残業代を請求するのは労働者の正当な権利。しかし、少なからぬ会社で残業代の未払いが横行しているのが現状です。
残業代がもらえなくても文句を言わず働く人は、会社にとって「良いカモ」です。残業代を取り戻す方法を知り、未払い分を取り返しましょう。労働者が利用できる方法は複数あるものの、効果的なのは次の6つです。
残業代を取り戻す方法をすべて理解すれば、メリット、デメリットを比較し、自身のケースや方針に合った最も適切な方法を選択できます。
今回は、未払い残業代を取り戻す方法を、労働問題に強い弁護士が解説します。また、残業代を多く得られる可能性の高い、弁護士に任せる場合の解決までの流れについても説明します。
残業代を取り戻す方法
残業代を取り戻す方法を大きく分けると、行政機関である労働基準監督署に任せる方法と、民事事件として残業代を請求する方法の2つがあります。そして更に、民事事件として残業代を請求する方法には有効ないくつかの法的手続きがあり、まとめると次の6つの方法が検討すべき手段です。
以上の残業代を取り戻す方法には、いずれもメリット、デメリットがあり、最適な手段を選択するにはケースに応じて吟味する必要があります。
労働基準監督署に相談する方法
残業代を取り戻す方法の1つ目が、労働基準監督署に相談する方法です。相談に費用はかからず、匿名でも行えます。
労働基準監督署は、厚生労働省の管轄する行政機関で、労働基準法をはじめ労働法関連の法令違反について、会社に対して助言指導、是正勧告をする役割があります。また、重大な法令違反があれば、逮捕、送検する権限も有しています。こうした監督権限が行使された結果、会社が観念し、残業代が払われる例も多くあります。
ただし、労働基準監督署は、労働者の求めに応じて必ず動くとは限りません。公的なサービスである以上、法令違反があっても、取り締まる必要性が髙いと判断されなければ対応を見送られたり、後回しにされたりするリスクがあります。
また、仮に是正勧告がされても、その残業代を取り戻すところまで労働基準監督署が責任をもって進めてくれるわけではないため、必ずしも満額の残業代が戻ってくる確証はありません(この場合、並行して下記のいずれかの方法をとる必要があります)。
「労働基準監督署への通報」「労働基準監督署が動かないときの対処法」の解説
交渉で残業代を請求する方法
残業代を取り戻す方法の2つ目は、交渉で残業代を請求する方法です。
民事事件として残業代請求するにせよ、いきなり裁判に進むのではなく、まずは交渉で妥協点を探り合うのが大切。残業代の請求書を内容証明で送付し、請求の事実を証拠に残すと共に、残業代の計算に必要なタイムカードなどの資料の開示を求めます。
残業代を請求するなら、弁護士に依頼するのが最もプレッシャーが強く、お勧めです。交渉のやり方に決まったルールはなく、正解がありません。企業側の反論を見て、再反論をしたり、次章以降の法的手続きに移行したりといった判断を、アドリブで適切にしていかねばならず、そのためには労働問題を得意とする弁護士の豊富な知識、経験が役立ちます。
労働審判で残業代を請求する方法
残業代を取り戻す方法の3つ目は、労働審判で残業代を請求する方法です。
交渉しても残業代が取り戻せないとき、法的手続きに移行します。自力救済は禁止されており、法的な手続きを踏み、裁判所の力を借りるのが正攻法。残業代請求を含む労働問題なら、通常の民事訴訟に加え、労働審判という専門的な手続きを利用できます。
労働審判は、迅速かつ適正な解決を目的とし、通常訴訟よりも短期間での解決が期待できます。残業代を取り戻すまでに、労働審判であれば平均審理期間はおよそ70日程度。通常訴訟をする前に、まずは労働審判を申し立てるのが労働者にとって有利に働きます。3回の期日までで審理し、調停による話し合いを行いますが、まとまらない場合は裁判官が審判を下す、というのが、労働審判の基本的な流れです。
確定した審判には判決と同様の効力があり、残業代を強制的に回収することも可能です。ただし、審理の期間が限られているため、複雑すぎる事案や、証拠が大量にあってすべての精査を要する事案では、労働審判では十分な残業代を取り戻すことができないケースがあります。
「労働審判の流れ」「労働審判で残業代を請求する手順」の解説
通常訴訟で残業代を請求する方法
残業代を取り戻す方法の4つ目は、訴訟で残業代を請求する方法。労働審判でも争いが解決しないとき、訴訟手続に移行します(審判から2週間以内に、労使いずれかが異議申し立てすると、訴訟に移行します)。
