マタハラ(マタニティハラスメント)は、妊娠や出産、育児に関して行われる嫌がらせや不利益な扱いを指します。マタハラは、セクハラの一種であり、他のハラスメントと並んで深刻な問題です。男女雇用機会均等法は、マタハラの禁止や、企業の対策義務を定めています。
企業におけるハラスメントが社会問題化するなか、少子高齢化の加速する現代において、妊娠や出産といった家庭の事情を軽んじるマタハラには厳しい規制がなされます。マタハラの犠牲になった被害者は、加害者や会社を訴え、慰謝料を請求することができます。
マタハラは、女性だけでなく、男性従業員が育児休業を取得しようとする際にも発生します。マタハラを訴えたい被害者は当然のこと、逆に、マタハラだと訴えられて加害者になってしまった方にとっても、法律知識を知っておくことが非常に重要です。
今回は、マタハラの慰謝料の相場と、違法なマタハラを訴える方法を解説します。
- マタハラは、制度利用への嫌がらせと、状態への嫌がらせがある
- 違法なマタハラなら慰謝料請求でき、会社・加害者のいずれにも請求できる
- マタハラの加害者は「女性を差別する男性」だけでなく「妬む女性」もいる
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マタハラとは
マタハラ(マタニティハラスメント)は、妊娠や出産、育児に関して行われる嫌がらせや不利益な扱いを指します。妊婦や、子育てをしている方は、職場であった嫌なことについて、「マタハラかもしれない」と敏感になるべきです。妊娠や出産、育児を女性が担当する家庭が多いという性質上、マタハラ被害は女性に集中しがちですが、男性も被害者となることがあります。
マタハラは、次の2つのタイプに分けることができます。
制度等の利用への嫌がらせ型
妊娠や出産、育児は非常に喜ばしいことで、社内で祝福されるのはもちろんのこと、国や行政からの支援を受けることもできます。産前産後休業(労働基準法65条)、育児休業(育児介護休業法5条)は有名ですが、これに限らず、社内外に多くの制度が整備されています。
せっかく用意された支援のための制度を、利用させないようにするのはマタハラです。単に利用を拒否するだけでなく、必要な協力を怠ったり、制度を周知しなかったり、嫌がらせで利用を妨げようとしたりするのも全てマタハラに該当します。制度の利用を妨げようとするあまり、支援制度の利用を理由として解雇したり、不利益な処分を下したりするのも違法です。
制度を利用されると業務が滞るなど、会社にとって短期的にはマイナスかもしれません。それでも、妊娠や出産、育児といった家庭の事情は軽視されてはならず、会社は配慮をしなければなりません。マタハラの横行する会社だと、報復として閑職に追い込み、過剰なノルマで追い詰めるといった悪質なハラスメントによって、退職を余儀なくされてしまうこともあります。
「妊娠を理由とする解雇」の解説
状態への嫌がらせ型
妊娠や出産、育児を理由に嫌がらせをすることも、違法なマタハラです。このような嫌がらせ的なマタハラの被害に遭うと、支援のための制度が利用できないといった具体的な不利益がなくても、単純に職場環境が害され、精神的な苦痛を被ることとなります。
マタハラにあたる嫌がらせは、例えば次のケースがあります。
- 妊婦に「腹ボテ」「デブ」など容姿をけなす発言をする
- 「高齢出産」など、気にしていることを言う
- 妊娠・出産を理由に罵倒したり、馬鹿にしたりする
- 「育児をしているから使えない」と人格否定する
- 「妊娠したら戦力にならない」など、寿退社をうながされる
- 産休をとろうとしたら「子どもを作る暇があってうらやまし」といわれた
- 仕事の負担のしわ寄せが来ると文句をいわれた
- 育休をとろうとしたら「また休むのか、給料泥棒」といわれた
マタハラの範囲は非常に広く、典型的なマタハラに該当しなかったとしても違法になる可能性があります。妊娠や出産、育児に対する会社の価値観や考え方について、少しでも違和感を感じたなら、マタハラではないかと疑うのがお勧めです。
妊娠や出産、育児に対する「配慮」を逆手に取ったマタハラもあります。例えば、「妊娠しているから」といって遂行可能な業務を取り上げたり、能力に見合った仕事を与えなかったり、育児休業から復帰した際に給料を下げられたりといったケースです。
「育休から復帰後の退職」の解説
