突然、会社から、転勤や異動を伝えられた場合、ご家族のいらっしゃる労働者の方は、非常にお迷いになることでしょう。
特に、幼いお子さんがいらっしゃり、お子さんが病気にかかっているような場合には、「何としても異動の命令を拒否したい!」と考える方も多いのではないでしょうか。
引越をともなうような長距離の転勤の多い、いわゆる「転勤族」の子どもの場合、深い友人関係をつくりづらい性格になってしまったり、うつ病になってしまったりなど、子どもの性格にも影響するという意見もあります。
一方で、「単身赴任すればよいのでは?」と会社は反論した上で、異動、転勤を強硬に進めてくるケースも多くあります。
子どもの病気を理由に、転勤、異動を拒否できないものでしょうか?
言いかえると、子どもが病気にかかっているにもかかわらず、異動、転勤を強要するブラック企業の行為は、違法なのではないでしょうか。
異動、転勤を、子どもの病気を理由に拒否することができるかどうか、弁護士が裁判例をまとめました。
会社から、どうしても応じることのできない異動、転勤の命令を強要されている労働者の方は、その業務命令が違法ではないかどうか、労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。
目次
1. 命令する権利がなければ、拒否できる!
まず、大前提として、会社が労働者(あなた)に対して、異動、転勤を命令する権利がなければなりません。
権利もないのに命令をしているような場合には、今回のテーマである「子供の病気」を理由にしなくても、異動、転勤の命令を拒否することができます。
つまり、業務命令をする権利のない命令であり、違法、無効であるということです。
異動、転勤を命令する権利があるかどうかは、次の2ポイントをチェックして判断をするようにしてください。
- 雇用契約書、就業規則、労働協約に、異動、転勤命令の根拠となる規定があるかどうか。
- 雇用契約書などの労働契約の内容に、就労場所を限定するような規定があるかどうか。
もう少しわかりやすく説明すると、
- 会社のルールの中に、「転勤に応じる。」という文言があるかどうか?
- 同様に、会社のルールの中に、「異動、転勤はない。」という文言があるかどうか?
- 雇用契約書に、労働する場所を1か所に限定するような文言があるかどうか?
という視点で、チェックを進めるようにしてください。
2. 正当な理由があれば拒否できる!
次に、今回のテーマである、「子どもの病気」を理由に、異動、転勤を拒否するための、法律的な考え方を理解しましょう。
ここからのお話は、法律の専門的なお話になるので少し難しいですが、「子どもの病気」が、どのような意味で、裁判において異動、転勤を違法無効とする理由となるかを理解するため、非常に重要なポイントです。
2.1. 裁判例の基本的な考え方
「異動・転勤を拒否できるかどうか?」、いいかえると、「異動・転勤が違法かどうか?」は、次の3つのポイントによって決まると、裁判例で判断されています。
- 業務上の必要性が認められるかどうか?
- 不当な目的で行われていないかどうか?
- 労働者に著しい不利益を負わせる場合でないかどうか?
このことは、子どもの病気以外の理由で、異動、転勤を拒否しようとして会社と争う場合も、同様にあてはまります。
異動、転勤を拒否できる「正当な理由」が存在するかどうか、とも言い換えることができます。
2.2. 子供の病気で、異動・転勤を拒否するには?
