セクハラした加害者の立場だと、「会社に居づらい」と感じる方も少なくないでしょう。自業自得だとは重々承知ながら、セクハラ加害者といえど、生活は守らなければなりません。
しかし、会社では、重度のセクハラを起こした人ほど、厳しい措置を検討されます。小さな会社だと特に、「被害者と一緒に働かせてはおけない」ということもしばしばで、懲戒解雇などで会社から追い出す方向で検討されてしまうケースもあります。
このとき、セクハラ加害者が判断を迫られるのが「退職勧奨されたとき、応じるべきかどうか」という点です。
今回は、セクハラ加害者の立場で、退職勧奨されたときの対応策と、「会社を辞めるべきかどうか」の判断基準について、労働問題に強い弁護士が解説します。
- セクハラ加害者が退職勧奨に応じるべきかは、メリット・デメリットを比較して決める
- 退職勧奨に応じる最大のメリットは、厳しい処分を免れられる可能性が高いこと
- 提示された退職条件をよく確認し、退職勧奨に応じるメリットがあるか検討する
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セクハラ加害者の退職勧奨とは?
セクハラとは、社内における性的な嫌がらせのこと。「セクハラ」と一言でいっても、その違法性の程度は様々です。加害者が、退職勧奨を受けてしまうようなセクハラは、そのなかでもかなり重大な違法性のあるケースに限られると考えてください。
退職勧奨は許される?
退職勧奨は、会社が労働者に対し、「会社を辞めないか」というように自主退職をうながす行為です。会社を退職する方法には、次の3種類があります。
- 自主退職(辞職)
労働者側からの一方的な雇用契約の解約 - 合意退職
労使双方の合意による雇用契約の解約 - 解雇
会社からの一方的な雇用契約の解約
退職勧奨はこのうち、「自主退職」もしくは「合意退職」を勧めるという会社の行為を指します。退職勧奨は、あくまでも自主退職の「お勧め」に留まるもので、任意の「お勧め」であれば、退職勧奨は違法ではありません。
ただし、セクハラ加害者の場合はさておき、何ら理由がないにもかかわらず行われるいじめ的な退職勧奨は許されません。
「退職強要の対処法」の解説
「退職勧奨」と「退職強要」の違い
「退職勧奨」と似た用語に、「退職強要」があります。「退職勧奨」が、自主退職・合意退職をするよう勧める行為なのに対し、「退職強要」は、退職を強く迫り、押し付ける行為です。
会社が労働者を一方的に辞めさせる行為を「解雇」といいます。「退職強要」が強度になると、それは「解雇」と同じ意味を持ちます。つまり、解雇の性質なのであれば、解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でなければ、「不当解雇」として違法・無効です(労働契約法16条)。
「退職勧奨の違法性と注意点」の解説
【セクハラ加害者側】退職勧奨への適切な対応は?
セクハラした加害者の立場で、会社から退職勧奨を受けたとき、適切な対応はどのようなものでしょうか。
長年勤務し、貢献した会社だと、「何としても続けたい」という思いが強い方もいます、とはいえ、「セクハラについて厳しい処分は避けたい」という考えとの間で、揺れ動くことでしょう。
会社を辞めるべき?
退職勧奨を受けた方の法律相談で、よく聞く悩みは「勧奨に応じて、退職すべきでしょうか?」という点です。重要なのは「セクハラ加害者だからといって、『辞めなければならない』わけではない」ということ。そして、退職勧奨において会社が提示する「退職する場合の条件」を、きちんと確認することです。
退職したからといって、セクハラ問題が終了するとは限りません。被害者の感情が収まらなければ、退職後も、責任追及を受けるおそれもあります。セクハラ加害者が退職するにあたっては、次の点を十分に確認してください。
- 退職日
- 退職理由
自己都合か、会社都合か - 守秘義務
セクハラに関する退職だという秘密は守られるのか - セクハラに関する処分の有無
懲戒処分など、不利益な処分が下されるか - 退職金の有無
退職勧奨に応じた退職だと、法的な扱いは「合意退職」となります。ただし、「重度のセクハラの責任をとっての退職」という意味が含まれる分だけ、提案される退職の条件が、通常よりも低いものとなるおそれがあります。転職、再就職を考えるなら、「セクハラに関する退職だという秘密が守られるのか」という点で、会社側に守秘義務を負わせられるかどうかも重要な問題です。
退職条件は、退職合意書などの書面にまとめられ、署名押印を求められるのが通例です。サインする前に、不利な条項がないかどうか、必ず確認しましょう。
「退職合意書の強要は違法」の解説
自主退職しないと解雇?