また、労働審判を経ず、いきなり訴訟を提起すべきケースもあります。例えば、次のような希望がある場合は労働審判には適さず、訴訟を提起すべきです。
- 残業代を満額取り戻したい
労働審判は、早期解決に向けた話し合いであり、労使双方とも、金額面での譲歩を求められる場合が多く、まして遅延損害金は満額認めてもらえるとは限らず、付加金は請求できません。 - 他の社員と同じ手続き内で残業代を請求したい
労働審判は、1人の労働者でしか起こせないため、全社的に残業代の未払いがあり同じ境遇の社員が複数で戦いたい場合、通常訴訟が適しています。 - 長時間労働をさせた上司個人の責任も追及したい
労働審判は、使用者しか相手方にならず、ワンマン社長やブラック上司のハラスメント問題などが併存し、加害者個人の責任も追及すべきケースは通常訴訟向きです。 - 会社が歩み寄る姿勢を見せず、頑なに支払いを拒んでいる
会社側が一切譲歩の姿勢のないとき、労働審判ではかえって解決までの時間がかかるおそれがあります。 - 争点や証拠が多く存在しており、短期間での審理が困難である
ただし、通常訴訟は、費用も時間も、負担の大きい手続きです。そのため、提起する前に、自身の希望と手段が合っているか、残業代をいくら取り戻せる可能性があるか、といった点を吟味して進める必要があります。
特に訴訟では、労働審判にもまして、客観的な証拠に基づいた結論が下されます。手持ちの証拠が必ずしも十分でない場合、訴訟への移行は慎重にならなければなりません。
「残業代請求の勝率」の解説
少額訴訟で残業代を請求する方法
残業代を取り戻す方法の5つ目は、訴訟で残業代を請求する方法。取り戻すべき残業代の額が、計算の結果それほど多くない場合は、少額訴訟を活用する手もあります。
少額訴訟は、簡易裁判所で実施される裁判の一種で、60万円以下の債権について、原則として1回の期日における審理で迅速に結果を出すことを目的とした制度です。ただし、同一の簡易裁判所への少額訴訟の申立ては、1年あたり10回に限定されていること、異議申し立てをされると通常訴訟に移行すること、といった注意点があります。
「少額訴訟で残業代請求する方法」の解説
強制執行で残業代を請求する方法
残業代を取り戻す方法の6つ目が、強制執行で残業代を請求する方法です。
労働審判、訴訟などで、裁判所が残業代を支払うよう命じたとしても、会社が協力的に払わない場合、そのまま黙っていては残業代を取り戻すことはできません。このとき、訴訟における判決、労働審判における審判などを債務名義として、残業代を払わない会社に対し、強制執行手続きを行う必要があります。強制執行の手続きを経れば、会社の保有する財産(不動産、動産、債権など)を差し押さえ、強制的に金銭に換えて、未払いとなっていた残業代に充当することができます。
手続きを進めるには、裁判所に申立てて行いますが、差し押さえるべき財産を特定せねばならず、会社財産の情報を調べる必要があります。成功すれば、会社としても財産が換価されて業務に支障が出るおそれがあるため、最終的に、法的な手続きで認められた残業代を取り戻すことができるでしょう。
なお、いざ裁判で勝訴しても、会社に財産がないと支払ってはもらえません。このような無資力の危険を防ぐための制度として、仮差押があります。仮差押の手続きなら、仮の手続きにより会社の不動産や預金などを保全しておけます。
また、給料が払われず、生活が困窮するおそれのあるとき、賃金仮払いの仮処分を活用できます(ただし、決められた時間を超えて働いた残業に対して払われる残業代は、仮払いの対象にはならないのが一般的です)。
「残業代請求の強制執行」の解説
残業代を取り戻すための具体的な手順
以上の通り、残業代を取り戻すことが主な目的なら、弁護士に相談し、民事事件として会社に対して残業代を請求するのが最適な方法だと理解できるでしょう。
そこで次に、残業代を取り戻すための、具体的な手順を解説します。順序としては、まず会社と交渉を試み、示談を目指します。交渉は、裁判所の手続きより早期解決の可能性が高く、費用も安く済むメリットがあります。
残業の証拠を集める
証拠は、残業代請求を成功させるための重要なカードとなります。そのため、残業の証拠を集めることの重要性は明らかです。手順として、残業代を請求するより前に、証拠集めをしておく必要があります。請求の意図が会社にバレてしまうと、証拠隠滅される危険があるからです。
残業代トラブルは企業の存続に関わる重大な労働問題なので、これまで放置していた会社も、請求を受けるとできるだけ残業代を支払わないようにしようと、証拠のもみ消しを始めるおそれがあります。特にもみ消されて困るのは、残業の事実を示すタイムカードなので、在職中であればコピーをとるなど、保全に努める必要があります。
