固定残業代とは、あらかじめ決めた残業時間分の割増賃金を、給与に含めて固定で支給する制度です。適法に運用されれば収入の安定が図れるメリットがある一方、ブラック企業に悪用されると、実際の残業時間が固定額を超えるのに差額が払われず、損をするデメリットがあります。
固定残業代の導入された会社に勤務するなら、メリットとデメリットを理解し、残業代について正しく計算しなければなりません。そもそも固定残業代は「残業代を無しにする制度」ではないので、違法な固定残業代によって未払いが発生しているなら、残業代請求をすべきです。
今回は、固定残業代の仕組みと計算方法、メリット・デメリット、そして違法となるケースの対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 固定残業代の導入は、メリット・デメリットを比較して検討する
- 固定残業代は、明確区分性、超過分の支払い義務の2要件を満たさなければ違法
- 固定残業代が違法、無効なら、残業代が未払いとなり、全額請求できる
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固定残業代とは
固定残業代とは、あらかじめ決められた残業時間分の割増賃金を、給与に含めて固定額として支給する制度のことです。
残業代は本来、残業した時間に応じて変動しますが、この制度により、実際に何時間残業したかにかかわらず「固定」の残業代が毎月支払われることとなります。「一定時間の残業をしたものとみなす」という効果を持つ点で「みなし残業」と呼ぶこともあります。
企業が固定残業代を導入する主な理由は、残業代計算の簡略化や、毎月の人件費を予測可能なものにするためです(「企業側のメリット」参照)。労働基準法37条に基づき、決められた時間を超えて働いた場合は残業代の支払いが義務となりますが、固定残業代として事前に支払うのも違法ではなく、正しく活用されれば労使双方にとってメリットのある制度です。
一方、固定残業代は悪用される危険があるため、労働者は特に注意しなければ、本来受け取れるはずの残業代を失ってしまいます(「労働者側のデメリット」参照)。「残業代が定額になる」という意味で「定額残業代」と呼ぶ例もありますが、誤解を招きやすくなってしまいます。
固定残業代の定め方
例えば、月30時間分の残業代をあらかじめ「固定残業代」として給与に含める場合、「基本給◯◯円(月30時間分の割増賃金として◯◯円を含む)」などと、雇用契約書や就業規則に記載します。この場合、その月に10時間しか残業をしなくても30時間分の残業代を受け取れます。ただし、実際の残業が30時間を超える場合は、超過分の残業代は別途支給する必要があります。
固定残業代の方法には、大きく分けて次の2種類があります(前者を「固定残業代」、後者を「固定残業手当」と呼ぶことがあります)。
- 基本給組み込み型
残業代を基本給の一部に含んで支払う方法(例:基本給のうちXX万円を、残業代として払うケース) - 手当支給型
残業代に充当される手当として払う方法(例:「残業手当」「営業手当」などの名目の手当を、残業代に充当するケース)
通常の時間外手当との違いは、支払時期のみに過ぎません。月の労働時間がある程度読める正社員を対象とする例が多いですが、アルバイトや契約社員にも固定残業代を導入できます。
「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説
みなし残業代とみなし労働時間制の違い
「みなし残業代」と「みなし労働時間制」は似ていますが、性質が異なるため区別すべきです。みなし残業代は、一定の残業代を事前に払い「残業したものとみなす」ものですが、「みなし労働時間制」は、実労働時間に関わらず、あらかじめ定めた時間だけ働いたものとみなす制度です。
いずれも、結果として残業代の支払いが不要になることがありますが、厳しい条件があり、法律を守らず運用された場合には違法であり、無効となります。
「裁量労働制の違法性」の解説
固定残業代の計算方法
次に、固定残業代があるときの計算方法について解説します。
残業代の一部を事前に払うため、実際の残業時間によらずに金額が決められますが、労働者としては、企業側の固定残業代の計算が正しいか、よく検討する必要があります。
固定残業代の金額が正しいか計算する
固定残業代が導入された企業で働くなら、その金額が正しいかを計算してください(「固定残業代が有効となる要件」の通り、正しい額でない場合は違法です)。計算は、次の手順で進めます。
