年俸制によって、社員の給料を決めている会社があります。年俸制を導入する会社は、社員の年齢や勤続でなく、「成果」で給料を決める発想です。このときあわせて「年俸制だから残業代はなしにできる」という誤解が生じています。
しかし、「年俸制だから」という理由で残業代を払わないのは、大きな誤解です。確かに、成果主義の発想による年俸制は、時間で給料をもらう残業代とは考えが合いません。それでもなお、年俸制は、残業代をなくす制度ではありません。年俸制のなかには、プロ野球選手のように残業代が払われない人もいますが、そもそも労働者でないとか、管理監督者であるなど、別の法的な理由によるもので、決して年俸制が理由ではありません。
今回は、年俸制と残業代の関係について、労働問題に強い弁護士が解説します。年俸制というだけで残業代が払われないなら違法のおそれが強く、残業代請求を検討しましょう。
- 年俸制は、年単位で給料を決めるという意味だけで、残業代をなくす効果はない
- 年俸制というだけの理由で残業代がもらえないなら、違法の可能性が高い
- 年俸制と併用される労働基準法の制度で残業代をなくすには、厳しい要件を満たす必要がある
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年俸制とは
年俸制とは、年単位で給料を決めるという制度のことです。
例えば、次のケースがあります。
- 年俸を決め、12分割して毎月支払う
- 年俸を決め、14分割し、毎月の給与と賞与に割り振られる
※ 労働基準法24条で、毎月一定期日払いが原則なので、年俸制でも給料の支払いは毎月必要であり、「給料は年に1回のみ払う」というのは違法です。
月給制の社員だと、月ごとに給料が決められ、能力や業績による評価で、昇給・降給が行われます。これに対し、年俸制だと、年単位の実績を評価し、それに応じて翌年の年俸を決定します。年俸制では、給料の改定は、年ごとにしか行われないのが基本です。
年俸制は、1年の成果に応じて給料を決めるため、成果主義の発想に近いイメージです。そのため、年俸制を導入する会社では、「成果に給与を払っている」という考えが強いもの。「時間に給料を払う」という発想の残業代とは、少し考えが合わないかもしれません。
このような考え方から「年俸制なのだから、成果が上がらないならどれだけ長時間働いても残業代を払わないのは当然」というブラック企業による誤った論理が生まれるのです。年俸制と残業に関する労働トラブルに巻き込まれたら、本解説を参考にして、まずは弁護士の相談ください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
年俸制でも残業代をなしにするのは違法
年俸制は、前章で説明したとおり、あくまで給料の決定のしかたの種類に過ぎません。決して、「残業代をなくす」という効果はありません。「年俸制でも残業代は請求できる」のが原則であることを、しっかり心がけてください。
「年俸制だから残業代を請求できない」というのは間違いです。このような考えで残業代を払わない会社は、違法なブラック企業といって間違いありません。
年俸制にも労働基準法が適用される
年俸制の社員は、給料が年ごとに決まるだけで、他の労働者とまったく変わりません。労働基準法の「労働者」であるかぎり、当然に労働基準法が適用されます。その結果、「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えて働く場合や、休日労働、深夜労働には、通常の賃金を超える割増賃金(いわゆる「残業代」)をもらうことができます。
年俸制、かつ、残業代になじまない典型として「プロ野球選手の年俸」がイメージしやすいです。確かに、高額の年俸をもらうプロ野球選手で残業代をもらっている人はいません。しかしこれは、「年俸制だから」ではなく「プロ野球選手が労働基準法9条の『労働者』ではないから」という理由です。
年俸制を悪用したブラック企業の違法な手口
しかし、年俸制は、ブラック企業に悪用され、残業代をなくす手口によく使われます。年俸制を理由に残業代を払わない会社側の理屈には、次の例があります。
- 年俸制なので、残業代が生じないのは当然
- 高額の年俸制なので、そのなかに残業代が含まれている
- 年俸制は成果主義。成果が上がらなければ残業代は払わない
現在、成果主義の賃金体系を採用すべき需要から、年俸制とする企業も少なくありません。その多くは、適切に年俸制を導入し、労働者のモチベーション上昇に役立てています。
正しい年俸制の活用には、次のメリットがあります。
- より成果に直結した評価により、公平に処遇できる
- 年ごとの目標管理により、労務管理を適正化できる
- 成果に応じた処遇により、労働者のモチベーションを上昇させる
