「残業代が出ないから帰る」という行動が法的に問題ないかを解説します。
そもそも決まった時間を超えて働けば、残業代を受け取れるのが当然。出ないなら「帰りたい」と思う労働者の本音も当然です。どれほど仕事が楽しくても、無償奉仕するわけにいきません。
残業代が出るなら残るが、出ないなら定時帰宅したい
残業代が出ないから帰ったら怒られた…納得いかない
「残業代が出ないから帰る」という姿勢は、未払いへの徹底抗戦を意味します。いくら不満でも、「定時で必ず帰宅する」という強硬策は不安な方もいるでしょう。残業代が出ないからといって業務命令を無視したり、やるべき仕事を放置したりすれば、トラブルに発展する危険もありますし、解雇や懲戒処分を下されたり、職場いじめやパワハラ被害に遭うリスクもあります。
とはいえ、権利を主張したのに危険に晒されることは許されません。残業代を払うのは法律上の義務であり、対価なく働く必要は全くありません。残業代が出ない事態に、「帰る」という手段での対抗が有効なケースは多いです。その場合には、あわせて残業代請求も行うなど、適切な対処を速やかに実施してください。
今回は「残業代が出ないから帰る」の問題点と対処法を、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 「残業代が出ないから帰る」は、認められるのが原則だが、リスクもある
- 残業しても残業代が出ないのがあらかじめ明らかなら、帰っても問題ない
- 強硬手段をとるべきでない場面で手段を誤ると、懲戒処分や解雇の危険がある
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「残業代が出ないから帰る」は許されるのが原則だがリスクもある
残業代を払わないのは労働基準法違反であり、そもそも違法です。残業代がもらえないなら定時で帰ってよいのが原則ですが、注意しないとリスクもあります。
残業代が出ないのが当たり前の会社だと、仕事のモチベーションは低下します。残業代が出ないのに残業する人は、責任感や愛社精神といった点では評価されるでしょうが、労働者としては損してしまっています。働きが評価されず、対価に反映されなければ働く気にならないでしょう。
その最たる例が、今回解説する「残業代が出ないから帰る」という対応です。
そもそも残業代を払わないのは違法
そもそも、残業代を払うのは会社の義務です。残業代の支払いについて労働基準法37条1項は次の通り定めています。
労働基準法37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
1. 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
(……2項以下、略……)
労働基準法(e-Gov法令検索)
同条により、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて働かせた場合には、通常の給料の1.25倍の割増賃金を支払う必要があります(延長して労働した時間が1ヶ月に60時間を超える場合、割増率は1.5倍)。
残業したにもかかわらず残業代を払わないのは、上記法律に違反する違法行為であり「6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という罰則も定められています(労働基準法119条)。残業代の支払いは、労働者にとっての正当な対価であるとともに、違法な長時間労働を抑制する効果がある点でも非常に重要なものなので、違反には厳しい制裁が科されるのです。
残業代が出ないのは決して「当たり前」ではありませんから、会社の口車に乗せられてはいけません。
「サービス残業の違法性」の解説
残業代が出ないなら働かないのが原則
労働者と使用者の関係は、労働契約という「契約」に縛られた関係です。労働契約は、労務の提供と、対価である賃金の支払いによって成り立っています。そのため、対価が払われないならば働く必要はありません。
残業代は、残業をしたことの対価であり、その未払いは違法性があると解説しました。したがって、残業代が出ないなら、それ以上働かないのが原則的な対応となります。
「残業代が出ないから帰る」という対応のリスクと問題点
以上の通り、残業代が出ないなら働かないのが原則。ですが、実際は「残業代が出ないから帰る」という対応にはリスクも存在します。
定時帰宅が正当化されるのは、残業代を払わずに行った残業命令が、「違法」と言える場合に限られます。残業代が払ってもらえる可能性が残っていたり、「残業代が未払いだ」というのが労働者の勘違いや法律知識の不足によるものだったりするときは、残業命令は有効であり、これに違反して定時で帰宅することには問題があります。許される事情もなく勝手に帰るのは単なる残業命令違反であり、労働者に不利に扱われます。詳しくは「残業代が出ないのを理由に帰ると起こるトラブルとは?」で解説します。
