近年、「働き方改革」によって雇用のあり方は多様化していますが、正社員になると、定年までなど、長期雇用されることが、現在も多いと思われます。
正社員として長期に雇用される場合、理由なく解雇されれば、「不当解雇」であり違法無効であるとして争うことができます。
一方で、新入社員が、正社員として長く勤めることができるかを試すために、「試用期間」が設けられることが一般的ですが、「試用」であることをいいことに、就業時間が過ぎても、研修や指導で帰らせてもらえなかった、という経験はないでしょうか。
「本採用してもらえないかもしれない。」という不安から、残業代の請求を思いとどまってしまう労働者も多いと思います。
今回は「試用期間」中の残業代請求のルールについて、労働問題に強い弁護士が詳しく解説していきます。
目次
1. 「試用期間」とは?
「試用期間」とは、新規採用した従業員の勤務態度や協調性、能力、スキルなどを見て、本採用するかどうかを決めるために設けられた期間のことです。
通常は1ヶ月~6ヶ月ほどあります。その間の勤務状況や成績を見て、問題がなければ本採用になります。
「試用期間」というと「お試し」というイメージが強いですが、「試用期間」であっても雇用されている労働者には変わりなく、労働者を保護する労働基準法(労基法)の保護を受けることができます。
2. 「試用期間」と「本採用」の違い
「試用期間」は、試用期間経過後の「本採用」とは異なり、賃金面において、多少低賃金となることが一般的です。
しかし、それ以外の点では、労働者であるという面においては「試用期間」であっても「本採用」された正社員であっても変わるところはありません。
2.1. 「雇用契約」に変わりはない
「試用期間」といっても、会社との間で雇用契約を結んでいることは、正規雇用と変わりがありません。
「雇用契約」とは、会社(使用者)と労働者(社員)の合意によって、労働者は会社に労務を提供し、会社は労働者に対して賃金を支払う契約をいいます。
そして、「試用期間」であっても雇用契約を締結しているわけですから、労働時間が長くなれば、残業代を請求することができます。
2.2. 「試用期間」でも保護される
以上のとおり、「試用期間」であっても、本採用された正社員と同様であることから、「試用期間」であっても、労働法の保護を受けることができます。
その結果、「試用期間」中の労働者であっても、雇用保険と社会保険への加入も必須になっており、この点も正規雇用と同じです。
また、「試用期間」であっても、何の理由もなく解雇をすることはできず、解雇権濫用法理によって、「不当解雇」が制限されるという保護があります。
2.3. 「本採用」後より低賃金
ただし、新規採用の労働者は、仕事のノウハウが分からず、業務効率が正規社員に比べて低いのが通常です。
賃金は労働者の労務に見合った対価なので、「試用期間」の間の基本給が正規社員より低いということは当然あり得ます。
「試用期間」の社員は、本採用後の正社員より賃金が低いことがあるとはいえ、あまりに低すぎる賃金は、「試用期間」中といえども問題になります。
特に、最低賃金法にさだめた最低賃金以下の給与とすることは現実的ではありません。
試用期間中は、最低賃金を減額することのできる特例があるものの、法律上の要件を満たす必要があり、一般的ではありません。
3. 「試用期間」でも残業代請求できる?
「試用期間中」であると、どれほど違法な長時間労働を強要されても、残業代を請求することに躊躇してしまう労働者の方も少なくありません。
まだ会社に慣れておらず、十分な成果を出せていないことや、覚えなければならないことが多いという弱い立場にあることが理由でしょうが、だからこそ労働時間が長くなってしまうこともあります。
3.1. 法定労働時間を超えれば残業代が発生する
労働基準法では、1日8時間、週40時間の法定労働時間を超える時間外労働に対して、会社が労働者に残業代を支払うことが義務づけられています。
残業代の計算は、基本給を25%割り増した金額で計算されます。
そのほか、22時以降の深夜勤務や休日勤務については、別途割増手当が支給されます。
3.2. 残業代の計算方法は「試用期間」も同じ
上記の残業代のルールは「試用期間」の場合も全く同じです。
「試用期間」の間も、雇用契約が結ばれている以上は労働基準法が適用されるため、残業代を受け取る権利があります。
3.3. 研修や指導も労働時間に含む
1日の労働時間は、通常、会社が定めた「就業時間」をもとに計算されています。
しかし、労働法についての重要な裁判例では、労働時間について、次のように考えられています。
労働時間=使用者の指揮命令下に置かれている時間
そのため、「就業時間」外に行われる新人研修や指導であっても、上司の指示や命令にしたがったものであれば労働時間に含まれます。
この点は、特に試用期間中の場合、教育、指導、研修などにあてられる時間を、労働時間に含めずに計算しているブラック企業には注意が必要です。
4. 会社が残業代を支払わないときは?
以上の解説をご覧いただければ、たとえ試用期間中であっても、残業代請求をすることができることをご理解いただけたことでしょう。
しかし、ブラック企業の中には、労働法を理解しておらず、試用期間中であることを理由に残業代を支払ってくれない会社も少なくないようです。
そこで、会社がどうしても試用期間中の残業代を支払ってくれないときの対策を、弁護士が解説します。
4.1. 裁判で残業代請求
「試用期間」の間の残業について、会社が残業代を支払ってくれない場合には、労働審判や訴訟などの民事裁判で会社に残業代の支払いを請求することができます。
残業をした労働者には、「試用期間」か正規雇用かにかかわらず残業代を受け取る権利があるからです。
裁判で残業していたことが認められれば、会社に残業代を支払わせることができます。
4.2. 残業代を支払わない合意は無効
なかには、「うちは、試用期間中は残業代を払わない契約になっている」。といった主張をしてくる会社もあります。
しかし、残業代を支払わないことは労働基準法違反であり、これは試用期間中であっても同じです。労働基準法に違反する契約は無効なので、残業代の支払いは免れません。
労働者側が、自発的に、「試用期間」の残業代を受け取らない合意をした場合も同様です。
4.3. こまめに記録を取る
ただし、民事裁判で残業代を請求する場合には、労働者側が、「残業していたこと」を証明する必要があることは、試用期間中の残業でも同様です。
そのためには、残業していたことを裏付ける証拠を集めて置かなければなりません。
例えば、試用期間中の残業時間を証明するために役立つ証拠には、次のようなものがあります。
- タイムカード
- 研修、指導に関する指示書
これらの重要な証拠が手に入らないこともあるため、残業の内容と時間を、その都度、具体的にメモして記録に残しておくことをオススメします。
4.4. 弁護士に相談するメリット
「試用期間でも残業代請求ができる。」とはいっても、労働者が本人だけで証明に役立つ証拠を集め、裁判手続を進めていくことは、難しいと思います。
確実に残業代を受け取るためには、弁護士から証拠の集め方や事実関係の整理、方針について、適切なアドバイスを受けた方がよいでしょう。
また、弁護士に依頼すれば、会社との交渉や裁判手続のサポートも受けることができます。
5. まとめ
今回は、「試用期間」中の残業代請求のルールについて、弁護士が解説しました。
労働基準法は、労働者が残業代を受け取る権利を保障しています。それは、たとえ「試用期間」であったとしても変わりがない、ということをご理解頂けたでしょうか。
「新人だから仕方ない」「仕事もできないのに残業代をもらうは忍びない」と、自分から残業代請求をあきらめてしまう必要は全くありません。研修や指導で仕事が長引いたときには、堂々と残業代を請求すべきです。
「試用期間」中の違法な長時間労働にお悩みの労働者の方や、残業代請求を検討されている方は、労働問題に強い弁護士に、お早目にご相談ください。