しかし、年俸制が悪用されれば、これらのメリットも享受できません。ブラック企業で「成果主義」は、「成果が出なければ労働に価値がない」という誤った意味で使われます。成果を出せる環境を用意するのが会社の責任だということは、忘却されてしまうのです。年俸制で残業代をなくそうとする誤りは、特に外資系企業で起こりがち。
「外資系における解雇の違法性」の解説
年俸制で例外的に残業代が出ないケース
例外的に、年俸制で、残業代がないケースを解説します。
「年俸制かどうか」と「残業代がもらえるかどうか」は無関係です。つまり、年俸制のなかには、残念ながら、残業代がもらえないケースもあります。「年俸制でも残業代はもらえる」のが原則ですから、あくまで例外と考えてください。
なお、いずれの制度も、有効と認められるには、法律、裁判例に厳しい要件が定められます。
残業代が出ない年俸制も、「年俸制」だけが理由ではありません。
年俸制と併用されやすい、他の法律上の制度が、残業代をなくす理由となってしまうのです。併用された制度により「成果に対して給与を払う」という性質が強まり、「時間に対して給料を払う」という性質が弱まった結果です。
そのため、ここで解説する制度は、月給制の社員でも残業代をなくす理由となります。
管理監督者の場合
年俸制で、かつ、高額の収入を得るなかには、「管理監督者」にあたる労働者がいます。「管理監督者」に該当すれば、労働基準法41条2号により、残業代は請求できません。
ただし、労働基準法の「管理監督者」と評価されるには、相当の給料が保障されなければなりません。また、残業代がもらえない代わりに、その働き方には時間的な裁量が認められます。これらの要件を満たさないなら、たとえ会社が管理職扱いしても「管理監督者」ではなく、残業代がもらえます。
会社が管理職扱いしているが、実態は他の社員と同等の人を「名ばかり管理職」といい、ブラック企業で起こる違法な労働問題の典型ケースとされています。
「管理職と管理監督者の違い」「名ばかり管理職」の解説
裁量労働制の場合
年俸制は、よく裁量労働制と併用されます。裁量労働制は、みなし労働時間制の一種で、実労働時間によらず、一定の時間働いたとみなされます。したがって、1日8時間労働したとみなされれば、それ以上働いても残業代は生じません。
ただし、裁量労働制を有効に採用するには、労使協定を締結する必要があります。また、対象にできる労働者は、専門性のある一定の職種に限られます。高額の年俸をもらう社員のなかには、この要件を満たす人がいるのは事実ですが、すべての人を裁量労働制として残業代をなくすことはできません。
裁量労働制が違法なら、残業代請求できます。
「裁量労働制が違法なケース」の解説
年俸に残業代込みの場合(固定残業代・みなし残業など)
年俸制とともに、みなし残業が併用されることがあります。みなし残業は、固定残業代とも呼びます。要は、払うべき残業代の一部を事前にまとめて払う方法であり、このとき、年俸制に残業代が込みとなっているわけです。
年俸のうち、一部を残業代として、他の部分と区別しておけば、残業代の一部をあらかじめ払ったことになり、後から払う残業代を減らすことができます。この制度は、年俸制特有のものではなく、月給制の社員でも適用されます。
ただし、通常の賃金と残業代が区別されていなければ、みなし残業代として有効にはなりません。また、みなし残業代を超えて働いたとき、差額の残業代を払う必要があります。
「残業代込みの給料の違法性」の解説
労働者でなく業務委託の場合
プロ野球選手の例をあげたとおり、年俸制で働くなかには、そもそも労働基準法9条の「労働者」でない人がいます。「雇用」される「労働者」でないとすると、「業務委託」で働く「個人事業主」です。残業代は、労働基準法に基づく「労働者」の権利。「個人事業主」ならば、労働基準法は適用されず、残業代も発生しません。したがって、年俸制はもちろん、そもそも労働者でないために残業代がもらえないのです。
ただ、個人事業主は、仕事の選択は自由であり、働き方も細々と指示されません。嫌な仕事なら、断ることもできます。そうでないなら、たとえ業務委託契約を結んでも、実質は労働者として保護される場合もあります。
「個人事業主の解雇の違法性」の解説
年俸制の残業代の計算方法
年俸制は、「給料を年単位で決める」というだけの制度だと解説しました。そのため、残業代の計算方法は労働基準法に従うため、通常の月給制の労働者と同じです。
ただし、給料を年単位で決めていることから、基礎単価の計算に特別な配慮を要します。
年俸制の残業代の基礎単価の計算
年俸制とはいえ、残業代の計算式は変わらず、次の通りに算出されます。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