なお、「定時に帰宅してもよいかどうか」の問題とは別に、残業代の未払いはやはり違法であり、その点は、残業代の請求を直ちにすることで解決すべきです。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
「残業代が出ないから帰る」が認められるケースとその理由
残業代が出ないなら帰るのが原則だがリスクもあり、最終的にケースごとに判断すべきと解説しました。そこで、残業代がもらえなければ帰ってもよい場面を解説します。
労働時間でない場合
法的に「労働時間」でないなら残業代が出ないのは当然です。その反面、会社の命令を聞く必要もなく、直ちに帰宅してよい場面の典型例です。
法律や裁判例でいう「労働時間」は、使用者の指揮命令下に置かれた時間を指します。自由参加の飲み会やイベント、勉強会は、労働時間に該当しません。業務ならば残業代が払われますが、自由参加ならば業務ではなく、したがって残業代も出ません。
出席が自由参加なら、それは残業命令ではなく、ただのお誘いに過ぎません。断って定時で帰るのを咎める理由はなく、「残業代が出ないから帰る」と言って問題ないのです。「自由参加」とは名ばかりで実際は強制なら、それは業務であり残業代請求が可能です。
「労働時間の定義」の解説
「残業代は出ない」と事前に明言された場合
残業を命令されたのに、同時に「残業代を払わない」とあらかじめ明言されてしまったケースでは、その命令には従わず、定時で帰宅しても問題ない場面であるといえます。残業代を払わないのが明らかな残業命令は、前章の通り労働基準法違反であり、違法だからです。
残業を命じる権利が企業側にあるにせよ、権利を濫用した違法な命令は許されません。誤ったやり方で人件費を削減しようとする不当な動機があります。このような悪質な意図が、残業をする前から明らかになっているなら、残業をせずに帰ることを選択しましょう。
残業代が出ない可能性が非常に高い場合
前章と同様の理由で、「払わない」と明言まではしないにせよ、残業代が払われない可能性が非常に高いならば、残業命令には従わずに帰宅することを選択すべきケースがあります。
例えば、次のような違法な残業指示も「残業代は出ない」ということを暗に意味していますから、従わず帰宅して問題ありません。
- 「タイムカードを切ってから残業するように」と指示された
- 残業許可制のもと「許可は出さないが仕事は終わらせるように」と命令された
- 「サービス残業だから」と明言された
- 残業申請しても認めてもらえない
- 自宅での持ち帰り残業をするよう言われた
- これまでもずっと残業代の未払いが続いていた
(※ ただし、過去の未払いを理由にする場合、「将来の残業代が出ない可能性が非常に高い」といえる程度に継続していることが必要)
「残業代請求の裁判例」の解説
長時間労働が問題視される現代、残業を許可制とする会社は少なくありません。きちんと運用していれば全く問題なく、ホワイト企業も多くあります。この場合、残業の許可がなければ残業代は払われないのが当然で、残業せずに帰って問題ありません。
ただ、残業代を不当に減らそうとするブラック企業は、自主的なサービス残業を黙認したり、残業代なしに働き続けなければならないような雰囲気を押し付けてきます。この場合、残業代が払われない可能性が非常に高いといえるなら、「残業代が出ないから帰る」という反論が許されるのです。
「長時間労働の相談窓口」の解説
残業なしの労働契約の場合
残業なしの労働契約を締結している場合、会社は残業を命じることができません。育児や介護など、家庭の事情で「残業なし」と契約で明記するケースがあります。たとえ就業規則に残業の定めがあっても、(労働者に有利な場合には)労働契約による合意が優先します。
こうした方は残業代も出ないし、そもそも残業する必要もなく、定時で帰宅して問題ありません。残業なしの契約ですから、会社は労働者に残業を命じる権利がありません。また、緊急の場合など、善意で残業をし、それでも残業代が入っていなかった場合にも、その後の残業のお願いには従う必要はなく、断って帰宅して構いません。
なお、固定残業代が支払われているとき、一定の時間までは残業しても残業代が払われないことがありますが、これもまた適法に運用されていなければ、残業を断って帰宅する理由となります。
管理監督者の場合
管理監督者の場合には、時間外の労働に対する残業代が出ない代わりに、出退勤についてある程度の時間的な裁量が認められています。そのため、管理監督者ならば「残業代が出ない」かつ「いつでも帰ってよい」のが原則です(なお、管理監督者でも、深夜の残業代は発生します)。
むしろ「20時までは帰ってはいけない」など、終業時刻以降も残ることが必須とされており、厳しい時間的な拘束を受けている方は、たとえ社内で管理職扱いされていても、法律にいう「管理監督者」(労働基準法41条2号)には該当せず、違法な未払い残業代の生じる「名ばかり管理職」である可能性があります。
「管理職と管理監督者の違い」「名ばかり管理職」の解説
残業代が出ないのを理由に帰ると起こるトラブルとは?
