残業代を請求するとき、報復が怖くてためらってしまう人がいます。
特に、在職中の残業代請求の場合ほど、「関係悪化が怖い」「請求したいけど、辞めるまでは我慢するしかない」といった相談例がよくあります。
しかし、残業代は、労働の正当な対価であり、仕返しを恐れてはいけません。残業代には消滅時効があるため、3年の時効期間を経過すると請求できなくなります。「退職したら請求しよう」と思っていても、時効分だけ損するおそれがある上に、請求を決意した頃には証拠が入手しにくくなっていると、適正な残業代が証明できなくなってしまいます。
今回は、在職中の残業代請求の注意点と、会社からの報復に対処する方法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 在職中の残業代請求は、報復を受けるおそれがあるため事前準備が特に重要
- 予想される会社からの報復ごとに、対抗手段を知っておくことが役に立つ
- 在職中でも、残業代を早めに請求することで回収額を増やすことができる
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残業代請求への報復は違法となる

結論として、残業代請求への報復は違法となります。
残業代の請求は労働基準法上の権利なので、その行使に対する不利益な扱いは禁止されます。報復を許せば、正当な権利行使を阻害してしまうからです。また、労働基準法104条は、労働基準監督署などへの申告を理由とした不利益な取扱いも禁じています。
さらに、報復の中で最も不利益の大きい「解雇」は、労働契約法16条により、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は違法・無効となります。
ちなみに、解雇の有効性について、会社が表向きの理由(例:能力不足や勤務態度不良など)を主張するとき、報復目的という真の動機があるかが争点となります。この場合、裁判で争うときは、労働者側としては次のような主張をする必要があります。
- 残業代請求と近接した時期に解雇されたこと
- その他に合理的な解雇理由がないこと
- 他の社員と比べ、自分だけ不利益な取扱いを受けていること
- 社長などから残業代請求を敵視する発言があったこと
したがって、残業代請求した労働者だけが、請求した途端に不利益な取扱いを受けた場合、「違法な報復である」と主張することができます。なお、上記の事情はいずれも、証拠によって証明できるように準備しておきましょう。
「不当解雇の証拠」の解説

在職中の残業代請求で起こりやすい「報復」とは

在職中でも、残業代は労働者の正当な権利であり、問題なく請求できます。
ただ、まだ会社を辞めていないと、人間関係の悪化を懸念する人も多いものです。残業代請求をすることで評価を低下させられたり、退職勧奨されたりといった不安もあるでしょう。実際、「会社に逆らった社員」と評価し、職場環境を悪化させるケースの相談例は後を絶ちません。
危険を回避するため、まずはどのような報復が起こりやすいかを知る必要があります。
パワハラ・職場いじめ・嫌がらせ
残業代請求の報復として、パワハラに遭うケースがよくあります。精神的に追い詰めることで会社に居づらくさせ、請求をあきらめさせようとする方法です。特に、他の社員が残業代を請求せずにサービス残業している職場では、「会社に逆らった」「仕事をやる気がない」といったレッテルを貼られ、まともな仕事を与えられなくなる危険があります。
「パワハラの相談先」の解説

不当な仕事の押し付け、無理な業務命令
残業代請求への報復として、不当な仕事を押し付けて業務量を増加させるなど、無理な業務命令を下すケースがあります。「残業代を請求するのは余裕がある証拠」「もっときつい仕事をすべき」といった嫌がらせ的な理由によるものが典型例です。
しかし、常識的に考えて無理な業務量、達成不能なノルマといった不当な扱いを、周囲と比べて自分だけが受けたなら、それは残業代請求への報復の可能性があります。
「嫌な仕事を押し付けられるのはパワハラ?」の解説

報復人事(降格・減給・配置転換など)
残業代請求に対する報復が、人事権の行使に反映されるケースもあります。
いわゆる「報復人事」であり、例えば、降格や減給、昇給や昇格の停止、通勤困難な場所への転勤や左遷など、不利益な人事処分には様々な種類があります。いずれも、能力や適性を考慮せず、理由が不明確なものは、残業代請求に対する報復の可能性を疑ってください。
「労働条件の不利益変更」「不当な人事評価」の解説


不当解雇・退職勧奨
残業代請求に対する報復の最たる例が、解雇されるケースです。
しかし、解雇は法律で厳しく制限されています。解雇権濫用法理により、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」がなければ不当解雇として違法・無効になります(労働契約法16条)。残業代請求は労働者の権利なので、解雇の正当な理由にならないのは明らかです。

