運送業界では、長時間労働が常態化している一方で、残業代が適切に支払われないケースが多く見られます。運転手の労働時間は売上に直結するため、「残業代を払わずに運転させれば利益が増える」と考える企業も存在します。しかし、このような状況は、ドライバーの健康を犠牲に企業が利益を得るという、非常に危険な構造です。
運送業であっても労働基準法に基づく残業代の支払いは必須です。更に、長時間労働の防止を目的として、運送業の残業には特別な制約があります。厚生労働省が指針を示しているほか、労働基準監督署も厳しく監視し、違反が見つかれば送検される事例も多々あります。
今回は、運送業における残業代の問題と、未払い残業代を適切に請求する方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 運送業の長時間の残業は、居眠り運転や交通事故などの危険につながる
- 運送業であっても、労働基準法に基づく残業代の支払いは法的な義務である
- 悪質な運送会社が残業代を払わない理由を理解し、反論のための証拠を準備する
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
運送業における残業代の問題
運送業界には、違法な残業を強要する会社が多く存在するのが実情です。運送業で、違法な残業代未払いが蔓延していることは、労働基準監督署の送検例が多いことからもうかがえます。
運送業であっても、残業代の未払いは違法です。他の業種と同じく、「運送業だから」といって残業代を払わなくてよい理由にはなりません。むしろ、運転業務において違法な残業が行われると、次のような重大な危険につながります。
- 長時間労働による睡眠不足で居眠り運転を引き起こす
- 残業せずに終わらせようと焦って、スピード違反をしてしまう
- 長時間労働のストレスで脇見運転をしてしまう
違法な残業が原因で重大な交通事故が発生し、死傷者が出るケースもあります。つまり、労働者にとって危険なだけでなく、社会全体にとっても害悪なのです。危険性の高さから、労働基準監督署は運送会社の監督を強めており、残業代未払いにより逮捕・送検される事例も少なくありません。
「労働基準監督署が動かないとき」の解説
運送業で残業代が未払いとなる理由
運送業界では、様々な理由から、残業代が適切に支払われていないケースが見られます。
残業代請求を頻繁に受けている運送会社は、どのように反論すればよいかを心得ています。これらの反論は、業界の悪しき慣習に基づくもので、労働者が従う必要はありません。運送会社側の考えを事前に把握しておけば、適切な再反論を準備し、有利に交渉を進めることができます。
運転手が個人事業主扱いされるケース
一部の運送会社は、運転手(ドライバー)を「個人事業主」として扱うことで、残業代の支払いを免れようとすることがあります。個人事業主だと、そもそも「労動者」ではないため、労働基準法が適用されない結果、残業代を受け取ることができません。
運送会社のドライバーには、独立した事業者にふさわしい働き方をする人もいます。自分でトラックを準備し、他社の仕事も請け負う個人事業主には、労働基準法の適用がなく、残業代の支払い義務は生じません。しかし、実際には雇用に近い働き方なのに、不当に個人事業主扱いして残業代を払わない悪質な運送会社もあります。会社の車両を借り、一社専属で、時間の裁量なく長時間働いているなら、残業代を請求できる可能性が高いです。
「個人事業主の解雇の違法性」の解説
固定残業代・みなし残業となっている
運送業界では、基本給とは別に様々な手当が支給され、その中に残業代が含まれるという扱いをされるケースがあります。例えば「無事故手当」「皆勤手当」「歩合給」といった名称の手当に「残業代が含まれている」と反論される場合です。
これらの手当を、残業代に相当するものと扱う方法は、固定残業代、みなし残業と呼ばれる制度ですが、違法になりやすいため注意が必要です。
手当はいずれも、残業以外の理由で払われます(例:無事故手当は安全運転に対する評価、皆勤手当は休まず出勤したことへの報奨)。そのため、残業代の意味を含む場合、労働契約で明らかにしなければならず、かつ、手当に相当する残業時間が明確でない場合や、予定された時間を大幅に超過したのに追加の残業代を受け取れないケースは、違法な扱いとなります。
歩合給制になっている
運送業では、成果に応じた「歩合給制」を採用する企業もあります。働いた時間ではなく、運んだ荷物の量や距離によって給料が決まる場合、成果主義の発想が強くなります。そのため、歩合給制のドライバーは、長時間働いても、適正な残業代が払われない場合があります。