以上の通り、残業代が出ないなら帰るのが基本の対応です。しかし実際は、強硬な対応にこだわるほど、無用なトラブルを招くリスクもあります。
残業代を出さないブラック企業ほど、労使の対立が激化するおそれは大きいもの。自分の身を守るために、事前に予想できるリスクは軽減しておく必要があります。
将来分の未払いは予想できないケース
軽微な残業代の未払いに過ぎない場合、それだけを理由にして定時に帰ると、残業命令に違反してしまい、労働者に不利な扱いを受けるおそれがあります。
もちろん、これまでに何度も、高額の未払いがあるなら、「将来も残業代を払うつもりもないのだろう」と容易に想像でき、「残業代が出ないから帰る」と判断してよい根拠となります。しかし、未払いが軽微な場合にまで、この対応が最良とは限りません。
払われていない残業代が少額な場合や、過去の1度の未払いしかない(その後は継続して払われている)といった場合、これからする残業の対価は払われるかもしれません。過去の未払い分を請求すべきは当然ですが、指示された残業は拒否すべきでない場合もあります。この点は、残業を指示される時点で「残業代は出ない」と事前に明言された場合との大きな差です。
実際は残業代の未払いが存在しなかったケース
前提となる残業代未払いの事実が、そもそも労働者の思い込みにすぎないこともあります。残業代の計算を誤っていたケースがその典型例。残業代の計算や、どのような場合に払うべきかについての法律知識は複雑であり、専門的な判断を要します。
使用者側はできるだけ残業代を減らそうと様々なテクニックを駆使するのに対し、労働者が得られる情報は限られており、適切な残業代が出ているかを判断するのは至難の業です。適用される割増率や、固定残業代の計算など、複雑な例ほど計算を間違えやすい傾向にあります。
実際には未払いがなかったなら、「残業代が出ないから帰る」という対応は不適切だったことになり、残業命令の違反となってしまう危険があります。
「残業代の計算方法」の解説
残業代の出ない正当な理由があるケース
前章と同じく、残業代の出ない正当な理由がある場合もまた、残業代がもらえないのは法的にも認められたことであり、それを理由に帰宅してしまう対応は誤りです。したがって、この場合も「残業代が出ないから帰る」という対応は不適切です。
残業代の出ない正当な理由とは、例えば次の通りです。
- 固定残業代として支払い済みである
(ただし、固定残業代を超えて働いた場合に、差額の残業代がもらえなければ違法) - 事業場外労働みなし労働時間制でみなされた時間が、法定労働時間内である
- 裁量労働制、高度プロフェッショナル制により残業代の支払い対象ではない
- フレックスタイム制、変形労働時間制により、1日の労働時間が法定労働時間を超えても残業代が生じない
ただし、いずれの場合も、残業代が出ない正当な理由があるといえるには、法律の厳しい要件を守らなければなりません。会社が上記の反論をしても安易にあきらめず、弁護士にご相談ください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
残業せず帰ったことで業務に著しい支障が出たケース
残業代を払わないのは違法ですが、だからといって業務に著しい支障を生じさせれば、その責任を追及されるリスクもあります。
仕事を放置して帰宅すると、顧客や取引先からの企業の評判が下がるのは当然。業種によっては、勝手に仕事を放棄して帰ると、人命に関わることもあるでしょう。このような場合にまで「残業代が出ないから帰る」という方針を押し通せるかは、未払いの程度や、将来の残業代が払われる可能性、業務を放置して帰ることの支障の程度などにより、ケースバイケースで判断すべきです。
無責任にバックレることが会社を怒らせ、損害賠償請求のきっかけとなるおそれもあります。
「仕事をバックレるリスク」「会社から損害賠償請求された時の対応」の解説
事実上の報復や嫌がらせの被害に遭ったケース
ここまで解説したように、本来は帰るべきでないタイミングで「残業代が出ないから」といって帰宅してしまうと、業務命令違反となり処分されるなど、会社から制裁が下るおそれがあります。会社への反抗的な態度は、その前提となる判断に誤りがあると懲戒処分の理由となったり、最悪は、企業秩序を著しく乱すものとして懲戒解雇となることもあります。
不当に残業代を払わない企業で、「さっさと帰るのが当然だ」といえる場合だったとしても、周囲の社員からは後ろ指を刺されるかもしれません。
