転勤を命じられ、「応じるか、退職すべきか」と悩む方から相談を受けることがあります。
育児や介護といった家庭の事情を抱える人にとって、転勤は非常に大きな負担となり、生活を優先して退職を選択せざるを得ないケースもあります。このとき、退職することは原則として労働者の自由なので、転勤を理由とする場合でも法的には問題ありません。
ただし、転勤を理由に退職を検討する際は、「どのような条件で辞めるのか」「他に選択肢はないか」といった点が重要となります。特に、失業保険の扱いは、今後の生活に大きく影響します。また、転勤命令が不適切なものでないかどうかも見極めが必要です。
今回は、転勤を理由に退職を検討する場合の法的なポイントと注意点、転勤に応じる場合との比較や失業保険の扱いについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 転勤命令による退職は労働者の自由であり、法的には全く問題ない
- 転勤に応じるのと退職するのと、どちらが得かを個別の事情ごとに検討する
- 転職を理由とする退職が、失業保険において会社都合扱いとなる例もある
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/
転勤を理由に退職できる?

まず、退職は労働者の自由であり、転勤を理由とすることも可能です。
民法627条1項により、期間の定めのない労働契約は、解約の申入れから2週間を経過すれば退職できます。会社の同意や承諾は不要であり、理由の説明も必須ではありません。期間の定めのある労働契約でも、やむを得ない事由があれば退職可能です(民法628条)。
重要なのは「退職できるかどうか」ではなく、「どのような条件で退職するか」という点です。というのも、転勤に応じるか、それとも退職すべきかを悩む場面では、転勤・退職のそれぞれで生活や金銭面にどのような影響があるかが判断を分けるからです。
以下のように、転勤はしばしば、退職を考える十分な理由となります。
- 入社時には転勤を予定していなかった。
- 思い描いていた理想のキャリアプランと異なる。
- 結婚やマイホーム購入など、転勤できない事情ができた。
- 子供の教育環境を変えたくない。
- 引越しのための資金が不足している。
- 家族の病気の看護、両親の介護などが必要である。
契約上予定されていない場合や不利益が甚大である場合、違法な転勤命令として、拒否できる可能性もあります。とはいえ、これ以上会社に貢献できないと感じるなら、退職を検討するのも選択肢の一つです。
転勤に従うのと退職とどちらがよい?【比較】

では、転勤に従うのと退職するのと、どちらがよいでしょうか。
転勤か退職かに一律の正解はなく、労働者それぞれの状況や将来の希望によって異なります。以下のようなメリット・デメリットを比較して検討してみてください。
転勤に従うメリット
転勤に従う最大のメリットは、現状の雇用関係を維持できることです。
転職活動の必要はなく、これまで通りの給与を継続して得ることができ、生活の安定は保たれます。また、転勤命令に従うことで、突然解雇されるリスクを下げることができます。「左遷」のような不適切な扱いでない限り、転勤に従うことは長期的なキャリア形成にとってプラスであり、昇進や昇格、評価の上昇につながることも多いでしょう。
転勤に従うデメリット
転勤に従うデメリットとして、その負担が大きいことが挙げられます。
生活環境の変化は避けられず、家族がいる場合は特に影響が大きいです。転居費用などは会社負担だとしても、子供の教育環境に影響を与えたり、単身赴任を余儀なくされて精神的な負担を感じたりといった弊害は、努力では解消できない深刻な問題です。
転勤による勤務地の変更が、通勤時間や業務内容に影響するケースでは、給料そのものが維持されたとしても実質的には不利益が生じるおそれもあります。
退職を選択するメリット
退職を選択するメリットは、生活環境を維持し、希望する働き方を選び直せることです。
退職を選択すれば、転勤による負担は回避でき、勤務地を変える必要はなくなります。自身の働き方を重視した上で、その範囲で納得感のあるキャリアを築くことができます。特に、売り手市場の昨今では、より条件の良い転職先が見つかる可能性も大いにあります。
退職を選択するデメリット
一方で、退職という選択にはリスクも伴います。
退職をすれば、収入が一時的に途絶えてしまいます。また、転勤を理由とする退職でも、自発的に辞めることは「自己都合退職」として扱われ、失業保険の給付制限を受ける可能性があります。また、転職活動が思うように進むとは限らず、無職期間が長期化するリスクもあります。
転勤と退職の判断基準

