取締役や役員が、社員にパワハラをしたとき、企業としてもその影響を無視することはできません。取締役は、経営を担う重要な役職なので、その地位が高い分だけ、パワハラの加害者となったとき被害者に与えるダメージは非常に大きいからです。
重要なポジションにある取締役や役員がパワハラをしたことが発覚すると、対外的にも、企業の信頼を大きく損なってしまいます。重大な問題である「取締役のパワハラ」が発覚したとき、会社はその取締役を解任することができるのでしょうか。パワハラを理由とした解任は、正当な理由として認められるのでしょうか。
今回は、役員のパワハラの責任と、パワハラが解任の正当な理由となるかどうかについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
パワハラをした取締役の責任は?
はじめに、取締役によるパワハラの責任について解説します。
取締役によるパワハラは、会社組織にとって非常に大きなリスクとなります。そのことは、逆に、被害者となった労動者にとっては、パワハラした取締役や役員の責任はもちろんですが、企業の責任も追求することができることを意味します。
企業は、問題ある人を取締役に選任しないようにすると共に、選任後もしっかりと監督し、健全な労働環境と労動者の安全を守るよう、対策を講じなければなりません。
取締役のパワハラの法的責任は重い
パワハラは、職場の優位な立場を利用して、業務上必要な範囲を超えて、精神的または身体的な苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為です。パワハラには「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「プライバシーの侵害」という6類型があり、労働施策総合推進法32条の2で定義されます。
取締役は、会社に選任され、経営を任される役職です。そのため、労働法で保護される「労動者」ではなく、弱い立場ではありません。むしろ、会社と対等な立場で経営を担うために、大きな権限と、それに伴う責任を有しています。
会社法は、役員が、その職務の遂行について善管注意義務や忠実義務を負うことを定めます。取締役の職務は、経営全般に渡るため、社員の指導や管理も当然ながらその一部に含まれ、人事権を左右できるなどといった大きな影響力を行使できます。このような強い立場の取締役がパワハラをしてしまった場合、非常に大きな問題なのは明らかです。被害者にとって、単なる社員である上司のパワハラよりも、取締役からパワハラされる方が、苦痛は更に大きいものとなります。
「パワハラが起こる理由」の解説
取締役のパワハラは企業にとってのリスクとなる
平社員であろうがバイトだろうが、パワハラが違法なのは当然ですが、取締役の行動は、特に大きな影響力を有するので、パワハラは絶対に許されません。
取締役によるパワハラは、単なる個人間のトラブルではなく、会社全体を巻き込んだ問題に発展することがあります。具体的には、取締役がパワハラをしたことで、「なぜパワハラを起こすような問題ある人物を取締役に選任したのか」と株主や会社が責任を問われたり、「パワハラをする人物の経営する企業は信用できない」というように会社の評判が下がり、顧客や取引先が離れてしまったりといった大きな問題が起こっています。
この場合、取締役のパワハラが原因で、労動者や株主から、会社が損害賠償責任を問われるおそれもあります。取締役や役員によるパワハラの問題は、法的なリスクが生じるだけでなく、企業のブランド価値や社会的信用にも、深刻な打撃を与える危険があるのです。
「パワハラは労災になる?」の解説
パワハラをした取締役を解任することができる?