違法なマタハラは慰謝料を請求できる
次に、マタハラの違法性と、その救済方法である慰謝料請求について解説します。
マタハラは違法
マタハラは、妊婦や育児をする女性労働者にとって、非常に深刻な問題です。そのため、マタハラは禁止されており、違法です。具体的には、マタハラは不法行為(民法709条)にあたり、慰謝料請求の対象となります。
「マタハラ」というのはあくまで、ハラスメントの一種に名前を付けたに過ぎません。そのため、セクハラやパワハラなど、その他のハラスメントと同じく、嫌がらせに当たれば違法であることに違いはありません。そのなかでも特に、男女差別につながりやすいマタハラは、男女雇用機会均等法、育児介護休業法といった特別な法律によって厳しく規制されています。
以下の通り、男女雇用機会均等法9条は、妊娠や出産を理由とした不利益な扱いを禁止しており、育児介護休業法10条は、育児休業の取得を理由とした不利益な扱いを禁じています。
男女雇用機会均等法9条
1. 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
2. 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
3. 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項 の規定による休業を請求し、又は同項 若しくは同条第二項 の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
4. 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
男女雇用機会均等法(e-Gov法令検索)
育児介護休業法10条
事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
育児介護休業法(e-Gov法令検索)
マタハラは、妊娠中だけでなく、出産後や育児中にも起きます。どのタイミングにおいても、妊娠や出産、育児によって不安定になりがちな女性の健康には悪影響を及ぼします。強度のマタハラは、母体へのストレスから子の発育に影響する危険もある深刻な問題です。出勤を強要され、負担の大きい作業を指示されたり、嫌がらせで追い詰められたりして、流産してしまう例もあります。
「職場の男女差別の例と対応方法」の解説
マタハラ加害者への慰謝料請求
マタハラをした加害者に、慰謝料を請求することができるのは当然です。マタハラの加害者は、不法行為の当事者だからです。このとき、不法行為の要件として、加害者に故意または過失があり、被害者の負った精神的苦痛などの損害が、マタハラと因果関係が認められる必要があります。
マタハラの被害に遭ってしまい、責任追及を求める際には、労働問題に精通した弁護士への相談が有益です。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
会社への慰謝料請求
出産前のマタハラの程度が酷い場合には、母体へのストレスが高まり、お腹の子どもの発育に影響するおそれがあります。出勤を強要されたり、体に負担のかかる作業を指示されたり、日々の嫌がらせによって精神的に追い詰められたのが原因で流産してしまうケースもあります。
会社は、その制度利用を妨げるといった社内のマタハラが禁止であるだけでなく、雇用する労働者がマタハラの加害者となってしまわないよう、防止する義務を負います。使用者がマタハラを防止すべき義務を定める男女雇用機会均等法の条文は、次の通りです。
男女雇用機会均等法11条の2第1項
事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
男女雇用機会均等法(e-Gov法令検索)
マタハラ対策を講じず、加害者に注意指導し、監督しないことで被害が拡大したときは、会社にも責任を追及し、慰謝料をはじめ損害賠償を請求することができます。
マタハラは、子どもの命にも関わる深刻な問題です。根深いマタハラ問題を事前予防するには、法律による禁止だけでなく会社の努力が欠かせません。マタハラの被害者となったら、予防しなかった会社にも被害を訴え、改善を求めましょう。なお、マタハラが起こったら、会社の安全配慮義務違反であると共に、会社に責任があるなら、労災(業務災害)にもなり得ます。