セクハラ加害者が受ける退職勧奨では、「会社からの勧めに応じて退職しなければ『懲戒解雇』とする」のように、事後の厳しい処分を交渉のカードとして、脅しのように退職を迫られるケースもあります。
しかし、「自主退職するかどうか」と、「解雇を有効にすることができるか」は別問題で、軽度のセクハラだけで懲戒解雇するなら、それは不当解雇であり、無効です。このとき、許されない解雇をちらつかせ、「退職しないと解雇する」と脅して退職させるのも違法です。
逆に、セクハラ加害がとても重度で、どう考えても懲戒解雇とせざるを得ないケースで、「退職してくれれば処分はしない」ということもまた、被害者に対する「もみ消し」だととらえられるリスクがあり、会社として問題のある勧奨です。会社としても、加害者を退職させてうやむやにし、セクハラ被害者への配慮を欠くような退職勧奨は、安全配慮義務違反となるおそれがあります。
「解雇を撤回させる方法」「解雇の解決金の相場」の解説
【セクハラ加害者側】退職強要への適切な対応は?
セクハラ加害者に対して、「退職しなければ、『懲戒解雇』する」と迫ることは、特に、有効に解雇するのが難しい、軽度のセクハラ行為を対象とするケースでは、違法な退職強要だといえる可能性が高いです。
違法な退職強要となる疑いの強い扱いを受けたら、セクハラ加害者の立場であっても、退職強要を拒絶して会社と争うべきケースも少なくありません。
違法な退職強要といえど、相当強度な脅迫(場合によっては暴力)がない限り、一度退職を同意してしまえば、撤回するのはとても難しいです。法律的には、錯誤(民法95条)、詐欺・強迫(民法96条)を理由とし、これらの理由による意思表示について、民法では取り消すことができると定められています。
そのため、会社の取扱いに違法性があると考え、会社と争おうとしているセクハラ加害者は、会社からの勧奨及び強要を拒絶し、会社からの処分を待つこととなります。リスクの高い判断なので、不安な場合は、退職の意思表示をする前に、弁護士にご相談ください。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
【セクハラ加害者側】退職時の注意点
最後に、退職勧奨にせよ、違法な退職強要にせよ、セクハラ加害者自身が十分に理解し、納得の上で「会社を退職する」という決断をした場合に、退職時に注意しておきたいポイントを解説します。
セクハラ加害者であっても何とか会社に残りたいという気持ちがあるのはもっともなこと。それでもなお、退職に応じるならば、少しでも不利益の少ないようにしておきましょう。
退職日
労使が合意で労働契約を解約する「合意退職」なら、退職日は、労使の合意があればいつでもよいです。
重度のセクハラで退職を迫られたケースだと、自宅待機期間中のことも多いでしょう。既に業務引継ぎは済んでいるかもしれません。しかし、加害者側としては、転職活動の兼ね合いもあり、少しでも退職日が後ろ倒しになるよう交渉したいケースもあります。
セクハラ加害者側の立場で、退職日を前倒しした場合、後ろ倒しした場合のメリット、デメリットは、次のようにまとめられます。
【退職日を早めるメリット】
- 残期間中に、セクハラについて厳しい処分を受ける可能性が減る
【退職日を早めるデメリット】
- 給料がもらえなくなる
- 在職しながら転職活動ができない
【退職日を遅らせるメリット】
- 給料がもらえる
- 在職しながら転職活動ができる
【退職日を遅らせるデメリット】
- 残期間中に、セクハラについて厳しい処分を受ける可能性がある
メリット・デメリットを正確に比較するには、「自宅待機期間中も給料がもらえるか」を理解する必要があります。
「セクハラ加害者が自宅待機命令を受けたとき」の解説
なお、「合意退職」では、特に退職日の定めはありません。これに対し、労働者の一方的な意思でする「自主退職」では、退職日について民法のルールがあります。
民法627条1項
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。
民法(e-Gov法令検索)
民法627条3項
6ヶ月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3ヶ月前にしなければならない。
民法(e-Gov法令検索)
民法628条
当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。
民法(e-Gov法令検索)
以上の民法のルールによれば、労働者からの解約は、原則として2週間前までに伝えれば足ります。
なお、通常の正社員の場合、月給制、かつ、期間の定めがないことが多く、2020年4月1日に施行された改正民法よりも前は、賃金の計算期間の前半に伝えた場合にはその期間の末、その後半に伝えた場合には次の期間の末に自主退職できることとなっていました。
