労働時間管理は、働き方改革に伴って、避けては通れない課題となりました。違法な長時間労働をなくし、労動者の健康を守ることは、企業の責務といってよいでしょう。
労動者の健康やワークライフバランスを保つため、労働時間の正確な把握が法的に義務付けられ、適切な労務管理が求められています。タイムカードなどを活用して始業・終業時刻を記録し、1日の労働時間を正確に把握すべきですが、残念ながら労働時間管理が不十分で、残業代に未払いが生じている会社も存在します。
労働時間管理が不適切な場合には、労動者は会社に改善を求めるべきです。また、将来のトラブルに備えて、労働時間の証拠を自ら収集しておくことも対策となります。
今回は、労働時間を管理する企業の法的義務と、労働者はどのように対応すべきかについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 労働時間を適正に把握し、管理することは、企業の法的な義務である
- 労働時間管理の義務を怠ると、労働時間の記録が残らず、残業代請求が困難になる
- 労働時間を把握する正しい方法は、厚生労働省のガイドラインを参考にする
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労働時間管理とは?
はじめに、労働時間管理の意味について、基本的な知識を解説します。
労働時間管理とは、働いた時間を把握し、その記録を踏まえて働く時間を調整することです。労働時間の管理は、働き過ぎを防止し、適正な労働環境を整えるのに不可欠です。
具体的には、タイムカードの打刻が典型例ですが、客観的に把握できる方法なら、これに限りません。労働時間管理の義務は、企業が負うのが基本で、本解説の通り、働き方改革によって「法的な」義務となりました。企業は、実労働時間を記録し、残業代を払うと共に、長時間労働を防止する責任を負います。労働時間管理は、働く人の健康と安全を守る「安全配慮義務」の一内容でもあり、違反する会社には、損害賠償請求などが可能です。
労動者もまた、どのような労働時間管理が適切なのか、よく理解すべきです。労務管理が不十分なら声をあげなければ、残業代が未払いとなって損するばかりか、違法な長時間労働を強いられて健康被害が生じるリスクもあるからです。
「長時間労働の問題点と対策」の解説
労働時間管理が必要となる理由と背景
次に、労働時間の管理が必要となる理由や背景について、解説します。
過労を防止して社員の健康を維持するため
労働時間管理の目的は、労動者の健康を維持することにあります。労働時間が適切に管理されないと、長時間労働が放置され、ワークライフバランスは崩壊します。過労によるストレスが蓄積して健康に悪影響を及ぼすと、最悪は過労死するリスクもあります。こうした状況を防ぐためにも、労働時間を調整する必要があるのです。
「過労死ライン(月80時間残業)」の解説
労働基準法違反のリスクを低減するため
会社は、労働基準法上、一定の時間を超えて働かせてはならない義務を負います。
残業させるには36協定が必要であるところ、この協定は「月45時間・年360時間」という上限を守る必要があり、例外的に特別条項付きの36協定を締結する場合も、年720時間が上限となります。また、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて働かせる場合、時間外割増賃金(残業代)を払う義務があります。
したがって、会社が労働時間の把握は、これらの法律上の義務違反とならないよう、コンプライアンスを遵守するために必須です。
「36協定の上限(限度時間)」「残業代の計算方法」の解説
労働環境を改善して生産性を向上させるため
適切な労働時間管理は、生産性の向上にもつながります。
長時間労働を強いるなど、劣悪な労働環境だと、疲労が溜まってミスが増えたり、集中力が低下したりして、逆に生産性が下がってしまいます。適正な労働時間管理は労動者のモチベーションを上げ、ひいては企業の利益にもなります。
企業のブランド価値向上のため
長時間労働やサービス残業があると、社員の不満が募り、優秀な人材が流出してしまいます。適切な労働時間管理によってワークライフバランスを実現すれば、従業員の満足度を高め、定着率を上げることができます。「働きやすい環境」という良いイメージが付けば、採用競争力も上げる意義もあります。
労働時間の適正な把握が企業に義務化された(2019年4月施行)
働き方改革の推進に伴い、労働時間管理についての企業の義務は強化されました。
具体的には、時間外労働の上限規制が法律に定められると共に、2019年4月より施行された労働安全衛生法の改正により、企業には、労動者の労働時間を正確に把握し、管理する法的な義務が課されることとなりました。
法改正前の状況
労働基準法には、労働時間について主に次のようなルールがあります。
労働基準法のルールを守るため、会社には労働時間を把握する責務があると考えられるものの、従来は、労働時間管理は法律上のルールではなく、2001年(平成13年)の厚生労働省の通達(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準、のち2017年(平成29年)にガイドラインに改正)が、労働時間を把握する具体的な方法を定めるにすぎませんでした。
法改正による義務化と違反に対する罰則
働き方改革では、労動者の健康を守り、より良い労働環境を実現するため、労働時間管理の徹底が求められるようになり、2018年の働き方改革関連法の成立で、労働時間の適正把握は、通達・ガイドラインによる責務から、法律上の義務へと格上げされることになりました(2019年4月1日施行)。
