人事をめぐるトラブルは、将来のキャリアを左右する重大な問題です。報復人事をされると労働者の将来に大きなキズが付きます。
正しい行いをしても、会社に嫌われると報復される危険があります。しかし、「報復」を理由にして不当な扱いを強行されれば、違法なのは明らかです。ブラック企業は自社の責任を棚にあげ、いい加減な理由で報復人事をしてきます。
想定外の異動でやりきれない気持ち…
不正を指摘したら報復人事を受けた…
報復人事の疑いがあるなら、人事処分が本当に必要かをよく検討してください。合理的な説明がつかないケースは、報復人事の可能性が大いにあります。
会社には人事権が与えられていますが、好き勝手に行使できるわけではありません。むしろ、労働者保護のために人事権には限界があります。報復目的での人事権の行使は違法であり、労働者としては適切な対処法を知っておかなければなりません。
今回は、報復人事のよくある事例と対策について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 報復人事が、報復目的という不当な理由でなされたとき、違法な人事処分となる
- 違法な報復人事は無効であり、人事処分がないことを前提とした地位を回復できる
- 報復人事を受けたら、弁護士を窓口として撤回を強く求める
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報復人事とは
報復人事とは、労働者への報復を目的とした人事処分のことです。わかりやすくいえば「文句を言ったら飛ばされた」というのが典型例。報復とは、つまり、労働者の行為に対する「仕返し」です。
人事処分は、人事権に基づく労働者の取り扱いの変更のことを指します。人事権は企業経営にとって必須のものであり、会社に幅広い裁量がありますが、報復を目的とするならば違法です。あくまで、業務を円滑に進行させるために認められた権限に過ぎず、目的を外れた行使は許されません。報復目的がある人事処分は嫌がらせの意味合いがありますから、報復人事は「会社ぐるみのパワハラ」といっても過言ではありません。
人事処分にも様々な種類があります。同じ報復目的でも、人事処分の種類によって被る不利益は大きくも小さくもなります。報復目的でされる人事処分の内容には、例えば次のケースがあります。
どの処分でも、問題なのは「手段」ではなく報復という「目的」です。報復目的での人事処分の被害に遭ったら、違法性を主張して会社と争うべきであり、労働問題に精通した弁護士のサポートを求めるのが適切です。
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報復人事のよくある事例
次に、報復人事のよくある事例について解説します。
なお、これらの具体例は、あくまで報復人事の一例に過ぎません。あてはまる事実がなくても、会社の目的が報復や嫌がらせならば、報復人事と同種の労働問題です。
個人的な感情に基づく報復人事
会社に人事権が認められるのは、業務上必要だからです。これに対して報復人事は、上司や社長の個人的な感情によって行われます。例えば、次の事例を想定してみてください。
- 嫌いな部下を別部署に異動させる
- 誘っても飲み会に来ない社員に仕事を振らない
- 性格の合わない社員をイライラのはけ口にする
- 気に入らない社員を社内の人間関係から排除する
個人的な感情に基づく行為はパワハラであり、違法です。そして、パワハラの加害者が人事権を握っていると、報復人事に繋がってしまいます。大きな権限を有する上位者こそ、間違った行為をしたときの悪影響は大きく、個人の感情でその権限を振るってはなりません。
「パワハラと指導の違い」の解説
内部告発をきっかけとする報復人事
内部告発をきっかけとして報復人事が行われることがあります。内部告発は、法律で保護された正当な行為ですが、会社からすれば「裏切り」とみなされ、見せしめに報復人事をされてしまうことがあります。
内部告発が明るみに出れば会社に悪影響がありますが、そもそも告発されるような不正を働く企業が悪いのです。告発を理由に報復人事をするのは「八つ当たり」であり不適切です。
「内部通報をもみ消されない方法」の解説
休暇取得に対する報復人事
休暇の取得が、報復人事の理由とされることがあります。育児休業や介護休業、有給休暇といった休業・休暇の取得は法律上の権利です。しかし、問題のある会社ほど「貢献せずに休む権利ばかり主張している」と敵視し、報復の的にする傾向があります。
休暇を申し出ても法律通りに取れないケースはもちろんのこと、そもそも休暇を取る手続きが周知されていなかったり、休暇を取得後にトラブルに発展したりするケースもあります。
「有給休暇を取得する方法」の解説
退職勧奨の拒否に対する報復人事
退職勧奨に従わず、「辞めない」と伝えて拒否したのをきっかけに不利益な扱いを受ける例もあります。つまり、退職勧奨の拒否に対する報復人事のケースです。
そもそも退職勧奨は、自主的な退職を促す限りにおいて適法であるに過ぎません。拒否した後もしつこく続けるのは、違法な退職強要の疑いが濃厚です。ましてや、拒否したことを理由にして不利益な人事処分をするならば、違法な報復人事に該当します。報復人事で退職に追い込もうとするのは、結果的に退職を強要しているのと同じことです。
「退職勧奨のよくある手口と対処法」の解説
労働組合活動に対する報復人事
