労使協定と労働協約はいずれも、労働関係のルールを定める労使の約束です。言葉は似ていますが、労使協定と労働協約は全く別物であり、その性質や優先順位が大きく異なります。
労働関係を規律するルールには、労使協定と労働協約のほかに就業規則と雇用契約書があります。いずれも労働関係の内容を決める大切な約束ですが、なかでも労使協定と労働協約は、複数の労働者に適用されるルールを定め、就業規則や雇用契約書に優先して労働契約の内容を塗り替える役割があるため、重要度が高いです。
労使協定と労働協約は、その重要性に比して、就業規則や雇用契約書のように必ず結ぶものではなく、個人ごとに締結するわけでもないので、意識する機会は少ないかもしれません。しかし、残業をするために必須となる36協定など、実際は労働者の働き方に大きく影響します。
今回は、労使間のルールを理解するために知っておくべき、労使協定と労働協約の意味や違い、優先順位について解説します。
- 労使協定と労働協約はいずれも労使間のルールを規律するが、意味や性質は異なる
- 労使協定は、法令における例外的な扱いを定め、就業規則の特則となる
- 労働協約は、組合が締結する重要な約束であり、法令に次ぐ高い優先順位を持つ
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労使協定とは
労使協定とは、労働基準法、育児介護休業法などの法律に基づき、法令の原則的な扱いではなく、例外的なルールに修正するために、労働者と企業の間で締結される合意書です。労働者側は、過半数組合もしくは過半数代表が締結主体となります。
労使協定は、全社に適用されるルールである点で就業規則と共通し、その特則として機能します(つまり、就業規則が「原則」であり、労使協定はその「例外」)。労使協定は、特定の労働条件について、法律の適用を特例的に変更する場合に必要となる重要な役割を有します。労働基準法をはじめとした労働法には「労使協定を締結した場合に限って例外的な扱いをすることができる」という定めが多くあり、労使協定を結ぶことで法律による罰則を回避できる効果(免罰効果)があります。
最も有名なのが36協定です。36協定は、労働基準法36条を根拠に、原則として禁止される残業について、36協定を結んだ場合に限り、その上限(限度時間)を守っている場合に適法とする効果を有する労使協定です。その他、労使協定の種類には、次の例があります。
- 時間外労働・休日労働に関する協定(36協定・労働基準法36条)
法定労働時間を超える時間外労働、休日労働をさせるために必要となる労使協定 - 特殊な労働時間制の導入に必要となる労使協定
- フレックスタイム制(労働基準法32条の3)
- 1ヶ月単位の変形労働時間制(労働基準法32条の2)
※ ただし、就業規則による定めでも足りる。 - 1年単位の変形労働時間制(労働基準法32条の4)
- 1週間単位の非定型的変形労働時間制(労働基準法32条の5)
- 事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法38条の2)
※ 労使協定でみなし労働時間を定める場合 - 専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)
- 一斉休憩の例外(労働基準法34条2項)
- 育児休業の適用除外(育児介護休業法6条)
労使協定の主な目的は、労働条件や働き方について、労使双方の合意に基づく柔軟な運用を可能にすることです。本来は法律で禁止されているものの企業にメリットのある扱いについて、労使協定の締結を条件とすれば労働者の保護を欠くこともないため、例外的に許される場合があるわけです。このように労使協定は、労働者の権利を保護しながら、企業のニーズに応じた柔軟な労務管理を実現する手段となります。したがって、労使協定を適切に運用することは、企業経営における便宜と、労働者の保護を両立するために非常に重要です。
労使協定の効力や優先順位については「労使協定の優先順位」で後述します。
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労働協約とは
労働協約とは、使用者と労働組合の間で締結される合意書であり、労働条件や労働者の待遇、労働環境の改善などについての取り決めを含むものです。
労働協約は、労働組合法に基づいて労働者の権利を保護し、労働条件を向上させることを目的としています。労働協約は、労働者が加入する労働組合が、団体交渉によって話し合った結果を書面にして、労働組合と会社が署名ないし記名、押印して結ばれます。記載内容に制限はなく、賃金、労働時間、休日や休暇など、労働条件を良いものにするための様々な取り決めをすることができます。
憲法と労働組合法は、弱い立場にある労働者が団結して交渉力を得るため、労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)という強い権利を保障します。労働者が団結し、団体交渉を通じて使用者と対等な立場で労働条件について話し合いをすることが保障されているところ、その結果として合意した事項を文書にまとめたのが労働協約なのです。
この点で、労働協約は、会社の一方的なものではなく労働者の意見を反映しているために、非常に強い効力が認められています。
労働協約のよくある記載内容には、次の例があります。
- 組合員の賃金に関する取り決め
定期昇給、ベースアップ、賞与の支給などに関するルール - チェックオフ協定
組合費などの金銭について会社が給料から控除して徴収する合意 - 労働時間や休暇に関する取り決め
残業のルール、休暇制度、ワークライフバランスの確保など - 労働環境の改善に関すること
