手っ取り早く人材コストを削減するために、労働者に退職を迫る会社が増えました。不用意なリストラは不当解雇トラブルを招きやすいため、労働者側から自主的に退職するように仕向けるブラック企業は跡を絶ちません。
不当な配置転換や減給、降格をチラつかせて自主退職を促したり、同僚から孤立させて職場に居づらくさせたりなど、あの手この手を使って退職を強要する会社に、心が折れてしまう労働者の方も少なくないでしょう。
違法な退職強要は「パワハラ」にあたると考えられており、本来、労働者は要求に従う必要がありません。しかし、無理に会社と争っても職場環境や待遇が改善するとは限りませんから、きっぱり退職してしまうのもあり得ない選択ではないでしょう。
ただし、退職を決意した場合に、退職手続を誤ると、失業保険の給付日数が減ってしまうなど、事後の救済面で損をしてしまう可能性があります。とりわけ、退職届の記載内容は慎重に考える必要があります。
今回は、パワハラになる退職強要を受けて退職を決意した労働者の方のために、損をしない退職届の書き方を、労働問題に強い弁護士が解説します。
1. 退職強要はパワハラになる
パワハラ(パワー・ハラスメント)とは、職場内での力関係を利用して、指導や注意の限度を超えた嫌がらせやいじめを繰り返し、相手を苦しめることをいいます。
殴る、蹴るなどの物理的な攻撃以外にも、大量の仕事を押し付けたり仲間はずれにしたりすることで相手の心身を傷つける行為は、広くパワハラになると考えられています。
1.1. パワハラになる退職強要とは?
退職の要求は、任意の退職を勧める行為であり、それ自体違法ではありません。しかし、冒頭に取り上げたような退職強要はパワハラに該当し、違法と評価される場合があります。
どのような退職強要がパワハラになるのかをイメージして頂くために、パワハラになる退職強要の具体例をいくつかご紹介します。
- 上司から「退職しなければ配置転換や減給、解雇もあり得る」と脅された。
- 会社からの退職勧奨を拒否したら課長から平社員に降格された。
- 連日会議室に呼び出され、机と叩くなどして「退職しろ。」ように脅された。
- まともな仕事を与えられず、同僚からも無視されて退職するしかなくなった。
1.2. 違法な退職強要に従う必要はない
パワハラは、被害者を傷つけ、被害者の心身に障害を残すおそれもあります。違法なパワハラは民法上の「不法行為」に当たり違法です。
退職するかどうかは労働者の自由ですし、違法なパワハラに及ぶ退職強要に従う義務はどこにもありません。
職場に留まりたい、と思えば留まることができますし、減給や解雇などの不当処分は労働審判や裁判で取り消すことが可能です。したがって、「パワハラ」あたる違法な退職強要に対しては、きちんと自分の意思で判断し、断る場合には断固たる態度で拒否しましょう。
2. 退職強要によるパワハラに耐えられない場合は?