労働組合の活動は、労働者の味方をするものなので、結果的に会社に毛嫌いされがちです。そのため、労働組合への加入や組合活動に対して、報復人事をされてしまう例があります。
労働組合は、労働組合法によってその権利を保障されています。個人では弱い立場の労働者が、団結して会社と戦う役割が労働組合にはあって、組合への加入や組合活動を理由とした不利益な処分は、違法な不当労働行為であり、禁止されています(労働組合法7条)。
「労働組合がない会社での相談先」の解説
報復人事は違法となる?判断の基準を解説
日本企業では、人事部が大きな権限を掌握しています。人事畑を歩んできた人が社長に就任するケースが多いことからも見て取れるでしょう。それほどまでに人事権は強大なのです。
しかし、会社にとって強力な人事権も、無制限に行使できるわけではありません。組織運営を柔軟にしたり、効率化したりするのが本来の目的であり、不当な人事は違法だからです。今回解説している報復人事も、違法となる可能性が高い処分だといえます。
契約上の根拠がなければ人事権はない
人事権は、労働契約によって会社に与えられています。このことは、就業規則や雇用契約書にも、確認的に記載されることが多いです。
ただ、契約上の制限があるときには、人事権の行使は制約を受けます。職種や勤務地の限定を条件としている方は、その条件に反した命令に従う必要はありません。例えば、専門的な知見を生かした職種で採用されたのに他の職種に変更され、そのきっかけが自身と会社のトラブルにあるならば、違法な報復人事の可能性を疑ってください。
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権利濫用ならば違法
契約上の根拠があっても、権利を濫用していいわけではありません。不当な目的ないし動機がある場合には違法となるところ、「報復」という目的が不当なのは明らかです。
ただし、目的というのは内心の事情であり、あくまで主観的なものです。そのため、裁判で争うときに証明が困難なケースもあります。違法な報復人事かどうかは、内心の事情のみに頼るのではなく、外形的に現れる次の事実をもとに判断します。
- 業務上の必要性があるか
【例(降格の場合)】
能力不足や職務適正の欠如といった事情がなければ業務上の必要性は認められず、権利濫用となりやすい - 著しい不利益を伴うかどうか
【例(配転の場合)】
配転すると病気の家族を介護できなくなるといった不利益が大きいほど権利濫用になりやすい。
裁判例では、例えば次の事案で、不利益の大きさが考慮され、権利濫用があると判断されました。
- 病気の家族3人の面倒を見ていた事案(東京地裁昭和43年8月31日判決)
- 重病の子どもを看病していた事案(大阪高裁平成17年1月25日)
- 転勤すると病気の妻の病状が悪化する可能性があり、かつ、重病の母の介護をしていた事案(大阪高裁平成18年4月14日)
- 障害をもつ両親を妻や妹らと共に介護していた事案(札幌高裁平成21年3月26日判決)
その他にも、遠隔地への配転によって健康上の不利益がある場合や、キャリア形成への配慮が全くない場合に、権利濫用と判断されているケースがあります。
例えば、配転に伴う環境変化・通勤時間の長時間化によって、精神疾患を患う労働者の心身や疾患に影響を与えるとされた事案(東京地裁平成27年7月15日判決)、IT技術者として情報システム業務に従事していた労働者が倉庫係に任命された事案(東京地裁平成22年2月8日判決)などがあります。
「労働条件の不利益変更」の解説
報復人事への対策
次に、報復人事への対処法について解説します。違法な報復人事をされても、適切な対策を知っておくことが、労働者の正当な権利を守る助けになります。
報復人事は拒否できる
まず、報復人事は拒否できることを知りましょう。
人事権は、会社にある程度の裁量があり、従わなければならないと思っている方もいるでしょう。しかし、たとえ人事権といえど、不当に行使されているなら従う必要はありません。不当な命令に屈する必要はなく、気力を削がれて疲弊するのは避けるべきです。
しっかりとした説明なしにされた人事処分は不当な疑いがあります。まずは拒否すべきであり、すぐに応じるのは得策とはいえません。
業務命令権は、あくまで適法に行使された場合に限って、従う義務が生まれます。会社に雇用された労働者といえど、違法な業務命令に従う必要はありません。
違法な業務命令の拒否については、次の解説もご覧ください。
報復人事の理由を説明させる
人事に違和感があっても、直ちに報復と断定できるわけではありません。報復人事かどうかを判断するには、その異動や査定について説明を求め、理由を聞く必要があります。
疑わしい人事処分の理由を求める場合は、口頭ではなく書面で行うようにしてください。人事異動の際には辞令が交付されますが、具体的な理由は書かれていないことも多いものです。書面に残して証拠化することによって、報復人事だと明らかになった際に争いやすくなります。
「報復である」と正面から立証するのは困難ですが、むしろ「報復ではない」と会社が主張するならば、労働者が理解できるような理由を示す説明責任が会社にはあります。なお、最たる例である解雇では、労働者が求める場合は書面で理由を説明する法的義務があります(労働基準法22条)。
「解雇理由証明書」の解説
弁護士に相談する
