雇用契約書に残業代の記載がない場合でも、残業代の請求は可能です。
残業代の支払いは、雇用契約書に書いてあるかどうかでは決まりません。法律で定められた労働者の権利であり、会社が一方的になくすことはできないからです。そのため、雇用契約書に記載がない場合であっても、「請求できない」ということはなく、法律に基づく請求が可能です。
本来、賃金や労働時間といった重要な労働条件は、入社時に書面で明示する義務があり、雇用契約書や労働条件通知書で、基本給だけでなく残業に関するルールを定める必要があります。しかし、実務上は、残業代の定めが曖昧だったり、そもそも記載がなかったり、さらには「残業代なし」と明記されていたりするケースも見受けられます。
今回は、雇用契約書に残業代の記載がなくても請求できる法的根拠と、具体的な対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 雇用契約書に残業代の記載がなくても、労働基準法に基づいて請求できる
- 会社には、入社時に重要な労働条件について書面で明示する義務がある
- 会社の定める条件が労働基準法を下回る場合は違法であり、無効となる
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雇用契約書に残業代の記載がなくても請求できる理由

雇用契約書に残業代の記載がない場合でも、残業代の請求は可能です。
確かに、雇用契約書は、残業代請求における重要な証拠の一つであり、その記載内容は、残業代の計算の際に参考にされます。しかし、残業代は労働契約によって発生するわけではなく、労働基準法で定められた労働者の権利です。会社の定めるルールも、労働基準法に違反しない限りで有効となりますが、労働基準法違反がある場合は無効であり、法律の基準に従って計算されます。
以下では、その法的な根拠について、順に解説します。
残業代は契約ではなく法律が根拠となる
残業代の支払義務は、労働基準法37条に定められています。
同条は、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させた場合の時間外割増賃金、法定休日労働に対する休日手当、深夜労働に対する深夜手当などの支払いが、使用者(会社)の義務であることを明確に定めています。つまり、残業代は「契約書で約束したから発生するもの」ではなく、「法律によって支払いが義務付けられているもの」です。
したがって、雇用契約書に残業代の記載がなくても、時間外労働、休日労働、深夜労働といった「働いた事実」があれば、法律に基づいて残業代が発生します。会社が「契約書に書いていないから支払わない」として拒否することは許されません。
裁判例でも、年俸制が適用される社員について「時間外労働手当は支給しない」と定めた就業規則の規定が労働基準法37条に違反して無効であると判断され、未払い残業代の請求が認められた例があります(大阪地裁平成14年10月25日判決)。
労働基準法は強行法規であり契約より優先する
労働基準法は、労働者の保護を目的とした強行法規です。
強行法規とは、当事者の合意では除外できない法律のことをいい、これと異なる合意は無効となります。労働基準法13条では、同法の定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は無効となり、無効となった部分は法律の基準によることが定められています。
労使間のルールを定めるものの優先順位は、労働基準法をはじめとした法令が最優先であり、その下に、労働協約、就業規則、最後に労働契約という順番となっています。

したがって、雇用契約書の定めは、法令・労働協約・就業規則のいずれにも劣後します。雇用契約書に残業代に関する記載がなかったり、不利な定めがあったりしても、労働基準法の強行法規性により、法律に反する部分は無効となった上で、同法の内容が適用されます。
「残業代の計算方法」の解説

労働条件明示義務に違反するおそれがある
さらに重要なのは、残業代のルールを明示しないこと自体に問題がある点です。
労働基準法15条は、使用者に対し、賃金や労働時間といった重要な労働条件を、入社時に書面で明示する義務を課しています。時間外労働や割増賃金の計算方法といった残業代に関する記載についても、この明示義務の対象に含まれています。
この明示の役割を果たす書類が「労働条件通知書」ですが、雇用契約書にも同内容を定めるのが通例であり、「労働条件通知書兼雇用契約書」を締結している会社が多いです。
したがって、雇用契約書と労働条件通知書のいずれにも残業代の定めが全く記載されていない場合、労働基準法上の明示義務に違反することとなります。記載がなくても残業代の権利が消滅することはなく、むしろ、記載がないこと自体が会社の法令違反となる可能性があるのです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

