パワハラが原因で退職を決断せざるを得ないのは、非常に辛いことでしょう。違法なパワハラを我慢していると精神的な苦痛が増してしまうので、退職するしかない場面もあります。
このとき、パワハラが理由だとしても、退職の意思を正確に伝えるために、退職届の提出は欠かせません。一方で、パワハラで退職するケースだと、退職届の書き方に悩む方も多いでしょう。退職理由の記載について、「パワハラで退職する」と明確に書くべきか、それとも「一身上の都合」などとぼかしておくべきかは、ケースによって選択しなければなりません。パワハラというセンシティブな理由で退職するときほど、退職届の書き方に注意して、慎重に進めなければなりません。
今回は、パワハラによる退職届の書き方と、パワハラで退職する際にトラブルを防ぐためのポイントについて、労働問題に強い弁護士が解説します。
パワハラによる退職でも退職届が重要な理由
はじめに、パワハラで退職するときでも、退職届が重要な理由を解説します。
パワハラは、職場における優位な立場を利用した嫌がらせであり、ハラスメントの一種です。被害者は精神的苦痛を負うため、しばしば退職の理由として挙げられます。違法なパワハラの横行する会社に居続けたくないのは当然で、速やかに退職すべきですが、このときも、退職届を提出しておくことが非常に重要です。
トラブルを防止するため
パワハラが原因で退職を決めるケースは、会社とトラブルになる可能性が高いです。
パワハラ問題がまだ明るみに出ていない場合や、会社がパワハラ上司に対する監督責任を否定し、責任を回避しようとする場合、「退職の理由がパワハラである」ことについて労使の見解が異なり、対立が生じるおそれがあります。このとき、「自ら辞めた」という誤解を生じたり、失業保険で自己都合扱いとされたりしないよう、退職理由を客観的な証拠に残しておく必要があります。その方法として、退職理由を明記した退職届を出すのが最善です。
「退職を会社都合退職にしてもらう方法」の解説
退職の意思表示を確実に伝えるため
退職届は、退職の意思を、会社に確実に伝える役割があります。退職届によって、確定的に退職の意思を表示するという法的効力が生まれるので、提出することで、会社が後から「労動者には辞める意思がなかった」と主張するのを防ぐ役割があります。
パワハラによって辞めるからといって退職届を出さないと、次のような会社とのトラブルが生じるリスクもあります。
- 「まだ退職をしていない」と言われて解雇される
- 自己都合退職だったと主張される
- 退職者への嫌がらせの対象となる
- 退職理由を曖昧にされ、パワハラはなかったと主張される
退職の意思を正式に伝えることは、会社に引き留めをあきらめさせ、業務の引き継ぎや退職の手続きをスムーズに進める役にも立ちます。
「会社の辞め方」の解説
会社の承諾がなくても退職するため
退職は労動者の自由であり、承諾がなくても会社を辞めることができます。
パワハラを理由に退職をする場合、労使の対立が生じやすい状況であり、会社が退職に同意してくれるとは限りません。退職届を出しておけば、会社が認めなくても、無期雇用の社員の場合、2週間が経過すれば労働契約が終了します(民法627条)。
退職の意思を表明する書類には、退職届と退職願がありますが、パワハラを理由に退職する場合は退職届がお勧めです。退職届なら、会社の同意は不要であり、労動者の意思を確定的に伝えると共に、会社側に退職の原因があることを示せるからです。
「退職は2週間前に申し出るのが原則」「退職届と退職願の違い」の解説
パワハラで退職する際の退職届に記載すべき内容
次に、パワハラを理由に退職する際に、退職届に記載すべき内容を解説します。
パワハラが原因で退職するときにも退職届は必要だと解説しましたが、書き方には細心を払うべきです。基本的な項目のほかに、退職理由の書き方について、パワハラの事実をどの程度明記するかがポイントとなります。
退職届に書くべき基本的な項目
まず、パワハラで退職する場合も、退職届に書くべき基本的な項目は、他の退職理由の場合と同じことが当てはまります。次の項目は、必ず記載しておきましょう。
- 氏名
