みなし残業とは、あらかじめ一定の残業時間分の残業代を、給与に含めて支払う仕組みです。本来、残業代は労働者に保障された権利ですが、みなし残業の制度では例外的に、一定の時間内は、残業しても追加の残業代を受け取ることができません。
みなし残業が正しく運用されれば問題ありませんが、全ての企業が法律を遵守しているわけとは限りません。みなし残業を悪用し、残業代の支払いを逃れようとする企業も存在しますが、不正な運用は違法であり、労働者は、未払いとなった残業代を請求しなければ損をしてしまいます。また、みなし残業は、「みなし労働時間制」とは異なるため、区別が必要です。「残業代がなくなるもの」と誤解している企業もあるので、くれぐれも注意してください。
今回は、みなし残業の基本的な仕組みと注意点、そして違法な制度が導入された場合の対処法について、労働問題に強い弁護士が解説します。
みなし残業とは
はじめに、みなし残業とはどのような考え方か、法律知識の基本を解説します。
みなし残業の意味
みなし残業とは、実労働時間に関係なく、あらかじめ一定の時間の残業をしたと「みなす」ことで、その分の残業代を先に払う制度です。「固定残業代」「定額残業代」とも呼び、残業の有無によらず設定された残業代を支給し、残業代計算をしやすくし、労務管理を簡素化する目的があります。
「みなす」という言葉は「本来は異なるものを同一として扱う」という意味であり、みなし残業だと、実際に残業しなくても、あたかも残業したかのように扱い、その対価を得ることができます。例えば、「みなし残業を10時間とし、基本給に含んで支払う」といった形だと、実際の残業が10時間未満だったとしても、10時間分の残業代を受け取ることができます。
みなし残業には、時間外労働や休日出勤、深夜労働など、割増率の異なる残業が含まれる場合があります。以下のように、残業の種類によって割増率が異なるので、「どの種類の残業代をいくら含むのか」、内訳を労働契約で定め、就業規則や賃金規程、雇用契約書で明示する必要があります。
みなし残業を何時間分にするかは、労働契約を提案する使用者側が決めます。しかし、長すぎるみなし残業が設定されたり、残業代の計算が正しく行われていなかったりすると、適正な対価が支払われないことがあります。こうしたケースでは違法と判断される可能性があります。
「固定残業代の計算方法」の解説
みなし残業とみなし労働時間制の違い
みなし残業と混同しやすい用語に「みなし労働時間制」があります。いずれも「みなし」と付きますが、全く異なる考え方なので区別が必要です。
みなし残業は、前述の通り、一定の時間だけ残業したものとみなして払う残業代のことであるのに対し、みなし労働時間制は、法律上の要件に該当する場合に、会社があらかじめ定めた時間だけ労働したものとみなす制度です。
みなし労働時間には「裁量労働のみなし労働時間制」と「事業場外労働のみなし労働時間制」の2種類がありますが、いずれも厳しい要件があり、その要件を満たした場合に、会社の定めた時間だけ労働したものとみなします(多くの場合、8時間以内の就労とみなされる結果、残業代の請求ができなくなります)。
みなし労働時間制は、「請求できる残業代がなくなる」という労働者に不利益の大きい効果をもたらすため、要件は厳しく、正しく運用されなければ違法となる可能性の高い制度です。
「裁量労働制が違法なケース」の解説
ブラック企業がみなし残業の制度を悪用する理由
通常、残業代は実際に働いた時間に基づいて計算されるべきものですが、会社がみなし残業制度を導入し、実態とは異なる支払い方法を取ることには理由があります。
企業側がみなし残業を導入する理由には、以下のようなものがあります。
- 残業代の計算を簡易化できる
実際の残業時間がみなし残業よりも少ない場合、詳細な計算を省くことができ、労務管理を簡素化することができます。 - 社員の生活水準を安定させることができる
残業の有無に関係なく一定の残業代が支給されるので、社員の収入を保証し、生活を安定させて、定着率を向上させることができます。 - 人件費を予想しやすくなる
残業代が変動しにくくなることで、人件費をあらかじめ想定することができ、経営計画を立てやすくなります。 - サービス残業を抑止できる
社員に労働時間を短くするモチベーションが生じ、無駄な残業が抑止し、効率的な労働を促進することができます。 - 求人の魅力度をアップさせられる
