業代アプリが残業代請求に役立つ「しくみ」について、弁護士が解説します。
1.1. なぜ残業代アプリが必要なのか
残業代請求をするときには、話し合いで解決できるのが一番ですが、話し合いで解決できない場合には、裁判所で、残業代トラブルを強制的に解決することを目指します。
裁判所では、「証拠が命」です。労働審判、裁判などの手続で、裁判官は、証拠がない事実は、どれだけ労働者(あなた)が強く主張しても、認めてくれません。
残業代請求をするとき、そもそも「残業を○○時間行ったこと(労働をしたこと)」を証明しなければなりません。
この際、残業代請求の証拠収集に関する解説で説明したように、使用者(会社)が労働時間を適切に把握している場合、その証拠を提出してもらえばよいのですが、適切に把握していない場合には、労働者(あなた)側で証拠を準備する必要があります。
このとき、適当に作成したメモ程度のものでは、あまり役に立ちません。次のようなブラック企業側からの反論を許しかねません。
- 残業代請求をすることを決めてから、適当にメモを作成したのではないか。
- 記憶が曖昧で、まとめて記載したときに大雑把に記録したのではないか。
- 残業代を多く請求したくて、労働したことにして嘘をついているのではないか。
使用者(会社)側の以上の反論を見てもらえばわかるように、「そうではない!」と言うことは簡単ですが、証明することは困難です。
「客観的に」「誰の目から見ても明らかに」労働時間を証明するためには、労働者の作成する証拠は、「記憶にしたがったメモ」程度では、不十分な場合があります。
そこで登場するのが、残業代アプリです。
1.2. 残業代アプリのしくみ
残業代アプリは、残業時間を、労働者(あなた)だけで客観的に証明するため、「労働時間」の証拠を作成します。
この際に残業代アプリが活用するのが、「GPS」の技術です。
GPSは、「グローバル・ポジショニング・システム」の略で、衛星測位システムを利用して、GPS発信機の場所を特定することができます。
残業代アプリは、GPSを利用し、「労働者が、ある時間に、どの場所にいたのか。」を、アプリに記録しておくしくみを持っています。
労働者(あなた)が、残業代アプリに、始業時刻(業務が開始した時間)、終業時刻(業務が終了した時間)を記録すると、残業代アプリが、そのときに労働者(あなた)がどこにいたかを、位置情報で記録してくれます。
これにより、残業時間に、きちんと労働をしていたことが客観的に明らかとなり、誰の目からみても明らかな出退勤記録を、アプリの機能で自動的に作成できるのです。
GPSという技術を使って、アプリで自動的に作成されるため、労働者(あなた)が偽造したり、悪用したりするおそれがなく、信用性が高いです。
2. 残業代アプリはどれくらい役に立つの?
残業代アプリを、残業代請求の証拠として利用するときに気になるのが、「残業代アプリがどれくらい役に立つの?」という点です。
特に、残業代アプリ自体が、最近になって登場したものであることから、残業代請求のときの証拠収集を、やみくもに残業代アプリだけに頼るのは不安が残ります。
残業代アプリを使用する際に慎重になっていただきたい、残業代アプリの有用性について、弁護士が解説します。
2.1. 残業代アプリとタイムカードの違い
まず、残業代アプリとタイムカードを比較し、違いについて解説します。
残業代アプリもタイムカードも、いずれも「残業時間を把握する。」という目的は同様です。また、見た目的にも、始業時刻、終業時刻に打刻(アプリの場合にはクリックなど)を行うという点でも似ています。
残業代アプリとタイムカードの一番の違いは、「誰が労働時間を把握するのか?」という点です。
本来、労働法の原則的なルールでは、労働者の労働時間は、使用者(会社)が責任をもって管理、監督しなければなりません。
使用者(会社)が、労働者の労働時間を把握するために利用されるのが「タイムカード」です。
使用者(会社)が労働時間を把握する方法は、タイムカードを利用するのがもっともわかりやすいですが、タイムカードでなければならないわけではありません。
厚生労働省の出している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」という指針では、労働時間の把握は、次の2つの方法のいずれかで行うこととされています。
- 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。
- タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。
2番目の方法が「タイムカード・・・等」とされているように、客観的な記録であればタイムカードだけに限られてはいません。また、1番目の方法(目で見て確認する方法)も可能です。
また、十分な説明と適切な運用が条件とされていますが、これらの方法によらずに労働者の自己申告制によることもできるとされています。
これに対し、タイムカードを含めたさまざまな方法によって使用者(会社)が労働者の労働時間を把握しない場合に、残業代請求にそなえて労働者が利用するのが「残業代アプリ」です。
2.2. タイムカードは、残業代アプリがあれば不要?