しかし、成果主義だとしても、残業代は支払わなければなりません。運送会社の中には「歩合給に残業代が含まれる」と主張する例もありますが、歩合給のうちいくらが残業代に相当するのか、明確にされていない限り、このような扱いは違法です。運送業の性質からして、成果を出すには結局は長時間働く必要があるのに、それに見合った残業代を得られなくなってしまいます。
給料・残業代の計算方法が不明確
給与や残業代の計算が不明確であり、自分の残業代を把握しづらい運送会社もあります。
細かい手当や控除項目が多く設定されていたり、歩合給の計算が複雑だったりすると、いくらの残業代が支払い済みであるかがわからなくなってしまいます。悪質な運送会社の中には、あえて給与体系を複雑にすることで、正当な対価を計算しづらくしている企業もあります。
運送会社は、小規模な事業者だったり、社員の出入りが激しく労務管理が十分でなかったりする例もあり、雇用契約書すら存在せず、労働条件が把握できないこともあります。加えて、運転手の労働時間を正確に把握しておらず、残業時間が記録されていない会社があることも問題です。
「残業代の計算方法」の解説
運送業で残業代請求する方法
次に、運送業における残業代を請求する方法について解説します。
運送会社の違法な残業実態を改善するために、残業代請求をすることで、自身の健康と権利を守り、会社に対抗しなければなりません。しかし、労働者という弱い立場だと、違法だと分かっていても、運送業務を拒否するのは勇気が要るでしょう。
会社にとっては、残業代を払わずに労働させられれば利益が増えるため、労働者が適切に請求しなければ、違法な残業の強要はなくなりません。
運送業の残業時間を把握する
労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいいますが、運送業では特に、運転手(ドライバー)の労働時間について、他の業種とは異なる管理が求められることがあります。法的にも、運転手の健康や安全を守るために、厳格なルールが定められています。
運送業の残業代を請求するときは、トラックや車両を運転している時間だけでなく、荷積み・荷下ろしや、荷待ちの時間、待機時間や仮眠時間なども、使用者に指揮命令されていると評価される限り「残業時間」に含まれることを理解しておいてください。
業務の特性上、労働時間が不規則になりやすい運送業では、変形労働時間制を採用する企業も少なくなく、この場合、残業代の計算が特殊になるため、注意が必要です。
「労働時間の定義」の解説
運送業に特有の残業の証拠を集める
運送業の残業代請求では、運転手側に証拠がほとんどないケースも多いです。労働時間を管理する義務は会社にあるので、まずは会社に、残業の証拠を開示するよう求めましょう。特に運送業の残業代では、その業務の特性からして、次の資料が証拠として活用できます。
- タイムカード
- 運転日報
- 配車票
- シフト表
- 運行管理アプリの記録
- タコグラフ・デジタコのデータ
- 車載カメラの動画データ
- 業務報告メール
- 荷受け・荷積みの連絡電話
- 配送時刻のデータ
- アルコール検知記録の日時
運転業務の要所では、時間が記録されるため、手元に証拠がなくても、実際には役立つ情報が多く存在します。運送業では、残業が軽視されがちですが、実は、証拠の残りやすい職種なのです。証拠の多くは、運送会社の事業所や営業所に保管されるので、まだ退職していない場合、証拠となる資料の写しを取っておきましょう。
「残業の証拠」の解説
労働基準監督署に送検してもらう
運送会社が違法な残業を理由に送検されるケースは、直近でも数多く見られます。運送業の違法残業はとても危険なので、労働基準監督署も注意の目を光らせているのです。
送検された事例の中には、労働者がくも膜下出血や脳出血、心臓疾患などの重篤な病気を発症し、労災申請をきっかけに違法残業が発覚するケースもあります。しかし、心身を壊してしまってからでは手遅れであり、未然に対処することが重要です。
- ツカサ運輸株式会社
過労による居眠り運転で、衝突事故を起こし、2名死亡。36協定の限度を超える残業で、休日労働は最大で約101時間に及んでいた。 - 北関東通商運輸株式会社
休日労働が最大で約222時間という違法残業を理由に、代表取締役が送検された。 - 株式会社博運社
労働者が運転中に脳梗塞を発症。1ヶ月あたり132時間に及ぶ長時間の残業が恒常化していた。 - 株式会社中谷食品
運転手が、労災による脳溢血で死亡。労働基準法32条違反の容疑で、会社と代表者を送検された。 - 諸星運輸株式会社
会社と、岸和田営業所長を、労働基準法違反で書類送検した。36協定の限度を超え、1ヶ月に最長82時間を超える残業があった。
「労働基準監督署への通報」の解説
内容証明で残業代を請求する
未払いの残業代を請求する第一歩として、運送会社に内容証明で請求書を送付します。