「子どもの病気」という異動、転勤を拒否する理由は、さきほど説明した裁判例の3つのポイントのうち、3つ目、つまり「著しい不利益」かどうかが、労働者と会社との間で争いとなるのです。
そして、実際、裁判例でも、自分の子供が病気にかかっていることを理由に、これが「著しい不利益」になるとして、異動、転勤を命令することは違法であると判断した裁判例もあります。
「子供の病気」という、異動、転勤を拒否する理由が、「正当な理由」であるかどうかは、次のような事情を基準として決まります。
- どのような病気であるか。
- 病状が重いかどうか。
- 異動、転勤の対象となる人以外に、他の看護者がいるかどうか。
- 異動先で、新たに病院を探すことができるかどうか。
このような、「労働者(従業員)側の不利益がどれほど大きいか。」という事情だけでなく、子どもの病気を理由に異動を拒否できるかどうかは、「会社の行動」も考慮要素となります。
会社の行動によって、子どもの病気を理由に異動が違法無効となるかどうかが変わってくる事情として、例えば、裁判例では、次のような事情が考慮されています。
- 単身赴任する場合に、「単身赴任手当」など、給与の増額があるかどうか。
- 異動先での便宜を、会社が図ったかどうか。
- 帰郷するための旅費などを会社が払ってくれるかどうか。
- その他、不利益を軽減するための方策を、会社がとったかどうか。
3. 【裁判例】子どもの病気と異動、転勤について判断した裁判例
最後に、子どもの病気が、異動、転勤を拒否する「正当な理由」になるかどうか、つまり、裁判例のいう、労働者に対する「著しい不利益」になるかどうかについて、判断した裁判例をまとめます。
なお、法律では、「育児介護休業法」という法律があります。
育児介護休業法では、次のように、会社は、子どものいる労働者(従業員)を異動、転勤させるときには、子どもに配慮をしなければいけないということを定めています。
育児介護休業法第26条(労働者の配置に関する配慮)事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。
また、懲戒等による従業員の解雇に関しては、会社の業務上必要なもので、かつ妥当な処分かどうか慎重な対応が必要です。
3.1. ケンウッド事件
最初にご紹介する裁判例は、ケンウッド事件(最高裁平成12年1月28日判決)という裁判例です。
この裁判例では、東京都目黒区の職場から、八王子の職場へ移動するように命令したというケースです。
この異動命令によって、労働者(従業員)の通勤時間が1時間ほど長くなり、これにより、子どもの送迎に支障が生じると主張して労働者は異動を拒否しました。
ケンウッド事件では、この子供の送迎への支障は、「著しい不利益」とはいえず、異動を拒否することはできないと判断しました。
3.2. 北海道コカコーラボトリング事件
次にご紹介する裁判例は、北海道コカコーラボトリング事件(札幌地裁平成9年7月23日判決)という裁判例です。
この裁判例では、「子供の病気」という理由とともに、ご両親の面倒も見ていた、という事情が、合わさって判断されています。
病気のお子さん2人と、ご両親の面倒を見ていた労働者(従業員)に対する、単身赴任を必要とする異動、転勤の命令について、「著しい不利益」であると判断しました。
つまり、異動、転勤の命令は違法、無効であり、拒否することができるという裁判例の判断です。
3.3. 明治図書出版事件
3番目にご紹介する裁判例は、明治図書出版事件(東京地方裁判所平成14年12月27日決定)という裁判例です。
こちらは、上の2つの裁判例とは違って「仮処分」という手続きで、異動、転勤命令が違法・無効ではないかが争われたケースです。
この裁判例では、奥さんと共働きではたらいていた労働者に対して、東京から大阪へ転勤するよう命令した会社の異動命令が、無効であるとされました。
今回のテーマでもある「子供の病気」が、異動命令を拒否する理由となっています。つまり、この共働き夫婦の子供は、重度のアトピーをもっており、これが「著しい不利益」として考慮されました。
明治図書出版事件では、特に、さきほど解説しました育児介護休業法の趣旨が述べられていて、命令をした時点で強制であったことが、会社の命令を無効なものとする要素として考慮されています。
会社としても、転勤、異動は「命令」であるものの、労働者の状況に配慮して、話し合いを行うことが重要であると示した裁判例です。
3.4. 日本レストランシステム事件
最後にご紹介する裁判例は、日本レストランシステム事件(大阪高裁平成17年1月25日判決)という裁判例です。
この裁判例では、子どもが心臓病にかかっている労働者(従業員)について、関西から東京へ、異動をするよう命じた会社の命令が、違法、無効ではないかが争われました。
そして、日本レストランシステム事件では、特に、労働者(従業員)が現地採用であったことも功を奏し、転勤命令は無効であると判断されました。
4. ヘタに拒否すると「懲戒解雇」も!?
ここまでお読みいただければ、ブラック企業が、強行に異動、転勤を命令してきても、断れる場合があることは十分ご理解いただけたでしょう。
特に、今回のテーマである「子供の病気」を理由にするケースであっても、裁判例の中にも、これを理由に、異動、転勤命令を違法、無効と判断したものもあります。
しかし、業務命令権の中でも、異動、転勤を命令する権利は、会社にとって非常に重要なものとされています。
そのため、拒否して良い「正当な理由」がないのに、異動、転勤の命令を拒否してしまうと、会社から「懲戒解雇」とされてしまうリスクもあります。そして、これは、子供が病気である場合であっても同様です。
実際、転勤、異動の命令をお断りしたことを理由に懲戒解雇とされ、この懲戒解雇が裁判例でも有効と判断されたケースもあります。
したがって、納得のいかない転勤、異動の命令を受けた際に、「子供の病気」を理由に拒否することを考えられる労働者の方は、まずは労働問題に強い弁護士へ、お気軽に法律相談ください。