労働基準監督署の「是正勧告」は、労働基準法などの法令に違反する企業に発せられる行政指導の一つです。労働基準監督署は、企業の法違反を監督する機関であり、違反を改善させるために様々な権限を行使できるところ、その中でも強力な手段が、是正勧告です。
是正勧告を受けると、会社は法令違反の是正を求められるため、労動者にとっては、より良い労働環境が整備されるきっかけとなります。そのため、劣悪な労働環境で働く人は、労働基準監督署に通報し、是正勧告を下してもらうのを目標に行動するのがよいでしょう。しかし、是正勧告を無視する企業も、残念ながら少なくありません。このとき、是正勧告に従わない場合のリスクや罰則についてもよく理解しておいてください。
今回は、労働基準監督署の是正勧告がどのようなものか、是正勧告を受けるとどうなるのか、そして、是正勧告に従わない場合はどうなるのか、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 是正勧告は、労働基準監督署が法違反を監督するために行使する行政指導の一種
- 是正勧告そのものに拘束力はないが、未払い残業代を放置すれば刑罰の制裁あり
- 労働基準監督署が是正勧告してくれてもなお、不十分な和解には応じない
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是正勧告とは
是正勧告とは、労働基準監督署が企業に対し、労働基準法その他の法令に違反していると判断したとき、法違反の状態を是正するよう指導する行政手続きです。はじめに、是正勧告についての基本的な知識を解説していきます。
是正勧告の性質
労働基準監督署は、労働基準法や労働安全衛生法、最低賃金法などの主要な労働法に基づき、企業に法違反がないかを監督する行政機関です。その監督のために、立入検査(臨検)や書類提出命令などの強力な権限を行使し、企業の法令遵守を確認します。
労働基準監督署の監視により、法令違反が発見されたとき発せられるのが「是正勧告」、明らかな法違反とは言えないものの改善が求められる場合に発せられるのが「助言指導」です(是正勧告の際には是正勧告書、助言指導の場合は指導票が企業に交付されます)。つまり、是正勧告と助言指導の違いは、法違反が存在するかどうかの点にあります。
是正勧告は行政指導の性質を有します。「行政指導」は、強制力のある「行政処分」とは区別され、あくまで法的な拘束力はありません。したがって、勧告に従わなかったとしてもそれ自体での罰則はありません(なお、法違反の状態を改善しなければ、その結果として労働法違反による刑罰が科される可能性があります)。
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労働基準監督署が是正勧告を行う流れ
是正勧告は、労働基準監督署による調査の結果として、違反行為が確認されたときに行われるものです。是正勧告に至る流れは、次のプロセスを踏むのが通例です。
労働基準監督署による調査の開始
労動者が、未払残業代や違法な長時間労働といった違法行為を労働基準監督署に申告すると、調査に乗り出してもらえる場合があります。また、労基署による定期監督の結果、法違反の疑いのある企業に対して調査が開始されることもあります。
監督や調査の実施
労働基準監督署は、企業に質問を送付して回答を得るほか、協力的でない場合は、強制的にオフィスに立ち入って調査をしたり資料を提出させたりすることができます。
是正勧告書の交付
法違反が発見された場合には是正勧告書が企業に交付されます。是正勧告書とは、違反内容を特定し、是正すべき項目を記載した書類です。
法違反の是正と報告
是正勧告を受けると、会社は、是正計画を作成して、法違反の是正措置を講じなければなりません。また、指定された期限に改善報告書を提出して、改善策の実施状況について労働基準監督署に共有する必要があります。
「労働基準監督署が動かないときの対応」の解説
是正勧告の内容の具体例
是正勧告は、例えば、次のような法令違反について下される事例があります。
労働時間に関する是正勧告の例
「1日8時間、1週40時間」を超えて働かせる場合は36協定の届出が必要となるところ、締結せず残業させたり、36協定の上限(限度時間)を上回る残業をさせたりする労働基準法違反には、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則があります(労働基準法119条)。