また、退職勧奨を受けるケースもありますが、残業代請求をする社員には会社にいてほしくないという気持ちで不当なプレッシャーをかけるのは、違法な退職強要となります。解雇された場合は撤回を求めるべきであり、強い圧力を受けても、決して退職に応じてはなりません。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説

損害賠償請求
残業代請求をしたことで目をつけられると、細かく監視されるようになります。
残業代の分だけ人件費が高くなることに怒った会社から、今まで見逃されてきたミスを細かく指摘され、「落ち度がある」として損害賠償請求されるケースの相談例があります。このような報復は、辞めた会社への請求で起こることもあります。しかし、誰しもミスはあるもので、これまで問題にされず、他の社員も責められていない場合、不当な報復行為であると考えられます。
「会社から損害賠償請求された時の対応」の解説

残業代請求への報復を受けた場合の対処法

次に、残業代請求に対する報復を受けた場合の対処法について解説します。
「残業代請求への報復は違法となる」ため、報復を疑われる行為を受けたら、証拠を収集し、適切な相談先に相談することで自身の権利を守る必要があります。事前に対策を講じておけば、リスク少なく、安全に残業代請求を進めることができます。
報復行為の証拠を残す
残業代請求に対する報復を受けたら、報復行為の証拠を残しましょう。
在職中の請求の場合、パワハラや嫌がらせによる報復が行われることがあります。パワハラは、隠れてこっそり行われることが多いため、次のような証拠を残すよう努めてください。
- 不利益な処分を示す書面やメールなど
例:降格通知、配置転換命令、給与減額の通知など - 会話の記録(録音・録画やメモなど)
例:社長や上司との会話で報復を示唆された録音など - 目撃者の証言
例:同僚などが報復行為を目撃した場合の証言など
残業代請求に近接した時期からパワハラが始まったことを証拠に残せば、加害者や会社の責任を追及できます。直接の加害者には不法行為(民法709条)、防止しなかった会社には使用者責任(民法715条)または安全配慮義務違反を理由として、慰謝料や損害賠償を請求することができます。
「パワハラの証拠」の解説

穏便な方法で交渉を試みる
報復されずに残業代を獲得するために、穏便な方法で交渉を試みるケースもあります。
残業代請求の流れは、交渉から始まり、決裂すると労働審判や訴訟などの法的手続きに進みます。裁判まで行かず、話し合いで解決できるなら、比較的対立を深めずに済みます。このとき重要なのが、「労働者側が、交渉段階でどこまで妥協するか」という点です。
できる限り妥協して歩み寄れば(減額に応じれば)、会社にも納得してもらいやすく、報復の危険は回避できます。満額の回収に固執しなければ、会社も譲歩する可能性もあります。しかし一方で、譲歩しすぎると正当な権利を失うおそれがあります。本来なら、法律に基づいて計算した金額は満額回収するべきであり、報復を懸念するあまりに譲歩しすぎてはいけません。
「残業代請求の和解金の相場」の解説

労働基準監督署に通報する
労働基準監督署は、労働基準関連法令への違反について企業を監督する行政機関です。
残業代の未払いは労働基準法違反であるため、労働基準監督署に相談・申告することができます。そして、この際は、匿名で行うことができるのが重要なポイントです。
まだ在職中であり、残業代を請求すると報復が懸念される場合でも、労働基準監督署に匿名で通報すれば、会社に発覚する可能性を低めることができます。特に、全社的に残業代が未払いの場合、悩んでいるのが自分だけでなければ、通報者を推測されるリスクも小さいでしょう。
労働基準監督署は、法令違反が疑われる会社に対して立入調査を行ったり、違反が発覚した場合には是正勧告を発したり、従わない場合は刑事罰を科したりすることができます。このような強い権限をもとに指導を進めてもらえれば、会社の報復を止める効果が期待できます。
「労働基準監督署への通報」の解説

弁護士を介して残業代を請求する
残業代の請求は自身でも行えますが、弁護士を通じて請求するのがおすすめです。
報復が予想される在職中の請求は、弁護士を窓口して、直接の連絡を拒否するのがよいでしょう。弁護士が残業代請求を行う場合、内容証明による通知書で「今後の窓口は弁護士とすること」「労働者本人への直接の連絡はしないこと」といった警告を記載するのが通常です。
この場合、たとえ在職中でも、業務に関する指示や命令とは切り分け、「残業代請求に関する話は、弁護士を通して伝えてほしい」と要求できます。弁護士からの請求は大きなプレッシャーとなり、報復を牽制することで誠実な対応を促せます。