固定残業代が何時間分払われているか確認する
雇用契約書や就業規則の記載を確認して、固定残業代が何時間分支払われているかを確認します。労働者に周知されていないなら、そもそも違法です。
「雇用契約書に残業代の記載がない場合」の解説
固定残業代を除いた部分から残業代を計算する
全体の給与から固定残業代を除いた額が、通常の労働時間に対する賃金です。
この通常の労働時間に対する賃金から、労働基準法に基づく残業代の計算方法に従い、残業代の基礎単価を算出します。具体的には、給与から除外賃金を引いて基礎賃金を算出し、これを月平均所定労働時間で割って基礎単価を算出します(基礎単価=基礎賃金/月平均所定労働時間)。
「残業代の計算方法」の解説
固定残業時間が正しいか検算する
最後に、上記の算定基礎に、割増率と固定残業時間をかけ、会社の定める固定残業代の金額と等しいかを確認してください。計算が合わず、固定残業代が決められた時間数に不足するなら、残業代の支払いが足りないことになります(逆に多い分には違法ではないものの、会社にメリットがないため通常そのような制度はありません)。
固定残業代を超える残業について追加で請求できる残業代を計算する
固定残業代の時間を超えた場合には、超過分について追加で請求できます。
この場合は通常の残業代の計算方法と同じですが、固定残業代が支払われていることによって計算が少し複雑になってしまう面があります。なお、超過分の計算方法は、固定残業代が適法か、違法かによって違います(違法性は「固定残業代が違法なら未払い残業代が生じる」参照)。
固定残業代が適法な場合
固定残業代が適法なら、あらかじめ支払われた金額は残業代に充当され、超過分がある場合にのみ追加の請求が可能です。あくまで事前に残業代の一部を支払っているだけなので、受領した分を超過すれば、残業代を追加で請求できます。計算方法は、次の通りです。
- 総支給額から固定残業代を差し引いて、残業代の基礎賃金を算出する。
- ①の金額を月平均所定労働時間で割って、残業代の基礎単価を算出する。
- ②の基礎単価に割増率(時間外は1.25倍、休日労働は1.35倍、深夜労働は1.5倍)をかける。
- ③の金額に、残業時間をかけて残業代の総額を算出する。
- ④の金額から、すでに受領済の固定残業代を差し引く。
固定残業代が違法な場合
固定残業代が違法な場合、あらかじめ固定残業代とされていた額は残業代を意味しません。固定残業代が無効なら、残業代は全く払われていなかったことになる結果、その分も含め、月の総支給額から基礎単価を算出する必要があります。計算方法は、次の通りです。
- 固定残業代を含めた月の支給額を、月平均所定労働時間で割り、残業代の基礎単価を算出する(固定残業代も、基礎単価の計算に含む)。
- ②の基礎単価に割増率(時間外は1.25倍、休日労働は1.35倍、深夜労働は1.5倍)をかける。
- ③の金額に残業時間をかけ、残業代の総額を算出する。
- (固定残業代の額は差し引かない)
違法な固定残業代は「なかったことになる」ので、会社の想定より残業代が高額化し、労使の対立が深まります。トラブルの激化しやすい場面なので、弁護士に相談すべきです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
実際の残業時間が少なくても減額や返金は不要
一方、残業が全くなかったり、固定残業時間より少なかったりしても、固定残業代の減額や差額の返金を請求されることはありません。
具体的な計算の例
【事案】
雇用契約書に「月給30万円(月20時間分の残業代が含まれる)」と記載があるケース(固定残業代の適法性・有効性の要件は満たしているとします)。実際の残業が25時間だった場合を想定して、計算の具体例を紹介します。
【具体的な計算例】
月平均の所定労働時間を175時間とすると、30万円のうち、3万7,500円が、20時間分の残業代に見合う額ということになります。以下のように検算できます。
- 残業代1時間あたりの単価
1,500円 × 1.25(割増率) = 1,875円 - 月20時間分の残業代
1,875円 × 20時間 = 37,500円 - 所定労働時間分の給料
1,500円 × 175時間 = 26万2,500円 - 月の総支給額 = 月20時間分の残業代 + 所定労働時間分の給料