これらの違反があった場合、是正勧告によって、36協定の届出や、労働時間の削減、適正な労働時間管理を行うよう指示されます。
「長時間労働の問題点と対策」の解説
残業代に関する是正勧告の例
労働基準法37条は、時間外、休日及び深夜の労働に対し、割増賃金(残業代)の支払いを義務付けています。残業代を払わない、いわゆるサービス残業は違法であり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則があります(労働基準法119条)。
これらの違反があった場合、是正勧告によって、未払い賃金を速やかに支払い、法定通りの割増賃金を支払う体制を整えるよう求められます。
「残業代の計算方法」の解説
有給休暇に関する是正勧告の例
労働基準法39条では、入社後6カ月が経過し8割以上出勤した労働者に対し、年次有給休暇を付与する義務を定めます。また、2019年4月から法改正により、年5日の有給休暇を取得させることも義務付けられました。したがって、適切な有給休暇を付与していない場合や、年5日の有給取得義務を遵守していない場合、是正勧告によって確実に取得させるよう指導がなされます。
「有給休暇を取得する方法」の解説
健康診断に関する是正勧告の例
労働安全衛生法66条では、企業は、常時雇用する労動者に対して、雇い入れ時や年に1回の定期健康診断を実施する義務が課されており、違反した場合には50万円以下の罰金という罰則が科されます(労働安全衛生法120条)。
従業員に対して健康診断を実施していない、もしくは、定期的に実施していない場合には、是正勧告によって、速やかに健診を実施し、今後も定期的に行う体制を整えるよう指導がなされます。
「会社に診断書を出せと言われたら」の解説
安全衛生に関する是正勧告の例
労働安全衛生法は、適正な労働環境の整備すべく、一定規模の事業場において、衛生管理者や産業医などの選任を義務付けます。
健康で安全に働ける環境を整備するのは企業の義務(安全配慮義務)であり、その重要性の高さから、労働安全衛生法違反については刑事罰が科されます。法違反が発覚した場合、速やかに改善する必要があることから、是正勧告が発せられるケースも多くあります。
「安全配慮義務」の解説
是正勧告に従わない場合はどうなる?
次に、是正勧告に従わない場合に、どのようなペナルティやリスクがあるかを解説します。
是正勧告に拘束力はないが法違反の制裁がある
行政指導の一種である是正勧告は、指導的な意味合いであって拘束力はなく、従わなかったからといってそれだけで罰則などの制裁が下るわけではありません。
しかし、「是正勧告は無視すれば終わり」というわけではありません。是正勧告は、法違反が発見された場合に行われるもので、従わなかった場合、その法違反は改善されないことになります。その結果、その法違反を理由とした厳しいペナルティが実際に下されることとなります。
是正勧告を無視すると刑事処罰につながる
「是正勧告の内容の具体例」の通り、是正勧告の対象となるのは、労働基準法や労働安全衛生法といった、刑事罰による制裁が定められた重要な法令の違反です。そのため、是正勧告に従わず、法違反を改善しない企業に対しては、刑事罰による制裁が下される可能性が高まります。
労働基準監督官には、司法警察官の職務を行う権限が与えられているため、刑罰のある法違反を発見した場合、最終的には、逮捕をすることが可能です。いわば、是正勧告は、刑事処罰の前触れであるということができるため、それ自体に拘束力がないとしても、十分な効果があります。
「サービス残業の告発」の解説
是正勧告に従わないその他のリスク
是正勧告に従わないことは、逮捕や送検による刑事事件化のリスクのほかにも、様々な不利益を招く可能性があります。
建設業などの許認可が必要な業種では、是正勧告を無視することで、業務停止や許認可の取り消しなど、行政による処分を受けるおそれがあります。また、労働法違反が原因で指名停止処分を受け、発注が停止されて仕事を失うリスクもあります。
是正勧告を無視する姿勢は、社内外の信頼を失う要因にもなります。従業員にとって、是正勧告を受けても劣悪な労働環境が改善されず、未払い残業代が生じているのでは、モチベーションの低下は当然で、不満から離職率の上昇にもつながります。社外でも、労働法違反の事実が公になると、顧客や取引先からの信用を失う可能性があります。過労死が報道され、企業の社会的評価が下がった例も記憶に新しいのではないでしょうか。経営への悪影響は計り知れません。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