タイムカードと残業代アプリとは、前章で解説したとおり、その役割が大きく異なります。
そのため、残業代アプリがあるからといって、タイムカードが不要なわけではありません。
むしろ、使用者(会社)が、タイムカードを適切に打刻させ、それにしたがって、労働基準法で計算した、ただしい残業代を支払ってくれるのであれば、残業代アプリで予防しておく必要はないといえます。
このようなただしく適切に残業代を支払ってくれる会社ばかりではないため、「念のため」残業代アプリによるディフェンスが必要となる場合があるのです。
2.3. 残業代アプリに加え、複数の証拠を準備すべき
残業代を請求したいと考え、事前の証拠収集のために残業代アプリを利用している方も、油断は禁物です。
残業代アプリだけに依存することなく、その他の証拠も収集しておくべきです。
残業代アプリを利用している場合であっても、残業時間を証明するその他の証拠も収集しておくべき理由は、次のとおりです。
- 残業代アプリの中には、残業代請求に必要な証拠をすべて収集できるわけではないものがある。
- 残業代アプリを押し忘れる可能性がある。
- 残業代アプリやスマホが、機械的な不都合で使用できなくなる可能性がある。
- 残業代アプリの記録のみで、裁判官が労働時間をそのとおりに認定してくれるとは限らない。
特に、最後の点は重要です。労働審判や裁判における「労働時間」の認定は、いろいろな証拠による総合的な認定です。
たとえタイムカードがある場合であっても、次のように会社側から反論されて、タイムカード以外の重要な証拠(日報、メールなど)を照らし合わせて労働時間を認定する場合もあります。
- タイムカードが実労働時間を反映していない。
- タイムカードを打刻してから、すぐに労働を開始していない。
- 労働を終えてからタイムカードを打刻するまでに、時間が空いている。
- タイムカード上労働をしているとされる時間に、休憩をしている、ダラダラしていて労働していない。
会社側が用意しているタイムカードですら、ブラック企業からこのように反論されるわけですから、労働者側が用意している残業代アプリの記録の場合、まして強い反論が予想されます。
3. 残業代アプリは便利?
