遅刻をしてしまったとき、遅刻をした時間分だけ、給料を減らすという会社も少なくありません。
遅刻をしてしまった自分が悪いとはわかりながらも、なんとか遅刻分の給料を取り戻したいところです。
残業をすれば、残業時間に相当する「残業代」がもらえることは周知の事実です。
そこで、遅刻をしてしまったとしても、残業をすれば、その分の減給を帳消し(相殺)にできるのでしょうか、という、お悩みの労働者の素朴な疑問に答えていきたいと思います。
今回は、「遅刻」と「残業」という、正反対の労働時間の問題について、労働問題にくわしい弁護士が解説していきます。
目次
1. 遅刻したら給料は減るの?
まず、大前提として、遅刻をしてしまった労働者に対して、会社が一方的に給料を減らすことは、はたして労働法上、「適法」なのでしょうか。
「遅刻」についての金銭的な問題について、弁護士が解説します。
1.1. 原則は、遅刻分の賃金が減る
労働法の基本的な考え方に、「ノーワークノーペイの原則」というものがあります。「働かざる者食うべからず」ともいいましょうか、要するに、労働をしなければ賃金は得られないということです。
そのため、遅刻をしてしまい、遅刻してしまった分の時間だけ労働時間が減れば、その分、給料も減らされても仕方がないというのが原則です。
この場合、会社の一方的な判断で、遅刻分の時間だけ、給料を払わないことができます。
なお、より労働法に詳しい方は、「減給ができるとしても、上限があるのでは?」という知識を知っているかもしれません。
懲戒処分のうちの「減給」をする場合、つまり、罰(ペナルティ)として「減給処分」をするときには、労働基準法で、「減給の1回の額が、平均賃金の1日分の半額を超えることはできない」、そして、「減給の総額が、一賃金支払期における賃金の10分の1を超えることができない」とされています。
しかし、これは、遅刻分のはたらいていなかった時間分だけ給料を減らすというケースではあてはまりません。
1.2. 遅刻しても賃金が減らないケース
原則として、遅刻をした場合には、遅刻分だけ給料が減ると解説しましたが、これに対して、例外的に、遅刻しても賃金が減らないケースもあります。
遅刻しても賃金が減らないケースの例としては、次のような労働者の方の例があります。
まずは、その労働者の「給料のもらい方」による例外です。
- 「完全月給制」で給料の支払いを受けている労働者
- 成果に応じて歩合制で賃金の支払いを受けている労働者
- 報酬をもらっている役員(取締役)
以上の場合、そもそも時間に対する給料という考え方が薄れているため、遅刻をしても賃金が減らない場合があります。
次に、その労働者の「働き方」によって、例外的に、遅刻しても賃金が減らないケースもあります。
- フレックスタイム制で、始業時刻を自由に決めて良い労働者
- 事業場外みなし労働時間制が適用される労働者
- 裁量労働制が適用される労働者
以上の場合、「決まった時間に遅れてはいけない。」という考え方が薄れているため、そもそも「遅刻」とならない場合があります。
2. 遅刻で減った賃金を取り返す方法
ここまでの弁護士の解説をお読み頂ければ、自分が「遅刻をしてしまったら賃金が減るかどうか。」については、正しく判断いただけるのではないでしょうか。
次に、遅刻で減った賃金を、取り戻すことができる方法について検討していきます。
2.1. 遅刻の正当な理由を主張する
まず、遅刻の正当な理由を主張する方法はどうでしょうか。
例えば、「電車の遅延」、「急病」、「親族の不幸」など、やむを得ないといえる遅刻の理由を主張することが考えられます。
しかし、これらはいずれも、「会社が認めてくれるかどうか。」にかかっています。
やむを得ない理由がある遅刻の場合、その遅刻を理由として「懲戒解雇」「解雇」などの厳しい制裁(ペナルティ)を科すことはできないものの、給料は払われません。
2.2. 残業する
次に、今回のテーマである、残業をするという手段について検討してみましょう。
ご存じのとおり、残業をすれば、残業時間分の「残業代」を得ることができますから、遅刻した時間分以上の残業をすれば、遅刻で引かれた給料を取り返すことができます。
むしろ、残業代は、通常の賃金の「1.25倍」をもらうことができますから、「遅刻時間=残業時間」なのであれば、結果的にもらえる給料は、遅刻して残業した方が多いということになります。
しかし、「遅刻をして、残業をする。」という働き方は、あまり繰り返すと「問題社員」とみられるおそれがあります。そこで、この「残業する」という解決法のリスクを、次の章で解説します。
なお、残業をしても残業代がもらえない会社は、違法なブラック企業の可能性が高いといえます。
3. 「遅刻して、残業する」は問題アリ?
先ほど解説しましたとおり、遅刻をして給料を引かれたとしても、残業をして残業代をもらえば、帳消し(相殺)できる可能性はあります。
しかし「遅刻して、残業する」という働き方は、一般的ではなく、また、あまり何度も繰り返せば、「問題社員」と言われても仕方ないともいえるでしょう。
そこで、「遅刻して、残業する」という解決法のリスクについて、弁護士がまとめてみました。
3.1. 残業は「自由」ではない
まず、残業は「自由」ではない、ということです。つまり、「今日は遅刻してしまったから、残業しよう。」と、労働者が自分で決められるわけではないのが原則です。
労働法の基本的な考え方では、残業は原則禁止で、一定の要件のもとに会社が「残業命令」をすることによって、はじめて残業をすることができます。
そのため、「遅刻したから残業をしよう。」としても、「遅刻をしたようなやつには、残業はさせられない。」と会社が残業を拒んだ場合には、残業をすることができなくなってしまいます。
特に、「残業には会社の許可が必要」と就業規則にルールが決められていた場合、勝手に残業をしても、残業代がもらえないおそれもあります。
3.2. 「問題社員」とみられる
残業代は、労働基準法で、通常の賃金の「1.25倍」とされています。
そのため、「遅刻して、残業する。」という働き方を繰り返す労働者がいる場合には、会社は、その労働者に対して、他の労働者よりも多くの給料を払わなければなりません。
「遅刻」というミスをしているにもかかわらず、他の労働者よりも多くの給料をもらうようでは、「問題社員」といわれても仕方ありませんので、あまり何度も繰り返さない方がよいでしょう。
懲戒処分、懲戒解雇、普通解雇などの、「問題社員」をやめさせるための処分の対象となるおそれがあるからです。
4. まとめ
今回は、「遅刻しても、残業すれば給料は減らないのでは?」という、労働者の素朴な疑問について、労働問題に強い弁護士が解説しました。
この解説のポイントは、次のとおりです。
- 「遅刻」したとき、給料が減るかどうかは、「給料のもらい方」、「働き方」によってケースバイケース。
- 「遅刻」して給料が減った場合に、「残業」で取り返すことにはリスクあり。
- 「遅刻して、残業」を繰り返し過ぎると、「問題社員」と評価される。
1回の遅刻であれば、それほど大事とはならず、ましてや「懲戒処分」などの厳しい処分を下されることはないでしょう。
しかし、「遅刻して、残業」という働き方を繰り返し、多額の残業代をもらう、という働き方は、結果的に、「懲戒解雇」など厳しい処分となるおそれもあり、注意が必要です。