口頭の約束しかないとき、「雇用契約は成立しているのか」が不安でしょう。
結論として、書面は必須ではなく、雇用契約は口頭でも成立します。しかし、口約束だけでは契約内容の証明が難しいため、条件の食い違いや一方的な変更などのトラブルが生じやすくなります。
当事務所でも、採用面接で口頭で条件を示されて入社したものの、後から「そのような約束はしていない」と言われ、希望した給与が支払われないといった相談が寄せられています。
口頭のみで不当な処遇を受けないようにするため、重要な労働条件については入社時に書面で示す義務が定められており、労働条件通知書がその役割を担います。
今回は、口頭の雇用契約でも法的には有効に成立することを踏まえ、口約束が破られた場合の対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 雇用契約は口頭でも有効に成立し、口約束でも権利は主張できる
- 口頭だと契約内容が争いになるため、重要な労働条件を通知する義務がある
- 口頭の雇用契約が軽視されると、契約条件の変更や解雇の争いになりやすい
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雇用契約は口頭でも有効に成立する?

結論として、雇用契約は口頭でも有効に成立します。
以下ではまず、雇用契約が口頭でも有効に成立する理由と、それでも、雇用契約時に書面が必要となる理由について解説します。
口頭でも雇用契約は有効に成立する
雇用契約は、口頭であっても有効に成立します。
民法623条に定められた雇用契約は、当事者の合意によって成立する諾成契約です。労働契約法6条も、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者が賃金を支払うことについて合意すれば、労働契約が成立すると定めています。いずれも、書面の作成は成立要件とされていません。
したがって、会社が「雇う(賃金を支払う)」という意思を持ち、労働者が「働く」という意思を持っていれば、その合致によって契約が有効に成立します。
労働条件の明示のためには雇用契約時に書面が求められる
口頭でも契約は成立しますが、労働者保護の観点から、労働契約の締結に際し、重要な労働条件を書面による方法で明示することが使用者に義務付けられています(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条)。法改正により、労働者が希望した場合は、メールやFAXなどによる明示も可能です。
これは、不利な条件で働くことやトラブルを防ぐための制度です。書面が交付されなくても、直ちに雇用契約が無効になるわけではありませんが、違反した場合は「30万円以下の罰金」という刑事罰の対象となります(労働基準法120条)。
明示すべき労働条件については、次のように整理できます。
- 書面等による明示が必要な事項
- 労働契約の期間
- (期間の定めのある契約の場合)更新の有無、更新の判断基準、更新上限の有無と内容
- 就業場所、従事すべき業務(変更の範囲を含む)
- 始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩、休日、休暇
- 賃金の決定・計算・支払の方法、締切り・支払の時期
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- 無期転換申込機会・無期転換後の労働条件(該当する場合)
- 昇給に関する事項
明示事項に含まれますが、書面による明示の対象からは除外されています。 - 制度がある場合に明示すべき事項
退職手当、臨時に支払われる賃金(賞与など)、労働者に負担させる食費・作業用品など、安全衛生、職業訓練、災害補償、表彰・制裁、休職
労働条件を書面で明示する役割を担うのが「労働条件通知書」です。実務上は、「雇用契約書兼労働条件通知書」として、両方の役割を一つの書類にまとめ、署名を求める会社が多いです。したがって、雇用契約は口頭で成立するものの、労働条件の書面による明示義務を果たすために、雇用契約時に一定の書面が交付されるのが通例です。
なお、明示された労働条件が事実と相違する場合、労働者は、労働基準法15条2項に基づき、労働契約を即時に解除することができます。
「雇用契約書がもらえないことの違法性」の解説

口頭の雇用契約はトラブルになりやすい
口頭での契約が有効だとしても、実務上トラブルになりやすいため注意が必要です。
労働条件について、労使の認識にズレが生じるケースが典型例です。このとき、労働者は弱い立場に置かれ、会社から「約束していない」と否定されると、権利を侵害されてしまいます。争いになっても、記録が残っていないと証拠が不足し、契約内容を証明できなくなります。
雇用契約書がない、写しを交付しないといった方法で労働条件を曖昧にしようとする悪質なケースもあります。口約束を軽視する会社では、人手不足を解消するために相場よりも好条件の提案をしたり、業績が悪化するとその約束を平気で破ったりするケースも見られます。
こうしたトラブルを避けるため、労働契約法4条2項は「労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする」と定めています。
「求人内容と違う労働条件の違法性」の解説