以上のことから、残業代請求を検討している労働者の方が、残業の証拠を収集するために、残業代アプリが手助けとなることが理解いただければ幸いです。
とはいえ、残業代アプリの中にもさまざまな種類があり、多くの残業代アプリが発売されています。
残業代アプリの中にも、本格的に残業代請求をしたい人に向けたサービスから、面白グッズ的な意味合いのサービスまであります。
残業代アプリは便利ですが、これに頼りすぎるのも危険です。残業代請求を検討されている方は、実際に残業代請求をする弁護士のオススメするアプリを利用し、アプリ以外の証拠収集も徹底して行いましょう。
4. 残業代アプリを利用しなくてもよい場合
残業代請求に残業代アプリを活用すると、会社が労働時間を把握していなくても、労働者が自分で出退勤記録を作ることができます。
とはいえ、残業代アプリを利用しなくてもよいケースも多いです。
そもそも、昔は残業代アプリなどありませんでしたが、残業代請求の労働審判や裁判はたくさん起こっており、実際に多額の残業代を獲得できたケースも多くあります。
実際、当事務所でも、残業代アプリまで利用して万全の準備をして臨むケースは少ない方です。
残業代請求の証拠の中で、労働者が自ら作成する証拠は、証拠としての価値が弱く、たとえGPSを使って信用性が高いとはいえ、まずはその他の客観的証拠を確保できないかを検討すべきです。
残業代請求の証拠がたくさん収集できた場合には、合わせて残業代アプリでも記録し、すべての証拠の労働時間が一緒であれば、さらに信用性を高めることが可能です。
5. 残業代アプリのデメリット
残業代アプリは、証拠収集の際に便利に活用できるものですが、メリットばかりではなくデメリットもあります。
残業代アプリに頼りすぎ、そのデメリットを理解していないのは危険です。残業代アプリのデメリットについて、弁護士が解説します。
5.1. 信用できる会社が作っているアプリかどうか
まず、残業代アプリのデメリットの1つ目は、開発会社に関するデメリットです。
残業代アプリを作成するためには、2つの専門的知識が必要となります。1つ目は、労働法・裁判例に関する知識、2つ目は、アプリ・ITに関する知識です。
これら双方を兼ね備えた会社でなければ、どちらかの専門的知識に抜けがあることによって、最終的に残業代請求に活用しようとしたときに、何らかの不都合が生じるおそれがないわけではありません。
また、より一般的には、信頼できる会社でなければ、「データが消えてしまった。」「不具合に対応してくれない。」「倒産して連絡がとれない。」といったリスクもありますので、過信は禁物です。
5.2. 利用の際に費用が発生しないかどうか
次に、残業代アプリのデメリットの2つ目は、費用面に関するデメリットです。
残業代アプリの多くは、「無料アプリ」です。
しかし、開発費がかかっているにもかかわらず、完全無料では、残業代アプリを発売する意味がありませんから、どこかで料金を得ていることとなります。この点が、残業代アプリのデメリットとなります。
例えば、次のとおりです。
- 残業代アプリを利用するのは無料だが、証拠化する際には費用が発生する。
- 残業代アプリの提携先弁護士から広告費用を受け取っており、弁護士を選べない。
- 残業代アプリの提携先弁護士から広告費用を受け取っており、弁護士費用が割高である。
- 残業代アプリを利用するのは無料だが、付随サービスが有料である。
- 無料で利用できる機能には、すべて広告が入っている。
無料アプリであることには、理由があり、その部分が残業代アプリのデメリットとなります。
費用面のデメリットは、よく理解して利用する分には大きな問題にはなりません。
次のようなサービスは、弁護士法違反の疑いがあります。
- 提携先弁護士が知らされないまま、残業代請求を依頼させるサービス
- 提携先弁護士からキックバックを得て開発費、運営費にあてているサービス
- 提携先弁護士との面談や十分な説明がないサービス
- 提携先弁護士からのアドバイスがあるが、誰が責任をとるのかが明らかになっていないサービス
6. 残業代アプリを利用するとき注意すること
残業代アプリを利用するときに注意しておかなければいけないポイントをまとめておきましたので、参考にしてください。
あくまでも「残業代アプリを使っているから大丈夫」とは思わないことが重要です。
残業代請求は、弁護士が行う専門的な業務です。労働法の法律知識、裁判例の知識なく、アプリを妄信することはやめましょう。
7. まとめ
結論からいって、残業代アプリは、残業代請求の際に役立ちます。
メモに代わる、より客観的な証拠を、労働者の側でつくることができるからです。
しかし、過信は禁物です。さまざまな事情によって残業代アプリがつかえなかったり、残業代アプリが最終的な請求の際に役立たなかったりする可能性があります。
残業代アプリを利用していたとしても、その他の残業代の客観的な証拠もわすれず収集しておくようにしてください。
残業代請求を検討されている方は、労働問題に強い弁護士へご相談ください。