そのような会社ほど、社内の空気的に「残業代がもらえなくてもサービス残業をすべきだ」という精神論がはびこっていることは多いもので、他の社員がみな労働法の正しい知識を有しているとは限りません。
一人だけ定時で帰宅する社員に、不満の矛先が向いてしまうことがあります。社内のプレッシャーに負けてはなりませんが、悪化すると、パワハラやいじめの原因となる例もあります。自分の身を守るために、早めに弁護士に相談するのが有益です。
「パワハラの相談先」の解説
残業代が出ないから帰るときの正しい対処法と注意点について
最後に、残業代が出ないから帰るときの正しい対処法を解説します。
また、帰るかどうか迷うときにも、それでは残業代が出ないときどういった対応がいいのか、という参考にもしていただくことができます(多くの場合、まずは速やかに残業代請求をすべきです)。
帰宅する正当な理由を証拠化する
残業代を出さないのが明らかなら、残業命令は違法です。とはいえ、勝手に帰ることによるリスクは少しでも減らしておくべきです。業務命令違反と評価されて不利益を受けないためにも、正当な帰宅である証拠を残しましょう。
例えば、次の証拠があれば残業命令が違法であり、「残業代が出ないから帰る」という対応を正当化する事情を証明できます。
- 「残業代は出ない」とあらかじめ言われた証拠
例:メールやチャット、録音など - 残業代が出ない可能性が高いことを示す証拠
例:残業代の申請が不承認となった通知書、勝手に押されたタイムカードの写しなど - 過去の度重なる残業代の未払いを示す証拠
例:タイムカード、PCのログ履歴、残業代が払われなかった月の給料明細など
「残業の証拠」の解説
違法な残業命令は毅然と断る
残業代が出ないのを理由に帰宅し、トラブルに見舞われても、毅然とした対応が必要です。そもそも残業代が出ないことが違法であり、その点をしっかり主張してください。そして、違法な残業命令は、毅然と断るのが当然です。
残業代を払わないにもかかわらず労働者を解雇するのは不当な扱いなのが明らかです。このようなときは不当解雇の撤回もしくは解雇の金銭解決を求め、会社と争うべきです。
また、パワハラの防止は会社の義務です。放置された場合、安全配慮義務への違反を理由に、慰謝料を請求することで対処できます。
「労災の慰謝料の相場」の解説
過去の未払い残業代を請求する
残業代が出ないことを理由に帰ることとなったら、過去の未払い残業代も忘れず請求しましょう。残業代の時効は3年なので、未払い残業代を請求する権利は、発生から3年で消滅します。会社の命令に反して帰宅するならもはや、「残業代が出ない会社など辞めてしまおう」と決断が固まっている人も多いでしょう。
残業代請求は退職後でもできますが、在職中にできるだけ証拠集めをするのがお勧めです。労働基準監督署や労働組合などの選択肢もありますが、未払いの残業代を取り戻す方法を選びたいなら、労働問題に精通した弁護士への相談が第一です。
「残業代請求を着手金無料で依頼する方法」の解説
まとめ
今回は「残業代が出ないから帰る」という行動の問題点を解説しました。
残業代が出ないことがそもそも問題であり、労働者は対抗策を講じる必要があります。定時に帰れず、かつ、残業代が出ない場合の対処法は、必ず理解しておきましょう。
労働者は、対価をもらう代わりに労働力を提供します。「対価」がもらえないなら「働かない」という選択になります。「残業代」が出ないなら「残業」しないのは当然で、定時での帰宅は正しい対応。ただし、勝手に帰宅すれば、業務命令違反となるリスクもあります。業務命令への違反が続けば、懲戒処分を下され、最悪は解雇のおそれもあります。正しい対応だったとしても、やり方によっては社内でのいじめやハラスメントの標的にされるかもしれません。
このように、残業代が出ないとき速やかに帰ってよいかは、難しい法的判断となる例もあります。「帰宅してよいか」と「残業代の未払い」の問題は一旦切り離し、違法な未払いに対しては、速やかに残業代請求をするのがおすすめです。
- 「残業代が出ないから帰る」は、認められるのが原則だが、リスクもある
- 残業しても残業代が出ないのがあらかじめ明らかなら、帰っても問題ない
- 強硬手段をとるべきでない場面で手段を誤ると、懲戒処分や解雇の危険がある
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