雇用契約が口頭でも有効に成立する要件
では、口頭でも契約が成立するとして、どこまで合意すれば契約成立といえるのでしょうか。
雇用契約は、労使間で「使用者の指揮命令を受けて労働に従事すること」と「その対価として賃金を支払うこと」について意思が合致することで成立します(労働契約法6条)。そのため、雇用契約の成立には「労務の提供」と「賃金の支払い」という対価関係の合意が必要です。
労働者が働く意思を示し、使用者が賃金を支払う意思を示せば、雇用契約の基本的な要素について合意が成立したと考えられます。明示された意思でなく、黙示の意思でもよく、客観的な事情から合意が推認できれば、契約が成立したと判断されます。例えば、「来月から社員として働いてほしい」と要望されて働いていた場合、給与額や支払日などの細部が確定していなくても、口頭で雇用契約は成立していたとして、労働者が保護される余地があります。
賃金額などの詳細な労働条件については、求人票や求人広告、実際の支払状況、他の同種の労働者の賃金のほか、労働基準法や最低賃金法によって補完される場合もあります。
ただし、次のような場合、雇用契約の成立そのものが争われるおそれがあります。
- 採用担当者が「採用を検討する」と述べただけで、採用を確定していなかった。
- 職場見学や試験的な作業で、雇用の合意がなかった。
- 給与や報酬などの対価の支払いが前提かどうかすら不明確であった。
- 採用条件について、当事者の認識が大きく食い違っていた。
合意内容があまりに抽象的だったり、給与の有無などの根本的な条件について認識の相違があったりする場合、契約の成立自体が争われるおそれがあります。そのため、口約束で働き始めてしまった場合でも、早めに証拠を確保しておくことが重要です。
「労働問題を弁護士に無料相談できる?」の解説

口頭の雇用契約の内容を証明する方法

次に、口頭の雇用契約やその内容を証明する方法について解説します。
口頭の雇用契約が有効でも、口約束のまま働くのはリスクが大きいです。書面による契約に比べて証拠がなく、約束の内容を曖昧にされて労働トラブルに発展する危険があるからです。例えば、内定後に給与や勤務地を突然変更された、入社前に内定を取り消された、約束していた条件と実態が大きく異なっていたといった相談が、当事務所にも多く寄せられています。
入社時に書面を一切用意しない問題のある会社では、自分の身を守るためにも、証拠を残す努力をしなければなりません。
口約束の内容を証拠に残す
口頭で成立した雇用契約でも、争いになれば、合意内容を証明する必要があります。
そのため、「どのような条件で合意したのか」を示す証拠をできる限り集めることが重要です。具体的には、選考時に会社とやり取りしたメールやチャットの履歴、面接時の説明の録音や自分で残したメモ、求人票や求人広告、募集要項といった資料を活用できます。
在職中で関係が円満であれば、会社に質問をして回答を得るといった方法で、今からでも口約束の内容を証拠に残す努力をすることが可能です。
また、以上のような証拠に記載された労働条件と実際の扱いに差がある場合は、その理由を質問し、回答の内容も記録に残してください。
口約束で証拠がない場合でも不利にならない工夫をする
完全に口約束のみで済まされ、全く証拠が集められない場合もあります。
しかし、明確な証拠が手元にない場合でも、直ちに不利になるとは限りません。労働条件を間接的に示す事情を積み重ねることで、事実関係を立証できるよう工夫する必要があります。例えば、ケースに応じて、次のような手段が考えられます。
- 同時期に採用された他の従業員の証言を集める。
- 実際の勤務実態を証拠に残す。
- 現状の給与の支払状況を証拠化しておく。
また、時系列に沿って一貫した説明ができるよう、記憶が鮮明なうちにメモを作成しましょう。争いになった際、労働者側の主張が一貫しているかどうかは、証言の信用性に大きく影響します。早い段階で作成した時系列表は、証拠になるだけでなく、弁護士への相談時にも活用できます。
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後からでも雇用契約書の締結を求める
口頭契約による不安を解消するために、後からでも書面の締結を求めましょう。
既に就労を開始していても、雇用契約書を作成・締結することは、証拠を残すという大きな意義があります。コンプライアンス意識の低い会社では「手続きが面倒」「必要だとは知らなかった」といった理由で雇用契約書を作成しないケースもあります。少なくとも、労働条件を書面で明示する義務があることを伝えれば、リスクを感じ、会社が書面の作成に応じる可能性があります。
契約内容を書面化することは、トラブル防止の観点で、労働者だけでなく、使用者(会社)にとってもメリットがあります。また、書面化を求める過程そのものが、現時点での労働条件を整理する機会にもなります。
これ以上労働しないことを検討する
最後に、ここまでの対策を講じても雇用契約の内容が曖昧なままだったり、会社が口約束で進めることに固執したりする場合、これ以上労働しないことも検討してください。雇用契約は労使の合意によって成立するため、同意なく働かせ続けられることはありません。
労働者から要求しても口頭の契約に固執し、雇用契約書を締結しない会社では、将来約束が覆されたり、労働条件を曖昧にされたりする危険があります。
長年貢献した上で裏切られるよりも、現時点で入社を取り止めたり、退職したりすることも選択肢に入れ、慎重に検討するのがよいでしょう。
「内定辞退」の解説