以上の通り、固定残業代の金額は正しいことが確認できました。そのため、超過分については、残業代1時間あたりの単価(1,875円)に対して、月20時間を超えて残業した時間数をかけることで算出することができます。
なお、残業が月20時間を下回ったとしても、減額や返金は不要です。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
固定残業代のメリット・デメリット
固定残業代は、労働者も企業にも、それぞれメリットとデメリットがある制度です。
労働者としては、一長一短であることをよく理解して、メリットを最大限に生かすと共に、デメリットを減らすよう努力する必要があります。ただ、社員の立場では解消が難しいリスクもあるため、大きなデメリットが予想される制度が導入されている企業には入社せず、判明した時点で退社するなどして、不利益を軽減しなければなりません。
労働者側のメリット
固定残業代の労働者側のメリットは、次の通りです。
収入が安定する
固定残業代制度では、毎月一定額の残業代が給与に含まれるため、実際の残業時間にかかわらず固定給が補償されます。収入の波がなく、生活設計を立てやすくなるメリットがあります。残業が少ない月も給与が低くなりすぎず、経済的な不安を解消できます。
残業時間が少ない月でも一定の残業代が支給される
実際の残業時間が少なかったり、全くなかったりする場合も、固定残業代は支給されます。残業時間に関わらず固定残業代を受け取れることで、特に業務の繁閑の大きい職場において収入を維持できるメリットがあります。
残業時間を気にせず働ける
固定残業代があれば、労働者は残業時間を気にすることなく働けます。「収入が少ないからもう少し残業しなければ」といった懸念はなく、業務の進捗や期限などに応じて、必要な残業のみをすればよく、ワークライフバランスを保つことができます。
早く退社しても収入が保障される
固定残業代があれば、早く仕事が終わればすぐ退社しても残業代は払われ、収入が減りすぎることはありません。効率的に業務をこなせる人にとって収入減少の心配がなくなり、業務を効率化して仕事のスピードを上げるモチベーションに繋がります。
不公平が解消される
固定残業代がないと、業務量や部署によって残業が多い場合、少ない場合があり、収入の格差が生じてしまいます。固定残業代が均等に支払われれば、業務量によらずに収入面の不公平感を軽減できます。
「未払い賃金を請求する方法」の解説
企業側のメリット
固定残業代の企業側のメリットは、次の通りです。企業側に大きなメリットがあることは固定残業代を導入する理由となりますが、「残業代を払わずに済ませよう」という目的がある場合、違法な運用に繋がりかねない危険があります。
人件費の管理がしやすい
固定残業代制度を導入することで、企業は人件費を管理しやすくなります。毎月一定額の残業代が給与に組み込み、その範囲では予想外のコストは発生せず、経営計画が立てやすくなります(固定残業時間を超える場合、差額を支払う必要がある点は要注意です)。
残業代の計算が簡単になる
固定残業時間より少ない残業しかないなら、それ以上の残業代計算をしなくて済みます。毎月の残業時間を労働者ごとに計算するのに比べて労務管理が簡略化できるので、社員数の多い大企業にとってメリットです(固定残業時間を超える場合の差額を払うために、労働時間の管理は不要にはなりません)。
残業代支払いのトラブルを防げる
固定残業代を正しく運用すれば、残業代トラブルを予防できます。個別に計算していると計算ミスや支払い忘れが生じがちですが、固定残業代なら、事前に合意された額は必ず払うからです。適切な説明があれば、労使共に残業代の知識を深めることができます。
コストが固定化され予算管理が容易
固定残業代は、企業にとって人件費のコストを固定化するメリットがあります。残業が多くなった月でも追加のコストが発生しにくく、予算の計画を立てやすくなることは、特に、業績変動の大きい企業で有効な方法です。
労働時間に柔軟な対応ができる
固定残業代があれば、企業は労働時間について柔軟に考えることができます。固定残業時間の範囲であれば、月ごとの残業時間に過敏にならず、社員の希望を優先できます。繁忙期にも柔軟に対応し、社員の働き方の多様化の要請に応えることも可能です。
「人手不足なのに雇わない理由」の解説
労働者側のデメリット
固定残業代の労働者側のデメリットは、次の通りです。
固定残業代がブラック企業に悪用された場合のデメリットは大きく、被害は甚大なので、少しでもおかしいと感じたら、労働法に精通した弁護士に相談するのがおすすめです。
