働き方改革や新型コロナウイルス流行にともない、テレワークが急速に広がっています。テレワークにもいくつかの類型がありますが、とくに広がりをみせているのが「在宅勤務」です。
一方、2020年6月1日より、いわゆる「パワハラ防止法(労働施策総合推進法30条の2第1項以下)」がまずは大企業において施行されます。
在宅勤務などのテレワークであっても、パワハラが許されないのは当然のことですが、オフィスに出社しない働き方の場合「ハラスメントが見えづらい(証拠化しづらい)」「ハラスメントの相談をしづらい」といった難点があります。
会社に出社して勤務していれば、上司、同僚などの目撃者が存在することから、大っぴらに過激なパワハラはしづらい場合が少なくありません。しかし、テレワークではハラスメントの目撃者がいないおそれがあります。また、毎日出社していればハラスメントを受けた被害者は比較的早く会社に相談できるのに対し、テレワークでは被害申告が遅れ、惨事を招くおそれがあります。
今回は、テレワークでパワハラの被害を受けてしまったときの解決策について、労働者側の立場から弁護士が解説します。
「パワハラ」の法律知識まとめ
目次
テレワークでおこりやすいパワハラ問題
2020年6月1日より施行される、いわゆる「パワハラ防止法」によれば、パワハラ(パワーハラスメント)とは、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害される行為のことをいいます。
典型的なパワハラ行為は、以下のとおり6つの類型に区分されます。
- 身体的な攻撃
:暴行・傷害など - 精神的な攻撃
:相手方の人格を否定する発言をおこなう、大声で長時間にわたり怒鳴るなど - 人間関係からの切り離し
:従来担当していた仕事から外し別室に隔離したり、自宅での研修を命じたりするなど - 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
:私的なことに過度に立ち入る行為など
一般に、社員同士のコミュニケーションギャップが原因でパワハラがおこることが多くあります。世代間における価値観・仕事観の相違や個人の多様性を理解せずにおこなわれたコミュニケーションは、パワハラに他なりません。そして、このようなコミュニケーションの不足は、在宅勤務・テレワークなどのリモートワークでは、とくに起こりやすい状況です。
テレワークにおいて起こる可能性のあるパワハラは、例えば、以下のような事例が考えられます。
- テレワークにおいて、在宅勤務を行う社員が勤務時間を遵守しているかを確認するため、始業時刻、終業時刻などの節目の時刻にメールなどで部下は上司に対し連絡を取るというルールを定めていたところ、部下が定刻に連絡を取らず、上司がその部下にメールを送信したが速やかな返信はなかった。そこで、上司はその部下が仕事をさぼっているものと考え、十分に事実の確認を行うことなくその部下の人格を否定するような発言を行い、または、社内メールでその部下の人格を否定するような書き込みを行った。
- 在宅勤務導入後も、その部署に勤務する社員が参加するミーティングを定期的に実施していたが、上司が特定の部下に対し、そのミーティングへの参加を継続的に拒否した。
- 上司が特定の部下に対し、テレワークを実施することにより通勤時間が不要になったことを理由に、通勤時間では到底終わらせることができない多量な仕事を加算し、それをノルマとして長時間勤務を強制した。
これらの行為は違法なパワハラ行為にあたるものであり、民法上の不法行為(民法709条)となります。会社に使用者責任(民法715条)を追及することもできます。事情によっては、会社に対して安全配慮義務違反(労働契約法5条)の責任を追及し、損害賠償請求をすることもできます。
なお、パワハラは程度によっては刑事罰の対象にもなります。テレワーク中のパワハラ行為は、直接の加害行為とはならず暴行罪・傷害罪などが成立しない場合もありますが、特に程度がひどい行為は次のような刑法違反となり、刑事処罰の対象となることがあります。
罪名 | 法定刑 | 条文 |
---|---|---|
脅迫罪 | 2年以下の懲役または30万円以下の罰金 | 刑法222条 |
名誉棄損罪 | 3年以下の懲役又は禁錮もしくは50万円以下の罰金 | 刑法230条 |
侮辱罪 | 拘留または科料 | 刑法231条 |
テレワーク中におこるパワハラの証拠収集
在宅勤務・テレワークなどの状況下でパワハラがこっそりと行われると、パワハラに関する証拠を収集、確保するのが難しいことがあります。