手元の証拠が十分でないとき、次善の策をご検討ください。
- 労働時間を証明する証拠を作る
現在ある証拠だけでは足りないときには、実際の労働時間を記したメモを作成するなど、できる限り信用に足る証拠を作る努力をする必要がある(在職中である場合には、しばらくサービス残業の状態を続け、その記録をとることができる)。 - 請求時に、会社に開示を求める
タイムカードなど、会社では必ず保管されているであろう証拠は、請求時に開示を求めるのが有効(弁護士名義で開示を求めることで、より強いプレッシャーをかけ隠蔽を防ぐことができる)。 - 証拠保全手続きを行う
会社が開示の要求に応じず、改ざん、隠蔽の可能性がある場合、裁判所の証拠保全手続きの活用を検討すべきケースもある。
なお、証拠の捏造は控えなければなりません。発覚すれば、その証拠が使えないだけでなく、他の証拠の信用性も低下してしまいます。
「残業の証拠」の解説
残業代の請求書を送る
会社に開示を求めずに、残業代の算出に必要なすべての証拠を入手できるケースは稀です。そのため、証拠がある程度集まった段階で、「概算」した残業代を請求します。
まずは請求を到着させれば、残業代の時効を一時的に止めることができます。請求から6ヶ月の間に労働審判、訴訟などを申し立てれば、残業代の時効消滅を防げます。請求した事実が証拠に残るよう、残業代の請求書を作り、内容証明で送るのがお勧めです。
配達証明付き内容証明なら「請求した内容」と「書面が届いた事実」を確実に証明できます。
「残業代の請求書の書き方」の解説
正確な残業代を計算する
必要な証拠が集まったら、具体的にいくら請求できるかを正確に計算します。残業代の計算式は、労働基準法に従って正しく理解する必要があります。法律の解釈や、計算に誤りがあると、本来よりも低額に算出し、損してしまいます。
弁護士は、残業代計算のために専用のエクセルシートを利用することが実務的です。それほどに、正確に計算するのは非常に骨の折れる作業です。また、人件費を減らしたいブラック企業が講じた巧妙な残業代隠しを、見抜かねばなりません。
「残業代の計算方法」の解説
残業代を取り戻すために会社と交渉する
以上の準備が整ったら、いよいよ会社と本格的に交渉していきます。
残業代を取り戻すための交渉に、決まったやり方はありません。最初の連絡は、請求した証拠を残すために内容証明で送る場合が多いですが、その後は、文書や電話でやり取りする場合もあれば、対面で話し合うのが良いケースもあり、状況に合わせて、ベストな方法を選ぶことになります。
交渉がスタートすると、労働者からの請求、使用者からの反論、労働者の再反論といった形で主張を応酬させて、話し合いを進めていくこととなります。使用者の反論には、法的に妥当なものもある一方で、裁判では到底認められない勝手な理屈、社内でのみまかり通っている間違った法律論などもあるため、だまされてはいけません。
例えば、次の会社の言い分は、誤りであり、あきらめる必要はありません。
同業種はみな残業代なしで働いている
→ 労働法の適用は、業界ルールより優先します。
管理職だから残業代は出す必要がない
→ 会社が管理職扱いしても、「管理監督者」(労働基準法41条2号)に該当しない限り残業代が出ます(参考:「管理職と管理監督者の違い」「名ばかり管理職とは」)。
固定残業代ですでに支払い済みである
→ 固定残業代はあくまで前払いであり、それ以上に残業したら追加の支払いを要します(参考:「固定残業代とは?」)。
こうした指摘の誤りを1つずつ潰し、会社を説得しなければ、残業代を取り戻せません。そのためには、法律や裁判例の知識が不可欠です。
会社が、一定の残業代を支払う提案をしてくるなど、交渉による解決が可能な場合、和解によって終了するのと、この先の法的な戦いに進むのと、どちらが得か、メリットとデメリットを十分に考慮して落とし所を決めます。このとき、いくらの残業代が妥当なのか、労働審判や訴訟ならどの程度獲得できるのか、といった実務的な経験に基づく見通しが大切なタイミングとなります。
一度和解してしまうと後から覆すことはできないので、慎重に判断してください。
合意書を作成する
会社との話し合いの結果は、書面に反映します。残業代の交渉結果として締結する書面は「合意書」ないし「示談書」と呼びます。書面を交わしてはじめて、紛争の蒸し返しを防止する効果が十分に発揮されます。口約束では、結果として満額払われないなどトラブルが残ります。