制度が悪用されやすい
固定残業代制度は「残業を無くす制度」として悪用されがちです。「固定残業代を払えば残業代は一切不要」といった誤った考え方で運用されていると、労働者に過度な負担を強いたり、適切な対価が払われなかったりするデメリットがあります。
実際の残業時間が多いと損をする
固定残業代が払われていても、それ以上の残業が発生しないと保証する意味はありません。そのため、残業代はともかくも、予想外の長時間労働となる危険があります。前章の通り制度が悪用されると、超過分について適正な残業代が払われず、損してしまいます。
休憩を適度に取ったり有給休暇を取得したりなどして、負荷が重くなりすぎないよう注意してください。
残業時間が固定され過労のリスクが高まる
固定残業代が設定されると、企業はその時間分の残業は当然視し、労働者に対する配慮が不足してしまうことがあります。一定の残業が毎月必ず生じる前提で業務が与えられた結果、長時間労働を強いられて過労のリスクが高まってしまいます。
労働時間の対価に不公平感が生じる
固定残業代は逆に、社員間の不公平を招くことがあります。同じ固定残業代なのに、実際に残業を多くする人と早く帰る人がいて、収入差が全くないとすれば「多く仕事を負担しているのに不公平だ」という気持ちになる人が離職してしまいます。
「残業代を取り戻す方法」の解説
企業側のデメリット
固定残業代の企業側のデメリットは、次の通りです。
固定残業代制度の適正な運用が難しい
固定残業代制度は、一見すると便利ですが、適正な運用は難しいです。設定する時間数と金額の計算が合致しないと、社内に不満が生じたり、違法な扱いとみなされたりするリスクがあります。超過分は払う必要があるので、労働時間を把握する手間もなくなりません。
未払い残業代を請求されるリスクがある
固定残業代だからといって残業代を払わずにいると、労働者から未払い残業代の請求を受けるリスクがあります。特に、固定残業代が違法であり、無効となった場合には、その分も含めた高額の残業代が請求されるため、裁判に発展するなど大きな争いになります。
労働基準監督署の指導を受ける可能性がある
固定残業代の運用に違法がある場合、労働基準法違反となり、労働基準監督署から指導を受けるおそれがあります。適正な支払いがなかったり、過剰な労働時間によって健康を害してしまったりすると、労基署の調査の結果、助言指導、是正勧告を受けるリスクがあります。
従業員のモチベーションが低下する
固定残業代による残業代の未払いや、従業員間の不公平間が生まれると、労働者の士気が低下します。どれだけ働いても固定額しか払われないと「頑張っても報われない」と感じてサボったり、退職を考えたりする労働者が増えてしまうことがあります。
「労働問題の種類と解決策」の解説
固定残業代が違法なら未払い残業代が生じる
固定残業代は、悪質な企業によってしばしば悪用されます。不適切に導入され、運用されている固定残業代は、労働基準法に違反して、違法となります。
固定残業代を違法であると判断し、未払い残業代の支払いを命じた裁判例も、数多く存在することから、むしろ現在は、労務管理を相当徹底している企業もなければ、固定残業代は違法となり、無効となるリスクが大いにあると考えられています。
固定残業代が有効となる要件
後述する裁判例を総合すると、固定残業代が有効となる要件は、次の2点です。
固定残業代が不適切に運用されると、本来なら必要な残業代が払わない危険があるため、裁判例では、固定残業代の有効性について厳しく判断する傾向があります。
固定残業代の明確区分性
固定残業代は、残業代ではない給料(通常の労働時間に対する給与)と、明確に区分されている必要があります(固定残業代の明確区分性)。
明確に区分されていないと、「給与のうちいくらが残業代に充当されるのか」「何時間分の残業代が既に支払い済みなのか」を労働者が知ることができず、違法かどうかをチェックできなくなってしまうからです。曖昧なまま残業代を減らされ、超過分の残業代を請求しそこねてしまう危険があるため、明確に区分されない固定残業代は違法であり、無効となることとなっています。
明確に区分されているかどうかは、次の点をチェックしてください。
- 雇用契約書、就業規則に、固定残業代についての記載があるか
- 固定残業代の時間数が明記されているか
- 残業代に充当される金額が明記されているか
超過分の支払い義務
