たまに出張があると、気分転換になって楽しいもの。しかし、頻繁な出張、さらには遠方で移動時間も長いと、憂鬱になることでしょう。移動時間の長い遠方の出張は、労働者の負担が大きく、不満のもととなります。

出張した間の残業代は正しく計算されているの?

出張手当だけで十分な対価とはいえないのでは?
このような疑問を抱く労働者も少なくないでしょう。交通網が発展し、相当遠方でも、日帰り出張できることが多くなりました。ブラック企業ほど経費を抑えて酷使しようとしますから、宿泊出張など到底認めません。遠方の出張だと、帰りが夜遅くなるケースもざらです。
法律的には、出張の移動時間は、通常とは少し異なった理解が必要。なので、残業代の一般論だけで対処できず、不当な扱いを我慢してしまうケースもあります。労働基準法などの法律だけでなく、裁判例も理解せねばなりません。
今回は、出張の移動時間が労働時間になるか、残業代がもらえるケースとあわせ、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 出張中でも深夜・休日は残業になるが、往復の移動時間は労働時間にあたらないのが基本
- 出張の往復の移動時間に業務をしたケース、出張中の移動は、労働時間になる
- 出張の残業代を払わない会社では、出張と労災など、その他の労働問題も起こりがち
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出張における残業とは
残業とは、労働契約で定めた時間よりも長く働くこと。労務に正当な対価を与え、長時間労働を抑止するため、残業したら、残業代を請求できます。残業は、大きくわけて次の3種類があります。
出張の場合にも、これらの残業が生じることに変わりはありません。このうち時間外労働を考える際に知っておくべき「労働時間」の特殊な考え方を、次章で解説します。一方、出張中も、休日に働けば休日労働、深夜に働けば深夜労働という残業が発生するのに変わりはありません。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説

出張の移動時間は労働時間になるか
まず、出張の移動時間が、労働時間にあたるかについて。
労働時間ならば、その時間についても給料がもらえますし、長くなれば残業代も払われます。この問題は、同じ移動時間でも、出張の「往復」の移動時間と、出張「中」の移動時間で結論が違います。
出張の往復の移動時間は労働時間にならないのが原則

出張が遠方だと、往復の移動時間もかなり長くなります。「早朝に出発し、深夜帰りになる」といったケースも少なくありません。遠距離出張だと、「長時間の移動時間は、残業代がもらいたい」という気持ちになるでしょう。
しかし、出張の往復の移動時間は、労働時間にならないのが原則です。往復の移動時間がどれほど長くても、残業代は請求できません。「職場への移動時間」という点で、たとえ出張でも、オフィス勤務中の「通勤時間」と同じ性質だとされるからです。
裁判例では、「労働時間」とは「使用者の指揮命令下に置かれた時間」と定義されています。そのため、会社で労働時間とされていない、例えば休憩時間や移動時間などでも、使用者からの指揮命令があって従わなければならないときは、「労働時間」と評価される可能性があります。

「労働時間の定義」の解説

確かに、移動中は、電車や飛行機、バスなどの移動機関内で過ごさなければならないという一定の拘束はあります。しかし、出張の往復の移動時間は、睡眠時間にあてたり読書したりなど、労働者が自由に利用できる時間とされる例が多く、その移動時間は必ずしも使用者の指揮命令下に置かれているとは評価されません。出張の往復の移動時間を「労働時間」とは認めず、残業代請求を認めなかった裁判例(日本工業検査事件:横浜地裁川崎支部昭和49年1月26日決定)では、次の通り示されました。
出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である。
日本工業検査事件(横浜地裁川崎支部昭和49年1月26日決定)
例外的に出張の移動時間が労働時間になるケース
以上の通り、出張の往復の移動時間は、自由利用が保障され、労働時間にあたらないのが原則。
しかし、自由に利用できないケースなら労働時間にあたる場合があります。
出張の往復の移動時間に、具体的な業務を命じられたなら、自由に利用することはできません。業務命令によって指揮命令下に置かれたと評価できるのは、例えば次のケースです。
- 出張の往復の移動中、物品の監視を命令されていた場合
- 出張の往復の移動中、社長の世話を命令されていた場合
- 同行する上司から、出張業務のレクチャーを受けていた場合
- 到着後すぐに仕事できるよう準備を命じられた場合
このとき、出張の移動時間のうち、実際に作業をしていた時間が、労働時間だと評価されます。その結果、出張の移動日には、残業が生じやすくなります。移動時間もあわせて「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えるなら、残業代を請求することができます(労働基準法37条)。
出張中の移動時間(出張先での移動)は労働時間になるのが原則
出張中の移動時間は、往復の時間とは違って、労働時間にあたるのが原則です。一度業務を開始したら、終了するまでは労働時間となるのが基本だからです。これは、オフィス勤務中、始業から終業までは労働していたと考えられるのと同じことです。
例えば、出張中に、遠方の顧客を訪問し、次の客先へ移動するときの時間は、労働時間に含まれ、残業代の払われる時間となります。
出張の残業代の計算方法