雇用契約書に「残業代なし」と記載があっても無効
さらに悪質な場合、雇用契約書に「残業代なし」と明記されているケースもあります。
しかし、雇用契約書に「残業代なし」という記載があっても、その条項自体が無効となり、法律に基づいて残業代が請求できるという結論に変わりはありません。前述の通り、残業代の支払義務を定める労働基準法37条は強行法規であり、労使間の合意によって除外することはできません。
したがって、「残業代は支払わない」「基本給に含む」といった抽象的な定めでは、労働基準法で義務付けられた割増賃金の支払いは免れられません。
実務上、「残業代なし」という雇用契約書の記載には、次のような理由付けがされることが多いですが、いずれも違法となる可能性が高いため、ケースごとに解説します。
「基本給に含まれる」という記載
雇用契約書に「残業代なし」と記載される理由として、「基本給に含まれる」というケースがあります。次章「雇用契約書に固定残業代の記載がある場合の注意点」のように、固定残業代の制度が適切に導入される場合を除き、こうした扱いは違法となります。基本給に残業代を含むためには、残業代に充当される部分と通常の賃金とが、明確に区分されている必要があります。
「管理職だから残業代なし」という記載
雇用契約書に「残業代なし」と記載される理由として、「管理職だから」とされるケースもあります。労働基準法41条2号の「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に該当する場合、労働時間などの規制が適用されず、深夜を除く割増賃金の支払義務はありません。
しかし、経営者と一体的な立場で経営に関与し、出退勤の自由があり、地位にふさわしい待遇を受けているといった厳格な要件を満たす必要があり、役職や肩書が管理職扱いだからといって、残業代を支払わなくてよいことになるわけではありません。
「管理職と管理監督者の違い」の解説

「年俸制だから残業代なし」という記載
年俸制の労働者の中には、「残業代なし」と雇用契約書に記載されている例も見られます。しかし、年俸制には本来、労働基準法上の割増賃金の支払義務を免除する効果はありません。また、「年俸の中に残業代が含まれている」という意味であれば、前章と同じく固定残業代としての有効要件を満たさなければならず、違法な扱いである可能性を疑うべきです。
「サービス残業の違法性」の解説

雇用契約書に固定残業代の記載がある場合の注意点

残業代について記載がないわけではなくても、固定残業代について記載のある雇用契約書には注意が必要です。正しく運用されないと、残業代が不当に減らされる危険が特に大きいためです。
固定残業代とは、あらかじめ残業代の一部を先払いする制度であり、みなし残業とも呼ばれます。よくある雇用契約書の記載には、次のような例があります。
- 基本給の中に一定時間の残業代が含まれるという記載
- 特定の手当が残業代に充当されるという記載
固定残業代は、残業代の一部の先払いに過ぎません。そのため、それを超える残業代が発生すれば、追加で支払いを求めることができます。また、通常の労働時間に対する賃金と残業代部分が明確に区分されていなければ、残業代に充当することはできないとするのが裁判実務の傾向です。
労働法の知識が不十分で、「固定残業代を支払えば、追加の支払いは一切不要」などと誤解している会社もあるため、雇用契約書における固定残業代の記載には、特に注意する必要があります。なお、固定残業代の詳細が就業規則に記載されることもあるため、規程類も確認してください。
「固定残業代」の解説

雇用契約書における残業代の正しい記載方法
では、雇用契約書にどのように記載するのが正しいかも理解しておきましょう。
雇用契約書における残業代の記載は、労働基準法に定められた基準を上回るものでなければなりません。特に、固定残業代がある場合、その内訳が明記されているかを確認してください。
通常の残業代を支払う場合の正しい記載方法
雇用契約書や労働条件通知書には、少なくとも賃金額、法定労働時間を超える労働の有無、計算方法などが分かるように記載する必要があります。厚生労働省の示す労働条件通知書の例でも、時間外・休日・深夜労働に対する割増賃金率を記載する形式が採用されています。
例えば、次のような記載が考えられます。
【記載例】
- 基本給:月額30万円
- 時間外労働:あり
- 法定時間外労働については25%以上、法定休日労働については35%以上、深夜労働については25%以上の割増賃金を支給する。
- 1ヶ月60時間を超える法定時間外労働については50%以上の割増賃金を支給する。
なお、雇用契約書に「残業代を支給する」とだけ書かれ、具体的な計算方法が書いていないことがあります。その場合は、労働条件通知書や就業規則、賃金規程も確認した上で、それでも見当たらない場合、記載がないものとして法律に基づいて計算しましょう。
固定残業代がある場合の正しい記載方法
固定残業代を採用する場合、通常の賃金と固定残業代の区別が分かるように記載することが特に重要です。「月給30万円(残業代を含む)」「給与にはみなし残業代を含む」といった曖昧な記載だけでは、通常の賃金がいくらで、残業代がいくら支払われているのかが判別できません。
例えば、次のような記載が考えられます。
【記載例】
- 基本給:月額30万円
- 固定残業手当:月額4万4,000円(法定時間外労働20時間分)
- 20時間を超える法定時間外労働については、法定の割増率により計算した超過分を別途支給する。
- 深夜労働・休日労働については別途法定の割増賃金を支給する。
固定残業代に深夜手当や休日手当を含むかについても分かりやすく記載すべきです。何の対価として支払われているかが不明確な場合、未払い残業代の問題が生じるおそれがあります。
雇用契約書に残業代の記載がない場合の対処法
次に、雇用契約書に残業代の記載がない場合の対処法について解説します。
残業代の記載がないからといって直ちに請求をあきらめる必要はありません。しかし、会社が協力的でない場合もあるため、法律を正しく理解しておかないと不利益を被るおそれがあります。
事前に確認すべきポイント
まず、会社の定める残業代のルールが本当にないか、雇用契約書だけでなく、就業規則や賃金規程、労働条件通知書などもあわせて確認してください。
「雇用契約書に「残業代なし」と記載があっても無効」と解説しましたが、残業代を支払わない会社から「基本給に含まれている」「年俸制である」「管理職である」といった理由を主張されることが多いです。こうした会社側の反論は誤っているものもありますが、事前に、どのような主張をされるかを確認するのがよいでしょう。加えて、残業代請求に必要な証拠が十分かも確認してください。
実際に残業代を請求する場合の流れ
残業代を請求する場合、労働時間の記録を整理しておくことが大切です。
タイムカードや勤怠管理システムの記録、業務メールやチャットのやり取りなどを整理して労働時間を記録し、未払い残業代の額を計算してください。このとき、雇用契約書に記載された計算方法が労働基準法を下回る場合は、法律に従って算出します。

- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金 ÷ 月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
会社への請求は、記録に残るよう書面で行ってください。将来の争いが予想される場合、内容証明で記録に残し、交渉が決裂した場合には、労働基準監督署に申告するとともに、労働審判や訴訟といった法的手続きに進むことを検討しましょう。残業代は退職後でも請求可能ですが、時効が3年間であるため、早めに着手することが重要です。

「残業代請求に強い弁護士に無料相談する方法」の解説

雇用契約書に残業代の記載がない場合の交渉方法について
本解説の通り、「記載なし=労働者が不利」ではないことは理解できたでしょう。
雇用契約書に残業代の記載がない場合、労働基準法に従った請求が可能なだけでなく、労働条件通知書などがない場合、労働基準法15条で定められた労働条件明示義務への違反となります。この義務に違反した場合、「30万円以下の罰金」という刑事罰があります(労働基準法120条)。
できる限り多くの残業代を回収するには、「残業代を請求する」と主張するだけでなく、法律上の義務である明示義務を履行するよう求め、会社からの説明を引き出した後で、それに基づいて正しく残業代を計算するという流れで進めるのがおすすめです。
残業代が未払いとなっている状況でも感情的にならず、法的に整理して進めることが、納得できる解決につながります。
雇用契約書に残業代の記載がない場合のよくある質問
最後に、雇用契約書に残業代の記載がない場合のよくある質問に回答しておきます。
雇用契約書をもらっていない場合でも残業代は請求可能?
パートやアルバイトで雇用契約書に残業代の記載がない場合は?
パートやアルバイトなどの非正規社員は、時給制で働き、そもそも残業を前提としていない人もいます。しかし、雇用形態に関係なく労働基準法は適用されるため、実際に残業があった場合は、雇用契約書に記載がなくても残業代を請求できます。「時給だから」「バイトだから」といった理由で残業代を未払いとするのは違法です。
残業代の記載がない会社はブラック企業?
残業代の記載がないだけでは、「ブラック企業」と一概にはいえません。
雇用契約書に記載がなくても残業代が適切に支払われていたり、そもそも残業がなかったりする会社もあります。労働条件通知書が交付されていれば、労働条件明示義務への違反にもなりません。一方で、適正な残業代が支払われなかったり、残業代が生じていることを隠したり、請求を妨害されたりした場合、ブラック企業の可能性があります。
したがって、「雇用契約書に残業代の記載がない」というだけで断定するのではなく、働き方や給与支払いの実態を慎重に見極める必要があります。
【まとめ】雇用契約書に残業代の記載がない場合

今回は、雇用契約書に残業代の記載がない場合の請求のポイントを解説しました。
残業代を請求する際、雇用契約書は、会社が定める賃金や労働時間のルールを確認するための重要な証拠となります。ただし、契約書に残業代に関する記載がないからといって、支払義務がなくなるわけではありません。残業代は「契約」ではなく「法律」に基づいて発生する権利です。
労働基準法は、労働者を保護するための強行法規であり、労使の合意よりも優先します。そのため、たとえ雇用契約書に残業代に関して記載されていなかったり、法律よりも不利な内容が定められていたりしても、労働基準法違反の部分は無効となります。会社の作成した文書に記載がないからといって請求をあきらめる必要はありません。
残業代を確実に回収するには、法的なルールを理解し、日々の労働時間を客観的に記録しておくなど、準備が肝要です。会社との交渉が難航する場合、早い段階で弁護士に相談することが適切な解決への近道となります。
- 雇用契約書に残業代の記載がなくても、労働基準法に基づいて請求できる
- 会社には、入社時に重要な労働条件について書面で明示する義務がある
- 会社の定める条件が労働基準法を下回る場合は違法であり、無効となる
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