残業代をもらえないなら必ず請求すべきですが、在職中だと報復が怖くて残業代請求をためらってしまっている方もいます。しかし、残業代は正当な対価なので、仕返しを恐れてはいけません。
残業代請求による関係悪化が怖い……
請求するなら辞めるしかないのでは?
残業代には時効があり、3年が経過すると請求できません。時効によって減少していく残業代を放置しないでください。「退職したら残業代請求しよう」という方もいますが、手遅れになるおそれがあります。時効の問題はもちろん、退職後には、在職中に比べて証拠が手に入りづらいからです。
今回は、在職中の残業代請求の注意点と、会社からの報復に対処する方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 在職中の残業代請求は、報復を受けるおそれがあるため事前準備が大切
- 予想される会社からの報復に、対抗手段を知れば、デメリットはない
- 在職中の残業代請求にはメリットがあり、もらえる残業代の額を増やせる
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残業代請求に対する会社の報復とは
残業代請求に対する会社の報復とは、正当な残業代を請求したにもかかわらず不利な扱いを受けたり、嫌がらせされたりすることです。報復の背景には「嫌な思いをさせて正当な請求をあきらめさせ、権利を放棄させよう」という悪い意図があります。
悪質なブラック企業は、いかなる手を使っても残業代を払わずに済まそうとします。在職中だと特に報復のダメージは大きく、残業代請求をあきらめる労動者は珍しくありません。
請求するなら会社に居辛くする
働くのが嫌なら辞めてしまえ!
このような社長や上司の発言により、「働き続けるなら残業代を請求しないのが当然」と誤解している方もいます。しかし、残業代請求は法律の認めた正当な権利ですから、報復によって権利行使を妨害することもまた法律違反であり、厳しく禁じられています。
まずは、予想される具体的な報復の例を理解し、対処法を検討していきましょう。
パワハラ、職場いじめ、嫌がらせ
残業代請求の報復でよくあるのが、パワハラによる嫌がらせです。残業代請求した労動者を精神的に追い詰め、居づらくさせることで請求をあきらめさせようとするのです。
これらの報復に共通するのが「残業代請求をする人はやる気がない」という誤った価値観ですが、やる気と残業代はそもそも無関係です。他の従業員が残業しているのに自分だけ早く帰るのは「やる気なし」と評価されるかもしれません。しかし「お金をもらわず働くべき」というのは違います。サービス残業は違法であり、「当たり前の努力」ではありません。
そもそもパワハラは違法であり、報復的な意図がなくても許されません。パワハラは不法行為(民法709条)であり、慰謝料をはじめとした損害賠償を請求できます。そして、報復として行われれば、その違法性は更に高まります。
「パワハラの相談先」の解説
不当な仕事の押し付け、無理な業務命令
報復として不当な仕事を押し付け、業務量を増加させたり、無理な業務命令を下したりするケースもあります。「残業代を請求するのは余裕があるからだ」「もっときつい仕事を押し付けよう」といった嫌がらせ的な理由によるものです。
常識的に考えて無理な業務量、達成不能なノルマのように、周囲と比べて自分だけが不当な扱いを受けたなら、それは残業代請求に対する報復の可能性があります。このように押し付けられた仕事量は、残業しても終わらないほど辛いものであることが多いです。
「やりたくない仕事の断り方と対処法」の解説
報復人事(降格・減給・配置転換など)
残業代請求に対する報復が、人事権の行使に反映されることもあります。つまり、残業代請求したことで報復人事の対象となるケースです。残業代請求の報復としてあらゆる不利益な人事処分が降り掛かってきますが、次の例を参考にしてください。
残業代を回収できても待遇が悪くなれば、将来トータルでマイナスになる危険があります。すると、報復人事のプレッシャーから請求をあきらめざるを得なくなります。
重要なのは、人事の理由が「残業代請求したから」という違法なものか、それとも「能力や適性の不足」といった正当なものか、不明確なケースが多い点です。会社には人事権があり、きちんとした理由があるなら不利益な処分も必ずしも違法ではないからです。
残業代請求に対する報復人事に速やかに気付き、不当な扱いを戦うには、次の手順で確認する必要があります。
- 他の社員と比べて、自分だけが不利益を受けているかどうかを観察する
- 不公平な扱いについて必ず記録に残す
- 不利な人事を受ける他の合理的な理由があるかを確認する
- 残業代請求した時期と、人事処分の時期が密着しているかを確認する