報復人事をされたら、弁護士を窓口として会社と交渉してもらうのが有効です。労働法をはじめとした法律知識が未熟だと、自分で交渉してもうまく進まないこともあります。報復人事をする会社は社員を軽視しており、直接の交渉では精神的な負担が増してしまいます。
弁護士は、交渉の過程で法的な責任を説明し、会社に報復人事の撤回を求めます。依頼する場合は、労働問題に強い弁護士にご相談ください。
報復人事の相談先には、次の窓口が考えられます。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
報復人事の撤回を求めて争う
報復人事が違法ならば、撤回を求めて争いましょう。交渉では解決できないときは、裁判所を利用し、法的な紛争を起こすべきです。具体的には、報復人事を受ける前の地位にあることの確認を請求します。
簡易迅速に柔軟な解決が望める、労働審判を利用するのがお勧めです。労働審判なら、原則3回の期日で、話し合いが難しければ審判が下ります。
なお、報復人事が違法なとき、不法行為(民法709条)として慰謝料をはじめとした損害賠償を請求し、会社に損害の補填を求めることもできます。
「会社を訴えるリスク」の解説
退職する
報復人事をされた会社に未練がないなら、退職も視野に入れるべきです。会社は、世間のニーズに応えるために常に変化が求められます。ですが、報復人事を許してしまう企業体質はすぐには改善されないことでしょう。
職場は生活の大半を過ごす場です。ブラック企業に居続ければ、心理的・肉体的な負担は計り知れません。なお、退職を拒否されるなど、退職時のトラブルには注意が必要となります。
「会社の辞め方」の解説
報復人事に関する裁判例
最後に、報復人事について判断した裁判例を解説します。
大阪地裁平成21年10月8日判決
会社の意に沿わない発言をした社員に下された低い査定が争われた事案。裁判所は、嫌がらせや見せしめ目的であると判断し、人事権濫用の不法行為に当たるとして慰謝料300万円の支払いを命じました。本裁判例では、最初から低評価にする意図があり、人事考課が形式的なものに過ぎなかったこと、貢献度合いにかかわらず一貫して低評価を継続したことといった事情が考慮されました。
東京高裁平成23年8月31日判決
内部通報への報復を目的とした配転の有効性が争われた事案。正当な内部通報であるのに上司である部長が問題視していたこと、配転命令に業務上の必要性がなかったことなどの事情が考慮され、主に個人的な感情に基づく、いわば制裁的な配転命令であると判断されました。裁判所は、配転を権利濫用と判断し、約176万円の慰謝料の支払いを命じました。
大阪高裁平成25年4月25日判決
退職勧奨を拒否した報復としてなされた配転命令に関する裁判例。裁判所は、次の事情から、配転命令には不当な動機及び目的があったと判断しました。
- 営業成績に問題はなく、営業担当としての適性を欠いていないのに突然に退職勧奨された
- 労働者が拒否した後も勧奨が2ヶ月継続した
- 配転先で行うべき業務がほとんど存在しなかった
- 総合職から運搬職に職種変更し、賃金水準を大幅に低下させた
結論として、裁判所は、50万円の慰謝料の支払いを命じました。
大阪高裁平成27年6月18判決
公務員が、別件で係争中の訴訟を取り下げなかったのをきっかけに、雇用先の交通局長から転任命令を受けたことについて、同命令は嫌悪によるものと推認した第一審の判断は相当であるとして是認された事案。この裁判例では「社長を訴えるということはどういうことか、腹くくりあるやろう」などの問題発言が認定された結果、大阪市に対し、100万円の慰謝料が命じられました。
神戸地裁姫路支部平成24年10月29日判決
勧奨に応じない社員を退職に追い込もうとしてされた転籍命令が争われた事案。本件では上司から、転籍命令の前後に嫌がらせと疑われる次の言動がありました。
- 不適切な発言を用いた退職勧奨
「自分で行き先を探してこい」「管理職の構想から外れている」「ラーメン屋でもしたらどうや」「管理者としても不適格である」など - 労働者の単身赴任手当の支給のために必要な手続を取らなかった行為
これらの事情が考慮され、単身赴任手当の不支給という経済的な不利益を与えることを意図し、不当な動機及び目的でされたものと判断され、慰謝料100万円の支払いが命じられました。
「裁判で勝つ方法」の解説
まとめ
今回は、報復人事の基礎知識と、違法な報復人事への対策を解説しました。
悪質な会社では、もっともらしい理由をつけて不当な人事処分を強行してきます。しかし、その説明を求めても合理的な理由が聞けないなら、報復人事の可能性があります。巧妙に偽られていても、見逃さずに対処しなければなりません。
報復人事を受けると、やるせない気持ちになるでしょう。モチベーションが低下するのも当然です。会社の目的が「報復」だと、正当な貢献をしようにも逆効果となってしまいます。そして、報復人事が発生するような問題のある会社では、他の労働問題も併発し、事態の解決は困難になりがちです。
仕事へのやる気を維持し、いざというときに戦うためにも、ぜひ弁護士に相談ください。
- 報復人事が、報復目的という不当な理由でなされたとき、違法な人事処分となる
- 違法な報復人事は無効であり、人事処分がないことを前提とした地位を回復できる
- 報復人事を受けたら、弁護士を窓口として撤回を強く求める
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