「労災の慰謝料の相場」の解説
マタハラの慰謝料の相場
一言で「マタハラ」といっても、その内容はケースによって多種多様であり、請求できる慰謝料の金額についても事案ごとに異なります。
マタハラの程度に応じて、慰謝料の相場は、50万円〜200万円程度が目安となります。ただし、軽度のマタハラなら、20万円〜30万円程度の事例もある一方で、解雇や降格といった重大な不利益を受けた場合や、うつ病などの深刻な精神的傷害を負ってしまったというように被害者の健康被害が甚大である場合など、重度のマタハラ事案だと、200万円を越える裁判例もあります。
最終的には裁判所で争って、判決によって決められるものではありますが、マタハラの慰謝料の金額は、下記のような様々な要素が考慮されます。
- マタハラ行為の内容や態様
どの程度の嫌がらせが行われたかによって金額が増減します。 - 被害の程度
マタハラ行為によって被害者の生活や健康にどのような影響があったかが考慮されます。被害の程度は、医師の診断書によって立証します。 - ハラスメントの期間と頻度
マタハラが長期間にわたって、頻繁に行われるほど、慰謝料は増額される傾向にあります。 - 事後の対応
マタハラ発生後に企業が迅速に解決策を講じたか、謝罪や被害回復がなされているかが考慮される結果、事後対応が悪質であったり、相談があったのに放置されていたりすると慰謝料が増額される傾向にあります。
マタハラ被害に遭遇してしまったとき、慰謝料をできるだけ増額するには、証拠をしっかりと集め、速やかに法的な手段を講じるのが大切です。この際、労働問題に精通した弁護士に相談することで、法的手続きについてのサポートを受けることができます。
「裁判で勝つ方法」の解説
マタハラによる解雇は無効
マタハラによる解雇は違法であり、不当解雇として無効となります。解雇は、解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合には違法となるところ、マタハラによる解雇とはつまり、妊娠や出産、育児などを理由にクビにすることを意味し、正当な理由があるとはいえません。したがって、このルールに照らして無効になります。
不当解雇を争い、撤回してもらえれば、職場に復帰することができます。また、交渉で撤回できなくても、労働審判や訴訟で争うこともできます。その結果、解雇の無効が確認されれば復職でき、その期間中の給料(バックペイ)もあわせて請求できます。当然ながら、マタハラの一環としてされた違法な減給、不当な降格も取り消してもらえます。
「解雇を撤回させる方法」「解雇の解決金の相場」の解説
マタハラされた時の対処法
本解説により、マタハラが違法であることをご理解いただけたでしょう。
マタハラは事前防止が重要ですが、いざマタハラの被害を受けてしまったら、事後対応も必須です。社長や上司だけでなく、会社そのものからマタハラされたとき、どう対応すべきかを解説します。
違法なマタハラだと伝える
マタハラが違法とされたのは、男女雇用機会均等法や育児介護休業法の改正によるものです。最近になって社会問題化した新しい概念なので、違法なハラスメントをしているという自覚のない加害者もいます。あなたが嫌な思いをしていることに気付いていないとき、すぐに伝えなければなりません。違法なマタハラだと強く伝え、やめるように要求してください。
「パワハラにあたる言葉一覧」「セクハラ発言になる言葉の一覧」の解説
マタハラの証拠を集める
加害者に伝えてもマタハラが止まらないとき、証拠集めが欠かせません。マタハラの証拠を集めなければ、会社に言っても信じてもらえず、裁判所での法的救済も受けられません。
マタハラの事実を裏付ける証拠は、マタハラの被害者側で集めておく必要があります。とはいえ、マタハラは隠れてこっそりされたり、突然起こったりします。会話の録音や日記など、マタハラ被害に関する証拠をできるだけ多く集めておきましょう。
「パワハラの証拠」の解説
マタハラの慰謝料を請求する
マタハラによる精神的苦痛は、慰謝料を請求することで回復します。マタハラによるストレスでうつ病、適応障害になったら、治療費、通院費、さらには、働けなくなった期間の給料(逸失利益)の請求もできます。失った健康や、子供の命は、お金で埋め合わせることはできません。無理な仕事を強いられ、不幸な結果になる前に、相応の損害賠償請求をするのが大切です。