以上のことから、残業代請求した人だけが不利益を受け、かつ、これまで平和だったのに請求した途端に不公平な扱いを受けるようになったことを証拠に残せば、「残業代請求による報復人事だ」と強く主張できます。
「労働条件の不利益変更」「不当な人事評価」の解説
不当解雇される
残業代請求への報復の最たる例が、解雇されるケースです。
しかし、解雇による労動者の不利益は大きいため、解雇は法律で厳しく制限されています。解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない場合は、違法な「不当解雇」として無効です(労働契約法16条)。そして「残業代請求をしたから」という解雇理由が正当なものでないのは当然です。
その一歩手前として、残業代請求したことを理由に退職強要を受ける例もあります。「残業代請求する社員には会社にいてほしくない」と伝えるなど、正当な権利行使を理由にプレッシャーをかけて辞めさせるのは、自主的な退職を促す手段として適切とはいえません。
退職したくないなら、退職勧奨に応じてはなりません。在職しながら残業代請求をすることも許されており、会社に残りたいなら不当解雇の撤回を強く求めてください。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説
損害賠償請求される
残業代請求したことで目をつけられ、今まで見逃されていたミスを細かく指摘されるようになるケースもあります。このとき「あなたにも落ち度がある」という理由で、会社から損害賠償請求されるという報復が予想されます。
しかし、人は誰しもミスをするものです。他の社員が責められていなかったり、これまで問題ない範囲だとされていたりするものを、残業代請求した時点から突然に損害賠償請求の対象にするのは、違法な報復行為だと考えるべきです。
「会社から損害賠償請求された時の対応」の解説
残業代請求への報復が予想される時の対抗手段
残業代請求に対する報復は、労動者の権利を侵害する違法な行為。報復が予想されるなら、対抗手段を徹底しなければなりません。
仕返しではないかと疑われる行為を受けたなら、証拠をしっかり収集し、適切な相談先に連絡することで、権利を守るための対策を講じることができます。事前に対策を打っておけば、リスク少なく残業代請求を進めることができます。
報復された証拠を残しておく
在職中に残業代請求した報復として、日常的な嫌がらせに遭うケースがあります。怒鳴る、暴力をふるう、無視する、いじめる、といった行為はいずれも違法なのが明らかです。
パワハラによる報復は違法なので、労動者側の対抗手段は、その証拠を残して責任追及をするのが最善です。パワハラされた証拠を収集すれば、直接の加害者には不法行為(民法709条)、防止しなかった企業には使用者責任(民法715条)または安全配慮義務違反として、慰謝料請求、損害賠償請求をすることが対策となります。
報復の証拠としては、次のものを集めましょう。
- 不利益な処分を示す書面やメールなど
例:降格通知、配置転換命令、給与減額の通知など - 会話の記録(録音・録画やメモなど)
例:社長や上司との会話で報復を示唆された録音など - 目撃者の証言
例:同僚などが報復行為を目撃した場合の証言など
難しいのは「報復・嫌がらせで辞めさせよう」といった、内心の意図を直接証明する証拠は得がたい点です。発言などパワハラの録音をして証拠化できればよいですが、そのような不用意は会社も多くはありません。残業代請求の後に報復が予想されるなら、事前に録音の準備が必須となります。
穏便な方法で交渉を試みる
報復されずに残業代をもらいたいなら、穏便な方法で交渉を試みるのもお勧めです。残業代請求の流れは、交渉が決裂すると労働審判や訴訟などの裁判に進みますが、在職中の請求は、裁判まで発展せずに話し合いで決着する例も少なくありません。
穏便に解決するのに大切なポイントは「労動者が交渉段階でどこまで妥協できるか」という点です。できるだけ妥協して歩み寄れば、報復の危険は回避できます。満額の回収にこだわらなければ、会社も譲歩して一定の残業代を払い、トラブルが拡大する前に解決できるでしょう。
ただし、あまりに譲歩しすぎると残業代請求した意味がありません。また、請求中にも仕事をサボることなく、能力を示し、成果をあげ続けることも、リスクの軽減に繋がります。
「残業代の請求書の書き方」の解説
労働基準監督署に通報する
労働基準監督署は、労働条件についての法違反を監督する行政機関です。労働基準法を主に取り扱うため、残業代の未払いについても会社を監督し、指導してくれます。