違法な退職強要に従う必要はありませんが、パワハラによって退職を迫るブラック企業に留まったとしても、その後に嫌がらせがなくなるとは限りません。
パワハラに苦しめられ、ストレスが溜まる環境で無理に仕事を続ける必要もありませんし、身勝手な自主退職や懲戒解雇でない限り、再就職で不利になることもありません。
自身の年齢やキャリアプラン、心身の安全など、先々のことを考えて「会社を辞める」というのも1つの選択だと思います。
2.1. 退職届を提出する
退職を決断した場合には、まず会社に退職届を提出する必要があります。
退職の意思表示は口頭でもできますが、無駄な争いを避けるためには退職届という証拠を残しておくのが得策です。後ほど詳しく解説します。
2.2. 離職票を発行してもらう
退職をする場合には、会社から離職票を発行してもらう必要があります。
ハローワークでの求職活動や失業保険の給付申請には離職票が不可欠なので、確実に会社から受け取りましょう。
会社が離職票を発行してくれない時は、ハローワークや弁護士に相談して仲介してもらいましょう。
3. 退職届を提出するメリット
退職強要によるパワハラを受けて退職をするようなケースであっても、退職についての争い、トラブルを回避するために、退職届を書いて辞めるのがよいでしょう。
もちろん、退職強要に屈する必要はないわけですが、退職を選択する場合に退職届を書いたほうがよい理由を具体的にイメージしていただくため、退職届を書かないとどのような争いが生じるのか、なぜ争いの防止に退職届が必要なのかを、弁護士が解説してます。
3.1. 会社と争いになるケース
退職強要をされてしまったときに、会社の意向にしたがって退職の意思を示せば、それで万事解決するかというと、そうではありません。
会社からしてみれば、いったんは退職強要にしたがったとしても、退職金の支払いや、不当解雇を争われるなどの不安が残ります。
そのため、ブラック企業の中には、退職強要にしたがっても更に、次のような争いを起こしてくるおそれもあります。
- 他社に再就職した労働者が自社を退職していなかったと主張してくるケース
→労働者の非違行為を原因に懲戒解雇扱いにできれば退職金を支払う必要がないため、会社が労働者の「二重就労」という非違行為をねつ造しようとするブラック企業のケースです。 - 「自己都合退職」だったと主張してくるケース
→退職強要による事実上の不当解雇であると争われることをおそれて、退職理由を、パワハラを原因とした「会社都合退職」ではなく、「自己都合退職」だったことにしようとするブラック企業のケースです。 - 嫌がらせ目的で争ってくるケース
→上記のような具体的な目的がない場合でも、退職する労働者に対する嫌がらせを目的として退職の事実や退職理由を争ってくるブラック企業のケースです。
3.2. 退職の証拠を残す必要がある
退職したことや、退職理由がパワハラにあることを会社が争ってくる場合には、労働者側が「パワハラになる退職強要に耐えかねて退職した」という事実を証明しなければなりません。
口頭で退職手続を済ませてしまうと、あとで争いになったときに、退職した事実や退職理由をうやむやにされてしまう危険があります。
そのため、退職強要によるパワハラで退職をせざるを得なかったのであれば、退職を迫られたことを裏付ける証拠として、退職届を作成しておく必要があるのです。
4. 退職強要に応じるときの退職届の書き方
ここまで、パワハラになる退職強要が違法であること、違法な退職強要に応じる必要はないものの、仮に自主的に退職する場合であっても、退職届を書くべきであることについて、弁護士が解説してきました。
ただし、パワハラに耐えかねて退職する場合には、通常の退職とは異なり、退職届の記載内容を慎重に検討する必要があります。
そこで、以下では、退職届を書く際の注意点とその理由について、弁護士が詳しく解説していきます。
4.1. 退職届の記載事項
パワハラとなるような退職強要に応じて退職届を書く際には、基本的に以下の事項を記載します。
以下の事項は、一般的な退職届でも、かならず記載しておくべき内容です。
- 書面の題名(「退職届」と記載すること。)
- 退職の意思表示
- 退職日(希望の退職日を記載すること。)
- 宛名(会社名と代表者の氏名を記載すること。「(株)」などの略記は不可。)
- 記載日、提出日
- 署名、押印
- 部署、役職、氏名
4.2. 「退職の意思表示」と「署名、押印」は必須
上記の解説の中で、退職手続は口頭でも可能と申し上げましたが、逆にいえば、退職の意思が表明されない限り、雇用契約は解消されません。
したがって、「退職の意思表示」が記載されていなければ、有効な退職届とはいえません。
また、「署名、押印」がないと、退職届が労働者本人の意思に基づいて作成されたものであることを証明できず、後日会社と争ったときに、裁判所に証拠として扱われない可能性があります。
このように、「退職の意思表示」を記載すること、「署名、押印」をすることは、退職届を書く際の必須事項です。
4.3. 「退職願」と書かないこと
退職届を作成する際に最も注意しなければならないのは、「退職願」と記載しないことです。
退職届の提出は会社に対する労働者の一方的な意思表示であり、退職届が会社に到達すれば雇用契約は自動的に解消されます。この場合、会社の同意は必要ありません。
民法627条1項当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
他方、「退職願」は「雇用契約を解消して欲しい」という会社に対する「申込み」であり、会社側の承諾がなければ雇用契約は解消されません。
もちろん、書面の題名だけでなく、内容も考慮して決定されるものの、少なくとも題名を「退職願」とすることはないようにしておきましょう。
「退職届」と「退職願」は全くの別物であり、うっかり「退職願」と書いてしまうと会社の同意がない限り雇用契約が解消されないので、注意しなければなりません。
4.4. 「一身上の都合」はNG
通常、自主退職する場合には、退職理由欄に「一身上の都合により」と記載します。しかし、「一身上の都合」とは、ケガや介護が原因で仕事を継続できない、といった個人的事情による「自己都合退職」を意味する文言です。
会社のパワハラとなるほどひどい退職強要に応じて退職せざるをえなくなったのであれば、「一身上の都合」のように責任を不明確にしてしまう必要はないでしょう。
もし「一身上の都合」と記載すると、ハローワークに「自己都合退職」だと判断され、失業保険の給付の開始が3ヶ月遅れる、給付日数の上限が1年から150日に減らされるなど、退職強要に応じて退職をしたあとの救済が受けられないおそれもあります。
4.5. 退職理由は書かなくてよい?