「安全配慮義務」の解説
労働条件の回復を求める
マタハラの一環で、不利益に変更された労働条件についても、回復を求めるべきです。
妊娠や出産、育児による休業や時短、労働効率の低下を理由として、扱いが悪くなることがあります。減給や降格、解雇などの扱いも、妊娠などを理由にするなら明らかに不当であり、労働審判や訴訟といった裁判手続きを通じて、従前の労働条件や待遇に回復するよう求めるべきです。
「労働条件の不利益変更」の解説
弁護士に相談する
産前、産後の女性の身体は、とても不安定なことでしょう。流産というショッキングなケースをはじめ、マタハラは、母体である女性労働者を害してしまいます。苦しみを我慢し、マタハラを放置すれば、被害はますます悪化します。
最悪のケースに発展せぬよう、マタハラ被害を受けたら早めに、弁護士に相談してください。「証拠が集まっていない」など不安でも、証拠の集め方や初動対応から具体的にアドバイスできます。小さな不安であっても、無料相談で専門的なアドバイスを聞くことが役立ちます。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
マタハラ問題の注意点
最後に、マタハラという労働問題に対処するとき、労働者が注意すべき点を解説します。
妊娠・出産・育児をする女性労働者への心無い言動は跡を絶ちません。マタハラは、社会問題化する以前からありますが、注意しなければ今後ますます増加するでしょう。
女性の妬みも嫌がらせの原因になる
セクハラは、男性から女性にされることが多いですが、マタハラはこれに限りません。むしろ、女性の妬みが、マタハラの嫌がらせの原因になることもあります。
会社が、妊娠・出産・育児に配慮しすぎるあまり、他の労働者が妬み、羨むケースが典型です。このような状況が「逆差別」ともなります。産休や育休を利用すれば、仕事を休むことができます。時短によって早期退社が可能な企業もあります。一方で、残された他の労働者は、産休や育休で休む女性労働者の仕事も負担しなければならなくなります。しわ寄せで長時間残業を余儀なくされると、フラストレーションからマタハラにつながってしまいます。
「ジェンダーハラスメント」の解説
マタハラだと訴えられた加害者の対応
最後に、マタハラだと訴えられた加害者の対応について解説します。マタハラがなくならないのは、妊娠・出産・育児への男性の理解不足が一因にあります。
妊娠し、出産をむかえる女性の健康状態は不安定です。つわりや貧血、頻尿や下痢など、人により症状は多様ですが、仕事に支障は出ざるをえません。ホルモンバランスの乱れから、情緒不安定になりイライラしがちな女性もいます。
仕事に支障があっても、一定の権利を保証するのが、マタハラを禁止する法律の趣旨です。仕事の能率が下がったり休業を要したりするのを受け入れなければならないのです。マタハラだと指摘されてしまったら、まずそのことを理解し、自分の言動を振り返ってください。
「セクハラの加害者の対応」の解説
まとめ
今回は、マタハラの違法性と、救済手段について解説しました。違法なマタハラの被害に遭ったら、慰謝料を請求することで、少しでも早く違法行為をストップさせ、被害回復を図るべきです。
マタハラは、セクハラやパワハラよりも歴史が浅く、最近になった社会問題化したとトラブルです。新しい問題だからこそ、被害者、加害者の双方共に、まだマタハラについて正しい法律知識を理解しておらず、大きな問題に発展してしまうケースが跡を絶ちません。一方でマタハラは、女性労働者に大きな悪影響をもたらし、子や胎児に影響しかねない危険な性質をはらんでいます。
理不尽なマタハラ被害に苦しみ、自身や子の命が危険なとき、ぜひ弁護士に相談ください。
- マタハラは、制度利用への嫌がらせと、状態への嫌がらせがある
- 違法なマタハラなら慰謝料請求でき、会社・加害者のいずれにも請求できる
- マタハラの加害者は「女性を差別する男性」だけでなく「妬む女性」もいる
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【セクハラの基本】
【セクハラ被害者の相談】
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