残業代を払わない会社が報復してくると予想されるときは、労働基準監督署に通報し、サポートを受けることが対策になります。労働基準監督署は、強制的に会社を調査したり、資料を提出させたり、場合によっては法違反について是正勧告を発し、従わない会社に刑罰を科すことができます。このような強い権限をもとに、報復を止めさせる効果が期待できます。
「労働基準監督署への通報」の解説
弁護士に残業代請求を依頼する
残業代の請求は、自身でも進められます。少額の請求や、前章に説明した穏便な方法で譲歩するなら、自分で交渉して残業代を回収するのも良い方策でしょう。
しかし、悪質なブラック企業に在職中の請求をするとき、強度の報復が予想されます。このようなケースは、弁護士を窓口にして残業代請求するのが安全です。弁護士が代わりに請求すれば、たとえ在職中でも会社と直接連絡をとらずに残業代を勝ち取れるからです。
弁護士からの請求は大きなプレッシャーとなり、それでも不利益を与えて報復しようという会社は少ないです。弁護士名義の書面に次のように記載して、報復を牽制することもできます。
本件については弁護士を窓口としますので、直接の連絡はお断りします。
残業代請求は正当な権利であり、不利益な扱いは違法です。万が一、本請求を理由にして降格、減給、懲戒処分、解雇などの不利益な扱いをされた場合は、直ちに労働審判、訴訟などの法的手続きによって責任を追及します。
訴訟で残業代請求する
訴訟で残業代請求することも、報復に遭わないための対策となります。
未払い残業代の請求方法は、主に「交渉」「労働審判」「訴訟」の3つですが、交渉と労働審判は話し合いで労使が納得することを重視するので、会社やその担当者との接触が多くなりがちです。これに対して訴訟における審理は、書面による主張と証拠の提出が基本なので、ストレスの大きい会社側の関係者との接触を減らすことができます。
在職中であっても、会社側もまた訴訟についてはドライにとらえ、恨みに思わないことも多く、残業代請求の報復をされづらくすることができます。
「裁判で勝つ方法」の解説
退職後になってから請求する
最後の手段として、在職中の請求はあきらめ、退職後まで待って請求する手もあります。
この手段は一種の「あきらめ」であり、時効によって残業代の一部を失うおそれがある以上、完全に満足できる方法ではありません。ただ、現実問題として「会社に恩がある」「できるだけ長く働きたい」「すぐには転職できない家庭の事情がある」など、他に優先すべき目的があって残業代請求の優先度が低い場合、退職後でも請求は可能ですからあきらめてはいけません。
退職後まで請求を我慢するデメリットを少しでも減らすには、在職中に集められる証拠を入念に収集することと、退職したらすぐに行動に移すことを心がけてください。退職時に、退職代行とともに残業代請求を弁護士に依頼することもできます。
「退職したらやることの順番」の解説
在職中の残業代請求にデメリットはない
在職中に残業代請求をすることに、大きなデメリットを感じてしまう方もいます。
しかし、在職中の残業代請求にはデメリットはありません。法律に認められた権利行使を理由として不当な扱いをするのは許されないからです。
労動者の権利行使は法的に保護される
確かに、会社にいながらにして残業代を請求すると、パワハラや職場いじめの標的にされる例はなくはありません。しかし、労働基準法は、従業員が残業代を受け取る権利を保護しており、未払いの残業を請求することを労動者の基本的な権利として認めています。そのため、権利行使への報復はいずれも違法であり、残業代請求を理由に不利益を与えられる謂れはありません。
労働基準監督署や労働組合、弁護士などは、労動者の権利を守る役割を持ち、報復行為について相談すれば、適切な対処をして労動者を守ってくれます。
「サービス残業の相談先」の解説
労働環境の改善が企業の利益にもなる
むしろ、残業代請求に報復することは、会社自身が「違法な残業代未払いが存在する」ことを認めたに等しいといってよいでしょう。
残業代を我慢せずに請求できる環境は、労使いずれの利益にもなります。企業の成長のためにも、残業代請求から始めオープンなコミュニケーションを取り、違法な点があれば労動者側からも改善を促すべきです。つまり、単に残業代をもらうだけの目的ではなく、今後も安心してストレスなく働き続けるために重要なプロセスなのです。
なお、残業代を請求するのは当然の権利であり、報復されたとしても自身の将来のキャリアに悪影響が及ぶことはありません。法的手段を用いて対処し、不当な処分は徹底して争えば、労動者に対する評価が悪化することはないからです。
「会社を訴えるリスク」の解説
在職中に残業代請求するメリットは大きい