このとき、年俸制の残業代の基礎単価の計算には注意を要します。基礎賃金は、月額の給料から、家族手当、通勤手当、住宅手当のなどの除外賃金を控除した額のことです。年俸制で「年◯◯万円」と決まっている場合には、基礎賃金を原則として12ヶ月で割った上で、月平均所定労働時間で割って計算するのが基本です。
月給制の労働者の場合は、残業代の基礎賃金の計算には含まれない賞与や歩合などを受け取っているのが通例ですが、年俸制だとこれらの金銭は基礎賃金のなかに考慮されていることが多いです。そのため、残業代の基礎賃金は、年俸制の方が自ずと高額になりがちです。
「残業代の計算方法」の解説
年俸制における賞与の扱い
年俸制だと、年間で支払う額が決定されています。年俸を14分割して一部をボーナスとする場合、ボーナスも残業代の基礎賃金に算入されます。というのも、あらかじめ支払額の決まったボーナスは、厳密には法律用語にいう「賞与」にはならず、残業代の基礎賃金の計算に含むと考えるからです。
なお、年俸制でも、毎月一定額の支払いをしなければならず、残業代も、毎月払う必要があります。年俸制だからといって「1年の残業代をまとめ払いする」のは許されません。残業代の時効は、2020年3月31日以前は2年、2020年4月1日以降は5年(当面は3年)とされますが、この時効についても、各月の給料支払い日から起算されます。
「残業代計算におけるボーナスの扱い」の解説
年俸制における割増率の考え方
残業代の計算式における割増率の考え方は、年俸制であっても全く変わりはありません。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
年俸制の残業代を請求する時の注意点
最後に、年俸制の労働者が、残業代請求するときに注意すべきポイントを解説します。
残業代の請求方法の流れは、年俸制だろうと月給制だろうと同じであり、まず内容証明を送って交渉し、解決できないときは労働審判、訴訟へと進みます。ただ、損しないため、年俸制であるがゆえの固有のポイントに配慮が必要です。
年俸制と残業代に関する会社の誤解を解く
年俸制の残業代では、会社が「年俸制なら残業代は不要」という誤解をしていると、交渉が難航しがちです。しかも、使用者側で十分な配慮をしなかった結果、残業が全く削減されておらず、予想外に高額となり会社も譲歩できない場面も少なくありません。
交渉が決裂し、裁判など大事になると、ますます長期化してしまうので、早めに、年俸制と残業代に関する会社の誤解を解いておくのが先決となります。
年俸制で労働時間を把握する方法
「年俸制なら残業代を払う必要がない」と誤解する会社は、労働時間を把握していないおそれがあります。本来、年俸制でも月給制でも、労働時間を把握し、残業代を払う義務は同じです。しかし、会社側で証拠を用意していないと、労働時間を証明できなくなる危険があるのです。
例えば、「年俸制社員は、タイムカードを打刻しなくてよい」とされているケース。このとき、労働者側で、残業時間を証明するために、証拠を集めなければなりません。月給制なら、会社の用意する日報などが活用できても、年俸制だと資料が整備されていないことがあります。
「残業の証拠」の解説
年俸制の残業代は高額になりやすい
年俸制となっている労働者は、一般に、給料が高額のケースが多いです。年俸制そのものが、成果主義のあらわれであるため、成果をあげればそれだけ給料も増えるからです。また、年俸を12分割する給料体系だと、「年収は同じでも、月収が高い」という例もあります。
このとき、年俸制の残業代の計算は、月収をベースにして算出します。その結果、年俸制の労働者が請求できる残業代は、相当に高額となるおそれがあります。請求額が高額となると対立が激化しがちで、交渉が難航するおそれがあります。
交渉で収まらず、労働審判、訴訟など裁判手続きへ発展しがちなのも、年俸制の残業代請求の特徴の1つです。
「労働問題の解決方法」の解説
まとめ
今回は、年俸制の労働者の方に向け、それでもなお残業代をもらう方法を解説しました。
「年俸制だから、残業代は請求できない」というのは誤解です。なので年俸制社員でも、未払い残業代が発生している可能性は、十分にあります。年俸制は、単に「給料の決定が年単位だ」というだけの意味。決して、残業代を払わなくてもよい根拠にはなりません。
年俸制で勤務する労働者で、残業代請求を検討している方は、ぜひ一度弁護士に相談ください。もしかしたら、気付かぬうちに残業代が発生しているかもしれません。
- 年俸制は、年単位で給料を決めるという意味だけで、残業代をなくす効果はない
- 年俸制というだけの理由で残業代がもらえないなら、違法の可能性が高い
- 年俸制と併用される労働基準法の制度で残業代をなくすには、厳しい要件を満たす必要がある
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