「バックペイ」という言葉を知っていますでしょうか。バックペイは、解雇が無効になった際にもらえる解雇期間中の給料です。解雇の争いで、バックペイは労働者側の大きな交渉のカードです。
ブラック企業のする不当解雇は、裁判で争えば無効にすることができます。このとき、働けないのは会社が不用意にも解雇したからで、労働者は悪くありません。なので、生活保障のため、その期間中の給料は、解雇が無効になれば後からもらえます。
突然に解雇され、生活の柱だった収入が途絶えると困るでしょう。バックペイは、解雇の争いに勝ったとき、不利益を少しでも軽減する大切なお金です。ただし、バックペイを正しく計算するには、法律知識の理解が必須です。
今回は、不当解雇が無効なとき請求すべきバックペイについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 解雇トラブルに勝ち、解雇が無効になれば、バックペイによる保障を受けられる
- 解雇期間中に収入を得れば、バックペイが調整されるが、収入の6割は保障される
- バックペイを認めた判例のポイントは、就労の意思がしっかり示されていたこと
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バックペイとは、解雇期間中に未払いとなった給料のこと
バックペイとは、解雇期間中に未払いとなった給料のことです。解雇が無効となれば、解雇期間中も労働者だったことになり、その間の給料は未払いです。
解雇期間中の給料を「さかのぼって(バック)」「払う(ペイ)」という意味です。解雇が「不当解雇」だとされれば、その間に就労しなくても、バックペイを請求できます。バックペイは正社員だけでなく、契約社員やアルバイト、派遣社員などでも、雇用形態を問わず請求することができます。
解雇が無効ならバックペイをもらえる
では、なぜバックペイを請求できるのでしょうか。バックペイが払われる理由を解説します。
解雇された期間は、通常、会社では働いていないでしょう。解雇され、給料の根拠となる労働契約がなくなったのだから当然。一方、違法な「不当解雇」で無効なら、労働契約は続いていたことになります。
給料は働いた分しか払われない、ノーワーク・ノーペイの原則どおりなら解雇期間中は給料なし。しかし裁判例は、会社が無効な解雇によって就労を拒否したなら、給料の請求を認めています。裁判例におけるバックペイの法的な根拠は、民法536条2項にあります。
民法536条
1. 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2. 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
民法(e-Gov法令検索)
この考え方を、法律用語で「危険負担」といいます。わかりやすくいえば、「会社のせいで働けなかったなら、その危険(つまり、バックペイの支払い)は、会社が負担すべきだ」というわけです。
「解雇を無効にしたい場合」の解説
就労の意思・能力がないとバックペイをもらえない
注意を要するのは、就労の意思・能力なしにはバックペイがもらえない点。バックペイは、無効に解雇された期間中「本来なら働けたのに、働かせてもらえなかった」からこそもらえるもの。
そもそも解雇がなくても働かなかったなら、バックペイをもらえる理由が成り立ちません。
バックペイで損しないためには、解雇直後に、就労の意思・能力を示すのが大切です。「会社側の責めに帰すべき事由によって就労できなかった」と評価されてはじめてバックペイがもらえます(東京地裁平成9年8月26日判決)。
バックペイは減額される可能性がある
バックペイが請求できる場合でも、減額されてしまう可能性もあります。それが、不当解雇を争う期間中に、他社で就労して、その対価(給料)を受け取ったケースです。他にも収入があるのにバックペイが全額払われれば「二重取り」だからです。たとえ労働者の保護を要するとはいえ、保護のしすぎはよくありません。
法律的には、民法536条2項後段の「自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを償還しなければならない」という規定が根拠になります。
解雇されて働く必要がなくなったとき、本来なら就労していた期間に、他社で収入を得たなら、その分は返還しなければならないということなのです。なので、バックペイの金額から、返還すべき金額が控除され、バックペイが減少します。
なお、解雇期間中の再就職そのものは否定されません。
「不当解雇を争う間も再就職してよい理由」の解説
バックペイの計算方法
不当解雇が無効になれば、就労の意思・能力あるかぎり、バックペイを請求できます。そこで次に、バックペイの計算方法について解説します。
バックペイの金額は、解雇の無効を争う期間中に、他社で給料を得たかどうかで変わります。他社で就労し、対価を得ていたら、その分の調整をしてバックペイを計算すべきだからです。