口約束が破られたときの対応方法
次に、口頭の雇用契約において、口約束が破られた場合の対処法を解説します。
口約束を信じて働いていても、会社の都合によって不当な処遇を受けることがあります。雇用契約が有効でも、口約束の証拠がないと、当初予定した給与などの権利が侵害される危険があります。
以下では、よく起こるトラブルごとに、対応方法を解説します。
雇用していないと言われたときの対応
口約束しかないことに便乗し、「雇用していない」と主張されるケースがあります。
そもそも雇用していないのであれば給与の支払義務はなく、雇用に伴う責任も負わないことになります。労働者としても、労働法による保護が受けられなくなります。このような反論の中には、契約関係そのものが存在しないという意味のほか、「雇用」ではなく「請負」の個人事業主(フリーランス)であったと主張されるケースもあります。
口頭でも雇用契約は成立しますが、契約書がないと、雇用された事実の証明が困難になります。「雇用していない」という会社の主張に備えるため、労働の対価を受け取った記録を残しておくことが重要です。給与額や支払日などが詳細に決まっていなくても、一定の金銭を受け取っていれば、雇用された証拠を残せるからです。また、タイムカードや勤怠記録がなくても、メモや日記を作成するなどして、一定の労働時間の拘束を受けていたことを証明できるようにしておきましょう。
「残業代請求で必要な証拠」の解説

口頭の労働条件を変更されたときの対応
口頭での雇用契約で働いていると、当初の約束とは異なる労働条件を提案されるトラブルがよく起こります。このときも、雇用契約書がないと口約束の証明が困難です。入社時の提案が好条件であるほど、守られないケースに注意してください。
- 業績に応じた歩合給を出すと言われたが、支払われない。
- 賞与(ボーナス)について約束した水準に達しない。
- 通勤手当や役職手当などを支払うという約束が反故にされた。
- 定期的な昇給があるという約束が果たされていない。
- 期待を持たされていたが、正社員に昇格できない。
- 特別に退職金を支払うと言われたが、なかったことにされた。
そもそも、口約束だけで働かせようとする時点で、コンプライアンス意識の低い、いわゆるブラック企業である可能性も懸念されます。人手不足の企業も少なくなく、入社時に「誘い文句」として提案された条件は、将来になって守られる保証はありません。
口約束が破られ、不利な労働条件に変更されるおそれがあるときは、メールやチャット、メッセージ、録音など、雇用契約書以外の資料で労働条件を証明できるよう努めてください。労働審判や訴訟などの裁判手続きで争う場合、労働基準法で義務とされる労働条件の明示が行われていないことは、会社にとって不利な事情として考慮され、一定の証拠があれば救済される可能性があります。
「労働条件の不利益変更」の解説

解雇を口頭で通知されたときの対応
口約束のまま働いていると、解雇も口頭で通知されるケースがあります。
本来は、解雇通知書を渡すのが適切ですが、入社時のルールを守らない会社では、解雇時にも不適切な進め方をされる可能性があります。「証拠を残さないようにしよう」と考えている場合、そもそも不当解雇が疑われます。
解雇は、解雇権濫用法理により、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合、不当解雇として違法・無効になります(労働契約法16条)。

口頭でも雇用契約は成立するため、会社が一方的に解約することは「解雇」の性質を有し、上記のルールによって厳しく制限されます。
なお、解雇の通知に書面は必須ではないものの、労働者が求める場合、解雇理由は書面(解雇理由証明書)で交付する義務があります(労働基準法22条)。したがって、労働者が解雇理由証明書を請求したにもかかわらず会社が書面を交付しなければ、労働基準法違反となります。
「解雇予告を口頭でされたときの対応」の解説