退職者のフルネームを書き、部署や所属などをあわせて記載します。 - 日付
退職届を提出する日付を記載します。作成日ではなく、提出日が、退職の意思を正式に表明した日となります。 - 退職理由
退職理由を記載します。パワハラが理由であると具体的に記載するか、それとも「一身上の都合」などの一般的な表現とするかは、次章で解説します。 - 退職日
退職日を明記します。有給消化がある場合は最終出勤日も書いておきます。 - 宛先
通常、会社の代表者宛てに提出します。 - 署名・押印
手書きの場合には署名し、記名の場合には氏名の末尾に押印をします。
「退職届の書き方と出し方」の解説
退職理由についてパワハラを詳細に記載すべきか
パワハラで退職する際に提出する退職届では、退職理由の書き方について、2つの異なった考え方があります。1つは、パワハラが理由であるとはっきりと記載する方法、もう1つは、「一身上の都合」と記載し、パワハラについて退職理由として書かない方法です。
パワハラを退職理由として明記する場合
パワハラの事実を、退職理由として明記すべき場合があります。
パワハラを退職理由であると明らかにすると、会社は責任を否定しようとするため、労使の関係が悪化するおそれがあります。こじれると退職がスムーズに進まないデメリットがある一方で、退職理由を曖昧にせず、会社の責任を明らかにできるメリットがあります。パワハラを証明できる証拠が十分に揃っているなら、退職届にも「パワハラで退職する」と明記し、損害賠償を請求するなど、徹底して争う姿勢を示すべきです。
パワハラを退職理由として明記する場合の例文は、「上司による度重なるパワーハラスメントにより、業務継続が困難であるため、退職いたします」といったものです。
「一身上の都合」と記載する場合
これに対して、「一身上の都合」と記載し、退職理由がパワハラであるとは退職届に書かない方法もあります。この記載なら、退職届によるトラブルを最小限に押さえ、会社との関係悪化を防ぐことができます。この場合も、退職届以外の証拠でパワハラを証明できるなら、ハラスメントの責任を追及する支障にはなりません。
一身上の都合で退職する場合の例文は、「一身上の都合によって、◯◯日をもって退職いたします」といったものです。
退職届にパワハラを明記する場合の注意点
以上のように、退職届にパワハラを明記するかどうかによって、メリットとデメリットがあり一長一短なので、ケースに応じて使い分ける必要があります。特に、退職届にパワハラについて記載するときは、リスクを抑えるために慎重に行わなければなりません。
パワハラを退職理由として記載すると、その責任の有無が労使間で争いになることが容易に予想されます。そのため、法的紛争に備えて、必ずパワハラの証拠を準備しておくことが重要です。証拠が不十分だと、会社から「実はパワハラが退職理由ではないのではないか」と反論されるおそれがあります。そして、しっかりと反論して戦わなければ、会社に攻撃され、関係が悪化することによる不利益を被るおそれがあります。
「パワハラの証拠」の解説
パワハラによる退職を会社都合にするための退職理由の書き方
次に、パワハラによる退職で、会社都合扱いとなるための方法を解説します。
失業保険では、自己都合よりも、会社都合として扱われる方が、労動者に有利だとされます。パワハラを理由に退職するとき、会社都合対象とすることを目指すなら、退職届における退職理由の書き方が非常に重要です。
パワハラを理由に会社都合で退職するためのポイント
会社都合退職と認められるには、パワハラにより業務遂行が困難であることや、改善が見込めない状況にあることを示し、退職せざるを得ない状況を説明する必要があります。
退職理由を具体的に記載すれば、会社都合退職として扱うべき理由を説得的に説明し、ハローワークに正当性を主張する役に立ちます。退職せざるを得ないほどのパワハラがあったなら、せめて失業保険について会社都合退職を勝ち取るべきです。
パワハラで退職するときの退職届の記載では、次の点に注意してください。
- パワハラによる業務への支障を強調する