求人にみなし残業込みの給与を記載して、給与が高いように見せかけ、応募者を引き付ける目的が含まれる場合があります(ただし、応募者を騙して入社させるのは不当であり、みなし残業がいくら含まれるかを明記する必要があります)。
一方で、悪質なブラック企業は、支払う残業代を不当に減らすために、みなし残業を悪用します。その結果、実際の残業時間に見合わない対価で労働を強要されてしまいます。したがって、「残業代を不当に減らそう」という理由での制度導入は違法であり、許してはなりません。本来支払うべき残業代を「みなし残業代だから」という反論で帳消しにしようとするのは、典型的な悪用事例です。
そして、このような違法なやり方だと、みなし残業の制度そのものが無効となる結果、未払い残業代が発生する可能性が高いです。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
みなし残業のメリット・デメリット
みなし残業制度には、労働者の視点から見て、メリットとデメリットの双方があります。
みなし残業が導入された会社で働くなら、それぞれのポイントを理解してください。なお、みなし残業のデメリットが顕著なとき、その制度が違法ではないか、注意しておきましょう。
労動者側からみたメリット
まず、労動者側からみたメリットについて解説します。
業務効率を上げると得をする
みなし残業のメリットの1つ目は、業務効率を上げるほど得をする点です。
みなし残業制度では、実際の残業時間が短くても、みなし時間分の残業代が支払われます。つまり、みなし時間よりも早く仕事を終わらせても、受け取る金額は減りません。極端に言えば、残業ゼロで業務を終わらせても、みなし分の残業代は支給されます。
金銭的なメリットだけでなく、効率的に仕事を進めようとする意識が高まり、自己成長や職場環境の改善にもつながります。
収入が安定し生活設計が立てやすい
みなし残業のメリットの2つ目は、収入が保障されている点です。
実際の残業が少ない月でも一定のみなし残業代が払われ、収入が安定します。月によって残業が変動する仕事ほど、毎月一定の収入が見込めることは大きなメリットです。みなし残業時間分の収入が保障されることで生活設計が立てやすく、ローンも組みやすくなります。
適正な評価を受けることができる
みなし残業のメリットの3つ目は、努力が報われること。
「労働時間」による評価には、ダラダラ仕事を引き伸ばす人の給料が増え、真面目に仕事すれば損をするという弊害がありますが、みなし残業ならこの問題点を解消できます。生活のための無駄な残業(生活残業)を防止し、職場の公平感を守ることができます。働きがきちんと評価に反映されれば、能力の高い労働者の努力が報われるでしょう。
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労動者側からみたデメリット
次に、労動者側からみたデメリットについて解説します。
残業代の未払いが発生しやすくなる
みなし残業のデメリットの1つ目が、残業代未払いの温床となることです。
みなし残業の設定時間を超えて働いたなら、追加の残業代を支払う必要があります。しかし、制度を悪用する会社では、労動者の法律知識のなさに付け込み、実際の労働時間に見合った残業代を払わないことが多いものです。
「みなし残業だから残業代は出ない」と反論することで残業代の支払いを拒絶するケースが典型例であり、違法なのは明らかです。
過剰なみなし残業時間を設定される
みなし残業のデメリットの2つ目が、残業が過剰となるおそれがあることです。
みなし残業時間が多すぎて、みなし残業として払われる金額が高すぎると、過度な残業を前提とした業務量を課されてしまう危険があります。そして、企業側は、みなし残業を支払った以上「それより短い残業では払い損だ」と考え、みなし残業を目一杯働かせようとします。その結果、業務が膨大になり、過労やストレスの原因となるおそれがあります。
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みなし残業が違法となるケース
次に、みなし残業が違法となるケースについて解説します。みなし残業が違法であると発覚した場合には、直ちに残業代を請求することが必要です。
みなし残業は、正しく運用すれば、労動者と企業の双方にメリットのある制度です。しかし、一見すると残業代を不当に減額されたかのような印象を受ける場面もあります。このような場合、その制度は違法の可能性が高いといえます。