出張の残業代の計算方法を、知っておいてください。出張中であっても、残業代の計算方法については、通常の例とかわらず、次の計算式で算出します。
- 残業代 = 基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間) × 割増率 × 残業時間
このとき「残業時間」は「出張の移動時間は、労働時間になるか」の問題を参考にしてください。「基礎単価」については、「出張手当と残業代」が参考になります。
そして、割増率については、通常の労働と同じ、つまり、時間外労働なら1.25倍、深夜労働なら1.25倍、深夜残業(深夜かつ時間外)なら1.5倍、休日労働なら1.35倍以上の賃金が必要となります。また、出張中の残業も加算した上で、月60時間を越える残業があると、割増率は1.5倍以上となります。

出張での残業は、通常の残業よりも労働者の心身への負担の大きいもの。「長時間労働かどうか」を考えるにあたっては、時間数だけでなく、その業務の負担の大きさもあわせて考慮すべきです。
「残業代の計算方法」の解説

出張と休日の扱いについて
出張がある程度の日数になると、平日だけの出張では足りないことも。このとき、出張期間に休日がかぶるケースがあります。出張と休日の扱いについては、法律知識を知っておいてください。
前章と同様、出張の「前後」ないし「移動日」が休日のケースと、出張の「期間中」の休日のケースで、違った考え方が必要となります。
出張で休日に移動するよう命令されたら拒否できるか
出張の移動日が休日となるケース、つまり、出張で休日に移動するよう命令されるケースがあります。このとき、「休日に働きたくない」「出張の休日移動はおかしいのではないか」という気持ちは理解できまずが、前章の通り、出張の「往復」の移動は、労働時間にはなりません。そのため、出張の休日違法は必ずしも違法ではなく、拒否できないのが原則です。
とはいえ、これを悪用し、休日の労働者に負担をかける会社は、ブラック企業の可能性があります。残業代が未払いであったり、パワハラ的な出張命令だったりするなど、他にも労働問題が潜んでいるなら、それを理由に拒否するという手がとれる場合もあります。
出張の休日移動が必ずしも違法とまではいえないとしても、会社の配慮が不足して、業務によってケガや病気になれば、それは労災(業務災害)。このとき、安全配慮義務違反を理由に、慰謝料を請求できます。健康を害するほどの頻繁な出張や、拘束時間の長過ぎる出張、長距離の移動など、不適切な出張は断ることができる場合もあります。
「出張の拒否と断り方」の解説

出張中の休日の扱い
出張の「期間中」に休日のあるケースもあります。このときは、出張期間中であっても、通常どおり「休日」として扱うのが原則です。つまり、労働者は、休養をとることができ、その日は自由に利用してかまいません。出張中ですから、出張先で休養をとる人が多いでしょうが、近場を旅行したり、一度帰宅したりすることも、出張の業務に支障がなければ問題ありません。
厚生労働省の通達(昭和33年2月13日基発90号)も「出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない」と定め、移動中の特別な指示がない限りは、労働時間として認めなくて良いという考えを示しています。
当然ながら、休日として休むことができれば、その日の給料は発生しません。とはいえ、出張期間中だと、休日労働の発生しやすい状況にあります。出張中の休日について、業務を命じられたら、休日労働として残業代を請求できます。
「休日出勤の拒否と断り方」の解説

出張勤務中の注意点

次に、出張勤務中に、労働者が注意したいポイントを解説します。
出張と事業場外労働みなし労働時間制
会社は、実労働時間を把握し、それにしたがって残業代を算出するのが原則。しかし、出張中にオフィス外で働くと、タイムカードなど通常の方法で労働時間を把握するのは困難です。
労働時間の把握が困難なときには「事業場外労働みなし労働時間制」が利用できます。この制度では、事業場の外でした労働について、以下ののいずれかだけ働いたとみなす制度です。
- 所定労働時間
- 通常かかる労働時間
- 労使協定で合意した時間
労働者にとっては、残業代を減らす効果につながることがあります。出張中にどれだけ労働しても一定の時間しか働いていないとみなされてしまうからです。
ただ、労働者に不利益があるため、労働時間が把握できるなら制度を適用できません次のケースでは、事業場外労働みなし労働時間制が違法となり、残業代が請求できます。
- 出張先に支店があり、そのオフィス内で業務する場合
- 管理職と同行して出張する場合
- 出張の客先訪問のスケジュールが細かく定められている場合
会社の労務管理がずさんなとき、労働時間の証拠は、労働者側が準備しなければなりません。特に出張の移動は、オフィスを離れているため管理がずさんな企業は多いものです。残業時間を証明する責任は、法的には、労働者側にあるので、証拠収集は事前に行うようにしてください。
「残業代請求の証拠」の解説