「パワハラで退職します」と淡々と記載するのではなく、退職理由のなかで、いかにパワハラがひどく、業務に支障をきたしているかを具体的に記載するのが重要です。 - パワハラの継続性や会社の対応不足を指摘する
パワハラが長期間続き、会社に相談しても改善されなかったことは、退職せざるを得ない理由となります。この場合、パワハラを防止しない会社に責任があり、労動者に非はないため、会社都合退職であると認められる可能性が高まります。 - パワハラの証拠を準備する
最後に、退職理由として記載したパワハラについて、証拠を準備しましょう。
パワハラで退職したら、必ず離職票の退職理由の記載が「会社都合」となっているかどうかも確認してください。
なお、退職届が十分な記載となっているか心配なら、退職届を書く際に、労働問題に精通した弁護士のアドバイスを受け、添削を受けるのがお勧めです。
「労働問題を弁護士に無料相談する方法」の解説
パワハラによる退職理由の例文
では、上記のポイントを踏まえて、パワハラによる退職の際に、退職届の退職理由をどのように記載したらよいか、例文・テンプレートで解説します。
パワハラで業務遂行に支障をきたし、退職に追い込まれた場合
「上司による度重なるパワーハラスメントが原因で、精神的負担が大きく、業務を正常に遂行することが困難な状況に追い込まれました。そのため、健康に支障を来たし、医師にうつ病と診断されてしまったため、退職せざるを得ない状況です」
パワハラが長く続き、改善の見込みがないため退職を選んだ場合
「社内におけるパワハラ行為が長期間続いており、上司や人事部に相談したものの改善の兆しが見られず、精神的な負担が限界に達しました。これ以上業務を続けることは不可能であると判断し、会社都合による退職を希望いたします」
なお、退職させようとする会社の動きそのものが、パワハラに該当することがあります。このときも、パワハラは違法ですから、言われるがままに辞める必要はありません。
「退職したらやることの順番」の解説
パワハラで退職する際の退職届の提出方法
最後に、パワハラで退職する際の、退職届の提出方法について解説します。
退職届の出し方に、法律上のルールはなく、どのような方法でも会社に伝われば問題ありません。直属の上司や人事部に、封筒に入れて手渡しすることが多いですが、パワハラで退職する場合、会社が受け取りを拒む可能性があります。特に、退職届に「パワハラで退職せざるを得なかった」と退職理由を明記すると、責任追及を恐れる会社が受け取りを拒絶したり、退職理由を書き直すよう指示したりするケースは珍しくありません。
しかし、そもそも退職届は、労動者による確定的な退職の意思表示であり、会社の同意や承諾は不要です。書かれた退職理由に不満だとしても、会社は受け取りを拒否できません。退職届が会社に届いた証拠を残せば、たとえ受け取りが拒否されても退職に向けた法的効力が生じるため、拒否される可能性があるときは、内容証明で送付するのがお勧めです。
内容証明で郵送する方法なら、退職届が正式に提出されたことと、その内容(特に、退職理由としてパワハラに言及されていること)を証明することができます。内容証明は、差出人側にも証拠が残るので、会社が退職届を破棄しても、証拠はなくなりません。
「労働問題に強い弁護士の選び方」の解説
まとめ
今回は、パワハラが原因で退職するときの退職届の書き方を解説しました。
パワハラで辞めざるを得ないとしても、適切な退職届の書き方や提出方法を知っておくことは非常に重要です。退職届には、正確な情報を記載するのが基本ですが、退職理由がパワハラである場合、どの程度詳しく書いたらよいのかは、慎重に判断しなければなりません。
パワハラで辞めさせられたのにもかかわらず、退職届の書き方によっては自己都合退職として扱われ、失業保険で損する危険もあります。退職理由が違法なパワハラの場合、会社が退職届を受け取らないなど、退職時にもトラブルが起こり、スムーズな退職を実現できないおそれもあります。
パワハラで退職するとき、退職届の書き方に不安があるときは、ぜひ弁護士に相談してください。
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