残業代がいくらか計算できない場合
適法なみなし残業では、どれだけの金額が残業代に充当されるか、明示されている必要があります。いくらの残業代に充当されるかが分かれば、労動者自身も未払い残業代の金額を算出することができます。しかし、通常の給料部分と、残業代が区別されていない場合や、残業代として支払われた額が不明確な場合は、そのみなし残業は「残業代として」支払われたとは評価できず、違法です。
【適法なケースの例】
- 「基本給25万円(みなし残業として20時間分を含む)」というように、時間数が明記されている場合。
【違法なケースの例】
- そもそも労働条件通知書や雇用契約書、就業規則にみなし残業の記載がない場合。
- 「基本給25万円(みなし残業を含む)」とだけ書かれ、時間数や金額が記載されていない場合。
なお、みなし残業として支払われる時間数や金額が明らかにされているとき、そこから逆算して、追加で払われるべき未払い残業代を知るには、残業代の計算方法を理解する必要があります。
「残業代の計算方法」の解説
性質上、残業代とはいえない場合
性質上、残業代とは評価できない手当の支払いでは、残業代を払ったということはできません。したがって、このようなみなし残業は、残業代の未払いを招き、違法となる可能性が高いです。例えば、裁判例には次のように判断したケースがあります。
- 東京地裁平成24年8月28日判決(アクティリンク事件)
「営業手当」は、営業活動のインセンティブであり、残業の対価とはいえないと判断した。 - 東京地裁平成25年2月28日判決(イーライフ事件)
超過勤務手当に代えて支給される「精勤手当」は、年齢、勤続年数、業績によって変動するため、残業の対価としての性質以外のものが含まれると判断した。
「残業代請求の勝率」の解説
超過分が追加で払われない場合
みなし残業は、残業時間をあらかじめ仮定し、残業代を前払いしておくに過ぎません。そのため、支払っておいた以上の残業が生じた場合は、追加で残業代を払う必要があります。超過分が生じたのに追加の残業代を受け取ることができない場合、未払いの残業代が発生し、違法となります。
みなし残業代抜きでは最低賃金を下回る場合
最低賃金法によって、最低賃金を下回る給料は許されず、違法です。低すぎる給料で酷使されるのを防ぐのが最低賃金法の趣旨であり、たとえ労動者が同意していても、違反することは許されません。最低賃金の判断には、みなし残業は含まないため、みなし残業代分を控除した給与の総額が最低賃金を下回っているなら違法となります。
みなし残業によって給料を高く見せかけられようとする会社には注意が必要です。
「基本給が低いことの違法性」の解説
みなし残業の時間数が多すぎる場合
極端に多いみなし残業時間を設定することは、違法とされる可能性が高いです。
労働者の健康を害するほどの長時間労働は、公序良俗に反するとして無効になる場合があります(民法90条)。36協定では、原則として「月45時間・年360時間」の上限があり、例外的に特別条項を付けた場合にも年720時間が上限となることなどを考えると、健康リスクのある設定は違法となる可能性が高いです。目安としては、月10時間〜20時間程度とすることが多く、月30時間〜40時間となると直ちに違法ではないにしても「多すぎる」というイメージがあります。
次のようにみなし残業制度を無効であると判断した裁判例も参考にしてください。
- 東京高裁平成30年10月4日判決(イクヌーザ事件)
みなし残業を、月80時間分の残業に相当する対価として支払った点について違法性を認めた事案であり、実際にも、月80時間を超える残業が実施されていた。 - 宇都宮地裁令和2年2月19日判決(木の花ホームほか1社事件)
月131時間余に相当する職務手当をみなし残業代として支払っていた事案。
「過労死について弁護士に相談する方法」の解説
みなし残業を違法と判断した裁判例
会社がみなし残業を主張しても、認められなかった裁判例は数多くあります。ここでは、みなし残業が違法であり、無効であると判断された裁判例を紹介します。
みなし残業が違法・無効であると判断された裁判例は少なくなく、その場合、未払いの残業代が存在することとなります。また、以下の裁判例はいずれも、会社の未払いが悪質であるとして、付加金の支払いも認められています。
看護師の残業代請求の事案。会社は、管理者手当(月8万円)は残業代の趣旨であり、みなし残業であると反論した。