合意書は、まずは草案を作成し、文言や言い回しなど細かい点を精査し、完成を目指します。会社側が第一案を作ることが多いですが、思いもよらない不利な条項が隠れている危険もあるため、労働者側でも、必ず弁護士に検討してもらうことが大切なポイントです。
なお、会社の提案する合意書には、清算条項が記載されているのが一般的です。清算条項付きの合意書にサインすると、それ以降会社に金銭的な請求ができなくなります(残業代を取り戻してもなお、給料やボーナス、退職金に未払いがあったり、ハラスメントの慰謝料を請求する予定であったりという場合、清算条項はその支障となります)。
会社から提案された合意書に疑問があるなら、弁護士の無料相談で解消しましょう。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
残業代を確実に取り戻すための注意点
最後に、残業代を確実に取り戻すために、注意すべきポイントを解説します。
自力は控え、弁護士に依頼する
残業代は、弁護士に依頼せず、自分で取り戻すことも可能です。せっかく残業代を取り戻しても、弁護士費用で無くなるのでは元も子もありません。できるだけ節約しようという考えも理解できます。
しかし実は、残業代請求の弁護士のサポートは、成功報酬制が多いもの。獲得した残業代から支払ってよいなら、弁護士に相談し、専門的な知識、経験をもとに正確に計算して、少しでも多くの残業代を取り戻してもらった方が結果として得でしょう(経験豊富な弁護士は、相談者に得のないケースでは依頼を勧めません)。
弁護士がつけば、まともに取り合わなかったブラック企業の態度が変わるメリットもあります。泥沼化する前に交渉で速やかに解決できれば、費用も安く済みます。弁護士が代わりに手続きするので、仕事や転職活動に打ち込む時間もできます。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
請求のタイミングを見極める
残業代を損せず取り戻すには、請求のタイミングを見極める必要があります。
そもそも残業代の請求は「できるかぎり速やかに」が原則。残業代請求の消滅時効は3年なので迷っているうちに請求権が消滅する危険もあります。企業側もまた、少額ならば難色を示さず支払いに応じてくれることもあります。
ただ、退職強要や報復人事をおそれ、在職中の請求を控える人もいます。言い出すタイミングによっては事実上の不利益を受けるおそれがあります。そうした違法な扱いまでは受けないにしても「職場にいづらい」と気にする方もいます。退職後に請求する場合は、在職中にできる証拠集めを十分しておくのがお勧めです。
「在職中に残業代請求するときの対処法」の解説
解決には一定の期間がかかる
残業代の事案では、解決までに一定の期間がかかると心得ましょう。弁護士に依頼してスピーディに進めても、交渉は1ヶ月〜3ヶ月程度はかかります。
もっとも、その間ずっと労働問題から離れられないわけではありません。証拠収集は労働者が行う必要があるものの、会社に対するタイムカードの開示請求、請求書の送付や交渉などは、弁護士に任せておくことができ、その間は仕事をしたり、転職活動をしたりすることができます。交渉に同席する必要はなく、弁護士の報告を聞き、方針を相談しておけば足ります。労働審判や訴訟における提出書面も、弁護士が責任をもって作成します。
解決までの期間を少しでも短縮したいなら、残業代請求の実績ある弁護士を選ぶべきです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
まとめ
今回は、未払いの残業代を取り戻す方法について、解説しました。
残業代を本気で取り戻したいなら、労基署に頼りきりではいけません。残業代を取り戻す方法の選択肢は多いものの、本当に効果的なのはいくつかだけです。そのなかでも、弁護士に依頼し、会社に強く請求するのが有効なケースが多いです。
具体的な手順は、交渉、労働審判、訴訟、強制執行といった流れになります。円滑に、かつスピーディに進めるのに、専門家である弁護士のサポートは必須でしょう。もらえなかった残業代を取り戻す戦いは、時間との勝負でもあります。残業代の時効は3年であり、早く残業代をもらうのに請求で手間取っているひまはありません。
弁護士なら、労働の実態や裁判例を踏まえ、臨機応変に対応できます。ブラック企業の悪辣な反論にも、有効に切り返し、失った残業代を取り戻してくれます。残業代の未払いに苦しむ方は、自分だけで抱え込まず、弁護士にご相談ください。
【残業代とは】
【労働時間とは】
【残業の証拠】
【残業代の相談窓口】
【残業代請求の方法】