お昼の休憩時間ではなくても、仕事をしている間にトイレに行きたくなることはありますよね。
「昨日食べ過ぎた!」「エアコンで体が冷える」といった理由でトイレに行く回数が増えることもあると思います。たとえ仕事中であっても、トイレは生理現象なので、止めようがありません。
しかし、もし、上司から「仕事中にトイレに行くな!」「トイレの時間は減給だからな!」などと言われたとしたら、どうしたらよいでしょうか。
「そんな命令はあり得ない!」と思うかも知れませんが、トイレ回数を制限したり、トイレに行った時間を勤務時間から差し引いたりする「ブラック企業」もあるようです。
今回は、勤務時間中のトイレ制限を例に、労働法上の問題点について、弁護士が解説していきます。
目次
1. トイレ回数の制限は違法?
会社は、労働者を雇っている場合には、その労働者に対して、業務上の命令をしたり、会社内の秩序を守るためのルールを決めたりすることができます。
しかし、生理現象である「トイレ」について、「回数」を制限したり、「罰則」を定めたりすることまで、会社に命令権が認められるのでしょうか。
1.1. 雇用契約に定めれば制限できる?
労働者は、会社で働いているかぎり、雇用契約や就業規則にさだめられたルールに従わなければなりません。
すると、「トイレ回数の制限」や「勤務時間からの除外(賃金の控除)」が、雇用契約書や就業規則に定められていれば、労働者はこれに従わなければならないようにも思えます。
しかし、雇用契約や就業規則に定めたとしても、その内容が法律に違反している場合には、そのルールは無効であり、労働者はルールに従う必要がありません。
1.2. 公序良俗に反するルールは違法
雇用契約や就業規則で定められたルールが違法かどうかは、民法90条の「公序良俗」規定に違反しないかどうかで判断されます。
民法90条では、次のように定められています。
民法90条「公序良俗」公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
要するに、社会的に見て明らかにおかしいルール、非常識なルールは、違法となる可能性が高いということです。
1.3. 「トイレ回数制限」は公序良俗違反?
冒頭でも説明しましたが、トイレに行きたくなるのは生理現象であり、止めようがありません。
これは、たとえ仕事の時間中(業務時間中)であったとしても同様です。
にもかかわらず、トイレの回数を制限したり、勤務時間から除外したりすることは、明らかにおかしなルールですから、民法90条に違反し、無効だと考えられます。
勤務時間中の「トイレ回数の制限」や「勤務時間からの除外」について、雇用契約書や就業規則に定められていても、従う必要はありません。
2. トイレ休憩で残業代が払われない?
ここまでお読み頂ければ、トイレの回数を制限するような会社の一方的なルールは、違法、無効であり、労働者としては従う必要がないことをご理解いただけたでしょう。
ブラック企業の「トイレ休憩」に対する非難は、「禁止」だけではなく、「賃金の減額」という形でも行われます。
そこで次に、「トイレ休憩」が多いことを理由として残業代が支払われないことが許されるかについて、弁護士が解説します。
2.1. トイレ休憩も勤務時間
「トイレ休憩をしている時間を勤務時間から除外する。」、というルールが契約や規則に定められていたとしても、そのルールは無効です。
そのため、異常に長い時間トイレにこもったりしない限り、トイレの時間も勤務時間としてカウントされます。
ごく常識的な「トイレ休憩」の時間であれば、勤務時間から除外するのは不適切であるといえるでしょう。
2.2. わずかな時間でも残業代は発生する
1日のトイレの時間を合計すると、行き帰りの時間を含めて十数分になることもあると思いますが、残業代を支払わない理由にはなりません。
1日の勤務時間が、8時間をわずかに超えたとすれば、その分の残業代を請求することが可能です。
さきほど解説したとおり、正式な休憩時間だけでなく、トイレの時間まで勤務時間から除外することは、通常はありません。
2.3. 未払残業代を請求できる
トイレの時間を理由にした残業代のカットは違法です。
もし、あなたの勤務している会社で、トイレ休憩を理由に残業代をカットされたときは、未払いとなっている残業代を請求できます。
3. トイレに行ったら懲戒解雇?
次に、明示的にルールで「トイレ休憩禁止」とされているわけでも、残業代が支払われないわけでもなくても、強制力の強い手段として「解雇(懲戒解雇)」があります。
「トイレ休憩が多い場合は解雇である。」と言われれば、たとえ雇用契約書や就業規則で定められていなくても、トイレ休憩に行くことが難しくなってしまうからです。
「トイレ休憩が多い場合は懲戒解雇」という扱いは、「不当解雇」ではないのかについて、弁護士が解説します。
3.1. 解雇できる場合は限られている
「解雇」は、労働者から生計の基礎を奪ってしまうため、他の懲戒処分とは違い、会社が労働者を解雇できる場合は法律によって厳しく制限されています。
この法律上の制限のことを「解雇権濫用法理」といいます。
具体的には
- 解雇に値する合理的な理由があること
(例:勤務態度の不良) - 解雇することが社会通念上相当と認められること
(例:反省や改善の見込みがない)
の2つの条件を満たす必要があります。
3.2.「不当解雇」は無効
さきほど解説しました「解雇権濫用法理」による2つの条件を満たさない解雇は、「不当解雇」にあたり、無効です。
そのため、不当解雇された労働者は、解雇が無効であることを会社と争うことができます。
不当解雇が無効であることを労働審判や裁判で争った結果、労働者が勝った場合には、解雇期間中の賃金を得ることができます。
3.3. 「トイレを理由に解雇」は不当解雇?
トイレ休憩を理由に残業代を減らすことが違法であるという解説と同様に、トイレの回数を制限して解雇することは「不当解雇」であるといえます。
このルールを破ったことを理由に解雇をされても、解雇の「合理的な理由」があるとはいえず、「不当解雇」に当たります。
したがって、勤務時間中にルールを破ってトイレに行ったことを理由に解雇されても、解雇の無効を、労働審判や裁判などで争うことができます。
4. 上司に「トイレに行くな!」と命令されたら?
会社内の正式なルールとして定められていなかったとしても、直属の上司から「トイレに行くな!」と命令されれば、頻繁にトイレ休憩をとることは困難でしょう。
上司や社長から、不合理な命令を受けたとき、労働者としては従わなければならないのでしょうか。
4.1. 不合理な命令に従う必要はない
契約や規則上のルールではなくても、上司が堅物な人間のため、トイレ禁止や回数制限を命じてくる、などということがあるかも知れません。
昔は、運動部では「水を飲むな!」という精神論がまかり通っていた時代もありました。
しかし、これまで解説してきたように、勤務時間中にトイレに行くことの禁止やトイレ回数を制限することは違法なので、命令に従う必要はありません。
4.2. パワハラで訴えることも可能
不合理なルールを強要され、従わないと大きな不利益があるような場合には、パワハラ(パワーハラスメント)で訴えることもできます。
会社は、労働者を、安全な職場で、健康にはたらかせる義務(安全配慮義務)がありますが、満足にトイレ休憩もとれないような職場は、クリーンな職場とはいいがたいからです。
5. まとめ
今回は、「勤務時間中のトイレ制限」という、不適切な会社ルールにしたがわなければならないのかについて、弁護士が解説しました。
あまりに非常識なルールと思うかもしれませんが、「ブラック企業」と呼ばれる会社の中には、普通ではあり得ないようなルールが存在していることも少なくありません。
勤務先の不適切なルールや慣習にお悩みの労働者の方は、労働問題に強い弁護士に、お早目にご相談ください。