解雇は日本ではとても難しく、不当解雇として無効になる可能性があります。このことをよく理解するブラック企業ほど、退職を強要してきます。なかには、脅迫してでも退職させようとする問題ある会社もあります。
「退職届さえ書かせてしまえばこっちのもの」と、強く脅迫されるケースがあります。しかし、労働者が納得し、同意していないなら、脅して退職させるのは違法。当然ながら、退職の意思表示もまた無効となります。
よくある相談が「退職しないと懲戒解雇する」と脅しを受ける例です。このような脅迫は、解雇理由がないなら違法なのは明らかです。また、仮に解雇理由があったとしても伝え方に大きな問題があり、不適切です。
今回は、脅しにより、意に反して退職させられた時の対応を、労働問題に強い弁護士が解説します。一旦サインしてしまうと争えないおそれがあるので、早めにご相談ください。
- 「退職しないと懲戒解雇する」という脅しは、違法の可能性が高い
- 解雇理由の全くない脅しの場合は当然、解雇理由があっても乱暴なやり方は違法
- 自分の意思に反するなら、脅しに屈して退職する必要はない
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退職させるための脅しは違法
悪質な会社では、労働者を退職させるための脅しがよくされます。明確に脅してくる場合はもちろん、会社の意向に沿わないと待遇が悪くなるといった間接的な脅しのケースもあります。まずは、退職させるための脅しにどう対処すべきかについて解説します。
ブラック企業が退職のために脅迫する理由
まず、ブラック企業が、退職を強要する理由を解説します。違法だと知りながら、脅しを使って退職させようとするのには理由があります。最大の原因は、解雇が厳しく制限されている点です。
労働者から「不当解雇」だとして争われ、違法、無効になるおそれがあります。解雇権濫用法理により、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない解雇は違法だからです(労働契約法16条)。
これに対して、労働者が退職に同意すれば、争われる可能性はありません。不当解雇にもならず、会社の思惑通りに辞めさせることができます。更に、退職届や退職合意書など、書面が証拠として残り、労働者から後で争うのも困難になってしまいます。
このような理由から、ブラック企業は、是が非でも書面にサインをさせたがります。労働者を脅して、脅迫によって恐怖を与え、会社の思い通りに退職させようとするのです。
「退職強要の対処法」の解説
「退職しないなら懲戒解雇する」という脅しは違法
しかし、労働者に強いプレッシャーのかかる脅迫は違法です。人は誰しも、自分の気持ちをコントロールされることはありません。脅して、人に言うことを聞かせるやり方が違法になるのは当然です。なかでも懲戒解雇のデメリットは非常に大きいため、労働者にとっては強い脅しになります。
「懲戒解雇にする」ということを交渉のカードとした脅しは、違法性が非常に強いです。やり方が悪質な場合には、脅迫罪(刑法222条)、強要罪(刑法223条)といった犯罪にも該当します。
懲戒解雇のデメリットは、次に解説します。
脅しを受けても退職してはいけない
退職させようとする会社から脅しを受けても、決して屈してはいけません。自分の意思を、脅しで曲げられて退職してしまうのはよくないことです。恐怖による労務管理は、間違いです。
「退職しないと懲戒解雇する」という強度の脅しに負けそうなときは、弁護士に相談ください。弁護士なら、すぐに違法性を指摘し、脅しをストップさせることができます。
脅しを受けたとき、絶対に書面にはサインしないことが大切です。
会社が提示する書面は、どのような題名のものであれ、会社にとって有利なことばかりが書かれています。内容を吟味せず、安易にサインすれば後悔してしまうでしょう。
脅されて、どうしてもサインさせられそうなとき、脅迫の言動を録音しておくのも重要なポイントです。録音を残しておけば、後から、脅しがどれほどひどかった事実を証拠によって証明することができます。労働審判や訴訟でも、裁判所に脅しの違法性を認定してもらいやすくなります。
違法な脅しをかけていたと明らかになれば、裁判所では会社の不利になるのは明らかです。
「パワハラの録音」の解説
脅しに屈して退職してしまった時の対処法
次に、万が一、脅しに屈して退職してしまったとき、どう対処すべきかについて解説します。
脅しは拒否すべきですが、強すぎる脅迫には、屈してしまう方もいます。このとき、解雇理由があるかどうかなど、ケースによって正しい対応は異なります。
解雇理由がない場合
まず、解雇理由がない場合について。つまり、解雇理由がないのに「退職しなければ解雇だ」と脅されたケースでは、現実にはあり得ない解雇を脅しに使っており、違法性は非常に強いです。