労働時間の適正把握の法的義務は、労働安全衛生法の次の条文が根拠となります。
労働安全衛生法66条の8の3
事業者は、第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
労働安全衛生規則52条の7の3第1項
1. 法第六十六条の八の三の厚生労働省令で定める方法は、タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。
労働安全衛生法(e-Gov法令検索)
2. 事業者は、前項に規定する方法により把握した労働時間の状況の記録を作成し、三年間保存するための必要な措置を講じなければならない。
労働安全衛生法で法律上の義務となったことで、労働時間を適正に把握しないと、行政の通達やガイドライン違反ではなく、法律違反の違法な状態となることになりました。
この法違反は、今のところ罰則はないものの、労働基準監督署の是正勧告の対象とされ、これまで以上に厳しく監督されることとなります(なお、把握義務の違反に罰則がないだけで、その結果として36協定違反や残業代の未払いとなった場合は、労働基準法119条によって「6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金」という刑罰が科されます)。
なお、法改正による義務化以降も、ガイドラインは重要な役割を果たします。
労働安全衛生法による義務化は、従来の通達やガイドラインの運用を踏まえたもので、その解釈が変更されるわけではありません。「労働時間の適正な管理方法」の通り、労働時間を把握・管理する方法について、ガイドラインは今後も大いに参考にされます。
「36協定に違反した場合の罰則」の解説
労働時間の適正な管理方法
次に、労働時間の適正な管理について、具体的な方法を解説します。
労働時間の把握・管理が使用者の法的な義務であるとして、どのような方法を講じれば、その義務を果たしたといえるのかを知る必要があります。この点は、改正労働安全衛生法の通達(平成30年12月28日基発1228第16号)と、従来のガイドライン(労働時間の適正な把握に関するガイドライン)のポイントを踏まえて理解しましょう。
労働時間を把握して記録する
会社は、労働時間を把握して記録しておかなければなりません。
労働安全衛生法では「労働時間の状況」を把握することが求められます。これは、労動者がどの時間帯にどの程度の労務を提供し得る状態にあったかを把握するもので、始業時刻と終業時刻の記録だけでは足りず、出退勤時刻なども記録しておく必要があります。出退勤が、始業・終業と同じ場合は、タイムカードの打刻など客観的な記録のみで足りますが、ズレがあって、自己申告で把握している場合には、その理由を確認し、未申請の労働時間がないかチェックしなければなりません。
なお、労働時間数を適正に把握し、賃金台帳に記入した場合は、その労働時間数の把握をもって労働時間の状況の把握に代えることができます。
残業代が1分単位で請求できることを加味すれば、労働時間の把握・記録についても、1分単位で行う必要があります。
「残業代は1分単位での請求が原則」の解説
タイムカード・勤怠管理システムを導入する
始業・終業時刻の確認・記録は、使用者が自ら現認をするか、タイムカードをはじめとした客観的な記録によることが求められています。
小規模な会社なら「全て社長が目視でチェックする」という方法でも可能ではありますが、多くの場合、タイムカードや勤怠管理システムを導入する方法によって、労働時間管理を行います。また、労働時間の状況の把握についても、タイムカードやICカード、パソコンの使用時間といった客観的な記録による方法が求められています。
「残業の証拠」の解説
自己申告制の注意点
やむを得ず、客観的な方法で状況を把握するのが難しい場合、例外的に、自己申告制で把握することも許されます。事業場外で働き、直行直帰する営業職などが当てはまります。ただし、自己申告制が悪用されると労働時間の把握が不十分となり、労動者の権利が侵害される危険があるので、次の注意点を守る必要があります。
- 労働者に、適正な自己申告をするよう十分説明すること
- 労働時間の管理者に、自己申告制の適正な運用について十分説明すること
- 自己申告と実態が合致しているか調査をすること
- 自己申告した時間を超えて事業場内にいるとき、その理由を確認すること
- 適正な申告を阻害するような運用は避けること
例えば「1日8時間を超えた時間は申告してはいけない」「15分単位で切り捨てるように」などと命じるのは違法です。自己申告によって、実際は行った残業が報告されていないときは、労動者が収集した証拠に基づいて残業代を請求することができます。
労働時間と休憩時間を区別して管理する
労働時間と休憩時間は、区別して管理する必要があります。1日6時間以上働く場合は45分、1日8時間以上働く場合には1時間の休憩を、労働時間の途中に与えなければなりません(労働基準法34条)。
ただし、休憩時間を設定していても、実質的には働いているなら、労働時間としてカウントすべきであり、休憩を与えたことにはなりません。休憩は、労動者が自由に利用できるものでなければならず、指揮命令から解放されていない場合には「労働時間」となります。
「休憩時間を取れなかった場合」の解説
リモートワーク時の工夫