解雇期間中の収入がない場合
解雇期間中、全く収入を得ていない場合、請求できるバックペイは全額となります。つまり、労働者が解雇されなかったなら、確実に払われた給料の合計額を請求できます。
例えば、月ごとに固定で支払われる金額については、全てバックペイの対象となります。基本給や手当といった固定給は当然にもらえます。そして、解雇されなければもらえた諸手当や固定残業代などもまた、月額で支払われるものである限りバックペイに含まれます。
これに対して、ボーナス(賞与)や残業代、歩合給などは、解雇されなかったとしても必ず一定額もらえるとは限らないので、バックペイの対象にならないのが原則です。ただし、裁判例では、過去1年の平均額を参考にしてバックペイに含めるべきとして救済を図られています。
なお、解雇されていた期間は通勤していないため、通勤手当はもらえないのが基本です。
解雇期間中に他社で収入を得た場合(中間収入の控除)
解雇期間中に他社で収入を得た場合、前述の通り、「債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」(民法536条2項後段)という規定によって調整され、バックペイの金額が減少することとなります。
ただ、民法の通りに、他社で得た収入の全てを控除するのは労動者の保護に欠けます。そのため裁判例は、バックペイの6割は控除せずに支給すべきだと判断しています。つまり、「解雇が無効なら、その期間中に他社で収入を得ていたとしても、少なくとも給料の6割の範囲で保障される」のです。
このような裁判例の判断について、法律上の根拠は休業手当の規定(労働基準法26条)に求められています。すなわち、「休業した場合ですら6割が保障されるのだから、まして不当解雇されていた期間にこれ以下になるのは妥当ではない」という考え方です。
労働基準法26条
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
不当解雇によって就労不能だった期間は、厳密には休業とはいえません。ですが、この規定は、使用者に責任がある休業について、労働者を保護するためのもの。厳密に休業でなくても、保護の必要性がそれより高いなら、バックペイもそれ以上とすべきなのです。
「休業手当の計算と請求方法」の解説
バックペイの計算の例
バックペイの計算方法をよく理解するため、具体例で解説します。
次の解雇トラブルを例に、バックペイを検討します。
- 解雇前、月給20万円と、平均して5万円の残業代をもらっていた。
- 突然の不当解雇に遭った。
- 不当解雇を主張して争い、3ヶ月で解雇が撤回され、復職した。
- 解雇期間中は、他社で働き、月18万円の収入を得ていた。
まず、解雇が無効なとき払うべきバックペイの金額は「25万円×解雇期間」です。したがって、バックペイとして払うべきは75万円(=25万円×3ヶ月)。
ここから、解雇期間中の他社での収入(中間収入)を控除します。このとき、控除できる上限は6割まで、つまり15万円(=25万円×0.6)は保障されます。他社での収入18万円をすべて控除はできず、控除できるのは10万円(=25万円-15万円)までです。
以上の計算により、最終的に請求できるバックペイは、45万円(15万円×3ヶ月)となります。
バックペイに関する裁判例
バックペイは、就労の意思があるのに、不当解雇で働けなかった労働者の保護。そのために、裁判例によって認められてきた考え方です。
なので、裁判例では、バックペイを認めたケース、認めなかったケースがあります。どのような場面で就労の意思が認められ、バックペイが認められるか、裁判例を参考に理解してください。
バックペイを認めた裁判例
バックペイを認めた例が、コーダ・ジャパン事件(東京高裁平成31年3月14日判決)。この裁判例は、パワハラを理由に解雇された労働者が、不当解雇を争った事案です。裁判所は、不当解雇を無効とし、労働者の地位を確認、あわせてバックペイの支払いを命じました。
この裁判例では、原告は既に転職したものの、次のように判示し、就労の意思を認めました。
……(中略)……一審被告との間で、一貫して労働契約上の地位にあることの確認を求め、職場復帰の意思を示していること、転職先の給与額が一審被告において一審原告が支給されていた平均給与支給額よりも相当低額であること、一審原告本人尋問の結果中には、一審原告訴訟代理人の『法律的に違法なことを全部改めてくれたら、会社(注:一審被告)に戻る考えはありますか。』との質問に対し、一審原告が『少しは。』と回答するにとどまる供述が存在するが、訴訟係属中であって紛争が解決していない間は、職場復帰に不安を有し、上記のような控え目な供述をするにとどまるのもやむを得ないといえ、上記供述をもって就労意思を有していないとは認め難いこと、被控訴人が控訴人に対して職場復帰を命じたにもかかわらず、控訴人がこれに応じずに労務提供をしないといった事実は認められないこと、以上の事情によれば、本件解雇後において、一審原告が一審被告において客観的に就労する意思と能力を有しており……(中略)……
