「普通解雇」と「懲戒解雇」は、いずれも「解雇」なのですが、違いがあります。
突然に「解雇する」と伝えられたとき、この区別を知らなければ適切な対応はできません。しかし、解雇通告した会社ですら、普通解雇と懲戒解雇の違いを理解していない例も多くあります。不当解雇をする会社に、労働法の知識など期待できず、解雇の種類を知らないのかもしれません。
なので、その区別は、実際に被害を受けてしまった労働者側でしておくべきです。解雇を争うにあたっては特に、普通解雇と懲戒解雇の違いが非常に重要です。裁判所において、解雇が有効かどうかの判断基準が異なるためです。
今回は、解雇を争う労働者に向けて、「普通解雇か、懲戒解雇か」の違いについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
- 普通解雇と懲戒解雇とは、基本的な性質からして大きく違う
- 懲戒解雇のほうが、普通解雇より厳しいため、不当解雇となりやすく制約も大きい
- 解雇に共通して適用されるルールは、普通解雇、懲戒解雇のいずれにもあてはまる
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普通解雇と懲戒解雇の基本的な考え方
普通解雇と懲戒解雇の違いを知るには、それぞれの解雇がどのようなものか、理解しなければなりません。はじめに、普通解雇、懲戒解雇の基本的な考え方について解説します。
普通解雇と懲戒解雇は、同じ「解雇」でも、基本的な性質が大きく違います。基本を理解すれば、具体的な場面で「どちらの解雇なのだろう」と迷うことはなくなります。
普通解雇は「労働契約の違反」
普通解雇は、会社と労働者の間で結ばれた労働契約を解約すること。その理由は、労働契約に違反したことにあります。
労働契約は、信頼関係によって成り立つ継続的な契約です。そのため、信頼関係が破壊されたことを理由に解約できます(解約するに足るだけの契約違反が、労働者側になければなりません)。信頼関係がなくなったことを理由に、会社の判断で労働契約を終了させるのが「普通解雇」です。
契約の典型例に、物の売買契約があります。「売った、買った」という1度きりの取引なら、信頼関係がなくても成立します。
しかし、労働契約のように長期に継続する契約は、信頼関係が基礎となるもので、互いの信頼がなくなれば、労働契約は終了するしかありません。
信頼関係がなくなる理由は、おおまかにいえば「約束違反」です。つまり、普通解雇は、労働者が、会社との間でした約束に違反することで起こります。普通解雇の理由となるような信頼関係の違反は、例えば次のようなケースです。
「解雇の意味と法的ルール」の解説
懲戒解雇は「制裁(ペナルティ)」
懲戒解雇は、懲戒処分の一種であり、企業秩序違反への制裁(ペナルティ)です。つまり、労働者が悪いことをしたのに対し、罰を与えるイメージです。
懲戒処分には、重度のものから軽度の処分まで、いくつかの種類があります。いずれも就業規則に規定してはじめて行使できますが、例えば次の処分があります。
数ある処分で、最も重いものが「懲戒解雇」。労使関係のなかで最も重い処分で、労働者にはとても大きな不利益があります。制裁(ペナルティ)としての意味ある懲戒解雇では、次のような解雇理由の例があります。
- 重度のパワハラ、セクハラなどのハラスメント
- 業務上横領、着服行為
- 転勤拒否など悪質な業務命令違反
「懲戒処分の種類と違法性の判断基準」の解説
普通解雇と懲戒解雇の違い
次に、普通解雇と懲戒解雇の違いについて解説します。
そもそも性質が違うと解説しましたが、そこから派生して、様々な区別が生じます。基本は、制裁という意味合いのある懲戒解雇は、普通解雇より制限されています。なので、単に「解雇」といわれたら、「普通解雇」であると考えるのが通常です。
解雇理由の性質の違い
普通解雇と懲戒解雇は、基本的な性質が違うのは前章の通りです。そのため、「どのような理由で解雇してよいか」、つまり、解雇理由もまた異なります。
信頼関係の破壊である普通解雇では、労働者の約束違反が、解雇理由になります。能力不足や勤務態度の不良は、労働契約で約束された労務提供ができないことを意味します。わかりやすくいえば、「約束違反」を理由に普通解雇されるのです。
これに対して懲戒解雇は、労働者の具体的な問題行為へのペナルティ。横領や着服、ハラスメントなど、具体的な問題行為がその理由となっています。1つの行為を「罪」として、それに「罰」を与えるというのが、懲戒解雇のイメージです。