たとえば、テレワーク中の電話におけるパワハラ発言などが典型例です。あらかじめ電話中にハラスメント行為やハラスメント発言がおこなわれることが予測できていれば録音するという対応ができますが、実際そのような対応をとれることはまれです。
パワハラが行われた後、任意の交渉で解決できないときは労働審判・訴訟などの法的手続きをとっていくことが可能です。ただ、労働審判・訴訟などの法的手続をとる場合には、証拠が重要となります。訴訟に比べると、労働審判のほうが簡易な手続きであり、幻覚な証拠をもとめられづらい傾向にありますが、いずれにせよ法的な制度である以上、裁判所は証拠を重要視して審理をします。
一方、同様にテレワーク中のパワハラであっても、チャットやメールでおこなわれるハラスメント発言は証拠化しやすいです。
証拠収集の際にこころがけておきたいポイントは、パワハラ行為そのものの証拠化が困難なとき、加害者である上司がハラスメント行為を行ったことを事後的に認めた発言も価値の高い証拠と見られるということです。
被害を受けた本人の供述なども証拠になりますが、単に記憶にとどめただけではその信用性が問われ、証拠として十分でないと判断されることもあります。したがって、被害を受けたと考えたなら、できるだけ早く被害の事実を文書化するなど証拠を保全していくことが重要です。
時間が経過すると証拠化自体も困難になりますから、できるだけ早く証拠化の作業に着手することが重要です。
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テレワーク中にハラスメントを受けたときの相談方法
在宅勤務・テレワークなどの状況下で、いざパワハラの被害者になってしまったとき、ただちに会社に相談をしづらいことがあります。オフィスに勤務しているときですら、会社内の人間関係などを考えて相談できずに我慢する人も多い中、テレワーク中のハラスメントだと、なおさら被害申告がされずに対応が遅れがちです。
そこで次に、すぐに上司に気軽に相談、というような気持ちになれない労働者の方に向けて、テレワーク中にハラスメントを受けたときの相談方法について弁護士が解説します。
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上司にメールする
テレワーク中など、オフィスにいない間にハラスメントを受けてしまったときは、できるだけ早く上司にメールで報告するようにしましょう。
オフィスで一緒に働いているわけではない場合、口頭・対面ですぐに報告をすることはできないでしょうが、メールにして送信しておけば、送信されたメールは自動的に保存され、事後的に送信された時期、内容などを確認することができます。
被害を受けてから間もない時期に作成されたメールなどの文書に、パワハラ被害に関する相談内容が記載されていることは、のちに裁判で争う際にも証拠として価値が高いものと評価されます。
会社のハラスメント相談窓口に連絡する
会社によっては、セクハラと同様、パワハラについても、相談窓口や相談担当者をあらかじめ決めている場合があります。
とくに、テレワークを積極的に導入している会社では、オフィスに来ないからといって社員の労働環境を悪化させ、不平不満をため込ませることのデメリットが大きいことを理解しているはずです。そのような相談窓口や相談担当者に連絡を行うことが重要です。
なお、パワハラ防止法施行後は、法律によって会社の相談体制の整備その他の必要な措置が義務となります。厚生労働省の発出する、いわゆるパワハラ指針や、あわせて出されているセクハラ指針、マタハラ指針では、ハラスメント全般について、窓口を設けることが望ましいことが示されています。
相談窓口や相談担当者に選定されている社員は、会社内でもハラスメントについて十分な教育を受け、理解を持っていることが一般的です。
弁護士に相談する
しかしながら、働き方改革や新型コロナウイルス感染症の蔓延などを理由に、強い目的意識もなく「仕方なく」リモートワークを導入した会社の中には、リモートワーク中の社員への安全配慮義務を十分に果たすことができていない会社もあります。
また、加害者との人間関係などから、相談窓口や相談担当者として決められている者が不適任であり、相談しづらいケースもあります。
会社側の体制整備が不十分な場合であっても、パワハラを受けたときは速やかな証拠の保全が重要であることに変わりはありません。このような場合にはパワハラにあったら速やかに弁護士に相談すべきです。
テレワーク特有のハラスメント問題への対応【ケース別】