「失業保険」の受給について不利益を受けないためにも、退職理由は「自己都合」ではなく、パワハラを原因とした「会社都合」であることを示す必要があります。
では、退職届の「退職理由」にはどのような理由を記載すれば良いのでしょうか。「退職理由を書く必要はない」という考えもあるようです。
しかし、会社がパワハラの事実を隠ぺいし、不当解雇で争われるのを防ぐために退職届を「自己都合退職」で受理していた場合、退職届の記載内容が重要な証拠となります。
退職届に退職理由を書かずに提出にしてしまった場合、パワハラにより退職したことを裏付ける証拠として使うことができず、「自己都合退職」とされてしまうおそれがあります。
5. 退職届の提出方法
最後に、会社による退職強要、パワハラに応じて退職せざるをえなくなってしまった労働者の方が、退職届を確実に会社に届ける方法について、ご紹介しておきます。
雇用契約は労働者の一方的な退職の意思表示のみで解消することができます。ただし、退職の意思(退職届)が会社まで届かなければ契約解消の効果は発生しません。
退職をパワハラによって強要しておきながら、「不当解雇」などの労働トラブルが起こる可能性もあることから、「退職届を受け取っていない。」「退職届には一身上の都合と記載されていた。」などという主張をしてくる会社がないとも限りません。
5.1. 「内容証明郵便」を利用する
「内容証明郵便」とは、「誰が、誰宛てに、いつ、どんな内容の文書を差し出したか」ということを郵便局が証明してくれる郵便方法です。
退職届を提出するときに「内容証明」の方法を利用すれば、退職届の記載内容がどのようなものであったかを確実に証明することができます。会社が「自己都合退職」だったと争う余地もなくなります。
また、同じ内容の文書が差出人用と相手用、郵便局の保管用に3通作成されるため、会社が退職届を破棄してしまっても証拠が無くなる心配はありません。
5.2. 「配達証明」を利用する
「配達証明」とは、「誰が、誰宛てに、何月何日に配達したのか」を証明してもらえる郵便方法です。
退職届を提出するときに「配達証明」を利用すれば、退職届が会社に届いたこと(退職の意思表示が会社に到達したこと)を確実に証明することができ、「退職届を受け取っていない」という会社のウソを暴くことができます。
「内容証明郵便」と併用することで、「パワハラが原因で退職した」という「会社都合退職」の事実を確実に証明することができ、失業保険をもらうとき損をせずに済みます。
6. まとめ
今回は、退職強要によるパワハラが原因で退職する場合に、労働者の方に知っておいていただきたい退職届の書き方を弁護士が解説しました。
「会社をやめる」という決断はなかなかできるものではありませんが、パワハラの苦しみに耐えながら職場に留まるくらいならば、退職して心機一転を図るのも1つの手です。
退職せざるをえないほどの事態に追い込まれた場合に、デメリットの少ない退職届の書き方を理解しておいてください。
パワハラとなるほどの退職強要にお悩みの方や、退職届の書き方が不安な労働者の方は、労働問題に強い弁護士に、お早目に法律相談ください。