雇用契約は口頭でも成立します。つまり、口約束の雇用契約でも、契約自体は有効なもの。しかし、口約束のみで仕事をしてしまっている労働者は、注意が必要です。口頭でも雇用契約が成立するとはいえ、雇用契約書なしには契約内容の証明ができず、会社側の都合を押しつけられたり、口約束が破られてしまったり、労働者の不利に扱われるおそれがあるからです。
口頭だけで働かされて不当な処遇を受けるおそれのある労働者を保護するため、重要な労働条件は書面で交付する義務があり、雇用契約書、労働条件通知書といった重要書類がその役を担います。最悪のケースでは、口約束だけで仕事していたために「雇用」でなく「請負」、つまり、業務委託のフリーランス扱いされ、労働者としての保護を十分に受けられないおそれもあります。
今回は、口約束で働いていたら突然、契約条件を変更されたり、解雇を通告されてしまったりした方に向けて、口頭の雇用契約しかないときの救済方法について弁護士が解説します。
- 雇用契約は口頭でも有効に成立し、労働者としての保護を受けることができる
- 口頭の雇用契約だと契約内容が争いになるため、労働条件を通知するのが会社の義務
- 契約条件変更や解雇のリスクは大きいため、口約束が破られたら速やかに対処する
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雇用契約は口頭でも有効に成立する
雇用契約は、口頭であっても、有効に成立します。「契約」というのは当事者間の約束を意味するものであるところ、法律上、書面にすることは必須ではなく、口約束でも契約は成立するからです。
労働者として働く場合、入社前に雇用契約書にサインを求められることが多いでしょう。しかし、問題ある会社で働くと、雇用契約書が示されなかったり、手元に写しを交付されなかったりして、口頭の約束が守られるのか不安になることがあります。
口約束を甘く見て、過大な約束をする会社もあります。人手不足を解消しようとして、一般的な相場よりも好条件すぎる提案を口頭でされたとき、その条件は将来破られるのではないかという疑問が生じるのではないでしょうか。それでもなお、労使の力関係の差からして、我慢して入社し、労務を提供してしまう人も多いものです。
このような問題あるケースでは、口約束を次のような悪質な言い分で破ってくるブラック企業の犠牲になり、労働者が被害を受けてしまいます。
正式に雇用していないが無償で手伝ってくれた
給料をいくら払うのかは約束していなかった!
このようなトラブルが生じると、口約束だけで働いていた場合、労使の事実認識が大きく異なり、「言った言わない」の問題が発生してしまいます。
普通の会社では、雇用契約書があるのが通常ですが、実際のところ、法律上は契約書は必須なわけではありません。言い換えると、契約書がなくても契約は成立し、そのことは雇用契約でも同じこと。雇用契約書がなくても、雇用契約は成立します。
しかし、雇用契約書が重要な書類なことに変わりはありません。雇用契約書がないと、上記の例のように過去の約束をなかったものとする悪質な企業の犠牲になったとき、「契約が成立している」と主張したり、給料額などの契約条件を主張したりする証拠がなくなります。このとき、契約書がないと契約内容を証明できず、労働問題が生じやすいリスクはあるものの、雇用契約自体は口頭でも有効に成立するため、労働基準法などの法律に従い、次の権利は保障されます。
- 働いた時間について少なくとも最低賃金以上の給料を受け取ることができる
- 「1日8時間、1週40時間」の法定労働時間を超えた労働について時間外割増賃金、「1週1日もしくは4週4日」の法定休日の労働について休日手当、深夜労働(午後10時〜午前5時)について深夜手当といった残業代を受け取ることができる
また、給料面だけでなく、労働環境を整備すべきことも、雇用契約書がなくても当然のことです。したがって、口頭の雇用契約に過ぎなくても、パワハラやセクハラは許されず、ハラスメントによる被害があったら、慰謝料をはじめとした損害賠償を請求できます。
「雇用契約書がもらえないことの違法性」の解説
口頭の雇用契約は有効でも労働条件の通知がないのは違法
前章「雇用契約は口頭でも有効に成立する」の通り、雇用契約は口頭でも有効ですが、契約内容が書面になっていないと労使トラブルが起こってしまいます。そのため、実際は契約時に、労働条件についての細かな定めをするのが通常です。
そして、弱い立場にある労働者を保護するため、会社は、重要な労働条件については、労働条件通知書を作成することで、書面を交付する方法によって労働者に伝えるべき義務を負っています(労働基準法15条、労働基準法施行規則5条)。労働条件通知書に反した契約内容であったり、それによって労働者に損失を負わせたりしたときは会社の責任となります。労働基準法15条違反は、30万円以下の罰金という刑事罰の対象とされています(労働基準法120条)。
労働基準法15条(労働条件の明示)
1. 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2. 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3. 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。
労働基準法(e-Gov法令検索)
労働条件通知書に定めるべき重要な労働条件は、労働基準法施行規則5条において次のものが列挙されています。
- 労働契約の期間
- 就業場所、従事すべき業務
- 始業時刻、終業時刻、残業の有無、休憩、休日など
- 賃金の決定、計算方法、支払時期、昇給など
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- 退職手当に関する事項
- 臨時に支払われる賃金、賞与など
- 労働者に負担させる実費など
- 安全衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償など
- 表彰、制裁に関する事項
- 休職に関する事項
したがって、雇用契約書の作成は義務ではありませんが、労働条件通知書の作成は法律上の義務となっています。多くの会社は、「雇用契約書兼労働条件通知書」として、2つの性質を兼ねた書類を作成し、労働者にサインをさせるのが実務上の運用となっています。したがって、「入社時に書面を一切渡さず、口頭で雇用契約したことにする」という対応は、結果的には、労働基準法に違反する違法な対応である可能性が高いです。
労働条件のなかでも、給料は最重要のものです。そのため、口約束でしっかりと働かされた後で「給料が約束と違う」という事態は、労働者のためにも避けなければなりません。
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口約束のみで働かされそうになったら?