しかし、この規定は2020年4月1日の改正民法施行後は「使用者からの解約の申入れ」に限定される規定となりました(民法627条2項)。
退職理由
合意退職は、労使双方の納得によって進められます。そのため、退職理由をどのようなものにするかは、労使双方の合意に任されています。
特に、退職後の生活を保障するための失業保険において、この点はとても重要。退職理由が「会社都合」となるほうが、「自己都合」となる場合に比べて、失業保険の開始日、支給金額の点で、労働者にとって有利だからです。
会社都合の退職としたほうが、失業保険との関連では有利となります。しかし一方、自己都合退職としたほうが、転職先に「セクハラなどの違法行為で会社を辞めざるをえなかった」とバレにくくなるという利点もあります。
「自己都合と会社都合の違い」の解説
守秘義務
会社からの退職勧奨に応じると、次は、再就職先を探すことになります。しかし、万が一、転職先に「セクハラで退職した」とバレてしまってはいけません。
そのため、セクハラ加害者が、会社の勧奨に応じて退職するときには、是が非でも、退職合意書において会社側に守秘義務を負ってもらわなければなりません。
なお、会社としても、退職する労働者には、通常の守秘義務を課したいと考えるのが一般的です。そのため、守秘義務条項は、相互的な定めにしておくのがよいでしょう。退職合意書における守秘義務条項の例は、次の通りです。
第○条(守秘義務)
甲(労働者)と乙(会社)とは、本件合意書の内容及び作成経緯について、相互に秘密を保持し、正当な理由なく第三者に漏洩、口外しないことを確約する。
「誓約書を守らなかった場合」の解説
セクハラに関する処分の有無
セクハラ加害者が、「不本意ながら、退職勧奨に応じよう」と考える一番の原因は、「セクハラについて厳しい処分を下されたくない」という点でしょう。特に、懲戒解雇となると、再就職に大きなハードルとなることが、「懲戒解雇されるくらいなら自分から身を引こう」という考え方が生まれやすい一因となっています。
退職勧奨に応じるなら、セクハラで厳しい処分にはならないことを、確約してもらわなければいけません。きちんと確認した上で退職を勧めなければ、応じるメリットがなくなってしまいます。退職勧奨に応じて合意退職する場合でも、退職日までは労働者であり続けます。そのため、理論上は、退職日までは、会社としていかなる処分も可能なのです。
「退職届を出した後に解雇されたら」の解説
退職金の有無
会社に退職金規程が存在するときは、退職するなら、退職金をもらうことができます。
しかし、多くの退職金規程には、「懲戒解雇となった場合、もしくは、懲戒解雇となる事由の存在する場合」といったケースでは「退職金を不支給または減額」できると定められています。
そのため、会社の退職勧奨に応じて退職する場合にも、退職条件に注意しなければ、会社が退職金を不支給または減額にしているおそれがあります。上記のような退職金規程の定めの場合、「懲戒解雇」それ自体が下されなくても、懲戒解雇となる事由が存在する、と会社が考えれば、退職金を支払わない取扱いができてしまうからです。
「退職金を請求する方法」の解説
まとめ
今回は、セクハラ加害を起こしてしまった労働者の立場での解説でした。なかでも厳しい決断を迫られる、会社から退職勧奨をされたときの正しい対応策を説明しました。
セクハラ問題を引き起こすこと自体、あってはならないことです。十分な反省が必要ですが、セクハラ加害者とはいえど、労働者としての権利は保護されます。違法な退職勧奨の犠牲になったり、不当解雇されたりしたら、我慢してはいけません。
セクハラ問題への会社の事後対応に、疑問、不安のあるセクハラ加害者の方は、ぜひ弁護士にご相談ください。
- セクハラ加害者が退職勧奨に応じるべきかは、メリット・デメリットを比較して決める
- 退職勧奨に応じる最大のメリットは、厳しい処分を免れられる可能性が高いこと
- 提示された退職条件をよく確認し、退職勧奨に応じるメリットがあるか検討する
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【セクハラの基本】
【セクハラ被害者の相談】
【セクハラ加害者の相談】
- セクハラ加害者の注意点
- セクハラ冤罪を疑われたら
- 同意があってもセクハラ?
- セクハラ加害者の責任
- セクハラの始末書の書き方
- セクハラの謝罪文の書き方
- 加害者の自宅待機命令
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- セクハラ加害者の退職勧奨
- セクハラで不当解雇されたら
- セクハラで懲戒解雇されたら
- セクハラの示談
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