コーダ・ジャパン事件(東京高裁平成31年3月14日判決)
この裁判例からも、新たな職場で仕事をしていても、就労の意思が否定されはしないと理解できます。現実問題として転職はやむをえなくても、できるだけ積極的に、就労の意思を示すべきです。証言において消極的な回答をした点も、重くは評価されませんでした。
「解雇されたらやること」の解説
バックペイを認めなかった裁判例
バックペイの請求を否定した事案に、ドリームエクスチェンジ事件(東京地裁令和元年8月7日判決)があります。
この裁判例は、採用内定の取り消しの効力が問題となった事案です。採用内定の取り消しもまた、既に締結した労働契約の解約という点で「解雇」の性質を持ちます。裁判所は内定取消しを違法としながら、就労の意思を否定し、バックペイの請求の多くを棄却しました。
原告は、現在までウィングメイトにおいて就労を継続していることが認められるところ、同社における業務が被告の業務と類似するものである反面、同社の給与水準は、被告の本件採用内定時の条件(月額賃金35万円)の8割にも満たない金額であることからすれば、上記のとおり、同社での就労開始後、直ちに原告が被告における就労意思を喪失したとは認められないものの…、同社での原告の就労は、本訴訟の口頭弁論終結時点ですでに2年2か月以上に及んでおり、遅くとも、試用期間満了後の平成29年7月10日時点では、原告の雇用状況は一応安定していたと認められ、原告の被告における就労意思は失われたと評価するのが相当である。
ドリームエクスチェンジ事件(東京地裁令和元年8月7日判決)
本裁判例は、他社での就労が安定した以降は、解雇された会社に戻って就労する意思はないと評価しました。まだ内定の段階であり、保護の必要性が相対的に小さいことも影響したと考えられます。
「労動者が裁判で勝つ方法」の解説
バックペイが解雇トラブルの戦略を決める
バックペイは、解雇を争う際に、労働者側の戦略の決め手となることが多いです。バックペイが、解雇トラブルの各場面に、どのように影響するのかを解説します。
収入の不安を解消できる
解雇を争って、勝ってもそれほど利益がないとなれば、泣き寝入りしかなくなります。また、解雇期間中、他社で収入を得るのがまったく禁止なら、「兵糧攻め」されてしまいます。明日の生活のため、解決金が少なくとも納得せざるをえないのは不当でしょう。
バックペイは、収入の不安を解消し、解雇を争いやすくする効果があります。明らかに不当解雇なとき、無収入の厳しい状態を回避し、労働者に争うチャンスを与えてくれるのです。
なお、バックペイは、解雇無効を勝ち取って初めて手に入るものです。不当解雇を争っている間の生活のため、失業保険の仮給付も忘れず申請しておいてください。
「失業保険の仮給付」の解説
解雇の解決金の考慮要素となる
不当解雇について、会社との交渉、労働審判で、金銭解決されることがあります。このとき払われるのが、解雇の解決金です。解決金に相場はないものの、バックペイが、解決金の額を決める考慮要素として重視されます。
「不当解雇で、無効の可能性が高い」となると、会社は少なくともバックペイ分の支払いが必要。すると、話し合いで譲歩するにも、バックペイ相当の解決金なら、払って解決するメリットがあるからです。このような考え方から、バックペイは、解雇の解決金の額に大きく影響します。
バックペイがいつまでもらえるのか、に期間の制限はありません。労働裁判はケースによっては相当長期間となりますが、たとえ1年を超える戦いだとしても、不当解雇を勝ち取れればその長期間の分のバックペイを支払わせることができます。
また、バックペイは給料の支払いなので、本来支払うべき期限から遅れた分の遅延損害金をあわせて請求できます。未払いが悪質な場合には、付加金を命じてもらうことも可能です。
「不当解雇の解決金の相場」の解説
まとめ
今回は、解雇トラブルでとても重要な「バックペイ」という用語を解説しました。
給料には、ノーワーク・ノーペイの原則があり、働かなければ払われません。ですが不当解雇が明らかになれば、解雇期間中に払われなかった給料が、さかのぼってもらえます。解雇期間中、まったく働かなければ全額もらえますし、他社で働いても一部は請求できます。争いが長期化するのなら、バックペイの請求を積極的に検討すべきです。
バックペイの正しい計算方法を知り、損しないよう請求しましょう。ただ、バックペイを認めてもらうには、「就労の意思」が必要。解雇されたらすぐ就労の意思を示すのも大切なポイントです。
- 解雇トラブルに勝ち、解雇が無効になれば、バックペイによる保障を受けられる
- 解雇期間中に収入を得れば、バックペイが調整されるが、収入の6割は保障される
- バックペイを認めた判例のポイントは、就労の意思がしっかり示されていたこと
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