しかし、裁判所は、労働条件通知書に管理者手当が残業の対価となる旨の記載は一切なく、その他に残業代の趣旨と認めるに足る証拠がないことから、みなし残業とはいえないと判断し、残業代約990万円のほか、付加金約780万円の支払いを命じた。
退職後の残業代請求に対し、月14万円の業務手当が残業代とみなされるため、みなし残業として支払い済みであると反論した事案。
しかし裁判所は、以下の事情から、会社の主張を否定し、残業代約260万円と同額の付加金の支払いを命じた。
- 雇用契約の内容が記載された書面で、業務手当が支払われる趣旨の記載が全くなかったこと
- 採用時にも説明がなかったこと
- 会社側も、業務手当を残業代として支払っていたかはわからないと述べたこと
- 就業規則は労働者の退職後に初めて作成され、その中でも業務手当が残業の対価だと明記されなかったこと
みなし残業が違法なときの対処法
最後に、みなし残業が違法なときの、労働者側の対処法について解説します。
悪用や誤用によってみなし残業が違法なら、その制度自体が無効となり、未払い残業代が発生しますから、必ず請求するようにしましょう。なお、みなし残業制度が導入されていても労働基準法は遵守する必要があり、残業させる以上は、36協定の締結が必須となります。
未払いの残業代を請求する
みなし残業が違法だと疑われる場合、残業代が未払いとなっている可能性があります。まずは、会社に内容証明を送り、労働基準法に基づく残業代の支払いを請求し、同時に関連資料を収集しましょう。必要な資料は、就業規則やタイムカード、給与明細なとが挙げられますが、これらの残業代計算に要する資料は会社の元にあることが多いので、開示を要求しましょう。
残業代の請求は、民法150条にいう「催告」に当たり、6ヶ月間、時効の完成を猶予することができるため、できるだけ早く請求しておくのが重要です。残業代の時効は3年なので、みなし残業の違法性に気付いたら、速やかに内容証明で請求書を送るのが実務的な対策です。内容証明で送付することで、催告した事実を証拠に残すことができます。
なお、請求は個人で行うことも可能ですが、弁護士を通して送付することで会社側にプレッシャーをかけることができ、より効果的です。
「残業代の請求書の書き方」の解説
労働審判や訴訟で争う
交渉では解決しない場合、労働審判や訴訟で、違法なみなし残業について争う必要があります。
「みなし残業が違法かどうか」については法的な判断が求められるので、労動者の主張と会社の反論が食い違うことが多く、会社が不誠実な対応を取る場合もあります。こうしたケースでは、中立的な第三者である裁判所に判断を下してもらわなければ、解決が困難になってしまいます。
「労働審判による残業代請求」の解説
弁護士に相談する
みなし残業の制度に納得がいかないなら、労働問題に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。弁護士は、みなし残業制度が法律に適合しているかどうかを専門的に評価し、違法性について判断してくれます。
弁護士を選ぶ際は、残業代請求の実績が豊富な人を選ぶべきです。多数の事例を扱っていれば、知識と経験があり、証拠の集め方についても指導を得ることができます。みなし残業の違法性についても、過去の裁判例に基づいて確かな説明をしてくれるはずです。
「残業代請求に強い弁護士への無料相談」の解説
まとめ
今回は、みなし残業の基本と、違法となるケースの対処法を解説しました。
みなし残業は、企業側にとって労務管理がしやすくなるメリットがある一方で、労働者にとっては未払い残業が発生するリスクを伴う制度です。実労働時間にかかわらず、一定の残業代をあらかじめ支払う制度であり、適切に運用されていれば問題ありませんが、悪用や誤解に基づく運用だと、労動者の権利が損なわれる危険があります。
勤務先にみなし残業制度が導入されている場合は、その内容をしっかりと理解し、違法な運用が行われていないかを検討することが大切です。実際に、みなし残業の違法性が争われた裁判例も数多くあります。違法ではないかと疑われる場合は、弁護士に相談し、未払いの残業代を請求を検討することが重要です。
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【残業の証拠】
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【残業代請求の方法】