次に、実際のケースを想定して、転職と退職のどちらを選択すべきか、判断基準とすべき要素についても紹介しておきます。
転勤後の労働条件や配慮
まず、転勤後にどのような労働条件となるかが最重要です。
勤務地がどこになるのか、転居が必要かといった点は真っ先に確認してください。また、引越費用や住宅費用についての手当や補助があるかも重要な考慮要素となります。不利益を軽減するために、会社から育児や介護への配慮が条件として示されるケースも見られます。
転勤の必要性・合理性
次に、転勤の命令に必要性・合理性があるかどうかを確認してください。
転勤によってスキルの習得やキャリアアップの機会が得られたり、いわゆる「出世コース」として将来の昇進・昇格が期待できたりする場合、転勤を受け入れる理由となります。一方で、必要性・合理性が全くない命令は、嫌がらせやハラスメントの可能性を疑うべきです。
退職後の転職活動の見通し
退職後の転職活動の見通しも、転勤に応じるかどうかの判断に影響します。
現在の転職市場の状況や、自身のスキルや価値、年齢、職種などによる影響を総合的に考慮して判断しましょう。退職しても、転職が容易であり、同程度以上の労働条件を維持できるなら、転勤に応じない選択もあり得ます。転職のために在籍を延ばす交渉をするのも一つの手です。
転勤を我慢して残っておけばよかった、という後悔を残さないためにも、将来の予測を立てておいてください。
退職する場合の金銭条件(退職金など)
退職する場合の金銭的な条件も、転勤に応じる場合との比較対象となります。
検討すべきなのが、退職金と失業保険です。退職金の有無や金額について、退職金規程を確認しておく必要があります。また、失業保険は、会社都合と自己都合とで扱いが異なりますが、転職を理由とする退職の扱いは、次章「転勤を理由とした退職の失業保険における扱い」で解説します。
その他、実際に退職を視野に入れる場合は、未消化の有給休暇の買取、過去に未払いであった給与や残業代の清算などについても確認してください。
「退職金がもらえないケース」の解説

転勤を理由に退職した場合の失業保険の扱い

次に、転勤を理由とした退職が、失業保険でどのように扱われるかを解説します。
失業保険は、離職の理由によって受給条件が異なり、会社都合退職と自己都合退職に分けることができます。基本的には、会社都合退職の方が、給付制限がない点で労働者に有利です。
自己都合退職となるのが原則
転勤を理由とした退職は、自己都合退職となるのが原則です。一般的には、「転勤が負担である」という気持ちから、労働者自ら退職を申し出る流れとなるからです。自己都合退職の場合、7日間の待機期間の経過後、原則として1ヶ月の給付制限期間があります。
「会社都合と自己都合の違い」の解説

転勤による退職が会社都合となる場合(特定受給資格者)
転勤による退職の中には、会社側の事情によるものと言えるケースがあります。会社側の拠点変更を伴うケースなどは、「特定受給資格者」として会社都合退職の扱いを受けられます。
- 事業所の移転
「事業所の移転により、通勤することが困難となったため離職した者」は、特定受給資格者に該当します。「通勤することが困難」とは、往復の所要時間が概ね4時間以上である場合、交通機関の便が悪く通勤に著しい障害がある場合などが該当します。 - 実質的に退職勧奨や解雇に該当する場合
形式上は退職届が出されていても、家庭の事情に配慮なく遠隔地に転勤を命じるなど、権利濫用に当たるような不当な転勤命令は、その実質は退職勧奨や解雇に等しいと評価できるケースもあります。この場合、特定受給資格者に該当する可能性があります。
会社都合退職となる場合に失業保険の受給が優遇されるのは、労働者が退職時期を自由に決めることができず、退職後の生活が不安定となるおそれがあるからです。したがって、転勤による退職も、この趣旨を満たす場合には、会社都合として保護される可能性があります。
転勤による退職に正当な理由がある場合(特定理由離職者)
会社都合に当たらない場合でも、正当な理由のある自己都合退職は、「特定理由離職者」として給付制限を受けずに受給できます。
- 家族との別居の回避
事業主の命による転勤や出向、または配偶者の転勤や出向に伴って、別居を回避するために住所を移転した結果、通勤が不可能または困難となった場合、特定理由離職者となります。 - 身体的な理由
疾病、負傷、視力の減退など身体的条件によって、新たに命じられた業務や勤務場所への通勤が不可能または困難となった場合、特定理由離職者に該当します。 - 家庭生活の急変
親族の看護や扶養の必要性など、家庭の事情が急変したことにより、転勤に応じることが困難となった場合、特定理由離職者に該当します。
「失業保険をもらう条件と手続き」の解説

転勤を理由に退職する場合の適切な進め方

次に、転勤を退職理由とする場合、どのように進めるべきかを解説します。
会社としては、転勤命令は非常に重要なものであるため、これに応じずに退職を申し出ると、労使の対立が表面化する可能性があります。不利益やトラブルを回避するために、伝えるタイミングや方法、証拠の残し方に注意して進めてください。
退職の意思表示のタイミング
まず重要なのが、退職の意思表示を伝えるタイミングです。
会社が同意しないことが予想される場合、前述の民法627条1項に基づき、遅くとも退職日の2週間前までに伝えるべきです。また、タイミングごとに、次の注意点を押さえておきましょう。
- 転勤辞令が出る前
正式な辞令が出る前(内示の段階など)に退職を伝えた場合、転勤が覆る可能性もあるため、感情的に反発せず、代替案を示すなどして再検討を促すべきです。 - 転勤辞令が出た直後
辞令の直後は、会社と交渉する最も重要なタイミングです。転勤日までの期間は限られるため、家庭の事情などのやむを得ない理由を具体的に説明してください。 - 転勤先に赴任した後
転勤前に退職すると職場に混乱が生じたり、業務の支障になったりするおそれがあるとき、一旦転勤に応じた上で退職するケースもあります。ただし、引越費用の負担や手当の返還などを求められて争いが生じるリスクがあります。
いずれの場合であっても、就業規則に定められた退職手続き(申出期限や方法)を確認し、できる限り従う方が円満退職につながります。
円満退職のための伝え方
転勤をきっかけとした退職は、労使の対立に発展しやすい場面でもあります。
円満な退職を望むなら、伝え方にも配慮しましょう。会社への不満や批判を伝えるのではなく、家庭の都合や健康上の理由など、自らの事情として対応困難であると伝えるのがおすすめです。転勤には応じられないとしても、拒否して会社と争うほどの意思はない場合には、円満に退職して次のステップに進む方が、労働者としても被害が少なくて済みます。
「退職届の書き方と出し方」の解説