口頭の雇用契約が有効だとしても、口約束で働くのはリスクが大きいです。書面の契約に比べて証拠がなく、約束の内容も曖昧にされる結果、労働トラブルに発展する危険があるからです。口約束のみで働かされそうになった場合に備え、自身の権利を守るための行動を知っておきましょう。
入社してから問題ある会社だと判明するよりは、入社前にしっかり指摘し、対応が誠実かどうか、見極めるべきです。結果的に採用されず、入社できなかったとしても、問題ある会社に奉仕して時間を無駄にすることは避けられます。
書面での契約を強く求める
まず、会社に対し、書面での契約を強く求めましょう。
労働法の知識の不足する中小企業や、「手続きが面倒で放置していた」といった悪意の少ないケースなら、強く指摘すれば書面での契約に正してくれる可能性は十分あります。社会人経験のある中途採用者なら、「雇用契約書があるのは一般常識、マナーではないか」など、過去の経験に照らして確認をすれば、会社の非を指摘せず、穏便に伝えることができます。
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口約束の内容を証拠に残す
書面での契約を求めても、要求が無視されたり、労働条件を曖昧にされたりする会社は、問題あるブラック企業の可能性があります。それでもその企業で働きたいなら、せめて口約束の内容を労働者側で証拠に残しておきましょう。
雇用契約は書面がなくても口頭で成立するので、証拠さえあれば後からでも約束した給料などの請求ができます。採用面接における口約束の録音、選考プロセスでのメールやメッセージのやり取りなどが証拠として役立ちます。
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雇用契約の締結を拒否する
ここまでの対策を講じても労働契約の内容が曖昧だったり、会社がどうしても口約束に固執している場合には、労働者としても契約の締結を拒否することができます。
雇用契約は、労使の合意によって成り立つので、労働者は弱い立場に置かれることが多いとしても労働者の同意なく働かされるわけではありません。口約束を信じて働いても搾取されるだけなら、指示には従わずに入社を取りやめることも検討してください。
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雇用契約における口約束を破られて労働問題が生じたときの対応
最後に、口約束だけで働いていた仕事で、労働問題が生じたときの対応を解説します。
口約束を信じて働いていたのに、会社の都合によって、不当な処遇を受けてしまうことがあります。このとき、たとえ口頭の雇用契約が有効でも、労働者を保護するための契約時の書面がなければ、当初予定していた権利が侵害される危険があります。雇用契約書なくして働き、口約束を破られると、深刻な労働問題が発生してしまうのです。
雇用してないと言われたときの対応
口約束しかないのをいいことに、そもそも雇用していないと反論してくる会社もあります。雇用していないなら給料が発生しないのは当然、その他の雇用に伴うリスクについても会社は一切の責任を負ってはくれません。口頭でも雇用契約は成立しますが、契約書がないと、労働者は「雇用されていた」という証拠を用意できず、不当な主張を許しかねません。
ただ、会社からこのように反論された場合も、実際に働いている事実を立証することさえできれば、「雇用していない」という反論が認められることはありません。無償で働く特別な理由のない限り、労務を提供していることは、その対価となる給料を得る権利があることを意味するからです。このような対応の準備として、労働時間と、その時間内に対応した業務の内容を記録しておくのが大切です。
実際に働いている事実の証拠集めは、残業代請求における証拠の集め方と共通します。
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口頭の労働条件を変更されたときの対応
口頭での雇用契約にしたがって働いていると、突然会社から、当初口約束で言っていた内容と全く違った労働条件を提案されるトラブルがよく起こります。このときにも、雇用契約書がそもそもないと、労働者側で、口約束を立証するのが難しくなってしまいます。
例えば次のように、入社時に口頭で告げられた甘い口約束は、守られないケースが多いです。
- 募集要項は基本給のみだが、成果が上がったら歩合給がある
- 業績が良いときにはボーナスを支給する
- 必ず昇給してあげるという口約束
- 最初は派遣やバイトでも、すぐ正社員にしてあげる