労動者が是正勧告を活用する方法と注意点
最後に、労動者側の立場から、是正勧告を活用して労働環境を改善する方法と、その際の注意点について解説しておきます。
是正勧告は、本解説の通り、企業に法違反を是正するよう促す強力な効果を有しており、労動者にとっても、権利保護のための有力な手段となります。違法な長時間労働や未払い残業代といった労働問題の生じている会社で働いている人は、ぜひ活用するようにしてください。
労働基準監督署に申告する
是正勧告を活用するには、労働基準監督署に申告する方法によります。
労働基準監督署は、匿名での申告も受け付けているため、報復を恐れずに相談できます。「会社に知られたくない」「今後も働き続けたいので直接文句を言うと居づらくなってしまう」というケースでも活用することができます。
企業に直接訴えづらいケースでも、労動者が不利益を被らずに是正を促すのに有効な手段です。是正勧告を求める方法は、ある一人の労動者が被害を訴えただけでも、会社全体としての改善を図ることができる結果、他の社員もまた恩恵を受けられるメリットがあります。
「労働基準監督署への通報」の解説
是正勧告の対象となる法違反は限定されている
労働基準監督署の主な役割は、法違反の是正であり、労働者の保護を第一の目的としているわけではありません。そのため、是正勧告の対象となるのは、刑事罰が定められた主要な労働法違反に限られており、労基署の権限の範囲を超える法違反については、是正勧告は下されません。
したがって、解雇やハラスメントなどのトラブルは、労働基準監督署の是正勧告の対象外となります。これらの問題も重要であることに違いはありませんが、是正勧告で対処ができません。解雇やセクハラ・パワハラといった問題は民事上の紛争であり、違法かどうかは個別の事情によって変わるため、労基署に違法性を判断する権限がないためです。
このような場合には、労働問題に詳しい弁護士に相談し、労働審判や訴訟といった裁判手続きによる解決を図ることが適切です。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説
不十分な和解には応じない
労働基準監督署が是正勧告を出しても、残業代を直接回収してくれるわけではありません。違法状態を改善すべきプレッシャーが強くかかるため、会社が譲歩し、未払い残業代を払う形で和解に至るケースもありますが、必ずしも労動者に有利な内容となっているとは限りません。
この際に注意すべき点は、不十分な和解条件に安易に応じないことです。本来なら、満額の残業代を受け取る権利があるにもかかわらず、会社からは低額の和解しか提示されないことがあります。労働基準監督署も、法違反を是正するよう指導してくれても、いくらの残業代が適切かについてアドバイスをしてくれるわけではありません。このとき、労働審判や訴訟を通じて更に多くの支払いを求めることができるなら、低額の和解に応じるメリットはありません。
争う手間や費用、判決で得られる可能性のある金額を考慮し、提示された和解案が妥当かどうか、慎重に検討することが大切です。
「残業代請求の和解金の相場」の解説
まとめ
今回は、労働基準監督署の是正勧告について解説しました。
労働基準監督署の是正勧告は、企業に労働基準法を遵守させ、残業代の未払いや違法な長時間労働を改善させるなど、適正な労働環境を整えるための重要な役割を果たします。この勧告は、企業にとって強いプレッシャーとなります。
しかし、是正勧告はあくまで行政指導の一種であり、それ自体に法的な拘束力はなく、是正勧告を無視したことを理由に罰則が科されることはありません。ただ、違法な状態が改善されなければ、労働法違反として刑事罰が科される可能性があり、会社に大きなリスクがあります。
残業代に未払いがあるなど、劣悪な労働環境に悩んでいる方は、是正勧告を受けられるよう労働基準監督署に相談することが有効です。その際には、労働問題に精通した弁護士からのアドバイスも事前に得ておくとよいでしょう。
- 是正勧告は、労働基準監督署が法違反を監督するために行使する行政指導の一種
- 是正勧告そのものに拘束力はないが、未払い残業代を放置すれば刑罰の制裁あり
- 労働基準監督署が是正勧告してくれてもなお、不十分な和解には応じない
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