「懲戒解雇のデメリット」の解説
要件と手続きの違い
普通解雇は、業務能力や適性、健康状態など、労動者が勤務を続けることができない状況であることを要件とします。これに対して、懲戒解雇は、重大な規律違反や犯罪など、問題行動に対して、懲罰として実施されることが多いです。
手続き面でも、普通解雇では、事前の解雇予告が必要となるのに対して、懲戒解雇のうちでも特に重大な背信行為があると、解雇予告の除外認定を得ることで、即時解雇が認められるケースがあります。
不当解雇となる基準の違い
普通解雇は「労働者」つまり「人」に対する評価。懲戒解雇は「問題行為」つまり「行為」に対する評価です。
普通解雇は、労働者の性質を総合的にみて、会社に適しているかを判断できます。これに対し、懲戒解雇だと、1つの問題行為がどれほど重大かを検討しなければなりません。したがって、普通解雇よりも高度な理由が要求される傾向にあります。
不当解雇となる基準の違いに影響し、懲戒解雇の方が不当解雇と判断されやすいです。
「懲戒解雇を争うときのポイント」の解説
解雇理由の追加に関する違い
懲戒解雇とは、労働者の問題行為に対する制裁です。そのため、ある問題行為を対象にして懲戒解雇をしたら、後から解雇理由を追加することはできません。一度懲戒解雇したら、その後に労働審判や訴訟で争われても、後出しは許されません。その解雇理由が無効ならば、他の理由を検討することなく、不当解雇であると判断されます。
これに対し、普通解雇は、労働契約の解約です。会社と労働者の信頼関係を破壊する事情なら、当初の解雇理由だけでなく後から追加することもできます。
「正当な解雇理由」の解説
退職金支払いに関する違い
普通解雇と懲戒解雇の違いとして、退職金支払いに関する違いが挙げられます。多くの会社は「懲戒解雇は退職金なし(不支給または減額)」というルールを定めているからです。このルールは、就業規則や退職金規程に定められなければ無効です。
ただ、懲戒解雇だというだけで退職金を不支給にするのは違法です。懲戒解雇でも、長年勤続した功労が失われるほど悪質な行為でなければ、退職金を少なくとも一部は払うべきと判断し、労働者を救済した裁判例が存在するからです。
「退職金を請求する方法」「懲戒解雇でも退職金はもらえる?」の解説
解雇予告手当の要否の違い
解雇は、不意打ち的にするのは許されず、予告を要するのが原則です。労働基準法20条では、1か月前に解雇予告するか、日数の不足分の平均賃金を払う必要があります。予告の代わりに払われるものを、法律用語で「解雇予告手当」といいます。
普通解雇なら、原則的なルールの通りに予告を要します。一方で、懲戒解雇だと、労働基準監督署の除外認定を得れば、予告手当を不要とする手続きがあります。とはいえ、除外認定は、労働者に大きな責任があるなど限定的なケースでしか認められません。
「解雇予告手当の請求方法」「解雇予告の除外認定」の解説
解雇に要求されるプロセスの違い
制裁としての側面を持つ懲戒解雇では、正しいプロセスを踏まなければ労働者の不利益が甚大です。そのため、弁明の機会を与えるなどの事前に手続きが必要とされます。これを満たさないとき、それだけで不当解雇として無効になる可能性があります。
踏むべき手続きは、就業規則に定められおり、例えば、次のようなものです。
- 弁明の機会の付与
- 書面による弁明の手続き
- 懲戒委員会(懲罰委員会)の開催
- 聴聞委員会の開催
- 労働組合との事前協議
これに対して、普通解雇は、手続きよりも内容が大切です。ただ、普通解雇を軽く見てよいわけではありません。普通解雇でも理由をきちんと労働者に告げ、解雇理由証明書を交付するなどして説明の必要はあります。
「懲戒解雇の手続きの流れ」の解説
経歴における重みの違い
普通解雇と懲戒解雇では、労働者の経歴における重みも違います。
懲戒解雇は、制裁ですから、「懲戒解雇された」というのは「悪質な行為をした」ということ。問題社員のレッテル貼りにつながります。労働者にとって、非常に不名誉で、不利益の大きい経歴となります。転職でも、懲戒解雇された人を積極的に採用する会社はないから、隠して再就職することとなります。
これに対し、普通解雇は、「その会社に合わなかった」という程度の意味。ある会社に適正がなくても、自社にとって良い労働者なら、採用してくれる会社はいくらでもあります。
「懲戒解雇が再就職で不利にならない対策」の解説
普通解雇と懲戒解雇の共通点は?