トラブルを避けるための記録の残し方
転勤や退職をめぐるトラブルを防ぐためには、記録を残しながら進めることが重要です。
転勤命令の内容や理由について、口頭で済ませず、書面やメールの形で保存しておくべきです。会社から転勤を命じられたら、正式な辞令を交付するよう求めましょう。後から内容を確認できるようにしておかなければ、退職すべきか、争うべきかの判断もできなくなってしまいます。
また、会社との交渉経緯も、できる限り記録に残すことが大切です。また、就業規則や雇用契約書といった重要な資料が手元にないときは、会社に開示を求めておきます。
退職以外に検討できる選択肢はある?

最後に、退職以外に検討できる選択肢についても解説しておきます。
転勤を命じられたとき「従うか退職するか」という二択で判断してしまいがちですが、実務上は、会社との話し合いで、折衷的な解決を目指せるケースもあります。
転勤の再検討や代替案を申し出る
まず考えられるのが、転勤について再検討を会社に求める方法です。
特に、育児や介護などの家庭の事情、健康上の理由を抱える人は、その事情を具体的に説明することで、会社からの配慮を得られる可能性があります。一方的に断るだけでなく、延期や時期の調整、配置転換や異動といった代替案を申し出れば、会社の譲歩を引き出しやすくなります。
休職制度を活用する
転勤に応じられない理由が健康面にあるとき、休職制度の活用も検討しましょう。
休職制度が就業規則に定められているとき、要件を満たして休職命令を受ければ、雇用関係を維持したまま、一定期間業務を離れることが可能です。休職中は無給扱いとする会社が多いため、収入面の不安はあるものの、健康保険の傷病手当金による保障を受けることができます。
休職は、回復後の復職を前提とした制度ですが、必ず戻らなければならないわけではなく、転勤に納得がいかないときは休職期間中や満了時に退職することも可能です。
「休職中の退職の伝え方」の解説

配置転換を希望する
転勤を回避する手段として、同一勤務地内での配置転換や異動を希望する方法もあります。
現在の部署の人員が余剰であることが転勤命令の理由のとき、勤務地を変えることまで必要とは限りません。転勤が困難な事情がある場合には相談してみる価値があります。ただし、配置転換は会社の裁量に委ねられるため、必ず希望が通るとは限りません。また、勤務地にこだわることで、これまでの経験や知識の活きない仕事を任せられる可能性もあります。
退職させる目的の転勤命令は拒否できる
転勤命令の裏に、退職をさせる目的があるケースがあります。
転勤命令には会社に広い人事権が認められますが、その行使が必要性・合理性を欠く場合、権利濫用として違法・無効となります。そして、特定の労働者を退職に追い込むといった不当な動機・目的がある場合、その転勤命令は違法であり、拒否することができます。
ただし、こうした裏の意図が明らかにされることはなく、立証は容易ではありません。転勤命令前後に不自然な評価の低下があったり、ハラスメントを受けたりといった事情があるとき、その命令も不当な扱いの一環ではないかと疑う必要があります。
「転勤を断るには?」の解説

【まとめ】転勤と退職

今回は、転勤を命じられ、退職を検討せざるを得ないときの対処法を解説しました。
転勤をきっかけに退職すること自体は労働者の自由ですが、「転勤に応じる場合」と「拒否して退職する場合」を比較し、損のない決断をしましょう。それぞれ、メリットとデメリットがありますが、どちらを選択すべきかは個人の事情によっても異なります。
転勤を理由に退職する場合は、将来の生活の不安を取り除くためにも、失業保険の扱いに注意してください。重要なのは、感情で判断せず、転勤に伴う生活の変化、労働条件への影響を整理し、最適な選択を行うことです。また、退職以外の手がないかも検討しておくべきです。
転勤にせよ退職にせよ、今後の生活やキャリアに関わる重要な決断です。会社と十分に協議するのはもちろん、不当な扱いを受けないために、弁護士への相談も欠かせません。
- 転勤命令による退職は労働者の自由であり、法的には全く問題ない
- 転勤に応じるのと退職するのと、どちらが得かを個別の事情ごとに検討する
- 転職を理由とする退職が、失業保険において会社都合扱いとなる例もある
\ 「今すぐ」相談予約はコチラ/