次に、パワハラをした取締役を解任することができるか、について解説します。
会社は、労動者の健康を守り、安全な環境で働かせる義務(安全配慮義務)を負い、社内で起こるトラブルを防止する必要があります。取締役がパワハラやセクハラなどのハラスメントをしていると分かったら、注意したり処分をしたりして、労動者を守らなければなりません。この義務に違反して、役員のパワハラが放置されている場合は、むしろ会社の責任を追及することができます。
そして、パワハラをする取締役に対する処分の最たる例が、「取締役の解任」です。
取締役を解任する手続き
取締役の解任は、会社法に基づいて、株主総会での決議を必要とします。解任の決議には、株主の過半数の賛成が必要です(会社法339条1項)。「株式」は、つまりは会社の所有権を意味し、取締役はあくまで経営を任されているだけです(社長であっても株式を持たなければ「雇われ社長」に過ぎません)。そのため、過半数の株式を有する株主は、いつでも取締役を解任することができます。
しかし、不当な解任である場合には、解任された取締役は、会社に対して損害賠償を請求することができます(会社法339条2項)。
会社法339条(解任)
1. 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2. 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
会社法(e−Gov法令検索)
役員の任期中の解任の場合には、正当な理由がない場合「解任によって生じた損害」には、その残任期分の報酬が含まれると考えられています。そして、パワハラをはじめとした不正を理由とした解任は、突然に起こるものなので、任期中にされるのが通常です。
したがって、パワハラを理由として取締役を解任する際は、解任の正当な理由になるかが非常に大切です。会社としては、その点を非常に気にして解任に慎重な姿勢を示す可能性があるため、被害者となった労動者は、パワハラの具体的な証拠を示し、会社に被害を訴えることが大切です。
「パワハラの証拠」の解説
パワハラが取締役を解任する「正当な理由」となる場合の条件
前章の通り、パワハラを理由に取締役を解任することができるとしても、「正当な理由」がなければ、不当解任となり、会社は損害賠償請求されてしまいます。労動者としても、会社が賠償責任を恐れて解任しないのでは、役員からのパワハラを受け続け、疲弊してしまいます。
そこで、どのような理由ならば「正当な理由」となるのか、パワハラは、取締役を解任する理由として適切なのかどうかについて、解説します。
従業員に重大な被害を生じさせた場合
パワハラが、取締役を解任する理由として正当であると認められるには、その影響が重大であることが必要となります。特に、パワハラ事例の場合には、被害者となった従業員に与える影響がどれほど大きいか、という点が最重要となります。
労動者の精神的、身体的苦痛が重大であるほど、解任が正当であると認められやすくなるため、早く解任してほしいなら、適切な証拠を示し、説得的に被害を訴えるのが有効です。このとき、感情的にならず、証拠に基づいて冷静に伝えることが重要です。
「パワハラの相談先」の解説
会社の信用を失墜させた場合
パワハラ行為が企業にも重大な影響を及ぼす可能性が高いことを考えると、会社の信用を失墜させるといった影響もまた、パワハラによる解任を正当化する事情となります。
重要なクライアントを失ってしまった、メディアで報道されてしまったなど、企業の評判や、経営全体に大きな支障を生じさせれば、パワハラは解任の正当な理由となります。
「辞任勧告への対応」の解説
社内の規律を著しく乱した場合
取締役は、上位の立場にあって、社員の模範となるべき存在です。その取締役がパワハラ行為をしてしまえば、社内の規律が乱れることは当然であり、他の社員もまた、暴力や暴言、粗雑な行為をすることを助長してしまう可能性があります。
取締役がパワハラをした結果、社内の規律が崩れ、被害者はもちろんのこと、他の従業員の士気やモチベーションが低下し、離職が相次ぐといった事態に落ちってしまったとき、その原因を作った取締役を解任する正当な理由として認められることがあります。
なお、上位の立場にある役員であるほど、その言動について、パワハラと指導の区別が非常に重要となります。
「パワハラと指導の区別」の解説
取締役のパワハラによる民事責任と刑事責任
取締役がパワハラを行った場合、被害者となった労動者は、その役員に対して民事上、刑事上の責任を追及することができます。取締役という責任あるポジションの人が加害者となっていることによって、大きな被害を受けた分、責任追及はしっかりと行わなければなりません。
取締役のパワハラの民事責任
労働問題の責任のうち、当事者間で金銭によって解決されるのが「民事責任」です。
労使関係で生じる民事責任は、民法、労働法、会社法などに定めがあり、その責任追及の方法は、損害賠償請求によって行われます。
不法行為責任(709条)
パワハラの直接の加害者である取締役は、不法行為(民法709条)の責任を負います。
取締役は、社内の問題行為について管理・監督し、是正する立場にあります。そのため、直接の加害者となった場合だけでなく、注意や予防を怠ったり、相談を受けたのに適切な対処をしなかったりした場合にも、不法行為の責任を負う可能性があります。
被害者は精神的苦痛を受けたとして慰謝料を請求することができ、取締役個人が損害賠償責任を負うことになります。