普通解雇と懲戒解雇の違いについて解説しましたが、共通点も多く存在します。いずれも解雇には違いないため、解雇に共通して適用されるルールは変わらないからです。
そこで、普通解雇と懲戒解雇の共通点についても解説します。
解雇権濫用法理が適用される
普通解雇であれ、懲戒解雇であれ、労働者にとって厳しい処分に変わりはありません。解雇となれば、労働者の生活の糧である給料は、根本から失われてしまいます。労働者にとって重大な解雇には、法律と裁判例よる制限があります。
解雇権濫用法理のルールは、いずれの解雇でも適用されます。客観的に合理的な理由なく、社会通念上相当でないなら、違法な「不当解雇」として無効です(労働契約法16条)。
「不当解雇に強い弁護士への相談方法」の解説
就業規則の規定が必要
普通解雇も懲戒解雇も、就業規則に、解雇理由や解雇の方法が定められている必要があります。いずれの解雇でも、就業規則の規定がなければ違法の可能性が高まります。特に、懲戒権は、就業規則に規定がなければそもそも与えられません。
普通解雇の場合、「解雇理由が具体的に定められていなくても解雇できる」という考え方もありますが、実際には「その他、従業員として不適切と考えられる事項」といった一般条項によってカバーされます。労使トラブルを激化させないため、どの解雇でも、就業規則の定めが大切なのは共通です。
「就業規則と雇用契約書が違う時の優先順位」の解説
解雇禁止の場合は解雇できない
普通解雇も懲戒解雇も、いずれも労働基準法などの法律で解雇が禁止される場合は、解雇できません。法律で解雇が禁止される場合とは、例えば次のケースです。
- 労働基準法19条
労災(業務災害)の療養中と、その後30日間 - 男女雇用機会均等法6条
労働者が女性であることを理由とした解雇 - 男女雇用機会均等法9条
結婚、妊娠、出産などを理由とした解雇 - 労働組合法7条
労働組合への加入を理由とした解雇
これらのケースで解雇が法律で禁止される理由は、労働者の不利益が大きいからです。そのため、普通解雇でも懲戒解雇でも、労働者保護のために解雇そのものが許されません。
懲戒解雇を、普通解雇に転換できる?
普通解雇と懲戒解雇の違いを理解していない会社では、両者が曖昧に使われます。そのため「懲戒解雇と思ったら、普通解雇だった」ということが起こりえます。
本来区別されるべき普通解雇と懲戒解雇を、行き来するのは許されません。例外的に、懲戒解雇が普通解雇に転換されたり、前後してされたりする特殊なケースを紹介します。
懲戒解雇の後では普通解雇に変更できない
懲戒解雇は、普通解雇より厳しい処分で、不当解雇になりやすいと説明しました。そのため、懲戒解雇しておきながら、労働者が争うと、普通解雇に転換するという会社があります。
しかし、懲戒解雇から普通解雇への転換を簡単に認めると、悪質なブラック企業では「後で(認められやすい)普通解雇にすれば足りる」と甘く考えられてしまい、懲戒解雇が乱発される危険が予想されます。こうなると、懲戒解雇を争う負担が、労働者に重くのしかかります。
したがって、懲戒解雇の横行を招くおそれがあるために、懲戒解雇から普通解雇への転換は、認められていません。
「懲戒解雇のその後の人生」の解説
懲戒解雇理由があるとき、普通解雇するのは可能
懲戒解雇は普通解雇より厳しいので、懲戒解雇理由があっても、あえて普通解雇にするのは可能です。
労働者にとっても、本来は懲戒解雇となるべき問題行為があるのなら、普通解雇に留めてもらえるのは恩情だと考えることができ、解雇されるのはしかたないにせよ、不利益は最小限に抑えられます。
懲戒解雇した後に、再び普通解雇するのは可能
普通解雇は「人」に対する評価、懲戒解雇は「行為」に対する評価と解説しました。そして、問題行為をしたら、その労働者に対する評価も下がるのは当然です。
そのため、懲戒解雇するのに十分ならば、普通解雇するだけの信頼関係の破壊もあるでしょう。一旦は、ある行為を理由に懲戒解雇しても、その後に、普通解雇するのも可能です。
このやり方には例えば、懲戒解雇をしたが労働審判や訴訟で争われ、無効になりそうなときに、「予備的に、普通解雇もする」といった形で会社から主張されるケースがあります。予備的に普通解雇しておき、「懲戒解雇が無効でも会社に戻さない」という方法なのです。
「解雇を撤回させる方法」の解説
まとめ
今回は、普通解雇と懲戒解雇の違いについて、労働者側の立場で解説しました。
本来なら、解雇を通告する会社側がきちんと区別すべきことです。しかし、ブラック企業だと正しい手続きなど期待できません。解雇をどのように争うべきか、方針を検討する際には、解雇の性質と種類を理解しておく必要があります。
懲戒解雇だと特に、労働者の受けるダメージは大きく、争えば無効になる可能性が高まってしまいます。解雇トラブルにお悩みの方は、ぜひ早めに弁護士に相談してください。
- 普通解雇と懲戒解雇とは、基本的な性質からして大きく違う
- 懲戒解雇のほうが、普通解雇より厳しいため、不当解雇となりやすく制約も大きい
- 解雇に共通して適用されるルールは、普通解雇、懲戒解雇のいずれにもあてはまる
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