職場の安全衛生や、労働者の健康管理に関するルールなど - 解雇に関するルール
不当な解雇を防止するための取り決め、解雇時の組合との協議を条件とすること - ユニオンショップ協定
組合員でない社員を解雇することを定めて労働組合の地位を向上させる合意
労働協約は、労働条件の向上を目的とした重要な取り決めであり、労使間の信頼関係を構築するためにも大切です。団結した労働者と使用者が、対等に話し合って内容を吟味するので、労使が協力して健全な労働環境を維持し、向上させるのに非常に重要な役割を担います。
労働協約の効力や優先順位については「労働協約の優先順位」で後述します。
なお、現在は社内労組は減少し、組合のない会社や、存在していても会社の影響力の大きい「御用組合」である場合もあり、労働協約の締結は、合同労組(ユニオン)が行うことが多いです。
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労使協定と労働協約の違い
労使協定と労働協約は、どちらも労働条件の取り決めに関する大切な文書ですが、いくつかの重要な違いがあります。それぞれの特徴を区別することによって、労働関係の仕組みの基本を、より深く理解できます。
法的根拠と性質の違い
労使協定と労働協約の違いの1つ目は、法的根拠と性質の違いです。
労使協定は、労働基準法や育児介護休業法の定めを法的根拠に、それらの法律の原則的な扱いを修正し、例外的なルールを定めます。例えば、36協定による時間外労働の許可のように、労使協定に定めることで、労働者への配慮を怠らずに、特別な労働条件を取り決めることができます。
労働協約は、労働組合法に基づいて、労働組合と使用者が締結する合意書です。団体交渉によって締結されるために強い効果を有しますが、定める内容には賃金、労働時間、休憩、休日、労働環境など、権利保護を要する様々なものを含むことができ、法律による制限はありません。
適用される対象と範囲の違い
労使協定と労働協約の違いの2つ目は、適用される対象と範囲の違いです。
労使協定は、社内の全ての労働者を対象とします。締結は過半数組合もしくは過半数代表が使用者が行い、全社員の同意が必要なわけではありませんが、適用範囲は会社全体に及びます。
労働協約は、労働組合に加入している組合員が対象です。そのため、締結主体となった労働組合に加入していない社員には適用されないのが原則です。ただし、労働組合法17条の定める一般的拘束力によって「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたとき」という条件を満たす場合に限り、その事業場の全ての労働者に対して、労働協約が拡張適用されます。
法的効力と優先順位の違い
労使協定と労働協約の違いの3つ目は、法的効力と優先順位の違いです。労使協定と労働協約は、いずれも強い法的拘束力がありますが、その優先順位には違いがあります。
労使協定は、特定の法律の定めによって、例外的な扱いを許すものではありますが、あくまでも法令の範囲内でしか効力を認められず、法律に違反することはできません。労働協約は、就業規則や個別の労働契約に優先的に適用されますが、同じく法律に違反する内容は許されません。
詳しくは次章「労使協定と労働協約の優先順位について」で解説します。
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締結する手続きの違い
労使協定と労働協約の違いの4つ目は、締結する手続きの違いです。
労使協定は、過半数組合もしくは過半数代表が、使用者との間で合意することで締結されます。多くの場合、まずは会社側が文案を作成して提示し、労働者の代表との間で協議して締結します。
これに対して労働協約は、労働組合と使用者が、団体交渉を通じて締結するのが通例です。そのため、団体交渉における話し合いを経て、合意に至った内容を書面化する流れで進みます。労働組合の要求によって団体交渉が申し入れられたときは、労働協約についても労働組合が文案を作成し、会社側と互いに修正、協議を重ねて調印に至るのが通常です。
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有効期間の違い
労使協定と労働協約の違いの5つ目は、有効期間の違いです。労使協定も労働協約も、その有効期間は通常、労使双方の合意で決められますが、次の違いがあります。
労使協定の有効期間は、労使の合意で定めることができます。ただし、状況に応じた定期的な見直しが必要なため、1年間の有効期間を設定するケースが多いです。特に、36協定には1年の有効期間があり、毎年労働基準監督署への届出をする必要があります。便宜上も、1年間の期間としておけば、過半数代表の選定をはじめルーティン業務として予定し、忘れず定め直すことができます。
労働協約の有効期間についても、労使の合意で定められます。ただし、労働組合法15条は、労働協約の有効期間を原則として最長3年間と定めており、3年を超える期間を定めても、その有効期間は3年とみなされます。
なお、労働協約は、期間を定めていない場合は、90日前に予告することで解約できますが、労使協定は、一度締結すると、労使双方ともに期間内に解約することはできません。
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労使協定と労働協約の優先順位について
労働関係における労使協定と労働協約の意味と違いを理解したところで、それぞれの優先順位と注意点を解説します。労使協定と労働協約がそれぞれ異なる役割を持つことから、その内容が矛盾している場合に、どちらが優先されるかを理解しておく必要があります。