口頭での雇用契約に関するよくある質問
最後に、口頭での雇用契約に関するよくある質問に回答しておきます。
口頭での採用は辞退できる?
口頭でも雇用契約は成立し得るため、合意後の辞退も可能です。
労働者には退職の自由があるため、内定を得た後でも、労働者側の事情で入社しない判断が認められます。ただし、企業側に損害が生じた場合、損害賠償を請求されるおそれがあるため、内定辞退の意向は早めに伝えるなど、誠実な対応を心掛けてください。
書面がなくても残業代を請求できる?
雇用契約書などの書面がなくても、残業代の請求は可能です。
残業代の支払義務は労働基準法に基づくもので、契約書の有無に左右されません。ただし、残業代を計算する際には労働条件の詳細を確認する必要があるため、雇用契約書などの書面がないと、計算方法について労使間で争いが生じやすくなります。
また、タイムカードや勤怠記録、業務日報、メールやチャットの履歴などから労働時間を立証する必要がありますが、雇用契約書を用意しない会社では、これらの証拠も整備されていないおそれがあります。
「残業代請求に強い弁護士とは」の解説

企業側における口約束のリスクと対策は?
企業側にとっても、口約束で雇用契約を進めることはリスクを伴います。
労働条件を曖昧にした結果、約束と実態に食い違いがあると、かえって紛争が起きやすくなります。泣き寝入りする労働者ばかりではなく、労働基準監督署や弁護士に相談すれば、行政指導や損害賠償請求につながる可能性が高まります。証拠が十分でないと、労働者が救済され、企業側が不利になることも少なくありません。
このリスクを防ぐには、労働条件通知書や雇用契約書を適切に作成・交付し、条件を明確にすることが対策となります。「証拠がない」ことは、労働者だけでなく企業にも不利であることを考え、記録に残すことを徹底すべきです。
口約束の有期契約が更新されて5年を超えると無期転換できる?
同一の使用者との間で締結された有期労働契約が更新され、通算5年を超えると、無期雇用への転換を申し込む権利が生じます。そして、この無期転換は、口頭の雇用契約であっても可能です。むしろ、契約更新時に契約書を締結しないことは、労働者に契約更新の期待を生じさせる事情と評価され、期間満了時の雇い止めも難しくなります。
したがって、会社が反論しても、実態として継続して5年を超えて同じ職場で働いている場合、期間の定めのない無期雇用への転換を申し出ることが可能です。
なお、前述の通り、無期転換に関する事項は、該当する雇用契約を締結する際に、書面で明示すべき事項に含まれています。
「契約社員の5年ルール(無期転換)」の解説

採用面接での口頭の説明に法的効力はある?
採用面接での説明にも、法的効力が生じる場合があります。
面接でのやり取りは雇用契約そのものではないものの、その前提となる合意形成の過程の一部となります。そのため、労働条件についての労使双方の認識が共有されれば、その通りの契約が締結されたと評価される可能性があります。
一方で、入社を勧める発言や、会社の理想や希望を語ったに過ぎない言葉などは、法的な効力を有しないと判断されます。面接時の口頭での説明が契約の内容となるかどうかは、どの程度確定的な約束として示されたかによって異なります。
なお、面接後に労働条件通知書が交付され、口頭の説明と異なっていた場合、書面の記載が優先されると判断されやすい点に注意が必要です。面接時の説明と書面の内容に食い違いがあった場合、入社前に必ず会社に確認しておくべきです。
【まとめ】雇用契約は口頭でも有効か

今回は、口頭の雇用契約の有効性と、口約束が破られたときの対処法を解説しました。
書面がなくても、当事者の合意があれば雇用契約が成立するため、口頭で締結した契約も有効です。しかし、口約束の内容は曖昧になりやすく、「言った・言わない」の争いが起きがちです。さらに、口頭の契約を軽視する会社では、口約束で定めた労働条件を一方的に変更されたり、解雇されたり、「そもそも雇用契約ではなかった(個人事業主だった)」と主張されたりするおそれがあります。
口約束を信じて働いても、労使関係では使用者の力が強く、労働者は不当な扱いを受けるおそれがあります。トラブルを防ぐには、労働条件を証拠に残すことが重要で、雇用契約書がなくても、会社とのメールやメッセージの履歴、求人情報などを保存しておいてください。
口約束は破られる危険があるため、口頭のみで済ませることはリスクを伴います。労働者としては、自ら証拠を保存する意識を持つことが重要です。
- 雇用契約は口頭でも有効に成立し、口約束でも権利は主張できる
- 口頭だと契約内容が争いになるため、重要な労働条件を通知する義務がある
- 口頭の雇用契約が軽視されると、契約条件の変更や解雇の争いになりやすい
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