内容証明を利用することで、いつ、どのような内容の請求を行ったかを証明することができ、裁判に発展したときには証拠として役立てることができます。運送会社に内容証明を送ることは、未払いの残業代を請求するだけでなく、違法な残業をストップさせる効果も期待できます。弁護士名義で送れば、会社にとって大きなプレッシャーとなります。
「残業代の請求書の書き方」の解説
運送会社を労働審判・訴訟で訴える
交渉で解決できない場合は、法的手続きに移行することを検討しましょう。労働審判や訴訟といった裁判手続きを通じて、残業代を請求することができます。裁判手続きは、交渉と違って強制力があるため、残業代を取り戻すための強力な手段となります。
ブラックな運送会社が、交渉に応じず、残業代の支払いを拒否し続ける場合、無理に交渉を続ける必要はありません。会社が誠実な対応しない状況では、法的措置に訴えることが効果的であり、この際、労働問題に精通した弁護士に依頼すれば、スムーズに進めることができます。
「残業代を取り戻す方法」「労働問題の種類と解決策」の解説
運送会社でよく起こる残業トラブル
最後に、運送業でよく起こりがちな、残業に関するトラブルについて解説します。
悪質な運送会社では、様々な労働問題が同時に発生しています。会社は、適切な労務管理をし、残業が過度に長くならないよう配慮すると共に、正しく残業代を支払う義務があります。労働者を正当に扱わず、違法状態を強要する会社は、まさにブラック企業と言えるでしょう。
残業代の未払い
運送業で最も多いトラブルは、残業代の未払いです。
運送業であっても、労働契約に定められた時間を超えて働けば、当然に残業代が発生します。運転業務に限らず、その前後の荷積み・荷降ろし、荷待ち時間や待機時間も、「労働時間」となる可能性があり、これらの時間を全て合計して「1日8時間、1週40時間」を超えれば、残業代が生じます。また、運転業務が深夜に及ぶことが見逃され、深夜手当が未払いになるケースもよくあります。
労働基準法の定める残業代の計算方法を理解し、正しく算出することが重要です。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
違法な長時間労働
たとえ残業代が支払われていたとしても、労働時間が過度に長いときは、それ自体が違法となる可能性があります。運送業は、運転業務というストレスの大きい仕事をしているので、労働時間が長すぎると健康に深刻な影響を及ぼします。使用者には、労働時間を管理し、長時間労働を避ける義務がありますが、運送業は、他の業種にも増してその必要性が高いです。
しかし、早朝出勤や荷積み、後片付けなどで拘束時間が長くなり、プライベートが大幅に削られている人もいます。また、休憩時間が十分に取れず、睡眠や食事も運転の合間にしかできない状況では、労働基準法違反の可能性が高いと言えます。
「長時間労働の問題点と対策」の解説
パワハラのある過酷な労働環境
ブラック企業では、パワハラも日常茶飯事です。荒っぽい社長や粗暴な上司のいる職場では、パワハラが深刻な問題となっています。残業に耐えても、違法なパワハラによって追い打ちされると、労働者の負担は一層大きくなります。運送業によくあるパワハラには、次の嫌がらせがあります。
- ノルマを強要され、違反すると罰金を払わされる
- 車両の使用料を天引きされる
- 会社所有の車両の修理費を請求される
これらのパワハラは、健康被害だけでなく、経済的なダメージにもなります。限界を迎え、うつ病や過労死などの事態に追い込まれる前に、残業代請求によってストップをかけましょう。
「パワハラの相談先」の解説
まとめ
今回は、運送業における残業代トラブルについて解説しました。
運送業界における残業代の問題は、働く人々の健康や安全に深く関わる重要な課題です。運送業で働くドライバーは特に酷使されやすく、危険な状況に直面することが多いのが現実です。
未払い残業代の請求はドライバーの正当な権利であり、長時間労働で体調を崩す前に、違法な残業代未払いに対して声を上げることが大切です。未払い残業代を請求すれば、過度な労働は改善される可能性があります。
残業代の支払いは企業の義務であり、未払いが発生している場合は、証拠を集め、速やかに請求すべきです。悪質な運送会社に、劣悪な労働環境を強要されているなら、訴えることを検討しましょう。労働基準法違反があるときは、ぜひ弁護士に相談してください。
- 運送業の長時間の残業は、居眠り運転や交通事故などの危険につながる
- 運送業であっても、労働基準法に基づく残業代の支払いは法的な義務である
- 悪質な運送会社が残業代を払わない理由を理解し、反論のための証拠を準備する
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
【残業代とは】
【労働時間とは】
【残業の証拠】
【残業代の相談窓口】
【残業代請求の方法】