脅しによる退職の意思表示にも、民法のルールが適用されます。脅しはつまり、民法96条にいう「強迫」に該当するので、強迫によって畏怖してされた意思表示は、取消すことができます(なお、2020年4月施行の改正民法で、強迫の効果は「無効」から「取消可能」に変更されました)。
解雇には正当な理由が必要なので、解雇理由もないのに脅せば「強迫」なのは明らかであり、民法のルールに従って取り消すことができます。裁判例でも、「退職しなければ解雇する」と脅されて退職したケースについて、退職を無効と判断した事案があります(ソニー早期割増退職金事件:東京地裁平成14年4月9日判決)。
懲戒解雇に相当する事由が存在しないにもかかわらず、懲戒解雇があり得ることを告げることは、労働者を畏怖させるに足りる違法な害悪の告知であるから、このような害悪の告知の結果なされた退職の意思表示は、脅迫によるものとして取消しうるものと解される。
ソニー早期割増退職金事件:東京地裁平成14年4月9日判決
懲戒解雇は、それほどまでにプレッシャーが強いものです。デメリットも多くあり「懲戒解雇されるくらいなら退職してしまおう」と思いがちです。しかし、それ相応の理由がなければ無効であり、違法な脅しに過ぎません。
「解雇されたらやること」の解説
解雇理由がある場合
解雇理由もないのに「解雇する」と脅すのは違法だとわかりやすいでしょう。「強迫」による意思表示として取り消せると解説しました。しかし一方、解雇理由が存在する場合に、「解雇する」と告げるのは違法でしょうか。
解雇理由があり、有効に解雇できるなら「このままだと解雇となる」と伝えるのは適法です。しかし、「解雇理由がある」というだけですぐに解雇できるわけではありません。特に、懲戒解雇は、その重い効果からして、適正なプロセスを要します。弁明の機会が必要など、さまざまな制約があり、脅して判断を狂わせるのはやはり不適切です。
すぐに解雇するのが相当ではない場面ならば、やはり解雇の可能性を伝えた脅しは、違法です。前章と同じく、「強迫」を理由として取り消せる可能性があります。
「解雇を撤回させる方法」「不当解雇の解決金の相場」の解説
「退職しないと退職金を没収する」と脅された場合
以上は、解雇をちらつかせて退職を迫られたケース。これに対し、退職金を人質にとられて脅される場合もあります。つまり、「自発的に退職しないなら退職金は払わない」と通告されるケースです。
退職金の没収が、退職金規程に定められていることがあります。しかし、勤続の功労を抹消するほど重大な背信行為がなければ不支給にはできません。退職金没収の有効性は、たとえ懲戒解雇が有効でもなお、さらに厳しく判断される傾向にあります。
なので、実際はそれほどの背信行為がないのに、退職金を人質にして脅す行為は違法といえるでしょう。前章と同じく、「強迫」(民法96条)を理由に、退職の意思表示は取消せます。
脅しを拒否したら解雇された時の対処法は?
以上の解説のとおり、退職させようとして脅すのは違法です。それでもなお、コンプライアンス意識の低い会社だと、更にひどい処分を受けてしまうことがあります。その最たる例が「退職を拒否したら解雇された」というケースです。
解雇の不利益が大きいため、正当な解雇理由のない限り不当解雇であることは明らかです。退職させようとして解雇を脅しに使うようなケースは、解雇するに足る理由があるとは到底言えません(そもそも、十分な理由があるならば、最初から解雇すればよいのです)。
したがって、戦った結果クビになってしまったら、次はその解雇の不当性を争うべきです。労働審判、訴訟で、解雇の理由がないことを争い、勝てば復職することができます。不当解雇なら、争うのが基本の対応となります。
「懲戒解雇を争うときのポイント」の解説
まとめ
今回は、「退職しないと懲戒解雇する」という脅しへの対処法を解説しました。
ブラック企業の退職強要の発言の多くは、違法な脅しです。脅迫して辞めさせるのは不適切ですが、労働者が書面にサインした後では覆せないおそれもあります。脅しには屈せず、拒否し、自ら退職してしまわないよう注意してください。
万が一、脅しにより退職してしまっても、すぐにあきらめる必要はありません。民法96条にいう「強迫」にあたる意思表示は、取消すことができるからです。このとき、労働審判、訴訟など、法的手続きで争えば、労働者としての地位を守ることができます。
- 「退職しないと懲戒解雇する」という脅しは、違法の可能性が高い
- 解雇理由の全くない脅しの場合は当然、解雇理由があっても乱暴なやり方は違法
- 自分の意思に反するなら、脅しに屈して退職する必要はない
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