最後に「それでもやはり報復が怖い」といった理由で残業代請求に迷う方に向け、「在職中に」残業代を請求しておくメリットを解説します。ぜひメリットをよく理解し、速やかに進めていきましょう。不安な悩みは、一人で抱え込まず、弁護士への相談で解消するのがお勧めです。
早期の問題解決が図れる
在職中に残業代を請求しておくことによって労働問題を早期に解決できます。
請求せずに放置すると、未払い額が積み重なっていきます。請求する期間が長期になり、多額になるほど、労使の対立は深まり、迅速な解決が困難となってしまいます。労働裁判となって長期化すれば、年単位の争いとなるケースも珍しくありません。
未払い残業代を早く受け取ることで、経済的な安定が得られ、生活基盤を守ることができます。
「残業代請求の解決にかかる期間」の解説
労働意欲を向上させることができる
どれほど働いても残業代がもらえないのでは、会社に貢献する気持ちは薄れるでしょう。残業代の適正な支払いが実現できれば、従業員と企業の間の信頼関係を再構築することができ、労動者側にとっては労働意欲を向上させることができるメリットがあります。
正当な権利が守られない職場に安心感は全くなく、労働意欲がなくなり、生産性も低下します。長時間働いた人に対価がないとすれば、社員間でも不公平感が生じてしまいます。
「やる気のない社員の解雇」の解説
在職中の方が証拠収集が容易
残業代を会社と争い、適正額を認めてもらうには証拠が必要です。労働審判や訴訟といった裁判手続きで戦うなら、必須といってよいでしょう。残業時間を証明するのに、特に重要となる証拠がタイムカードです。
在職中ならタイムカードの入手は容易です。職場でコピーを取るのはさほど難しくないはず。これに対し、退職後の請求だと、重要な証拠は全て会社の手元にあり、収集できないケースも多いです。退職後でも請求は可能ですが、その場合まずは会社にある重要証拠の開示を求めなければなりません。タイムカードについては紛失や改ざんされるリスクもあります。
「タイムカードを開示請求する方法」「タイムカードの改ざんの違法性」の解説
労働条件を改善させることができる
在職中に残業代請求するのは居心地が悪いかもしれません。しかし、それは会社にもあてはまることです。会社にとっても「すぐに辞められるのは困る」と考えるなら、在職中だからこそ残業代請求を認めざるを得ない局面もあるのです。
そして、このような在職中の残業代請求を交渉で解決できるなら、あわせて将来の労働条件の改善も要求しましょう。今後も働き続けるにあたり、以下の点を約束させるべきです。
- 今後は正しく労働時間を把握し、適正な残業代を払うこと
- 残業代請求による報復はしないこと
- 他の社員と区別せず、平等に昇給や昇格、人事評価してもらうこと
残業代を適正に払わせることから始め、労使の信頼関係を再構築しましょう。健全な企業文化を育て労働環境を改善すれば、請求者だけでなく全従業員にとって働きやすい職場となります。正しい労務管理がどのようなものかを知るために、残業代の計算方法を理解しておいてください。
「残業代の計算方法」の解説
残業代の時効を中断できる
未払い残業代には時効があります。具体的には、支払期限から3年が経過すると、時効によって過去分の請求はできなくなります。残業代の時効は、各月ごとの支払期限から起算されます。そのため、3年以上勤務している人にとっては、在職中の残業代請求をせずに放置すれば、請求できる残業代の金額が減っていくことを意味します。
なお、残業代を請求すれば、時効を中断させることができます。内容証明によって請求した証拠を残すことで法律上の「催告」にあたり6ヶ月間時効の完成が猶予されます(民法150条)。その期間で、労働審判や訴訟といった手続きを起こすことを検討してください。
「残業代請求の時効」の解説
まとめ
今回は、在職中であっても残業代請求を速やかにすべき理由と、このときにデメリットとして予想される会社からの報復について解説しました。
確かに、残業代を在職中には請求しづらい気持ちは理解できます。しかし、時効や証拠の散逸といった理由によって、早く着手しなければ損するのは労動者側です。デメリットをなくすには、会社による報復行為への対抗手段を知り、注意深く進めるのが重要です。
報復のおそれある在職中の残業代請求こそ、弁護士のサポートの意義が大きいです。まだ辞めたくないが、不当な扱いについて残業代請求で対処したい方は、ぜひ一度弁護士に相談ください。
- 在職中の残業代請求は、報復を受けるおそれがあるため事前準備が大切
- 予想される会社からの報復に、対抗手段を知れば、デメリットはない
- 在職中の残業代請求にはメリットがあり、もらえる残業代の額を増やせる
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