リモートワークやテレワークなど、オフィス外で作業する場合は中抜けが生じやすい状況にあります。こうした中抜けについても適切に把握するには、その開始と終了を報告させて休憩時間と扱うか、始業時刻の繰り上げ、終業時刻の繰り下げによって対応するといった工夫が必要です。
パソコンのログや、クラウド上で管理する勤怠管理システムを導入すれば、リモートワークでも、客観的な方法で労働時間を把握でき、自己申告に頼り切りにならずに済みます。
なお、フレックスタイム制を導入している場合には、始業と終業の時刻を労動者の裁量に委ねることができますが、使用者が労動時間を把握しなくてよくなるわけではありません。
「持ち帰り残業の違法性」「フレックスタイム制」の解説
労働者が取るべき対策と注意点
次に、本解説をもとに検討し、勤務先の労働時間管理が不適切であると判明したときに、労働者が取るべき対策と注意点について解説します。
適切な労働時間の管理を求める
労働時間管理が不十分だと、長時間労働の引き金となり、最悪は過労死を招くリスクがあります。そのため、我慢せず、適切な管理を徹底するよう求めましょう。
まずは社長や上司に申し出るべきですが、十分な対応を受けられない場合は、労働基準監督署や弁護士に相談してください。不適切な労働時間管理は法違反なので、労働基準監督署に申告すれば、助言指導、是正勧告などの強い権限を行使してくれることが期待できます。また、慰謝料や未払い残業代といった金銭請求をするなら、労働問題に精通した弁護士のアドバイスを受けましょう。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
労働時間を自己管理する
不適切な労働時間管理による不利益を避けるためには、自己管理が不可欠です。残業代アプリやエクセルを活用することで、どれだけ働いたかを可視化しておきましょう。
長時間労働の記録を自分でも残しておけば、いざ体調を崩してしまった際にも、労災認定を受けやすくなります。働いた時間を記録しておくことは、正確な残業代を受け取るのにも役立ちます。なお、会社側の管理が不十分で証拠が不足するケースで、全証拠を総合的に判断し、概括的に時間外労働を認める救済措置が取った裁判例もあります(大阪高裁平成17年12月1日判決)。
「過労死の対策」「労動者の自己保健義務」の解説
違法なサービス残業は避ける
違法なサービス残業は、労働時間管理が不足する場合に起こる典型的な労働トラブルです。「1日8時間、1週40時間」を超えて働いた場合には残業代を受け取ることができますが、そもそも労働時間を把握されていなければ残業代は払われず、我慢して働けばサービス残業になってしまいます。
サービス残業を強要されると事前に分かっているなら、残業は拒否しましょう。また、事後になって残業代が払われない場合にも、残業代を請求してください。サービス残業を強いる企業は、残業の証拠を残さないことが多いため、自分で証拠を収集しておくことが大切です。
「サービス残業の違法性」の解説
労働時間管理に関するよくある質問
最後に、労働時間管理に関するよくある質問について、解説します。
労働時間管理の対象となる労動者は?
労働時間管理の対象となる労動者は、高度プロフェッショナル制の対象者以外の全ての人です。勤務期間によらず、正社員だけでなく契約社員、パートやアルバイト、派遣など雇用形態にもよりません。
なお、取締役や監査役などの役員、個人事業主は「労動者」ではないため、労働時間管理の対象とはなりません。
管理監督者でも労働時間管理が必要?
管理監督者は、労働基準法の労働時間のルールが適用されませんが(労働基準法41条2号)、健康管理の観点から、労働時間を把握する義務はなくなりません。また、管理監督者となる管理職も深夜手当は生じるため、その点でも労働時間を管理する必要があります。
「管理職と管理監督者の違い」「名ばかり管理職」の解説
労働時間の記録は何年間保存される?
労働時間管理をきちんと行う会社では、その記録が使用者に残ります。
労働時間の記録に関しては、5年間(当面は3年間)保存されます。労働時間管理の結果として保存される記録には、例えば、始業・終業を記録したもの(タイムカードなど)、残業命令書、労動者が自らの労働時間を報告した書類(日報・週報など)といったものが含まれます。
「タイムカードを開示請求する方法」の解説
まとめ
今回は、労働時間管理の方法と、労働者が取るべき対策について解説しました。
労働基準法や労働安全衛生法の定めに従い、労働時間を適正に把握し、管理することは企業の法的義務であり、怠った会社は責任を問われることとなります。正しい労働時間管理は、労動者の健康を守り、過労や長時間労働を減らすために不可欠だからです。更には、ワークライフバランスを維持し、生産性を向上させるなど、企業にとってもメリットがあります。
しかし、企業が労働時間管理をしっかりと行わないとき、労動者としても自己防衛が必要です。自身の労働時間を把握し、その証拠を収集することで、万が一のトラブルに備える必要があります。残念ながら、違法であることを知りながら適切な労務管理をしない企業もあるため、労働時間管理に疑問を感じたら、被害が拡大する前に弁護士に相談するのがおすすめです。
- 労働時間を適正に把握し、管理することは、企業の法的な義務である
- 労働時間管理の義務を怠ると、労働時間の記録が残らず、残業代請求が困難になる
- 労働時間を把握する正しい方法は、厚生労働省のガイドラインを参考にする
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