病気やケガで働けず、休職の末に退職となったとき、傷病手当金が退職後も受給できるか、気になることでしょう。
傷病手当金は、健康保険に加入する労働者が、働けなくなってしまったときに支給される生活保障の制度であり、退職後も継続して受給することができます。業務上の災害なら、労災認定され、労災保険を受給できる上に解雇が制限されるなど、手厚い保護があります。しかし、プライベートな病気やケガ(私傷病)で欠勤が長引くと、休職となり、期間が満了すると退職になってしまいます。
したがって、私傷病による休職は、退職や解雇と隣合わせであり、会社を辞めた後も傷病手当金によって保護されなければ、生活が立ち行かなくなる危険があります。
今回は、退職後に傷病手当金を受給するための条件や申請方法、受給できないケースについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 傷病手当金は、私傷病で休む人の給料の一部を保障する制度(最大1年6ヶ月)
- 傷病手当金は、健康保険の制度で、退職後も継続して受け取ることができる
- 労災なのに解雇されたら、傷病手当金を受け取りながら労災申請すべき
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傷病手当金とは
傷病手当金とは、病気やケガで働けない労働者の生活を保障するために、健康保険から支給される給付金です。長期にわたって仕事を休まざるを得ないときに、収入が途絶えるリスクを軽減することを目的としています。
病気やケガで休む人の保護として、多くの会社は休職制度を設け、解雇を猶予します。しかし、休職中の給料を払うかどうかは会社の判断で、ノーワークノーペイの原則に従って「無給」とされる例が多いです。休職中に無収入となる労働者を保護する制度が、傷病手当金なのです。
全国健康保険協会(協会けんぽ)や健康保険組合の窓口もしくは郵送で、傷病手当金申請書、事業主の証明、診断書などの必要書類を提出して申請をすれば、標準報酬月額の3分の2を上限として給付を受けることができます。支給期間は、私傷病が治癒するまでの期間ですが、最長で1年6ヶ月という上限があります。
傷病手当金の支給される条件は、次の通りです。
- 健康保険の被保険者であること
会社員など、健康保険に加入している人が対象です。なお、短時間労働者(パート・アルバイトなど)も条件を満たせば被保険者になります。 - 業務外の病気やケガであること
私傷病が対象であり、労災の適用される業務中の傷病は対象外です(その場合、労災保険が適用され、より手厚い保護が受けられます)。 - 労務不能状態にあること
労働が不可能であり、就労できない状況であることが必要です。 - 連続する3日間を含む4日以上仕事に就けなかったこと
傷病手当金は、連続して3日以上の労務不能状態が続いた場合に、4日目以降の休業に対して支給されます(つまり3日間の待機期間が生じます)。待機には、有給休暇、土日などの公休日を含みます。 - 給与の支払いがないこと
休業中に会社から給与が支払われていないことが必要です。
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退職後も傷病手当金を受給できる
傷病手当金は、退職後でも受け取ることができます。これを「資格喪失後の継続給付」と呼びます。ただし、以下の通り、一定の条件を満たす必要があるため注意してください。
退職後も継続して受給するための条件
退職後も、傷病手当金を受給するための条件は、次の通りです。
退職日までに健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あること
傷病手当金は、健康保険の制度であるため、その資格に大きく依存します。そのため、退職日までに、被保険者期間が継続して1年以上あることが条件となります(任意継続や国民健康保険の加入期間は除く)。
健康保険の資格喪失日までに労務不能の状態にあること
退職後も継続して傷病手当金を受給するためには、退職前に、既に傷病手当金の条件を満たしている必要があります。退職前に条件を満たして、傷病手当金を受給している場合は、退職後もそのまま引き続いて給付を受け取ることができます。
最も切迫したケースだと、退職日前日までに連続して3日以上出勤しない期間があり、退職日も労務不能なら、退職日から傷病手当金を受け取り、退職後も受給し続けられます。
したがって、退職する前に、傷病手当金の条件をしっかりと満たしているかどうかを確認してから、辞める決断をすることが重要です。
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退職後も引き続き労務不能であること
退職後に傷病手当金を継続して受けるには、退職時の労務不能の状態が、退職後もそのまま続いていることが必要です。労務不能であることについては、医師の診断書によって証明しますが、退職時と同じ病気やケガが原因となっている必要があります。
支給開始日から休職日を通算して1年6ヶ月以内であること
退職後に受給できるとしても、傷病手当金の受給期間は、最長1年6ヶ月までなので、退職前に既に数ヶ月受給していると、退職後は、残りの期間の支給を受けられるのみです。
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退職後の新たな申請はできない
退職後に、新たに病気やケガで労務不能となった場合、傷病手当金を改めて申請することはできません。そもそも傷病手当金は、健康保険の被保険者であることを前提としており、退職後の申請は、健康保険の資格を喪失した後では申請できないからです。これは、その原因が、退職前の出来事にあったとしても同じことです。そのため、退職後の健康状態に不安があるときは、必ず、退職する前に、傷病手当金の条件を満たしてから辞めるようにしなければなりません。
なお、退職後の体調不良や病気、ケガなどが、在職中の長時間労働やハラスメントなどといった労働トラブルに起因している場合には、それは労災(業務災害)であり、退職した後であっても労災申請をすることができます。
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退職後に傷病手当金がもらえないケース
次に、残念ながら、退職後の受給をすることができないケースについても解説します。
退職後に新たに病気やケガをした場合
退職後になってはじめて病気やケガをして労務不能状態になった場合、残念ながら傷病手当金は支給されません。「実は退職前から体調が悪かった」としても、在職中に休みを取っていなければ、傷病手当金の条件を満たさず、受給することができなくなってしまいます。そのため、退職後に悪化するリスクがあるなら、我慢せず、退職前に健康状態をしっかりと把握し、必要な場合は、退職前に連続して3日以上の休みを取り、傷病手当金の受給を始めておく必要があります。