訴訟で残業代請求する
交渉が決裂した場合、裁判手続きで残業代を請求することとなります。
残業代請求で活用される手続きには、主に労働審判と訴訟がありますが、報復が予想されるケースでは訴訟がおすすめです。労働審判は早期解決を目指せるものの、話し合いを重視するため、社長や上司、担当者との期日当日の接触が必要となることが多いためです。
これに対し、訴訟であれば、書面審理が中心であり、弁護士を依頼した場合には労働者本人は裁判所に出廷する必要がありません。
「裁判で勝つ方法」の解説

退職後まで待って請求する
最後の手段として、在職中の請求はあきらめ、退職後まで待って請求する手もあります。
残業代請求を先延ばしすることで、時効によって一部を失うおそれがありますが、現在は時効が3年となっているため、3年以上の残業代が溜まっていない限り、時効による弊害はありません。「会社にも恩義を感じる」「収入がなくなるのが不安」「家族に苦労をかけたくない」など、残業代請求よりも優先度が高い価値観があるなら、退職まで待つのも選択肢の一つです。
退職後まで請求を先延ばしするデメリットを少しでも減らすには、在職中に集められる証拠を入念に収集し、退職したら直ちに行動に移すことを心掛けてください。
「退職したらやることの順番」の解説

在職中に請求した方がよいケース・避けた方がよいケース

最後に、在職中に残業代請求をするかどうかを悩む方に向けて、考慮すべき事情を解説します。
実際のところ、メリットとデメリットがあり、会社の体質や本人のこれからの働き方、証拠の状況などによっても異なります。在職中に請求すべきか、それとも退職まで待ってから進めるべきかは、個別のケースに応じて判断しなければなりません。
在職中の請求が向いているケース
今後も会社で働き続ける予定があるなら、在職中に請求を検討すべきです。
特に、長年サービス残業に悩まされ、未払い残業代が積み重なっている場合、今後も働き続けることを選択するなら、早めに動くことで被害の拡大を防ぐべきです。
また、残業代請求には3年の時効があり、古い未払い分から消滅していくため、時効が迫った残業代が存在する場合は、在職中であっても早めの請求を検討すべきです。労務管理に不備のある会社では、証拠が入手できなくなりかねません。タイムカードや勤怠データなどが適切に保存されていない場合、早めに保存しておかなければ、残業時間の立証が難しくなるおそれがあります。
したがって、時効や証拠隠滅のリスクがある場合、在職中でも請求すべきケースと言えます。弁護士を介して請求すれば、会社との対立を避けながら交渉を進めることができます。
なお、在職中に残業代請求をすることは、職場環境を改善し、仕事のモチベーションを向上させることにもつながります。
「残業代請求の時効」の解説

退職後の請求が向いているケース
これに対して、退職後の請求が向いているケースもあります。
会社の体質として報復リスクが高いと予想される場合、残業代請求をきっかけに職場環境が悪化するおそれがあります。例えば、ワンマン社長やパワハラ上司がいたり、過去に請求した社員を辞めさせたなどの噂があったりするケースが該当します。この場合、在職中の残業代請求は、想像以上にストレスを伴います。
ただし、退職後まで請求を待っても損してしまわないよう、早めに転職先を決め、時効期間である3年を過ぎる前には退職・転職するのがおすすめです。また、退職後の残業代請求の支障とならないよう、在職中に収集すべき証拠はしっかりと入手しておいてください。
なお、本解説の通り、残業代請求に対する報復は違法であるため、屈する必要はありません。直接交渉するのが難しいときは、弁護士を代理人とすることを検討しましょう。弁護士に依頼すれば、会社との直接交渉を避け、報復リスクを抑えるとともに、退職やハラスメントなど、残業代以外の労働問題も一括して解決することができます。
「サービス残業の相談先」の解説

【まとめ】残業代請求の報復

今回は、残業代請求に対する報復を避ける方法について解説しました。
在職中の請求の場合、「気まずい」「報復が怖い」という気持ちはよく理解できます。しかし、時効が経過した分は請求できないため、早く着手しなければ得られる額は減ってしまいます。また、時効の経過はまだでも、証拠が失われ、十分な証明ができなくなるおそれもあります。
在職中の残業代請求で、会社から報復を受けるリスクをなくすには、会社からどのような行為がされるかを知り、対策を講じておくことです。そして、報復のおそれのあるケースほど、弁護士を介して請求することで、違法な報復をさせないように圧力をかけられます。
すぐには辞めたくないが、残業代を請求したいという方こそ、不当な扱いを避けるためにも、早い段階で弁護士に相談するのがおすすめです。
- 在職中の残業代請求は、報復を受けるおそれがあるため事前準備が特に重要
- 予想される会社からの報復ごとに、対抗手段を知っておくことが役に立つ
- 在職中でも、残業代を早めに請求することで回収額を増やすことができる
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