会社に入社するときには、一般的に「雇用契約書」という書面を取り交わすのが通常です。
どのような労働条件で、どういったお約束ではたらくかを、使用者(会社)と労働者(従業員)との間で、取り決めしておかなければならないからです。
入社するときに雇用契約書すらないようなブラック企業には、入社自体を考え直した方が良いと思いますが、雇用契約書にサインをするときにも、内容をきちんと理解しておかなければ、あまり意味がありません。
内容もよく見ずに結ぶのであれば、雇用契約書が存在しないのとあまり変わらないと言っても過言ではありません。
残業代請求をするときに、雇用契約書で、残業代についてどのようなルールが書かれているかということが重要になるケースがあります。
雇用契約書に記載された残業代についてのルールが重要となる場合には、労働審判や裁判で残業代請求をする段階になってはじめて雇用契約書を引っ張り出しても、手遅れとなってしまうケースもあります。
そこで、労働者(従業員)が、適切な金額の残業代を請求するためにも、入社時に締結する雇用契約書で、残業代について注意しなければならないポイントを、弁護士が解説します。
残業代請求を検討している労働者の方は、労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。
1. 労働基準法に違反していないか?
雇用契約書は、労働者(従業員)が入社するときに、会社との約束を定める、重要な書類です。
より具体的にいいますと、「いつからいつまでの時間」をはたらき、その労働に対して、「いくらのお金がもらえるのか」という約束を決める書類です。
労働者(従業員)と会社とのこれらの約束は、お話し合いによって自由に決めることができます。
しかし、労働者の方が、「雇ってもらう。」という、いわば弱い立場に置かれているため、労働者保護のため、次のような、強い効力を持った法律が用意されています。
- 労働基準法
- 労働安全衛生法
- 最低賃金法
この3つの法律はいずれも、労働条件についての、「最低条件」を定めている法律です。
そして、労働者を保護するために「最低条件」を定めていることから、この3つの法律に違反する約束を会社が結んでも、そのルールは無効であるとされています。
これを、法律の専門用語では、「強行法規」といいます。労働者保護のために、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法には、強い効力が与えられているということです。
1.1. 残業代について、労働基準法違反ではないか
ここまでお読み頂ければご理解いただけましたとおり、雇用契約書に、労働基準法違反の内容がある場合には、その内容は違法であり、無効となります。
残業代について、残業をさせたのに残業代を払わない、いわゆる「サービス残業」は、この労働基準法に違反しています。
したがって、雇用契約書をお読みいただき、残業代を払わないという労働基準法違反の部分がないかどうか、まずチェックしてください。
残業代の計算方法、支払かたについて、労働基準法は、次のように定めています。
労働基準法37条
- 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
・・・(中略)・・・
- 使用者が、午後10時から午前5時までの間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
- 第1項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
したがって、典型的な、労働基準法に違反する残業代ルールが定められた雇用契約書とは、例えば次のような場合です。
ご自身の雇用契約書をご確認いただき、これらの場合にあたるのではないかと不安、疑問な場合には、労働問題に強い弁護士へ法律相談ください。
- そもそも残業代の計算方法についての記載が全くない雇用契約書
- 残業時間について、通常の賃金の2割5分以下の残業代しか支払わないという内容の雇用契約書
- 深夜(午後10時~午前5時)に働かせる場合に、通常の賃金の2割5分以下の残業代しか支払わないという内容の雇用契約書
1.2. 賃金について、最低賃金法違反ではないか
労働基準法違反と同様に、最低賃金法違反の内容が、雇用契約書に書かれている場合にも、その内容は違法であり、無効となります。
最低賃金法は、労働者としてはたらく場合の、最低の賃金を定め、これよりも安くはたらかされることのないように取り締まることによって、労働者の保護を図っている法律だからです。
したがって、雇用契約書をお読みいただき、賃金について定めた内容に、最低賃金法に違反する部分がないかどうか、チェックしてください。
2. 雇用契約書で、固定残業代について書かれている場合
残業代について、雇用契約書で、「固定残業代」について書かれている場合があります。
このような雇用契約書場合、「固定残業代」を払っていることによって、事前に、残業代の一部を会社が労働者(従業員)に対して払うことを定めているということです。
ただ、注意してほしいのは、「固定残業代があるからといって、それ以上残業代を請求できないわけではない。」ということです。
固定残業代であっても、残業が長くなり、長時間労働となれば、追加で残業代を請求することができます。
また、次の2つの条件を満たしていない「固定残業代」は、そもそも残業代の支払いとして無効であり、「残業代をまったく支払っていないのと同じである。」と裁判所で評価される場合もあります。
- 通常の労働時間に対する賃金と、残業に対する賃金(残業代)とを区別することができる。
- 労働基準法にしたがって計算した残業代が、固定残業代を超える場合には、差額を支払うことが約束されている。
「固定残業代を払うことによって、残業代を払わないようにしたい。」という悪意をもったブラック企業の場合には、この2つの要件を満たしていないこともよくあります。
そして、その場合には、固定残業代が払われていても、残業代請求ができるのです。
したがって、この点からも、残業代請求を行うにあたって、雇用契約書をチェックすることが非常に重要となります。
3. 休日の定め方は?
雇用契約書で、「休日」についてどのように定められているか、という点もまた、残業代請求を行うときに重要な情報です。
というのも、残業代を計算するときには、1か月の労働時間の平均を出さなければなりません。
この1か月の労働時間の平均を計算するときに、労働者(あなた)の勤務している会社で、年間にどれくらいの日数の休日があるか、ということが重要な情報となるのです。
雇用契約書には「土日祝日、年末年始」とか、「会社の定める休日」などと書いてあって、雇用契約書だけでは具体的な休日の日数がわからない場合には、会社の業務カレンダーを参照することになります。
なお、労働基準法では、原則として、最低でも1週間に1日の休日をつくることを義務付けていますので、「1か月休みがない。」といったケースは、労働基準法違反となります。
4. まとめ
「残業代を請求しよう!」と決断した労働者の方は、まずはご自分の雇用契約書を確認して、残業代請求の準備をしましょう。
また、実際に残業代請求をするタイミングになって、「雇用契約書に労働者(従業員)側に不利な内容が書かれていた。」ということのないよう、できれば、入社当初から、雇用契約書を慎重にチェックしておくことをオススメします。
ただ、悪質なブラック企業の場合には、そもそも雇用契約書自体が存在しないというケースもありますが、雇用契約書がなくても残業代請求は可能です。
残業代請求をお考えの方は、雇用契約書をご持参の上、労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。