「パワハラにあたるかどうか」については、法律の専門的な判断が必要となるとても難しい問題です。とくに、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」かどうかという点において、両者の人間関係、具体的な経緯、指導をする必要性の有無・程度、問題となった行為の内容、性質、継続性、心身の状況などを総合して個別、具体的に判断することことが必要です。
そして、在宅勤務やテレワークなど、オフィスに来ない状態でおこなわれるハラスメントは、テレワークなど特有の困難な問題が含まれています。
最後に、テレワーク特有のハラスメント問題と、適切な対応方法について、弁護士が解説します。
テレワーク中の安全配慮義務が果たされていない場合
新型コロナウイルスの蔓延で明らかになったように、密集したオフィスでは感染症にかかってしまう危険があります。
会社からテレワークを禁止されているため、従来通り通常勤務をせざるを得ない場合、そのような配慮のない会社の措置がパワハラにあたる可能性があります。
担当する仕事の内容、オフィスの状況、その社員の経歴、勤務成績などに応じて結論はことなりますが、テレワークで解決できる仕事があるのに、テレワークをおこなわせてもらえないことがパワハラになるということを理解しておきましょう。
また、新型コロナウィルスの感染拡大が深刻な時期にテレワークを認められず、満員電車に乗ることを強制されることがパワハラにあたる可能性があります。そのような通勤を強制された結果新型コロナウィルスにかかった場合には、会社に対して安全配慮義務違反による損害賠償請求をおこなうことができます。
非正規社員のみテレワーク禁止の場合
働き方改革や新型コロナウイルスの影響により、テレワークで解決できる仕事については積極的に活用が推奨されています。しかし、テレワークで解決できる仕事、できない仕事の区別が許されないこともあります。
2020年4月1日より、パートタイム・有期雇用労働法により、正社員と非正規社員との間の不合理な待遇差が禁止されました。これを「同一労働同一賃金の原則」と呼びます。
この観点からして、正社員はテレワークを許されているけれど、非正規社員のみがテレワーク禁止であり出社しなければならないという場合、その理由によってはこの取扱い自体がパワハラにあたる可能性があります。
このような問題のある取扱いをされている疑いがある場合には、非正規社員のみテレワークを禁止されている合理的な理由があるかどうか、また、正社員のテレワークが正当化されている理由が非正規社員にあてはまらないかどうかを検討した上で、不当な差別的取り扱いの場合、会社の責任を追及していく必要があります。
テレワークで長時間労働を強要される場合
テレワーク、とくに在宅勤務では、仕事の時間とプライベートの時間がつきづらいのが実情です。労働時間の管理、業務量の管理がされておらず、際限なく働かされることは、違法なハラスメントとなります。このことは、残業代が未払いの場合はもちろんのこと、残業代が支払われている場合でも同様です。
労働者側としては、テレワーク中に長時間労働を強要されるパワハラの被害を受けたときは、勤務時間を日々記録化するなど正確に管理し、時間外勤務があれば会社に対し残業代を請求していくべきです。
テレワークにおいて、「事業場外みなし労働時間制(労働基準法38条の2)だから残業がない」と会社が主張することがあります。しかし、事業場外みなし労働時間制は「労働時間を算定し難いとき」に認められた制度ですから、会社が社員の労働時間を把握できるときには適用がありません。
昨今のテレワークでは、クラウドサービスや電話会議、チャットシステムによるコミュニケーションを頻繁に求めるなど、十分に労働時間を把握可能な場合が多いからです。
「労働問題」は、弁護士にお任せください!
今回は、働き方改革や新型コロナウイルス感染症の影響によって急速に広がるテレワークに関連し、テレワークで起こりやすいパワハラ問題について弁護士が解説しました。
パワハラについて具体的に定める「パワハラ防止法」が制定され、以前に比べると、「どのような行為がパワハラにあたるのか」が分かりやすくなりました。無意識におこなわれるパワハラの犠牲にはなりづらくなったといってよいでしょう。
しかし、パワハラに該当するかの判断は、両者の人間関係、具体的な経緯、指導をする必要性の有無・程度、問題となった行為の内容、性質、継続性、心身の状況などを総合考慮して判断するとても難しい問題です。テレワークによってハラスメントが見えづらくなると、被害者になってしまった労働者は、証拠化することが困難なケースも少なくありません。
テレワークをはじめ、オフィスに出社しない働き方によって、より強度のパワハラの被害にあってしまった方は、お早めに労働問題に強い弁護士にご相談ください。
「パワハラ」の法律知識まとめ