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傷病手当金の受給期間が終了した場合
傷病手当金の支給期間は、最長1年6ヶ月と定められており、病気やケガによる労務不能の状態がこれ以上続いていても、支給は打ち切られてしまいます。例えば、退職前に既に1年受給しているときは、退職後に継続して受け取れる傷病手当金は、残り6ヶ月間です。
そのため、退職する際に、傷病手当金の受給期間が終わりに近づいている場合には、退職後の生活の設計について、傷病手当金を加味せずに検討しなければなりません。
失業保険を受け取っている場合
傷病手当金は、失業保険と併用することができません。つまり、失業保険を受け取っている場合、傷病手当金の支給は停止されます。
傷病手当金は、病気やケガで労働ができないことを前提としているのに対して、失業保険は、転職活動中の生活保障を意味しており、就職して働くことができることを前提としているからです。したがって、傷病手当金と失業保険は、その意味合いからして矛盾するために、2つの制度から同時に給付を受け取ることはできないのです。
退職する時点で傷病手当金を受け取っている人は、退職後、傷病手当金と失業保険のどちらを優先するかを判断しなければなりません。例えば、病気やケガで働けない状態がしばらく続くと予想される場合、傷病手当金が有利です。詳しくは「失業保険の受給期間の延長について」で解説します。
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その他の給付を受け取っている場合
休職期間中に、その他の給付を受け取っている場合に、傷病手当金の全部または一部が支給されないことがあります。
給与が支払われた場合
有給の休職制度があるなど、給与の支払いがされている場合は傷病手当金を受け取れません。ただし、傷病手当金の日額よりも少なく額しか払われていないなら、差額を受給することができます。
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障害厚生年金または障害手当金を受け取っている場合
厚生年金保険から障害厚生年金や障害手当金を受け取っている場合、傷病手当金は支払われません。障害厚生年金の額(同一支給事由の障害基礎年金が支給されるときはその合算額)の360分の1が傷病手当金の日額より少ない場合、その差額が支給されます。また、障害手当金の場合、傷病手当金の額の合計額が障害手当金の額に達することとなる日までの間、傷病手当金は支給されません。
老齢退職年金を受け取っている場合
老齢年金を受け取っている場合、傷病手当金は支給されません。ただし、老齢退職年金の額の360分の1が傷病手当金の日額より少ない場合は、その差額が支給されます。
労災保険から休業補償給付を受け取っている場合
傷病手当金は、私傷病を対象としているため、労災保険から休業補償給付を受けている場合には、併給されることはありません。
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出産手当金を受け取っている場合
出産手当金を受け取っている場合、傷病手当金は支給されません。ただし、傷病手当金の額が出産手当金の額よりも多ければ、差額が支給されます。
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退職後の受給を続けるときの注意点
最後に、退職後も、傷病手当金の受給を続ける際の注意点について解説します。
退職後の健康保険の加入について
退職後の健康保険については、次の3つの選択肢があります。
- 任意継続保険に加入する
- 国民健康保険に加入する
- 家族の扶養に入る(家族の健康保険の被扶養者となる)
どの選択肢が有利かは、収入がどれほど得られるかなどによって保険料が変わるため、退職後にどのような生活をするかを加味して比較する必要があります。いずれの保険に加入するにしても、本解説のように退職前に受給要件を満たすなら、退職後も傷病手当金を受け取ることができます。
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完全に無収入ではない場合の支給金額について
傷病手当金は、完全に無収入の状態で支給されるのが原則ですが、なかには、労務不能で休んではいるものの、一定の収入があるケースもあります。例えば、回復に向けてリハビリをしていたり、一部は就労していたりする場合がこれに該当します。休職について完全に無給とするのでなく、給料の一部を支払ってくれる会社もあります。
このとき、傷病手当金から、その期間中に得られた収入を控除して調整する必要があります。具体的には、休んだ期間について給与が支払われた場合、傷病手当金は受給できないのが原則ですが、傷病手当金の日額より少ない場合は、傷病手当金と給与の差額が支給されます。
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失業保険の受給期間の延長について
「退職後に傷病手当金がもらえないケース」で、傷病手当金と失業保険は両立できず、失業保険を受け取ったら傷病手当金の支給は停止されると解説しました。このとき、傷病手当金をもらいながら、失業保険を受け取れる可能性をできるだけ残しておくには「失業保険の受給期間の延長」の手続きをしておくのがよいでしょう。
失業保険の受給期間は最大1年ですが、最大3年まで延長することができるので、手続きをしておけば傷病手当金の受給の終了後に、雇用保険から失業給付を受け取れる可能性があります。
「失業保険の手続きと条件」の解説
まとめ
今回は、会社を退職した後でも、傷病手当金をもらい続ける方法を解説しました。
傷病手当金は、退職後も一定の条件を満たせば、継続して受給することが可能です。退職前から労務不能の状態にある場合、健康保険の資格喪失前に手続きをすることが重要なポイントです。傷病手当金は、プライベートな病気やケガ(私傷病)についての保障であり、健康保険の制度によるものなので、会社を退職した後であっても要件を満たせば受け取ることができます。
ただし、退職後に初めて病気やケガをした場合や、受給期間が満了した場合は支給されないので注意してください。申請手続きや健康保険の継続加入といった対応を早めに準備しておく必要があるので、不安のある方は、ぜひ弁護士に相談してください。
- 傷病手当金は、私傷病で休む人の給料の一部を保障する制度(最大1年6ヶ月)
- 傷病手当金は、健康保険の制度で、退職後も継続して受け取ることができる
- 労災なのに解雇されたら、傷病手当金を受け取りながら労災申請すべき
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