出張手当と残業代
出張をさせるときに、出張手当が払われる会社もあります。このとき、残業代計算において出張手当をどう扱うかが問題になります。
残業代の計算方法によれば、残業代は「基礎単価(基礎賃金/月平均所定労働時間 × 割増率 × 残業時間」という計算式で算出されるところ、このうち「基礎賃金」に含まれるのは、労働時間の対価だと評価される給料に限られます。この点で、出張手当が払われているときには、その手当はいわゆる「除外賃金」にはあたらず、「基礎賃金」に含めて計算すると考えるのが通常です。
出張手当や日当のつかない会社は違法か
一方で、出張手当や日当は、必ず払われるわけではありません。会社が定めていなければ、これらのお金は払われないことがあります。しかし、出張手当や日当のつかない会社も、必ずしも違法だとはいえません。これらの手当は、あくまで恩恵として払われるもので、労働者に負担の大きい出張をしてくれたのを評価し、特別に払われる性質のものだからです。
ただし、出張手当や日当が、「恩恵」を超えて「出張の残業代」と扱っている会社もあります。このときは残業代の事前支払いの性質があり、「固定残業代の計算方法」と同じ法律問題が生じます。つまり、出張手当や日当を払うだけで「出張の残業代はすべてなし」ではなく、正しく計算した残業代より低い金額でしかないならば、差額の残業代を請求できるのです。
出張に伴う社内制度によって残業代の計算が複雑になるとき、残業代が正しく支払われているか不安のある方は、ぜひ弁護士にご相談ください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説

出張の移動時間と労働時間についてのよくある質問
最後に、出張の移動時間と労働時間についてのよくある質問に回答しておきます。
出張時の労働時間に関するルールは?
本解説をまとめると、出張時の労働時間について次のように説明できます。
【出張の移動時間】
- 原則:労働時間にならない。
- 例外:移動中の業務を命じられるなど使用者の指揮命令下にあると評価できる場合は、労働時間となる。
【出張中の移動時間(出張先での移動)】
- 業務時間中なら、労働時間になる。
- 出張中の休日は、労働から完全に解放されているなら、労働時間にならない。
出張前後及び出張中は、労働時間として給与や残業代の生じる時間も含まれるので、会社はきちんと勤怠管理をし、働いた時間を把握する必要があります。
社用車による出張の移動時間は労働時間になる?
営業が社用車で出張する場合には、その移動時間は通勤と同じで、労働時間には該当しないのが原則です。ただ、そのまま出張先で社用車を使って顧客回りをするといった場合には、出張先での移動は、労働時間になります。
自分で車を運転して移動する時間は労働時間になる?
出張の移動を車でするとき、運転行為をしなければなりません。車の運転中に集中する必要があると、あまり他事もできないでしょうが、それでもなお「出張の移動時間は労働時間にならない」という原則は変わりません。
ただ、社長や上司の指示で運転手としての業務を担当する場合などは、別途の業務を指示された場合と同じく、移動時間が労働時間となります。このときは、同乗している上位者の監督下にあると評価できるからです。
海外出張の移動時間は労働時間になる?
海外出張でも、その移動時間は労働時間にならないのが基本です。ただ、労働者への負担の大きさに鑑みて、一定の手当を支給するなどの配慮をするのが望ましいです。また、出張は拒否できないのが原則ですが、治安が著しく悪い国や感染症のリスクの高い地域など、不利益の著しい場合は例外的に拒否できる場合もあります。
なお、海外出張中も、海外での就労が一時的なものであれば、日本の労働基準法、労災保険法が適用され、出張中にケガや病気に遭った場合には労災として扱われます。
まとめ

出張している期間中は、会社の監督がいきとどかず、労働時間について疑問が生まれがちです。今回は、出張期間中の残業代を知るために、労働時間の基礎知識を解説しました。
出張であっても、基本は、通常の業務と同じこと。そのため、「使用者の指揮命令下」に置かれたか、という基本から考えることになります。ただ、出張中の扱いは会社によりさまざまで、不当な処遇で損したら残業代を請求すべきです。
出張の多い会社だと、就業規則だけでなく出張規程を設けることも。このとき、事業場外みなし労働時間制など、特殊な法制度を活用していることもあるので、注意を要します。
- 出張中でも深夜・休日は残業になるが、往復の移動時間は労働時間にあたらないのが基本
- 出張の往復の移動時間に業務をしたケース、出張中の移動は、労働時間になる
- 出張の残業代を払わない会社では、出張と労災など、その他の労働問題も起こりがち
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【残業代の相談窓口】
【残業代請求の方法】
★ 労働時間制の問題まとめ
【労働時間の基本】
【労働時間にあたる?】
【特殊な労働時間制】