固定残業時間を超えた時間外労働が生じるときは、超過した残業代を追加で請求できます(超過分の支払い義務)。固定残業代は、残業代の一部先払いに過ぎず、残業代を全て無くす効果はありません。差額が生じるのに支払わなかったり、そもそも残業時間が超過しているか調べなかったりするのは、不適切な対応と言わざるを得ません。
これらの条件を満たさず違法となる例が多く出現するなかで、平成29年(2017年)7月7日に下された最高裁判決を機に、固定残業代に関し、厚生労働省が重要な通達を発出しました(正式名称:「時間外労働等に対する割増賃金の適切な支払いのための留意事項について」)。
「固定残業代についての厚生労働省の通達」の解説
固定残業代が違法となるケースの具体例
固定残業代が違法となるケースをわかりやすく知るために、具体例を紹介します。
固定残業代が周知されていない場合
固定残業代は、労働者に明確に説明され、雇用契約書や就業規則によって周知される必要があり、労働者が制度そのものを知らなかったなら違法の可能性が高いです。
入社時に、重要な労働条件については書面で明示する義務があり(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条)、固定残業代も明示すべき項目に含まれます。固定残業代は、実際よりも給料を高く見せるために企業に悪用される傾向にあるため、騙されないよう「固定残業代抜きだといくらなのか」といった目線で求人をチェックする必要があります。
当然ながら、そもそも制度が周知されていないなら「明確区分性」の要件も満たしません。
「求人内容と違う労働条件の違法性」の解説
固定残業代が基本給と明確に区分されていない場合
前章の通り、固定残業代は基本給などの通常の給料と、明確に区分される必要があります。区別されず、基本給一本であるかに見える場合、残業代の支払いが適切されているとはいえず、その固定残業代は無効です。
超過した残業分の対価が支払われない場合
前章の通り、固定残業代はあらかじめ定めた残業時間分をまかなうに過ぎず、その時間を超える残業には、超過分の残業代を払う義務があります。したがって、超過分が払われない場合は労働基準法違反であり、未払い残業代を請求できます。
「サービス残業の違法性」の解説
固定残業代が明らかに多い場合(月45時間以上など)
残業代を払ったからといっていくらでも働かせられるわけはありません。長時間労働は健康リスクがあり、法律で制限されています。具体的には、残業をさせるのに必須となる36協定には上限(限度時間)が定められ、原則として「月45時間・年360時間」を超えて働かせることはできません(特別条項付きの36協定による延長にも一定の制約あり)。
したがって、固定残業代として設定される残業時間が過剰な場合、違法となる可能性があります。月40時間を超える固定残業代を定めるケースは普通ではなく、適切な処遇がされていない可能性を疑った方がよいでしょう。目安は5時間から、多くても20時間程度です。
固定残業として設定したからといって必ずその時間だけ働かせるわけではないとしても、企業として適正な労働時間管理が行われていない危険もあります。
「36協定の上限(限度時間)」の解説
固定残業代を差し引くと最低賃金を下回る
固定残業代を含んだ総額が高くても、基本給部分が最低賃金を下回っている場合は違法です。最低賃金法の保障する収入は、通常の労働の対価として支払われる必要があり、残業代を含めて考えることはできません。固定残業代を差し引いた給料を労働時間で割って、最低賃金未満でないかをチェックしましょう。
「基本給が低いことの違法性」の解説
固定残業代の違法性について判断した裁判例
固定残業代について違法であり、無効であると判断した裁判例は多く存在します。判断の理由となった事情をもとに、自分のケースにもあてはめて検討してください。
高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日判決)
高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日判決)は、固定残業代の要件として、明確区分性が必要と示した有名な裁判例です。
タクシー運転手の歩合給に残業代を含むか争われた事案で、裁判所は「歩合給の額が、Xらが時間外および深夜の労働を行った場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外および深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであった」という理由で、歩合給に残業代が含まれないと判断しました。
テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)
テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日判決)は、総労働時間が少ない場合も定額の給料を払う約束があった事案で、基本給に残業代を含むかが争点となりました。
最高裁は、上記裁判例と同じく「明確区分性」が要件であると判断し、残業代は本来、労働時間に応じて変動するのに、基本給は結局同額であることから、どの部分が残業代なのか明確に区分されていないとし、固定残業代を無効と判断しました。
「残業代請求の裁判例」の解説
固定残業代が導入された会社における労働者の注意点
最後に、固定残業代が導入された会社における労働者の注意点を解説します。「労働者側のデメリット」の非常に大きい制度なので、くれぐれも損しないように慎重に検討してください。
割増賃金のルールをよく理解する
労働者として、固定残業代で損しないためには、割増賃金についてのルールを理解することが非常に大切です。固定残業代が払われていたとしても、残業代については、労働基準法における割増賃金のルールを根拠として判断しなければならないからです。このことは、給料に固定残業代含むパターン、手当型のいずれであってもあてはまります。
未払い賃金を正しく計算して請求するためには、労働時間を正確に記録しておくことが肝要であり、残業の証拠を、労働者側でもしっかりと集めておかなければなりません。
「残業の証拠」の解説
固定残業代の導入が不利益変更になる可能性がある
これまで固定残業代のなかった会社で、突然に、制度が導入されるケースがあります。
このとき、労働者の不利益が大きいならば、労働条件の不利益変更にあたる可能性があります。固定残業代の月額変更をするケースや、今まであった固定残業代を廃止するケースも同様に、不利益変更となるおそれがあります。
労働条件の不利益変更は、それだけで違法となるわけではないものの、同意なく行う場合は、就業規則の変更に合理性がなければ許されません(労働契約法10条)。
固定残業代についての変更が合理的かどうかは、「これまでどの程度の時間の残業があったかどうか」「固定残業代が導入される前後で収入が減少する労働者がどの程度の割合いるか」といった点を総合的に考慮して判断されます。労働者としては、固定残業代が導入される際に、自身の収入や労働条件にどれほど影響があるのか、よく確認しておいてください。
「労働条件の不利益変更」の解説
求人情報に踊らされない
固定残業代のある企業では、求人情報に記載された給与額が実際よりも高く見えてしまうことがあります。求人情報には、基本給に加え、固定残業代が含まれた総額が表示される場合が多く、その結果、表面的には高給なように感じられるからです。
しかし、固定残業代が含まれている場合、その給与額はまやかしであり、残業代が別途で支給される企業よりも、場合によっては手残りが少なくなってしまうこともあります。「固定残業代が何時間分含まれているのか」「基本給はいくらか」といった点をしっかり確認し、求人情報に惑わされないように入社する企業を選定することが、ブラック企業に入社しないコツです。
「ブラック企業の特徴と見分け方」の解説
まとめ
今回は、固定残業代という制度について詳しく解説しました。
固定残業代制度は、労使双方にメリットがある一方で、悪意ある企業に悪用されると、適切に運用されず、様々なトラブルを引き起こす原因となります。残業代請求をしたときに、会社側が「固定残業代で支払い済みである」と反論してくるとき、その制度が適切に運用されているか、固定残業代が違法ではないかを確認しなければ、もらえたはずの残業代を取りこぼしてしまいます。
割増賃金のルールをしっかり理解し、固定残業代が違法ではないか、超過分の残業代が正しく支払われているかを確認することで、労働者のデメリットは軽減できます。固定残業代によって未払い残業代が発生してしまっているときには、ぜひ弁護士にご相談ください。
- 固定残業代の導入は、メリット・デメリットを比較して検討する
- 固定残業代は、明確区分性、超過分の支払い義務の2要件を満たさなければ違法
- 固定残業代が違法、無効なら、残業代が未払いとなり、全額請求できる
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