「労災の慰謝料の相場」の解説
使用者責任(民法715条)
取締役のパワハラが業務の一環として行われた場合には、会社も、使用者として損害賠償責任を負います(民法715条)。会社は、取締役の行為を監督し、パワハラを予防すべきだからです。被害者となった労動者との関係では、会社と取締役は、連帯して責任を負うこととなります。
また、代表取締役社長の場合、部下が業務上でしたパワハラについて、使用者としての責任を負う可能性があります。
安全配慮義務違反(労働契約法5条)
会社は、従業員の働く環境の安全を確保する義務を負うところ、取締役は、経営陣としてその義務を履行する立場にあります。そのため、取締役のパワハラによって就労環境が悪化し、健康を損なってしまった場合には、安全配慮義務違反の責任を問うことができます。
「安全配慮義務」の解説
役員の第三者責任(会社法429条)
役員は、会社の行為によって第三者に損害を与えたとき、その責任を負うことがあります。会社法429条は、役員の第三者責任を定めており、具体的には、役員が、その職務を行うについて「悪意又は重大な過失」があったとき、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います。
なお、取締役は、経営上の判断について善管注意義務を負うところ、経営上の専門的な判断についての責任は制限されており、その判断によって結果的に会社が損害を被ったとしても、その決定及び決定の内容に著しく不合理な点がなければ、賠償義務を負わないとされています。この考え方を「経営判断の原則」といいますが、一方で、パワハラをすることは経営判断として適切ではなく、このような考えによっても責任を免れることはできません。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
取締役のパワハラの刑事責任
取締役がパワハラを行った場合、その行為が刑法に抵触すれば、以下のような罪に問われる可能性があります。
- 暴行罪(刑法208条)
殴る、蹴るといった身体的な攻撃によるパワハラは、暴行罪となり、2年以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則が科せられます。 - 脅迫罪(刑法222条)
取締役としての権限を悪用し、「お前を解雇するぞ」や「会社にいられなくしてやる」などと脅すことは、脅迫罪に該当する可能性があります。脅迫罪の罰則は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金です。 - 名誉毀損罪(刑法230条)
従業員を誹謗中傷し、社会的な評価を低下させる行為は、名誉毀損罪として3年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されます。 - 侮辱罪(刑法231条)
「バカ」「無能」などの人格を否定する発言を行うと、侮辱罪が成立し、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処せられます。 - 強要罪(刑法223条)
過度な業務を無理やり押し付けたり、退職を強要したりといった行為は強要罪に該当し、3年以下の懲役による罰則が科されます。
労働基準法の違反には刑罰が規定されていますが、その対象は「使用者」であり、取締役もこれに含まれるとされています。長時間労働、未払い残業代、これによる過労死のトラブルなどで、取締役が逮捕・送検されるニュースもよく報道されています。取締役は、会社の経営において労働基準法違反を防ぐ立場にあるため、違反を防止することが可能です。実際に、取締役には、経営を通じて労働基準法違反が起こらないようにする責任があります。
取締役に刑事責任を追及するには、労働法違反であれば労働基準監督署、刑法違反であれば警察に通報して、処罰を求めてください。
「労働基準監督署への通報」の解説
まとめ
今回は、取締役や役員がパワハラをしたときの責任について解説しました。
取締役によるパワハラは、企業にとって重大なリスクとなります。取締役は大きな権限と責任を持っているため、その行為が会社全体に及ぼす影響もまた大きくなります。そのため、パワハラのように企業秩序を乱す規律違反を起こしてしまうと、通常の社員にもまして問題となります。
会社に支障を及ぼす程度が甚大なため、ケースによっては、違法なパワハラをしたことが取締役を解任する正当な理由であると認められます。ただし、解任には適切な手続きを要し、また、万が一「正当な理由」と認められない場合、不当解任となって、その取締役から会社が損害賠償請求を受けてしまうリスクもあります。
労動者の立場としても、取締役からパワハラされると、その精神的負担は非常に大きく、責任追及をしたいと考えるでしょう。このとき、加害者となったパワハラ役員はもちろん、会社に対しても、慰謝料その他の損害賠償を請求することができます。
【パワハラの基本】
【パワハラの証拠】
【様々な種類のパワハラ】
- ブラック上司のパワハラ
- 資格ハラスメント
- 時短ハラスメント
- パタハラ
- 仕事を与えないパワハラ
- 仕事を押し付けられる
- ソーハラ
- 逆パワハラ
- 離席回数の制限
- 大学内のアカハラ
- 職場いじめ
- 職場での無視
- ケアハラ
【ケース別パワハラの対応】
【パワハラの相談】
【加害者側の対応】