基本的な優先順位の原則
労働に関するルールの優先順位は、「法令>労働協約>就業規則>雇用契約書」という順序が基本となります。そして、労使協定は、法令に定められた例外的な扱いが認められるための、就業規則の特則として機能します。
労働協約の優先順位
労働協約は、労働組合法に基づいて、労働組合と使用者の間で締結されるもので、労働者の権利保護や労働条件の改善を目的とします。締結過程では団体交渉における入念な話し合いが行われ、交渉と譲歩を繰り返しながら作っている点で、内容の妥当性が高いと考えられる結果、他の規定(就業規則や雇用契約書)よりも優先されます。
したがって、労働協約には、これに反する就業規則、雇用契約書を無効化する強い効力があります。例えば、労働協約の定めた給与や労働時間の条件が就業規則と異なるなら、労働協約が優先します。労働協約が労使の合意によって作られる一方で、就業規則や雇用契約書は会社が一方的に作るものなので、基本的には労働協約の方が労働者に有利な内容となります。当然ながら、労働協約は法令には劣後し、法律に違反することは許されないものの、労働者保護を目的とした労働協約が法律違反となっているケースは通常ありません。
労働協約は、組合員のみを対象とするのが基本なので、就業規則が全社的に適用されるのに対して、一部の組合員のみに、有利な労働協約が優先して適用されることになります。ただ、「適用される対象と範囲の違い」で解説の通り、4分の3の社員が加入する組合の結んだ労働協約には一般的拘束力(拡張適用)があるため、この場合は、全労働者に労働協約が優先的に適用されます。
労使協定の優先順位
労使協定は、労働基準法や育児介護休業法といった法律に基づいて労使間で締結され、法律によって禁止された事項について一定の例外を設けます。その例外はあくまでも法律に定められた範囲内のものなので、法令よりも劣後するのは当然です。
一方で、労使協定は、就業規則の特例として位置付けられています。そのため、就業規則の内容と矛盾する場合には、労使協定が優先して適用されます。法律の原則的なルールでは企業経営を円滑に進めるのが難しいときに、労使協定に定めることで労働者の権利に十分配慮するならば、会社にとっても便宜な例外の扱いを認めようというのが労使協定の趣旨です。この趣旨からして、会社が一方的に定める就業規則に優先するのでなければ、労働者の保護に欠けるおそれがあります。
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労使協定と労働協約の具体的な適用例
最後に、労使協定と労働協約の優先順位について、具体例でわかりやすく説明します。
団体交渉の結果、労働協約によって「基本給を月30万円以上とする」と合意した場合、就業規則あるいは雇用契約書によって「月25万円」の基本給を定めることはできません。この場合、労働協約の内容が優先されるからです。
就業規則で1日の労働時間を7時間30分と定めた場合、労働基準法における法定労働時間である1日8時間を下回っており有効です。
しかし、その後に労働組合との間で1日7時間労働とする労働協約を結ぶと、就業規則に優先するため、組合員の労働時間は7時間となります。なお、いずれの場合も残業をさせるには労使協定(36協定)が必要です。
労働基準法では、残業は原則禁止とされ、労使協定(36協定)を結んだ場合に限って残業が許されます。就業規則に、残業を命じることができる旨の規定があったとしても、36協定なしに残業命令を行えば労働基準法違反です。したがって、たとえ就業規則や雇用契約書に定めても、労使協定なしに残業をさせることはできません。
また、この場合にも、労働協約で「時間外労働は禁止」と合意した場合には、組合員については労働協約が優先され、残業させることはできません。
有給休暇の日数は、労働基準法39条の定める日数を下回ることはできません。また、就業規則で「有給休暇は年10日」と定められた場合も、労働協約で「有給休暇は年20日」と定めれば労働協約が優先し、年20日の有給休暇が発生します。
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まとめ
今回は、労使協定と労働協約について解説しました。
労使協定と労働協約は、いずれも労使間のルールを規律する重要な書類であり、労務管理に利用されます。締結の方法、定める内容や性質が異なるため、区別して理解する必要があります。
労使協定と労働協約に加えて、法令、就業規則、雇用契約書が、相互に補完して労使間のルールを形作りますが、それぞれのルールに優先順位があり、より上位のルールが優先的に適用されます。その順序は、「法令>労働協約>就業規則>雇用契約書」となっており、これとは別に、労使協定は就業規則の特則として機能します。勤務先においてどのようなルールに従って働くべきかを知るには、各規定の内容と共に、その優先順位を理解する必要があります。
労務管理を正しく行い、社員の要求に誠実に対応するホワイト企業なら、ルールを意識することはあまりないでしょう。しかし、法令を遵守せず、労務管理に不備のあるブラック企業では、自身の権利を守るためにも、法律知識を理解し、会社の定めたルールが法令に違反しないかをチェックしなければ不利益を被ってしまいます。
- 労使協定と労働協約はいずれも労使間のルールを規律するが、意味や性質は異なる
- 労使協定は、法令における例外的な扱いを定め、就業規則の特則となる
- 労働協約は、組合が締結する重要な約束であり、法令に次ぐ高い優先順位を持つ
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