- 退職金規程はないが退職金は払う
口約束だけで働かせようという会社は、ブラック企業の可能性があります。採用難で人手不足となっていることも多く、入社時は甘い言葉で誘いながら、実際は約束を守らず、我慢して働く人を酷使し、文句のある人は早々に辞めさせる、というやり方が横行しています。
口約束を破って、突然に労働者にとって不利な労働条件に変更してくるケースでは、メールやLINE、録音など、雇用契約書以外の資料によって、労働条件を証明するよう努めてください。労働審判や訴訟などの裁判手続きで争った場合には、労働基準法で義務とされる労働条件の通知がないという事情は、会社にとって不利に判断される可能性が高いです。
「労働条件の不利益変更」の解説
解雇を口頭で通知されたときの対応
深刻なのは、口約束で働いていた仕事を、突然に解雇されてしまうケースです。契約時に書面も交付せず、口頭だけで働かせる会社ですから、解雇もまた口頭でしか通知されず、解雇通知書や解雇理由証明書などは渡してもらえない例も多くあります。このような悪質な会社は、労働法に無知であり、コンプライアンスを守る意識が低いため、解雇に対する厳しい規制を守っていない可能性も高いものです。そのため、口頭で通知された解雇は、不当解雇の疑いが大いにあります。
解雇は、解雇権濫用法理によって、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、違法な不当解雇として無効になります(労働契約法16条)。
口約束しかなくても、会社の指揮命令に従って働いているなら「雇用」されています。そのため、「解雇」「クビ」といった言葉がなくても、一方的に会社を追い出される扱いは「解雇」の性質を有し、上記のルールにしたがって厳しく制限されます。
なお、解雇通知は書面が必須とされるわけではなく、口頭の通知は必ずしも違法ではありませんが、労働基準法22条は、労働者が求める場合には解雇理由を書面で説明する義務を会社に課しています。したがって、解雇理由を書面で知らせないままに口頭で解雇を進めるのは、やはり労働基準法違反の違法があります。
「解雇予告を口頭でされたときの対応」の解説
「雇用」ではなく「業務委託」だといわれたときの対応
雇用契約書、労働条件通知書などの重要な書面なく、口頭での約束にすぎなかったとき、会社から、「雇用」ではなく「業務委託」だったと言われてしまうこともあります。業務委託や請負など、つまりは、フリーランス、外注扱いだということです。
口約束で働くと、「雇用契約を結んだ」と書面で反論できないため、不当な反論を許しかねません。業務委託だと、労働者としての保護を受けられず、解雇規制が適用されないなど、救済方法が限られてしまいます。しかし、時間的、場所的拘束が強く、他の仕事を断らざるを得ないほど専属性がある場合など、形式は業務委託でも、実質は労働者だと評価される可能性もあります。
また、業務委託だとしても、継続的な契約はいつストップしてもよいわけではありません。突然の契約の打ち切りについて、更新される期待があったときは、裁判所において救済を受けられるケースもあります。なお、業務委託だとしても契約書の重要性に変わりはありません。
「個人事業主の解雇の違法性」の解説
まとめ
今回は、口約束を信じて働いていたのに、突然に会社から仕事を辞めるように言われ、解雇通告を受けてしまった方に向けて、口頭での雇用契約の成立と、救済方法について解説しました。
雇用契約は口頭でも有効に成立します(たとえ「雇用」と評価されず、「請負」の個人事業主・フリーランスでも同様です)。そのため、口頭で既に成立している雇用契約を、会社が一方的に条件変更したり、解雇したりするのは違法の可能性が高いです。労使関係では使用者の力が強く、労働者を保護する必要があります。雇用契約書が提示されず、労働を指示されたとしても、労働者としては文句を言うのが困難な場面も少なくないでしょう。
口約束は破られる危険がありますから、口頭の約束のみで労務を提供することには大きなリスクがあります。現在の労働条件が分からないとか、突如として解雇を言い渡されてしまったといった労働者は、ぜひ一度弁護士にご相談ください。
- 雇用契約は口頭でも有効に成立し、労働者としての保護を受けることができる
- 口頭の雇用契約だと契約内容が争いになるため、労働条件を通知するのが会社の義務
- 契約条件変更や解雇のリスクは大きいため、口約束が破られたら速やかに対処する
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